ウタカタノ花   作:薬來ままど

67 / 171
汐と喧嘩をした後の炭治郎視点の物語


幕間その肆
竈門炭治郎の溜息(少しだけ強めの恋愛描写有)


汐と喧嘩をした翌日。とうとう訓練場には炭治郎ただ一人だけになってしまい、アオイは激怒し三人娘も心配そうに炭治郎を見つめていた。

その所為か定かではないが、その後訓練ではいつもの半分以下の実力しか出せずアオイをイラつかせてしまい、これ以上の訓練は難しいと判断され部屋に戻されてしまった。

 

あの時の汐の敵意と怒りの匂いと、自分に向ける鋭い視線が目に焼き付いてしまい、それがさらに炭治郎の心を重くさせた。

 

陰鬱な表情で部屋に戻ると、目を覚ましていた禰豆子が炭治郎に駆け寄ってきた。炭治郎は無理やり笑顔を作りながら禰豆子の頭をなでたが、違和感を感じた彼女は不思議そうな表情で彼を見上げた。

炭治郎はそのままベッドに座ると、大きなため息をついて頭を抱えた。そんな彼を心配してか、禰豆子はそっと手を膝の上に置く。

 

「禰豆子・・・」

 

炭治郎はそのまま汐と些細なことで喧嘩をしてしまったことを話し出した。汐の様子が変だったから声を掛けたら怒られ、そのままかっとなって言い返してしまったこと。そして汐も訓練に来なくなってしまったこと。なんであんなことを言ってしまったのかを全て話した。

 

すると禰豆子は、腕を引っ張りながら真剣な表情で炭治郎を見つめた。その姿を見て彼は、昔兄弟たちの喧嘩を仲裁していたことを思い出す。

 

――言いたいことはきちんと言わなければいけない。そして、悪いところがあればきちんと謝らなくてはいけない。

 

「汐と話をしてみるよ。兄ちゃん、頑張ってみる!」

 

炭治郎は決意を込めた表情で立ち上がると、禰豆子は嬉しそうに笑った。そんな彼らの音を秘かに聞いていた善逸は、なんとも言えない表情で自分の胸を抑えた。

 

*   *   *   *   *

 

だが、炭治郎は自分の考えがいかに甘かったことを知ることになった。

 

まず、肝心な汐に全く会えていない。というのも、朝早く汐の部屋に何度か行ってみたのはいいが、いくら声をかけても返事はなく部屋にはいつも鍵がかかっている。

そして何より、ずっと部屋から出ていないのか汐の匂いが全くしないのだ。

 

もしかしたらと思い訓練場に行っても、汐の姿はなく炭治郎は重い心のまま訓練に挑み、そして敗北する日々か続いた。

 

しのぶに相談しようと考えてはみたが、何故かしのぶとも会えず、善逸に相談するも「痴話喧嘩」として片付けられてしまい、炭治郎は悶々とした時間を過ごした。

 

そしてある日の事。

 

炭治郎はいつものようにカナヲに敗北し、薬湯の悪臭を漂わせながら部屋に戻って来た。しかし、悪臭に混ざって違う匂いが炭治郎の鼻をかすめる。

 

(あれ?この匂いは・・・)

 

微かだが汐の匂いを感じ、炭治郎の胸が音を立てる。そして善逸に汐が来ていたのかを確認すると、彼は振り返りもせず「枕の近くを探せ」とだけ告げた。

その言葉の意味が分からず、炭治郎は怪訝な表情をするが言われたとおりに枕のそばを調べてみた。

 

するとそこに、朝はなかったはずの一通の手紙を見つけ手に取る。手紙からははっきりと汐の匂いを感じ、炭治郎はすぐさま封を開け中を見る。

 

だがそこに書かれていたのは、文字が滲み切って殆ど読めない手紙のようなものだった。

 

(な、なんだこれ?文字が滲んで読めないけど・・・汐が書いたのは間違いないよな)

 

しかしその代わりに残る汐の匂いは、刺々しい感情など一切ない、微かな不安と温かな感情。

 

(汐!)

