ウタカタノ花   作:薬來ままど

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翌日。
訓練場にやってきた汐は、まず長い間訓練に来ていなかったことをアオイをはじめ皆に謝罪した。アオイはそんな汐の姿を一瞥すると、ぶっきらぼうに「謝る暇があるなら少しでも時間を有効に使ったらどうですか」と答えた。

いつもなら怒り出す汐もその言葉を真摯に受け止め、大人しく訓練を開始する。
その変わりようにアオイは勿論炭治郎も少なからず驚いたが、何にせよまた一緒に訓練を行えることに彼はうれしさをかみしめていた。

だが、汐が戻って来たことを喜んだのは炭治郎だけではなかった。彼らをずっと見てきた三人娘だ。
彼女たちは汐が訓練に来なくなってから明らかに憔悴した炭治郎をずっと見ていた。そして同じく苦しんでいる汐をずっと心配していたからだ。

だからこそ、二人の仲が元通りになったことを三人は心の底から喜んだ。

しかし彼女たちは知らなかった。

二人の距離が、喧嘩をする前よりも近くなっていることに。






「ふぅ・・・」

 

一通り修行を終えた炭治郎は、額から流れる汗をぬぐった。最近は新しいことを始めたせいか、全集中の呼吸を前よりも長く続けられるようになっていた。

その【新しいこと】とは、炭治郎が寝ている間に全集中の呼吸を止めたら、三人娘が布団たたきでぶん殴るという何とも原始的で無茶なものだった。

 

しかしそんな修行でも成果が出ているのか、全集中の呼吸をしたままの訓練もだいぶ体になじんできていた。変わっていく自分の身体驚きつつも嬉しさを感じていた彼の耳に、どこからか聞こえてきた声が届いた。

 

その声を聞いた瞬間、炭治郎の顔に笑みが浮かぶ。それは、洗濯物を干していた三人娘も同じで、声が聞こえてきた裏山の方角を見つめた。

 

声の主は汐。彼女は裏山で全集中の呼吸をしながら発声練習を行うという修行をしていた。汐にとって肺を鍛える一番の修行はそれだった。

だが、それは汐が一人で気づいたわけではなく、あの時来ていた甘露寺から助言されたことを糧に考えたことだった。

 

甘露寺曰く、汐はもう基礎である身体はできていて、あとは効率よく肺を使えるかどうかという段階まで来ているとのこと。

後は汐自身が自分自身の身体をどのように使うことができるか。それが甘露寺が汐に助言したことであり、それを踏まえてたどり着いた修行法がこれだった。

 

全集中の呼吸をしているせいか、裏山から聞こえてくる声はかなり離れた位置にいる炭治郎達にも聞こえてくる。それだけ彼女が頑張っているということだろう。

その事実が炭治郎の心をさらに奮い立たせるという相乗効果を生み出していた。

 

そしてある日の事。

 

訓練場に向かい合って立つのは汐とカナヲの二人。その傍らでは炭治郎と三人娘が固唾をのんで見守っていた。

 

緊迫した雰囲気の中、全身訓練が始まった。

 

「頑張れ!!頑張れ!!」

 

炭治郎と三人娘が応援する中、汐は必死でカナヲを追う。相変わらず彼女の動きは素早く、少しも隙が無い。

しかし汐の動きもそれに負けじと食らいつき、カナヲの動きについていく。そんな汐にカナヲの表情が僅かに変わった。

 

(見える、追える!ついていけている!!)

