ウタカタノ花   作:薬來ままど

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「朝デスヨォ~。起キテ下サァ~イ」

まだ日も昇らぬ明け方、汐のそばで鎹鴉のソラノタユウは間延びした声で鳴いた。汐は眠い目をこすりながら何事かと体を起こす。

「【無限列車】ノ被害ガ拡ガッテイルトノコト~。四十名以上ノ消息ガ不明トナッテイマス~。忌々シキ事態ノタメ、現地ノ炎柱、煉獄杏寿郎様ト合流シ、鬼ノ討伐ヲオ願イシマス~」

新たに告げられた任務に、汐は跳ね起き顔を叩いた。数か月ぶりの任務に、気分が高揚するのを感じる。

(あたしはあたしが守りたいものを守るために刀を振るうわ。そして絶対に、人を傷つける鬼を許さない)

決意を新たにし、汐は昇り始めた太陽を見て表情を引き締めるのであった。



十四章:無限列車


「はい。口を開けてゆっくりと声を出してくださいね」

 

しのぶの診察室で汐は言われたとおりに口を開けて声を出す。それを見てからしのぶは小さくうなずいた。

 

「特に問題はなさそうですね。お見送りはできませんが、これからも頑張ってくださいね」

「うん、わかったわ。いろいろ面倒を見てくれてありがとう。精いっぱい頑張るわね!」

 

しのぶの言葉に汐は笑顔で返事をすると、部屋を出ようとした。

 

「あ、汐さん。出かける前にこれをどうぞ」

 

そう言ってしのぶは汐に小さな袋を手渡した。汐は怪訝そうな顔をしながら袋を開けると、そこには粉薬のようなものが入っていた。

 

「喉の薬です。ウタカタを使うあなたに必要になると思いまして」

 

しのぶの言う通り、汐の使うウタカタは喉に多大なる負担をかけるものだ。下手をしたら喉がつぶれてしまうこともないとは言い切れない。

それを危惧した彼女が特別に調合してくれたものだった。

 

「わあ、何から何まで本当にありがとう」

「いいえ、どういたしまして。さあ、任務まであまり時間がありませんよ」

 

しのぶの言葉に汐ははっとした表情をすると慌てて部屋を出た。

 

「さて、さっさと準備をして出発しないと」

 

顔を洗って髪を整えた汐は、着替える為に部屋へ向かっていた。が、前方から足音が聞こえ誰かが来る気配がする。

 

汐はぶつからないように端によけたが、向かってきた者はそれでも汐の体にぶつかった。

 

「いたっ!ちょっとあんた!どこ見て歩いてんの?」

 

汐が抗議の声を上げるが、すれ違った者の背中を見て汐は息をのんだ。

そこにいたのは自分よりも五寸以上も背が高く、がっしりとした体つきの男性で、特徴的な髪形をしていた。

 

(あ、あいつ。もしかして最終選別の時で女の子を殴って炭治郎に腕を折られた奴だわ!?っていうかデカッ!!伊之助よりでかいんじゃない!?)

 

驚くほどの体格に汐が目を見張る中、彼は振り返ることなく角を曲がっていった。

 

無視されたことには腹が立ったが、これ以上遅くなっては時間に間に合わなくなってしまうことを危惧した汐は慌てて部屋へ戻っていった。

 

(あ、そうだ。部屋に行く前にアオイとカナヲに挨拶をしていこう)

 

汐はそう思い、踵を返して廊下を歩く。すると、縁側にたたずんでいるカナヲを見つけた。

 

(あ、カナヲだ。そう言えばあたし、ここに来てからずいぶんカナヲに負けたな。でも、そのおかげで新しいことができるようになったんだから、きちんと礼を言わないと)

 

「カナヲ!」

 

汐は背後からカナヲに声をかける。また無視されてしまうかもしれないとは思ったが、それでも自分の気持ちだけは伝えたかった。

 

ところが、カナヲは何とそのまま大きく肩を震わせ、あろうことか縁側から転げ落ちてしまった。

 

「えっ!?ちょっとちょっと!大丈夫!?」

 

まさかカナヲがこんな状態になるとは思わず、汐は慌ててカナヲを起こした。顔を見ると特に怪我はしていないが、顎が土で汚れている。

だが、汐はカナヲの眼を見て思わず息をのんだ。いつもの人形のように感情が殆ど読めない眼ではなく、微かだが動揺が宿っていた。

 

「カナヲ、あんた・・・」

 

汐が何かを言う前にカナヲは瞬時に汐から距離をとった。その行動に汐は少し悲しい気分になったものの、しのぶから聞かされていたことを思い出しそのまま口を開いた。

 

「カナヲ。ごめんね。あたし、あんたが自分で決めることが苦手なことをしのぶさんにちょっとだけ聞いたの。あんたが何かを決めるとき、銅貨を投げているってことも。どういう理由かははっきりとは知らないけれど、誰にでも苦手なことの一つや二つあるのは仕方ないことだと思う。現にあたしも、苦手なものはたくさんあるしね」

 

だけどね。と、汐はつづけた。

 

「あたし、ちょっと嬉しかったんだ。あんたが嫌な顔をせずに訓練に何度も付き合ってくれたこと。あたしの歌を聴いてくれたこと。指示されたことを守っただけかもしれないけれど、それでもあんたがいろいろ付き合ってくれたのには変わりないわ。だからいつか、あんたが自分の意思で何かをしたいと思ったら、あたし全力で手伝うから」

 

――だから、ありがとうね。そして頑張って!

