ウタカタノ花   作:薬來ままど

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善逸が頑張る汐達を見て少しだけ頑張る話(うるさい善逸はほとんどいません)


我妻善逸の憂鬱

善逸は顔をどこかの動物のように思い切りしかめながら、木目調の天井を睨みつけていた。

 

汐と炭治郎がつい先日些細なことで喧嘩をして、そして仲直りをした。これだけならいいのだが、その後の二人の音が明らかに違い、彼をイラつかせた。

しかも二人とも()()()()()()()ことが、さらに善逸の不快感をあおっていた。

 

だが、本当に彼が嫌だと思っているのはそれではない。一番腹立たしいのは、自分自身だ。

 

汐と炭治郎は何やら新しいことを始めたようで、夜中には布団を叩く音と炭治郎の悲鳴が。日中には山の方から歌声が聞こえてくるようになった。

それを見るたび、善逸の胸は痛んだ。不甲斐ない自分と、あっという間に遠ざかってしまいそうな二人との距離。

 

そしてある日。善逸は何を思ったのか重たい足取りで訓練場に向かっていた。もちろん、訓練をするつもりはなかった。けれど何故か二人が気になった彼は、そっと訓練場の扉の隙間から中を覗いた。

 

そこではカナヲ相手に奮闘する汐の姿があった。初めて訓練を受けた時とは別人のような動きに、善逸は目を見開く。

 

「あいつ・・・すげぇ・・・」

 

いつの間にかそばにいた伊之助が、汐の動きを見て思わず声を漏らす。あと一歩のところで転んでしまった汐だったが、その雄姿に善逸の胸が大きく跳ねた。

 

次の炭治郎の番でも、汐同様カナヲについていこうとする姿を見て、善逸は自分の胸を抑えた。俺は何をしているんだ。二人はあんなに頑張っているのに・・・

 

努力することが苦手で、地味にコツコツやることがしんどい善逸。修行時代もなかなか成果が上げられず、師匠や兄弟子に怒られてばかりいた忌まわしい記憶。

けれど、汐と炭治郎はそんな自分を強いと言ってくれた。自信をつかせてくれた。

 

それなのに。自分は今ここで何もせずにいる。本当にそれでいいんだろうか。

 

そんなことを考えていると、不意にアオイと目が合った。アオイはしかめっ面でそっぽを向き、それに気づいた汐と炭治郎とも目が合う。

 

罰が悪くなった善逸と伊之助は、そのまま自室へと戻り、ベッドに四肢を投げ出すように寝転がった。

 

そして翌日。庭先から汐達の声が聞こえた善逸は、気配を殺しながらその様子を見ていた。(何故か伊之助もついてきたが)

 

二人は真剣な表情で瓢箪を握っている。何をするんだろうと思っていると、二人は目配せをした後、大きく息を吸い瓢箪を吹き始めた。

 

「頑張れ、頑張れ!頑張れ!!」

 

三人の応援が木霊し、汐と炭治郎は必死で瓢箪を吹き続ける。そして、瓢箪にひびが入ったかと思うと乾いた音を立てて二人の瓢箪が砕けた。

その様子を見た伊之助の喉から音が漏れたのを、善逸は聞き逃さなかった。

 

「「わ、割れたアアアーーッ!!」」

 

二人は手を取り合って喜び、あたりに幸せな音が響き渡る。明るい笑い声が響くその空間を、善逸と伊之助は焦燥感を顔に出しながら見ていた。

 

さらに翌日。

 

伊之助のイビキが響き渡る中善逸が目を覚ますと、そこに炭治郎の姿はない。まだ夜が明けたばかりだというのに、もう訓練に出ていると思うとすごいと思う反面自分自身が嫌になる。

 

努力することは苦手で、地味にコツコツやるのが一番しんどい善逸は、そんな自分に不甲斐なさをいつも感じていた。

 

すると突然、善逸の鎹雀のチュン太郎(本名うこぎ)が善逸の腕に止まった。善逸は彼に、炭治郎に教えてもらっているけれど全然できないことを漏らす。

彼に雀の言葉はわからないが、心なしか辛辣な言葉をかけられている気がする。

 

善逸は小さくため息をつくと、処方された薬を一気に煽った。舌が痺れるような強烈な苦みとえぐさが善逸の味覚を刺激する。

すると突如、眠っていたはずの伊之助が音もなく立ち上がった。心なしか彼の音に、決意が宿っているように思える。

 

「行くぞ、紋逸」

 

伊之助はそれだけを言うと、足早に部屋を出て行く。善逸もあわててその後を追った。

 

訓練場に行く前に厠から出てきた炭治郎と会い、そのまま訓練場に行くと既に汐が到着していた。彼女は二人の姿を見て嬉しそうに名前を呼ぶ。

その声に善逸は罪悪感を感じたが、そばにいたしのぶの存在を認知すると、途端に背筋が伸びた。

 

