ウタカタノ花   作:薬來ままど

66 / 171
翌朝。熱がだいぶ下がった汐は、机の上に置いてあるそれを真剣な眼で見つめていた。

それはかつて、宇髄が汐の声を制御するために渡した首輪。

全集中・常駐を習得しなければ危険な代物だが、習得した今の汐ならつけることも可能なはずだった。

正直なところ、汐はこれを付けることに抵抗があった。これを付けてしまえば、自分は犬だと認めてしまうことになる。

しかし、自分の力を完全に制御できるかと言われれば、そうだと言い切る自身もない。現に非常事態とはいえ人の命を奪いかねないことをしてしまったことがある。

自分の矜持を優先するか、人の命を守るか。もう答えは決まっていた。

汐は首輪を手に取り、留め具を外し首にはめた。

すると、首輪はすっと汐の首になじんで殆ど苦しさを感じさせなかった。

そして試しに声を出してみると、特に何の制限もなく出すことができた。おそらく普通に声を出したり歌を歌ったりする分には反応せず、危険な歌を歌う時にだけ反応する代物なのだろう。

(こんなものを作れるなんて、あの宇髄って奴、ただの柱じゃなさそうね)

しかし今の汐にはそれ以上のことはわからないため、考えることはしなかった。

それより早く訓練場にいかなければならない。特に昨日は炭治郎に迷惑をかけてしまっただろうし、感謝もしていない。

汐は首輪をつけたまま、訓練場へ足を運んだ。

「行けェ―ッ!負けるなーっ!!!」

訓練場に響く二つの足音に交じって、汐のよく通る声援が聞こえる。全身訓練に挑む炭治郎が、カナヲ相手に奮闘しているのだ。

(俺の身体は変わった!汐も全集中・常中を身に着けた!早く刀を振りたい!この手で、日輪刀を!!)

炭治郎は縦横無尽に動き回るカナヲをしっかりと目で追い、そしてその手で彼女の左腕をしっかりとつかんだ。

「やったぁー!!」

炭治郎の勝利に、汐は三人娘を抱きしめ飛び上がって喜んだ。

そして続いての反射訓練。炭治郎とカナヲの手が驚くほどの速さで動き、両者一歩も譲らない攻防戦だ。

(うおおお、気を緩めるな! いけるぞおおお!!)

「頑張れ炭治郎!あんたならできる!!絶対に大丈夫!!」

汐の声が響き渡り、炭治郎もそれにこたえるように必死で手を動かす。そして炭治郎がとった湯飲みがカナヲの手を振り切る。

(抜けた!!行けぇーー!!)

炭治郎はそのままカナヲに湯飲みを向ける。が、炭治郎の脳内から小さな理性が語り掛ける。

(この薬湯くさいよ。かけたら可哀想だよ)

「!!」

炭治郎は目を見開くが、腕を止めることはできない。しかしその代わりに、彼はカナヲの頭の上に薬湯の入った湯飲みを乗せた。

固まる炭治郎と呆然とするカナヲ。一瞬の沈黙が辺りを支配したが・・・

「かっ・・・勝ったぁーー!!」
「勝ったのかな?」
「かけるのも置くのも同じだよ」
「やったわね炭治郎!!あんたもすごいじゃない!!」

見事カナヲに勝利を収めた炭治郎は、汐達と手を取り合って喜びの舞を舞う。

「んじゃ次はあたしの番ね!今日も負けないわよ―っ!!」

炭治郎に負けたことが引き金になったのか、汐の前に座るカナヲに笑顔はない。それが彼女が本気であることが見て取れた。

(今までとは違う目つき。カナヲも本気になったみたいね。でも、あたしだって負けない!!)

そして始まる汐とカナヲの訓練は、昨日よりも激しさを増していて炭治郎ですら唖然となるほどだった。そしてなんと、汐は10戦中6回の勝利をおさめ、確実に強くなっていることを実感した。

そんな様子を善逸と伊之助は顔を引き攣らせながら見ていた。
このままじゃ不味いと感じた二人は、以前よりも負荷を増やした修行を開始した。汐、炭治郎の二人がカナヲに勝利を収めたことに焦り、そしてやる気を燃やしたのだ。

(うぉおおおお!!)
(負けねぇええええ!!!)

