ウタカタノ花   作:薬來ままど

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汐が全集中・常中を習得する少し前の話


煉獄杏寿郎の驚愕

「失礼する。胡蝶はいるか?」

 

蟲柱・胡蝶しのぶが構える蝶屋敷に、炎柱・煉獄杏寿郎が顔を出した。しのぶは少し驚いたように目を見開き、どうしたのか問いただす。

 

「傷薬が切れてしまってな。次の任務まで補充をしておきたい」

「それは構いませんが、どこか怪我をされたのなら私が診ましょうか?」

「いや、俺は怪我をしていない。任務中に出会った負傷者の手当てをしていたら薬が底をついてしまったんだ!」

 

困っているようで全く困っていないような笑顔に、しのぶは小さくため息をつくと「承りました」と答えた。

 

「用意しますので少々お待ちください」

「うむ!」

 

煉獄はそう言って用意された椅子に座ろうとした、その時だった。外から声のようなものが聞こえ、煉獄の耳に届く。

 

「ん?外から何か聞こえる様だ」

 

煉獄はそう言って、窓から外へ顔を出した。声のようなものは裏山の方から聞こえてくる。

 

「大海原汐さんですよ。今、全集中・常中を覚えようとしているようで、ああして彼女独自の修行をしているようです」

「あの青い髪の少女か!」

 

煉獄は以前柱合裁判で、輝哉や柱達の前で歌を披露した汐を思い出し目を輝かせた。あの時の身体が浄化されるような不思議な感覚がよみがえる。

 

「気になるならば様子をご覧になってはいかがですか?薬を処方するまで少々時間がかかりそうですので」

「む!いいのか?」

「はい。ですが、あまり彼女を驚かせないようにしてくださいね」

「心得た」

 

煉獄はそう言って屋敷を出ると、まるで誘われるように声が聞こえる裏山へ足を進めた。

何故かはわからないが、彼はあの日からあの光景が忘れられず、ぜひともまたあの歌を聴きたいと思っていた。

 

それが叶うかもしれないと思うと煉獄の心は、子供のように踊った。そうでなくとも、前に進もうとしている後輩を見ると自分自身も鼓舞されるため、決して無駄ではないだろう。

 

少し山を登ったところで煉獄は足を止めた。白い岩場の前で青い髪をなびかせながら声を出している汐の姿を見つけたからだ。

 

煉獄は彼女に声をかけようと一歩踏み出そうとしたとき、突如声が止まった。それと同時に彼の足も止まる。

 

一体どうしたのだろうかと怪訝そうな表情を浮かべた煉獄だったが、汐は目を閉じて大きく息を吸うとゆっくりと口を開いた。

 

その瞬間。世界が揺れたような衝撃が煉獄を穿った。全集中の呼吸をしているせいか、汐の口から出てきた旋律は、以前に披露したものとはまるで違っていた。

 

あの時は魂が浄化されるような不思議な感覚だったが、今の歌声はまるですべての命が目覚め首を立てるような感覚。

 

とても十代半ばの少女の歌唱力ではない。否、人間の為せる業ではないと煉獄は心から思った。

 

(これが、ワダツミの子の歌声・・・)

 

鬼舞辻無惨が怖れる、神の如き歌声を持つ青髪の少女。時代が大きく動くときには必ず現れていたという、謎多き存在。それがワダツミの子。

 

煉獄の身体の奥から何かがこみ上げ、体が熱を持つ。足は縫い付けられたように動かず、瞬きも息をすることも忘れ、ただただ汐の姿だけを見つめていた。

 

歌が佳境と思われる部分にに入った瞬間、煉獄は不思議なものを見た。

 

墨を流したような夜空に浮かぶ、白金色の月。その下には空と同じ色の海が広がり、その中心で岩に座り歌を奏でる、青く長い髪をした女性。

だが、それは本当に一瞬で、瞬きをすればそこは海ではなく山であり、女性の姿も汐に戻っていた。

 

今のはいったいなんだ?と、煉獄が考えようとしたとき、不意に歌が止まった。

 

汐は途中で歌を中断し、苦しそうに息をついた。やはり全集中をしながら歌を歌うのは辛いのか、呼吸が乱れている。

しかし彼女は諦めず、もう一度発生練習を開始する。それから少しずつ、声の高さや息づかいを調節し効率のよい呼吸の仕方を掴もうとしていた。

 

煉獄はそんな汐を見て口元に笑みを浮かべると、そっと音もなくその場を後にした。

あの歌の続きが聴けないのは残念だったが、もしもまた会うことがあればまた聴く機会があるだろう。

 

それに、何故かはわからないが、汐とはもう一度どこかで会えそうな気がする。そんな感覚が彼にはあった。

 

「あれ?今さっき誰かがいたような気がしたけど・・・気のせい、かな?」

 

煉獄が去った後、汐は誰かの気配を感じあたりを見回したが、そこには誰の姿もなく、ただ優しい風が木々を揺らす音が聞こえているだけだった。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、煉獄さん。薬の準備ができていますよ」

 

戻って来た煉獄を、しのぶは笑みを浮かべながら出迎えた。彼女の前には傷薬と、それ以外の薬がいくつかある。

 

「胡蝶。俺は傷薬だけでいいと言ったはずだが、これは?」

「胃薬と酔い止めの薬です。もしもの時の為にと用意させていただきました」

「胃薬はともかく、酔い止めは特に必要はないと思うのだが」

「念のためです。もしもというのは、決してありえないことではありませんから」

 

そう言ってしのぶは薬を袋に詰めると、煉獄に渡した。煉獄は少しばかり眉根を動かしたが、特に咎める言葉もなく満面の笑みで「ありがたい!」とだけ告げ薬を受け取った。

 

「ああそうだ。汐さんの様子はどうでしたか?」

 

しのぶの問いに煉獄は、つい先ほどあったことを嬉しそうに話した。汐が頑張っていること、しっかりと前を向いていること。

そして、彼女の持つ不思議な声の力を今一度体験したこと。

 

「残念ながら歌の全てを聴くことはかなわなかったが、機会があればまた聴きたいものだ」

「煉獄さんはすっかり彼女の歌の虜ですね」

「虜、かどうかはわからん。だが、何故かあの少女の歌は何度でも聞いてみたいと思ってしまう。何故かはわからなんがな!」

 

そう言って煉獄は高らかに笑う。何故それほどまで汐のことが気になるのか、その時の彼は知る由もなかった。

 

そう、誰も知らなかった。この先、彼らがどのような運命をたどるのかを――

 

 

 

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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