 

今までは目で追うのもやっとだったカナヲの動きに、汐もついていけている。そしてその手を掴もうと手を伸ばしたときだった。

床に落ちていた汗で足を滑らせ、汐はそのまま顔面から派手に転ぶ。凄まじい音が響き、埃が煙のように上がった。

 

汐を見てカナヲは思わず掴まれそうになった自分の手を見つめる。汐はあおむけに倒れながら、(あと少しだったのに!!)と悔しそうに顔をゆがめた。

 

そんな汐を見て、炭治郎は俄然やる気が出てきた。汐が頑張っている以上、自分も頑張らないわけにはいかない。

そのせいか、次に炭治郎がカナヲに挑むと、やはり汐同様カナヲにしっかりとついていけた。結局彼女を捕まえることはできなかったが、炭治郎も確かな手ごたえを感じた。

 

そして日が落ち、今日の訓練を終えた二人はアオイに挨拶をしてた。するとアオイは何故か顔をしかめてそっぽを向いた。二人は何事かと思い振り返ると、扉からこちらの様子をうかがっている善逸と伊之助と目が合った。二人はそれに気が付くと逃げるように去って行ってしまった。

 

呆れた顔をする汐と心配そうな炭治郎に、アオイは「私は知りませんよ」とだけ言った。

 

翌日。

二人の前には小さな瓢箪が二つあった。かつて話してくれた、カナヲが稽古の時に吹いて破裂させていた強度の高い特製の瓢箪で、三人娘が二人の為に用意してくれたものだった。

 

二人はそれを手にし、目配せをすると大きく息を吸い瓢箪を吹きだした。

 

「頑張れ、頑張れ!頑張れ!!」

 

三人の応援が木霊し、汐と炭治郎は必死で瓢箪を吹き続ける。そして、瓢箪にひびが入ったかと思うと乾いた音を立てて二人の瓢箪が砕けた。

 

「「わ、割れたアアアーーッ!!」」

 

あの硬い瓢箪を割ることができた二人は、手を取り合って喜ぶ。だが、炭治郎は汐の瓢箪を見てぎょっとした。

汐の瓢箪は割れるどころかほとんと粉々で、形を保っている自分の物と比べてもその破損具合は明白だった。

 

(初めて組手をした時もそうだったけれど、やっぱり汐はすごいな。よし、俺ももっと頑張ろう!!)

 

「あとはこの大きい瓢箪だけですね」

 

なほが持ってきた人一人ほどの大きさの瓢箪を見て、二人は顔を合わせてうなずく。明るい笑い声が響くその空間を、善逸と伊之助は焦燥感を顔に出しながら見ていた。

 

翌々日。

 

汐は誰よりも早く訓練場に来て準備運動をしていた。あれほど辛かった訓練も、今は早くしたくて仕方がない。早く全集中・常中を習得したい一心だった。

 

「早いですね」

「あ、しのぶさん。おはようございます!」

 

声がして振り返ると、しのぶが笑みを浮かべながら立っていた。彼女の眼からはやはり微かな怒りの気配はするものの、初めて会った時に比べればだいぶ穏やかになったようにも見えた。

 

「その様子だと炭治郎君とは仲直りができたようですね」

「うん!甘露寺さんとしのぶさんが手伝ってくれたおかげ。本当にありがとう!」

「私は特に何も。ですが、汐さんはもう少し落ち着いて行動をしたほうがいいですね。そうでなければ肝心なところでまた失敗してしまいますよ」

 

ニコニコと笑うしのぶに、汐は手紙作戦が半分失敗したことを悟られていることを悟った。

 

「あ、そうだ。話が変わるんだけれど、あたし、炭治郎達にあたしの、ワダツミの子の事を話そうと思うんだけれど、いい?」

 

ワダツミの子という言葉に、しのぶが微かに反応する。

 

「前に宇髄って人が新しいワダツミの子の情報を教えてくれたんだけれど、そのことを炭治郎にはまだ言っていないし、善逸達に至ってはワダツミの子の事自体話していない。あんまりホイホイ話す内容じゃないのはわかっているけれど、少なくともあたしは、あいつらに隠し事はしたくない」

 

汐のまなざしは真剣そのもので、しのぶは少しばかり考える動作をした。が、小さく息をつくと口を開いた。

 

「そうですね。お館様からは特に口止めをされているわけではありませんし、話してみても大丈夫だと思いますよ。最も、殆どの人が信じられないような話だとは思いますが」

「そうよね。普通人間や鬼に影響を与える声なんて信じられないわよね」

「ですが、彼等ならきっと信じるでしょう。ワダツミの子の話だけではなく――」

 