二人の気合に満ちた声が響き、蝶屋敷はこれ以上ない程騒がしくなる。

そして二人が天賦の才能を持っているせいなのか。汐と炭治郎が何日もかかった全集中・常中を、僅か十日ほどで習得してしまうことになるとはだれも知らなかった。


肆(再投稿)

それは、汐達が全集中・常中を習得する数か月前の事。

 

琵琶の鳴り響く音が耳に響き、下弦の陸ははっとした表情であたりを見回した。上も下もも右も左も部屋や階段で埋め尽くされ、自分が今どこにどうやって立っていることすらわからない不可思議な場所にいた。

 

(なんだ・・・?ここは・・・)

 

下弦の陸が上を見上げると、琵琶を抱えて座る、髪で顔を隠した女の鬼が撥を動かし音を奏でていた。

 

(あの女の血鬼術か?あの女を中心に空間がゆがんでいるようだ)

 

そして再び周りを見回すと、自分以外にも複数の鬼がこの空間に存在していることが確認できた。

 

下弦の壱、下弦の弐、下弦の参、下弦の肆。そして下弦の陸。十二鬼月の()()のみここに集められているようだった。

 

(こんなことは初めてだぞ。下弦の伍は・・・まだ来ていない)

 

わけがわからないという表情できょろきょろとあたりをまた見回していると、再び琵琶の音が響き渡った。

そして気が付けば皆一か所に集められるように移動していた。

 

(移動した!!また血鬼術!!)

 

下弦の壱以外は慌てふためく様に視線を移動させているが、ふと何かの気配を感じた下弦の陸が上を見上げた。

 

そこには、真っ白い顔に真紅の眼。黒を基調とした着物を纏い、金の髪飾りを付けた女が一人、鬼たちを見下ろすように立っていた。

 

(なんだこの女は・・・誰だ?)

 

女は冷徹な眼差しで彼らをしばらく見据えた後、真っ赤な紅を引いたその口を静かに動かした。

 

「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」

 

その声が耳に入った瞬間。皆踏みつぶされたかのように一斉に両手をつき、額を床に押し付けた。

顔中から汗が瞬時に吹き出し、床に雫を落としていく。

 

(無惨様だ・・・無惨様の声。わからなかった。姿も気配も依然と違う。凄まじい精度の擬態)

 

「も、申し訳ございません。お姿も気配も異なっていらしたので・・・」

「誰が喋って良いと言った?貴様共のくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれたことのみ答えよ」

 

紅一点の下弦の肆の言葉を、無惨はぴしゃりと跳ねのけ言い放つ。その言葉に全員がガタガタと身を震わせた。

 

「累が殺された。下弦の伍だ。私が問いたいのは一つのみ。『何故下弦の鬼はそれ程まで弱いのか』」

 

口調は静かなものだがその顔には青筋が浮かび、無惨が憤っていることが見て取れた。

 

「十二鬼月に数えられたからと言って終わりではない。そこから始まりだ。より人を喰らい、より強くなり私に役に立つための始まり」

 

無惨は少し目を伏せた後、再び冷徹な声で話し始めた。

 

「ここ百年余り、十二鬼月の上弦は顔ぶれが変わらない。鬼狩りの柱共を葬ってきたのは常に上弦の鬼たちだ。しかし、下弦はどうか?何度入れ替わった?」

 

あまりにも理不尽な問いかけに、下弦の陸は思わず心の中で(そんなことを俺たちに言われても・・・)と呟いた。すると

 

「“そんなことを俺たちに言われても”。なんだ?言ってみろ」

 

先程考えていたことをそのまま言い当てられ、下弦の陸の全身に冷たいものが走る。

 

(思考が・・・読めるのか?まずい・・・)

「何がまずい?言ってみろ」

 

そう言って顔を上げた無惨の顔には、いくつも青筋が浮かんだまさに鬼の形相が張り付いていた。

 

鬼舞辻無惨。彼は己が血を分け与えたものの思考を読み取ることができる。姿が見える距離ならば全ての思考の読み取りが可能であり、離れれば離れる程鮮明には読み取れなくはなるが位置は把握している。そう、()()()()()()()()()のだ。

 

だから禰豆子が産屋敷邸に連行された時点で、通常ならば本拠地は彼に知られていた。しかし、無惨はそれをいま把握できていないのは。

 

禰豆子が珠世同様、彼の呪いを自力で外しているからである。が、それをまだ知らない。

 

「お許しくださいませ、鬼舞辻様!どうか、どうかお慈悲を・・・!!」

 

下弦の陸の身体が、無惨からあふれ出た肉色のおぞましいものに絡めとられ持ち上げられていく。

 

「申し訳ありません!申し訳ありません!!」

 