 

炭治郎は手紙を握りしめると、すぐさま部屋を飛び出し汐の部屋に向かった。そんな彼を、善逸は呆れたような少しうれしそうな表情を浮かべ、眼を閉じた。

 

汐に会いたい!会って話がしたい!それだけの思いで炭治郎は汐の元へ急ぎ、その扉を大きく開けた。が、その瞬間。

 

ぎゃあああああ!!!!急に入ってくんな!!

 

耳をつんざくような悲鳴を上げ、汐は枕を炭治郎の顔面に投げつける。その痛みに涙目になりながらも、炭治郎は手紙だったものを汐に見せ何が書いてあるのか尋ねようとした。

ところが汐はそれを見た瞬間、とんでもなく汚い高音で叫ぶと、炭治郎はなすすべもなく部屋から追い出された。

しかしここで引き下がるわけにはいかない。炭治郎は大きく息を吸うと扉の向こうにいる汐に声をかけた。

 

「なあ、汐」

「何よ!笑いたければ笑いなさいよ。あんたに謝りたくて手紙を書いたけれど、結局肝心なところで失敗するあたしを思い切り笑いなさいよ」

 

扉越しから聞こえてきた声に、炭治郎の身体が微かに震える。汐が自分とほぼ同じ気持ちだったことが嬉しかったのだ。

だから炭治郎はそんな彼女に、汐が部屋まで来てくれたことが嬉しかったと告げた。

 

「ごめん、汐。お前の言う通り、俺は無神経だった。匂いでわかっていても人の心の全てをわかるわけじゃない。誰にだって知られたくないことはあるのに、人の心の奥に土足で踏み込むような真似をしてしまった。本当にごめん!」

 

自分の嘘偽り無い気持ちを言葉にして伝えると、しばしの沈黙が辺りを包む。が、それから扉越しに汐の声が聞こえてきた。

 

「あたしの方こそごめん。あんたの話も聞かないで一方的に怒鳴るし、言葉遣いも悪いし。全部あんたの言う通りだった。あたしのせいであんたがどれだけ恥ずかしい思いをしているのか考えることができなくて、本当にごめん!」

 

汐の言葉に炭治郎の心が大きく揺れた。汐の口が悪いのは性格上仕方のないことだし、間違ったことは言っていないことを知っているから、まさか彼女から謝罪の言葉を聞くとは思わず炭治郎は慌てて口を開いた。

 

「いや、悪いのは俺だ」

「ううん、あたしよ」

「いいや、俺だ」

「あたしだってば!」

 

扉越しに交わされる不思議な謝罪合戦が少し続いた後、汐と炭治郎は同時に吹き出す。そしてどちらかともなく笑い出した。

何だか本当にくだらないことで悩んでいたような気がして、おかしくてたまらなかったのだ。

 

「汐。中に入れてくれないか。きちんと顔を見て話がしたい」

 

炭治郎は真剣な声色で扉に向かってそう言うと、少し待ってから扉がゆっくりと開いた。そして数日振りにみた汐の顔は、心なしか疲れているように見えた。

 

そのまま二人でベッドに座ると、汐から不安の匂いがした。炭治郎は息を一つつくと、自分が気になっていたことを思い切って聞いてみた。

 

それは、あの時の汐の奇妙な感情。怒っているような悔しがっているような匂い。無意識に抱え込んでしまう癖がある汐に、炭治郎はまた何か悩んでいるのではないだろうかとずっと気になっていたのだ。

 

すると汐は、ぽつりぽつりと話し出した。あの夜に汐も炭治郎と瞑想をしようとしてたこと。その時に炭治郎がしのぶと二人で話しているのを見て胸に痛みを感じたこと。

それと似たような感覚を珠世といた時にも感じたこと。

 

それを聞いた炭治郎は、呆然と汐を見つめていた。男の炭治郎の眼からしても、あの二人はとても綺麗だと思った。そんな彼女たちが汐はうらやましく、あこがれていたのではないか。それならば、あの時珠世としのぶの名前が汐の口から出てきた理由に納得がいく。