「おはようございます。訓練を行う前に、汐さんと炭治郎君が会得しようとしている【全集中・常中】について教えましょう。全集中の呼吸を四六時中やり続けることにより基礎体力が飛躍的に上がります」

 

しのぶの説明に善逸と伊之助は微妙な表情で顔を見合わせた。そんな彼らにしのぶは微笑み、やってみるように促す。

しかしその苛酷さは想像以上であり、善逸は大声で泣きごと言った。

 

そんな二人に炭治郎は励ましながらも、何とかコツを教えようとはするが、教え方が壊滅的に下手な彼の説明はもはや人の言語をほとんどなしていなかった。

 

呆れかえる汐と、人外の生き物を見るような表情をする善逸と伊之助。そんな彼らを見かねたのか、しのぶは炭治郎の背後から彼に触れながら近づいた。

 

顔を微かに赤らめる炭治郎をみて、汐は思いっきり顔を引き攣らせる。その音の恐ろしさに、善逸は思わず顔を青くした。

 

「まあまあ、これは基本の技というか初歩的な技術なので出来て当然ですけれども、会得するには相当な努力が必要ですよね」

 

しのぶはそう言うと、伊之助の下に歩み寄りその肩に手を置いた。

 

「まぁ、()()()()()ですけれども。伊之助君なら簡単かと思っていたのですが、出来ないんですかぁ?()()()()()ですけれど、仕方ないです。できないなら。しょうがない、しょうがない」

 

彼女はそう言って何度も伊之助の肩を叩く。すると伊之助の体がぶるぶると震えだしたかと思うと――

 

「はあ゙ーーん!?できてやるっつーーの、当然に!!舐めるんじゃねぇよ、乳もぎ取るぞコラ!」

 

しのぶは憤慨して声を荒げる伊之助を華麗に躱すと、今度は善逸の手を優しく握りしめながらにっこりと笑顔を浮かべた。

 

「頑張ってください善逸君。()()応援していますよ!」

 

その瞬間、善逸の体温が急激に上がり、顔に熱が籠る。こんな綺麗な人が自分を()()応援してくれている!それだけで彼の心は激しく燃え上がった。

 

「よーし!俺のことを()()に気にかけてくれているしのぶさんのためにも、俺はやるぜ!」

「俺もだぜ!絶対にできて見返してやる!!」

 

理由はともあれ二人はやる気を出し、さっそく練習に取りかかろうとする。すると突然、背後から汐が自分たちを呼び、話があると言った。

 

振り返った時に見た汐の顔は真剣そのもので、それは音にも表れている。善逸は思わず息をのみ、少し上ずった声で返事をした。

 

汐は少しだけ考えるように目を伏せた後、意を決して口を開いた。

 

「聞いてほしいの。あんた達に。あたしの、ワダツミの子の事を――」

 

汐の言葉に炭治郎の表情が変わり、善逸と伊之助は怪訝そうな顔で汐を見つめた。汐は一つ深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。

 

それはにわかには信じられない話だった。ワダツミの子。独特な波長の声を持ち、人や鬼に影響を与える青髪の女性。

 

かつては汐以外にも何人か存在し、その特殊な力故にある時は崇められ、ある時は迫害され、ある時は女故に欲望のはけ口にされ、力を悪用しようとする者たちもいたこと。

そのためワダツミの子の本能は、人の目から自信を逸らす特性を生み出し、自分が男に間違われるのはそのためだと汐は語った。

 

あまりにも常軌を逸脱した事に、善逸は呆然と汐を見つめた。だが、同時に初めて出会ったときに感じた感覚の正体を、今理解することができた。

 

彼女の声を初めて聴いたとき、この人は本当に人間なのかとすら思った。声を聞いているだけで不思議と心が動き、勇気すら沸いてくる。

自分の思い違いではないかと思ったが、今の話を聞いて納得した。

 

しかし汐の音には恐れと不安が見て取れた。自分の声のことを気味悪いだろうとさえ言った。確かに普通の人から汐を見れば、そう思われてしまうことはあるだろう。

嘗ての自分がそうだったように。

 

だからこそ善逸は首を横に振った。

 

「確かに人や鬼に影響を及ぼす声なんて普通じゃありえないんだろうけど、俺だって耳がよすぎて気味悪がられたことが何回もあるんだ。だから俺は君の声を気味悪いなんて思わないし、君が正しくその力を使うって信じてる」

 

「善逸・・・」

 

ほほ笑む善逸に、汐は恥ずかしいのか目を伏せる。そんな二人をほほえましく見る炭治郎。

伊之助は汐の話が理解できなかったのか善逸に説明を求めたが、簡単に説明をすると「別にお前が何者だろうが、俺には関係ねえからな。それよりもさっさとさっきの全集中なんとかを俺は早くやりてえんだよ!」と返ってきた。