彼は必死に謝罪の言葉を述べ許しを請う。それは決して建前なのではなく、心の底からの声だった。

 

だが無惨は顔色一つ変えることなくただ黙って見据えている。すると肉片から巨大な口が現れたかと思うと、悲鳴を聞く間もなく下弦の陸をかみ砕いた。

 

おびただしい量の真紅の飛沫が、まるで雨のように下弦の鬼たちに降り注ぐ。やがて肉の怪物は鬼を飲み込むと、下品に大きくおくびをした。

 

(なんでこんなことに?殺されるのか?せっかく十二鬼月になれたのに。なぜだ・・・なぜだ・・・俺はこれからもっと・・・もっと)

 

下弦の参はまとまらない思考の中、必死に考えを巡らせる。

 

「私よりも鬼狩りの方が怖いか」

 

無惨の冷たい声に、下弦の肆が方を大きく震わせたかと思うと、引き攣った声で否定した。

 

「お前はいつも鬼狩りの柱と遭遇した場合、逃亡しようと思っているな」

 

無惨の目が下弦の肆を静かに映すと、彼女は真っ青な顔で涙目になりながら答えた。

 

「いいえ思っていません!!私は貴方様の為に命を懸けて戦います!!」

「お前は私の言うことを否定するのか?」

 

しかし彼女の決意に満ちた声は無惨の冷徹な言葉にかき消され、泣き出す間もなく先ほどの怪物に身体を引き裂かれた。

血を啜る嫌な音を聴きながら、下弦の参は心の中ですべてが終わることを悲観していた。思考は読まれ、肯定しても否定しても殺される。戦って勝てるはずもない。

 

(なら・・・逃げるしかない!!)

 

下弦の参は瞬時にその場から飛び上がり、建物の中を瞬時に駆け出した。そんな彼を眺めながら、下弦の壱は(愚かだなあ)と心の中でつぶやいた。

 

(これだけ離れれば、何とか逃げ切れ・・・)

 

しかし下弦の参が気が付いたときには、その頭は無惨の右手に掴まれていた。頸から下はなく、流れ出る血が畳を赤く汚していく。

 

「もはや十二鬼月は上弦のみでよいと思っている。下弦の鬼は解体する」

 

何が起こっているのか分からず、下弦の参は目を瞬かせた。琵琶の女鬼の能力だろうか?いや、彼が思う限り琵琶の音はしなかった。

そしてなぜか、日光か日輪刀でしか致命傷を与えられないはずの鬼の身体が再生しない。

 

「最期に何か言い残すことは?」

 

下弦の参の頭を無造作に投げ捨てながら、無惨は残っている二人の鬼に問うた。すると下弦の弐が顔を上げると、必死に無惨に訴え始めた。

 

「私はまだお役に立てます!もう少しだけ御猶予を戴けるならば必ずお役に!」

「具体的にどれ程の猶予を?お前はどのように役に立てる?今のお前の力でどれ程のことができる?」

 

無惨が問いかけると、下弦の弐は一瞬だけ言葉を切ると、思いついたように答えた。

 

「血を!!貴方様の血を分けて戴ければ、私は必ず血に順応して見せます。より強力な鬼となり戦います!!」

「何故私がお前の指図で血を与えねばならんのだ。甚だ図々しい。身の程を弁えろ」

 

しかし彼の必死な訴えは、無惨の怒りに満ちた声によって再びかき消された。

 

「違います!違います!!私は、私は――」

「黙れ。何も違わない。私は何も間違えない。全ての決定権は私にある。私の言うことは絶対である。お前に拒否する権利はない。私が正しいと言ったことが正しいのだ。お前は私に指図した。死に値する」

 

そして下弦の弐も、また物を言わぬ屍となった。

 

「最期に言い残すことは?」

 

一人だけ残った鬼に、無惨は先ほどと同じ質問を投げかけた。下弦の壱は顔に血をべっとりと付着させながら、呆然と無惨を見上げている。

 

(こいつも殺される。この方の気分次第ですべて決まる。俺ももう、死ぬ)

 

下弦の参は、薄れていく意識の中そんなことを思っていた。頭が崩れ出し、最期の時が近いことを感じていた。

 

「そうですねぇ・・・」

 

下弦の壱はねっとりとした声でそう言うと、赤く染まった顔を無惨に向けて語りだした。

 

「私は夢見心地で御座います。貴方様直々に手を下していただけるなんて。他の鬼の断末魔を聞けて楽しかった。幸せでした」

 

そう言う下弦の壱の表情は恍惚感に満ち溢れており、心の底から幸せを感じているようだった。その異様さに、下弦の参は思わず目を見開く。

 