しのぶがそこまで言いかけた時、訓練場の扉が開いた。振り返った汐はそこにいた顔ぶれに思わず目を見開く。

 

そこにいたのは炭治郎の他、善逸と伊之助が彼の後ろに続いていた。

 

「善逸!伊之助!」

 

汐が思わず名を呼ぶと、二人はびくりと肩を震わせ目を逸らす。が、そばにしのぶの姿を見つけると、人が変わったように背筋を伸ばした。

 

(あーはいはい。二人がいつも通りで安心しましたよっと)

 

汐が心の中で悪態をつくと、しのぶはすっと二人に近づき座らせてから話し出した。

 

「おはようございます。訓練を行う前に、汐さんと炭治郎君が会得しようとしている【全集中・常中】について教えましょう。全集中の呼吸を四六時中やり続けることにより基礎体力が飛躍的に上がります」

 

しのぶの説明に善逸と伊之助は微妙な表情で顔を見合わせた。そんな彼らにしのぶは微笑み、やってみるように促す。

しかし二人にとってもそれはかなりきつかったらしく、数秒後には床に倒れこみ、善逸に至っては「無理ィィィイ!!」と泣きごとを言い出す始末。

 

そんな二人に炭治郎は励ましながらも、何とかコツを教えようとはするが、教え方が壊滅的に下手な彼の説明はもはや人の言語をほとんどなしていなかった。

 

呆れかえる汐と、人外の生き物を見るような表情をする善逸と伊之助。そんな彼らを見かねたのか、しのぶは炭治郎の背後から彼に触れながら近づいた。

顔を微かに赤らめる炭治郎をみて、汐は思いっきり顔を引き攣らせる。そんな汐の音を聞いた善逸の顔が青ざめた。

 

「まあまあ、これは基本の技というか初歩的な技術なので出来て当然ですけれども、会得するには相当な努力が必要ですよね」

 

しのぶはそう言うと、伊之助の下に歩み寄りその肩に手を置いた。

 

「まぁ、()()()()()ですけれども。伊之助君なら簡単かと思っていたのですが、出来ないんですかぁ?()()()()()ですけれど、仕方ないです。できないなら。しょうがない、しょうがない」

 

彼女はそう言って何度も伊之助の肩を叩く。すると伊之助の体がぶるぶると震えだしたかと思うと――

 

「はあ゙ーーん!?できてやるっつーーの、当然に!!舐めるんじゃねぇよ、乳もぎ取るぞコラ!」

 

しのぶは憤慨して声を荒げる伊之助を華麗に躱すと、今度は善逸の手を優しく握りしめながらにっこりと笑顔を浮かべた。

 

「頑張ってください善逸君。()()応援していますよ!」

 

この言葉に善逸の顔が真っ赤に染まったかと思うと――、頭と耳から湯気を噴き出しながらしっかりと返事をした。

 

そんな彼らを眺めながら、汐は(なるほど、あれが魔性の女って奴か)と一人感心していた。しかしそんな汐の背後に、しのぶは音を立てずに回り込むと、

 

「汐さんも頑張ってくださいね。()が見ていますよ」と、小さな声で告げた。

 

その瞬間、汐の頬が赤く染まる。そしてそんな彼女から、炭治郎は以前に感じた若い果実のような不思議な匂いを感じた。

 

「よーし!俺のことを()()に気にかけてくれているしのぶさんのためにも、俺はやるぜ!」

「俺もだぜ!絶対にできて見返してやる!!」

 

どのような形とはいえやる気を出す二人に、汐は声をかけた。そして炭治郎にも話があると告げる。

 

真剣そのものの彼女に、三人の表情が少し強張った。

 

「聞いてほしいの。あんた達に。あたしの、ワダツミの子の事を――」

 

汐の言葉に炭治郎の表情が変わり、善逸と伊之助は怪訝そうな顔で汐を見つめた。汐は一つ深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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