 

あまりの言い草に呆れていると、伊之助はそのまま外に出て行こうとする。どこへ行くんだと言いながら彼を追いかけると、汐が二人を呼び止めた。

 

「ありがとう」

 

汐の心からの言葉と笑顔に、二人の心臓が跳ね上がる。思わずくらりと傾きそうになった善逸だが、自分には禰豆子という心に決めた女の子が居るんだと呟く。

しかしそれでも、少しでも汐の心を軽くすることができたと思うと、嬉しさを感じずにはいられなかった。

 

それから善逸も炭治郎達と修行に参加した。勿論耳から心臓が飛び出しそうなほどつらく、苦しかった。

 

けれどどんどん先へ行く汐と炭治郎に追いつきたいと思う微かな気持ちが、彼を前へと進ませた。

 

そして数日後。善逸と伊之助は汐が遂にカナヲに勝ったという知らせを聞いて青ざめた。さらに翌日には炭治郎が彼女に勝利を収めたところを目撃する。

そして反射訓練では汐とカナヲがほぼ互角に渡り合っているところを目の当たりにして、さらに顔を青くさせた。

 

うぉおおおおおおおお!!!!

 

善逸は必死の思いで塀の上を走り、伊之助も負けないという思いで岩を使った訓練をこなす。

 

そしてその数日後の事。

 

「いけー!!善逸!!頑張れ!!」

 

炭治郎と汐が応援する中、善逸はカナヲとの全身訓練に挑む。アオイが始まりの合図をした瞬間。善逸の身体が目にもとまらぬ速さで動いた。

 

瞬きをする一瞬の間に、善逸の右手はカナヲの手を握っていた。

 

「!!!」

 

善逸は思わず息をのみ、ことを見守っていた汐と炭治郎は歓声を上げた。その後の訓練でも善逸はカナヲに勝利をおさめ、ようやく全集中・常中を習得を習得できたことを感じた。

 

「善逸!!」

 

汗を流す善逸に、汐は笑顔で手ぬぐいを渡す。善逸は礼を言って手ぬぐいを受け取ると、顔の汗を拭いた。

 

「やったじゃない善逸!あんたってやっぱりすごいわ!カナヲをあんなに速く捕まえられるなんて。やればできる男ってあんたのことを言うのね」

「そんな、褒めすぎだよ。君の方がすごいよ。一番早くカナヲちゃんに勝ったんだもの」

 

そう言って目を伏せる善逸の背中を、汐は思い切り叩いた。悲鳴を上げて咳き込む彼に、汐は慌てて背中をさすった。

 

「あの、その。あの時はごめん、善逸」

「え?何のこと?」

「前にあんたのその・・・大事なところを蹴り上げちゃったから・・・謝っておきたくて」

 

顔を伏せてそう言う汐に、善逸は苦笑いを浮かべながら言った。

 

「いいよ、べつに。って言いたいけれど、あそこを蹴るのは本当に勘弁してくれ。君はわからないかもしれないけれど、あそこは男にとっては急所中の急所だからね」

「うん、肝に銘じるわ。だからあんたも、滅多なことを言うもんじゃないわよ」

「あれ?俺謝られてるよね?全然謝られている感じがしないけれど・・・」

 

なんとなく収集が付かなくなりそうだと察した善逸は、話題を変えようと口を開いた。

 

「ねえ汐ちゃん。前に君がワダツミの子の事を思い切って打ち明けてくれたことを覚えてる?汐ちゃんが炭治郎のことで悩む前にも、君からは悩んでいるような音が聞こえたんだ。でもそれが何なのかわからなくて、滅多なことを言って君を幻滅させたくもなかった。だからあの時、君がワダツミの子の事を打ち明けてくれて本当にうれしかったんだ。大事なことを話してくれたことが」

「・・・そうね。あたし信用していたようで心のどこかであんた達を怖がっていたの。炭治郎や禰豆子は受け入れてくれたけど、あんた達に受け入れられなかったらどうしようって。でもそうじゃなかった。むしろ、あんた達を信用できていなかった自分自身が馬鹿に見えたわ。だから、ありがとうね、善逸」

 

汐はそう言ってにっこり笑うと、善逸の顔に熱が籠る。彼女の音はいつもの優しい潮騒のような音になっていた。

 

(ああ、なるほどな。炭治郎が気になるのもわかる気がする)

 

しかしそれを口にしてしまったら、たちまち彼女の音は荒れ狂うだろう。それを危惧した善逸は、言葉を飲み込み笑顔を向けた。

 

汐の音が、笑顔がこれからもここにあるように願いながら――

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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