「人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので、夢に見る程好きなので、私を最後まで残してくださってありがとう」

 

そんな彼を無惨はしばらく見据えていたが、目を細めたかと思うと肉片を針のようにとがらせ下弦の壱の首筋に打ち込んだ。

そこから大量の血が下弦の壱の身体に流れ込んでいくと、彼は苦し気に喘ぎながらのたうち回った。

 

「気に入った。私の血をふんだんに分けてやろう。但しお前は血の量に耐え切れず死ぬかもしれない。だが、順応できたのならば、更なる強さを手に入れるだろう。」

 

――そして私の役に立て。鬼狩りの柱を殺せ。

 

「耳に花札のような飾りを付けた鬼狩りと青髪の娘――ワダツミの子を殺せばもっと血を分けてやる」

 

無惨は自分の耳と髪を指さしながら無惨は下弦の壱にそう命じた。

 

再び琵琶の音が鳴り響くと、無惨の姿は何処へと消えてゆき、下弦の壱もまた別の場所へと戻された。血を与えられた反動ですぐには動けなかったが、彼の頭の中に何かが浮かんでくる。

 

それは、自分に向かって走ってくる耳に花札のような飾りを付けた少年と、青い髪を揺らしながら歌を奏でる少女の二人。

 

「うふ、ふふふ、は、柱と、この子供二人を殺せばもっと血を戴ける・・・夢心地だ・・・!」

 

下弦の壱の声は、闇の中に静かに消えていった。

 

*   *   *   *   *

 

「いやぁ、流石無惨様。なかなかに面白い見世物だったね、ねえ猗窩座(あかざ)殿。」

 

どこかの空間で一人の青年の鬼が愉快気に語ると、猗窩座(あかざ)と呼ばれた男の鬼は不機嫌そうに顔をゆがめていった。

 

「黙れ。近寄るな。そもそも弱い奴に存在する価値はない」

 

それだけを言うと彼はそのままどこかへと去って行った。そんな猗窩座(あかざ)に、青年の鬼は特に気にするそぶりもなくへらへらと笑う。

 

「ありゃ、俺も嫌われたものだね。まあ別にいいけど。それよりも黒死牟(こくしぼう)殿。この前無惨様がおっしゃってた【ワダツミの子】っていったい何なんだい?」

 

青年の鬼は、陰に隠れるようにして佇む鬼に声をかけた。黒死牟と呼ばれた鬼は振り返ることなく口を開いた。

 

「ワダツミの子・・・人や鬼に・・・作用する・・・声を持つ青髪の・・・娘だ。私が嘗ていた時代でも・・・ワダツミの子は存在した」

「へぇ、声に不思議な力を持つ女の子か。面白いね。それはまるで人間じゃなくて鬼に近いと思わないかい?」

「だが・・・奴らは日の下を歩くことができ・・・致命傷を負えば死に至る・・・なんとも脆い存在だ。ずっと昔から・・・また・・・生まれたのか・・・」

 

彼は何かを思い出すかのように目を細めると、そのまま闇の中へ消えていく。その仕草に青年の鬼はほんの少しだけ気にはなったが、すぐにどうでもいいと思ってしまう。

 

「さて、俺はどうしようかな。これからやること、あったっけ?」

 

まるで緊張感のないその風貌は、かえって恐ろしさを助長させる。その彼の目には『上弦・弐』とはっきり刻まれていた。




おまけSC

汐「納得できない。納得できないわ」
炭「どうしたんだ?しかめっ面をして」
汐「だってあたしたちがあんなに苦労して習得した全集中・常中を、あいつらたった十日でできるようになってんのよ?何この不公平感」
炭「仕方ないよ。二人はすごい才能を持ってる。善逸は一年くらい修行をしてあの強さだし、伊之助に至っては育手なしで今まで戦ってきたんだから」
汐「それは、そうなんだけど・・・」
炭「それに、俺は汐が誰よりも頑張っていたことをずっとそばで見てきたから知ってる。だからこそ誰よりも早くカナヲに勝てたんじゃないか。そんな汐を、俺はすごいと思うし尊敬している。だから自信を持ってほしい」
汐「あんたってどうしてそんなこっぱずかしいことを・・・。でも、ありがとう。すごく、嬉しい」
炭「えっ!?あ、ああ。うん。どういたしまして・・・」

二人「「・・・・・」」

善「爆発しろ!!お前等今すぐ爆発しろォォォ!!!

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。