 

それを指摘すると、汐は少し違うがそんなところだと答えた。しかし炭治郎はそれは無理だと思った。

珠世もしのぶも確かに綺麗だ。しかし、二人が同じかと言えばそうではない。二人は全く違う人だし、綺麗の度合いも全く違う。それは汐だって同じだと炭治郎は語った。それに、汐は自分のことを卑下しているように言っているが、彼女の美しい姿を炭治郎は知っていた。

 

「柱合裁判の時、汐がお館様や柱の人たちの前で歌を歌っただろう?あの時の汐を見た時、目が離せなかったんだ。その、あまりにも綺麗すぎて・・・」

 

あの時。青い髪をなびかせながら歌を奏でる彼女に、炭治郎は目も心も釘付けになり、息をすることさえも忘れた。だから、あまり気にしなくてもいいんじゃないか。

 

炭治郎がそう言おうとしたその時だった。

 

「ばっばっ、ばばばばば・・・・!馬鹿あっ!!」

 

汐は顔を真っ赤にしながら炭治郎に向かって手を上げる。それを慌てて躱すと、彼女の身体は体勢を崩し今にもベッドから落ちそうだ。

 

「危ない!!」

 

炭治郎は咄嗟に汐の腕を掴むと思い切り引っ張った。だが、勢いがあまり、二人はそのままベッドに倒れこんだ。

 

「!!」

 

目を開けると、すぐ近くに汐の顔があった。吐息が掛かりそうなほどの近い距離で、炭治郎は初めて汐の顔をまじまじと見た。

 

海の底のような真っ青な美しい髪と、同じくらいに青い目。思ったよりもまつげは長く、唇や頬はよく熟れた果実のように赤かった。

今までずっと見てきたはずの汐の顔は、今まで見たことがない程艶やかで、炭治郎の胸をかき乱した。

 

が、不意に風が吹いて窓枠が音を立て、炭治郎のは我に返る。汐も我に返ったように目を見開くと、二人は慌てて距離をとった。

 

「そ、そろそろ戻るよ。善逸や伊之助も戻ってくると思うし」

「そ、そうね。それがいいわね、うん」

 

二人は目を合わせないまま立ち上がると、炭治郎はそのまま部屋を出て行こうとした。そんな彼の背中に、汐は声をかける。

 

「あ、あたし、明日から訓練に参加するから」

 

「えっ!?本当に!?」

 

「アオイに怒られるのは正直いやだけど、このまま負けっぱなしなのはもっと嫌だから」

 

汐の言葉に、炭治郎の胸の中に喜びが沸き上がってくるのを感じた。ゆるむ口元を隠すように、炭治郎は汐とあいさつを交わすと部屋を後にした。

 

しかし彼の足はその場から動かなかった。先ほどの事を思い出し、顔に一気に熱が籠る。

 

(汐ってあんなに・・・あんなに・・・)

 

思い出しただけで言いようのない衝動に襲われそうになった炭治郎は、収まらない鼓動に戸惑いながらも自室へ戻った。

 

「その音の様子じゃ、汐ちゃんと仲直りはできたんだな」

 

部屋では体を起こした善逸が、言葉とは裏腹な微妙な表情で炭治郎を見ていた。炭治郎はそんな善逸に「ああ」と満面の笑みで返す。

しかし善逸は、何が気に入らないのか変な顔で炭治郎を見据え、彼から感じる匂いに炭治郎は怪訝な顔をした。

 

「善逸?どうしたんだ?なんだか匂いが・・・」

「もう痴話喧嘩はこれっきりにしろよ。うるさくてたまらないんだからな」

 

善逸はそう言って再びごろりとベッドに寝転がり、そのまま寝息を立て始めた。その寝つきの良さに炭治郎は驚きつつも、善逸が心配してくれていたことにうれしくなり、笑みを浮かべるのだった。




アンケートのご協力ありがとうございました。
その結果、炭治郎と善逸の二人に決めさせていただきました。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。