 

汐は満面の笑みでカナヲに言葉を投げかけると、その言葉はカナヲの耳から心にしみわたっていく。そして、先程炭治郎から言われた言葉が脳裏によみがえった。

 

「じゃ、元気で。もしまた会えたら、今度は勝ち越してやるんだから」

 

そんなことを言いながら背中を向ける汐に、カナヲの胸が大きく音を立てた。そして

 

「あ、あのっ!!」

 

カナヲの口から声が漏れる。汐はびっくりした表情で振り返ると、カナヲの眼には確かな感情が見て取れた。

そして

 

「さようなら」

 

カナヲの口から言葉が飛び出す。それは銅貨を投げて決めたものではなく、初めて聞いた彼女自身の言葉。

汐の表情がみるみる輝くものになり、彼女も「うん!またね!!」と大きく手を振りながら去って行った。

 

「あ、アオイ!」

 

中庭に行くと、アオイは忙しそうに洗濯物を干していたが、汐の姿を見つけると思わず息をのんだ。

 

「な、何か御用ですか?」

いつもと違い、声を詰まらせるアオイに汐は特に気にする様子もなく口を開いた。

 

「あんたにきちんとお礼が言いたくて。あたしたちを支えてくれて本当にありがとう。あんたの思いはあたしたちがしっかりと持っていくから、変なこと気にするんじゃいわよ」

 

汐はそう言って去ろうとするが、アオイが背後から呼び止める。振り返るとアオイは少しだけ目を潤わせながら、「死なないでください」とだけ言った。

その言葉に汐は驚いて目を見開くも、次には笑顔になり「わかったわ!」とだけ答えてその場を後にした。

 

*   *   *   *   *

 

蝶屋敷を出る四人の前には、人一人ほどの大きさの巨大な瓢箪があった。

四人は真剣な面持ちで(伊之助は被り物を外して)瓢箪をとると、大きく息を吸い吹き出した。

 

「頑張れ頑張れ頑張れ!!」

 

三人娘たちが応援する中、四人の瓢箪に亀裂が入ったかと思うと、音を立てて砕け散った。

 

「やったー!!」

 

飛び跳ねながら喜ぶ三人娘たちは、その後おにぎりを差し入れとして汐を除く三人に差し出した。

伊之助はすぐさま手を伸ばすが、それを善逸が阻止する。そして汐には小分けにされた別のおにぎりを差し出した。

 

「ありがとう!あんた達には本当に世話になったわ。元気でね」

「はい!汐さんも、どうか炭治郎さんとこれからもなかよくしてくださいね」

「えぅ!?あ、うん。何とかやってみるわ」

 

思わぬ言葉にたじろぐ汐だが、それを見ていた伊之助が隙を見て汐に出されたおにぎりを掴んだ。

 

「あ、だ、駄目です伊之助さん!それは汐さん専用のおにぎりで・・・」

 

きよが制止するが既に遅く、伊之助はおにぎりを一気に口に押し込んだ。が、次の瞬間。

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

 

伊之助は奇声を上げながら顔を真っ赤にし、苦しそうにのたうち回る。それもそのはず。そのおにぎりは、辛いものが大好きな汐の為に三人娘たちが作った、特製激辛明太子入りのおにぎりだったのだ。

 

「て、てめぇ!なんてもん喰わせ・・・」

 

辛さのあまりうまくしゃべれない伊之助を、汐は冷ややかに見降ろし「自業自得よ」とだけ告げた。その光景を善逸は青ざめながら見、炭治郎は慌てて伊之助に水を飲ませた。

 

「いっぱい鬼を倒してくださいね!皆さん、お達者で!!!」

 

三人娘たちの激励の声が響き、炭治郎と善逸は涙を流し、伊之助は湧き上がってくるほわほわした感情に戸惑い、そんな男どもを汐が尻を叩いて前に進ませる。

しかし汐の目にも涙が光り、別れを惜しんでいることを炭治郎は見逃さなかった。

 

――ありがとう、みんな。行ってきます!!

 

*   *   *   *   *

 

「鴉が言ってたのはこのあたりよね。確か柱の煉獄さんって人がいるんだっけ?」

「そのはずだけど、見当たらないな。あの人かなり特徴的な外見だから、すぐ見つかると思うんだけど」

 

鎹鴉の言っていた炎柱・煉獄杏寿郎を捜しながら、汐達は指定された場所をうろつく。そこは人が行きかう施設のようなところだった。

どのような場所なのかは皆知らされておらず、ここがどのような施設なのかもわからなかった。

 

しかし善逸だけはその場所が何の施設か知っているようなそぶりを見せている。汐がここは何なのか聞こうとした時だった。

 

「おい、おいおい!!」

 

突然伊之助が立ち止まり、声を震わせながら叫ぶ。

 

「なんだあの生き物はーーーっ!!!」

 

伊之助の眼前に広がっていたのは、【無限】と書かれた大きな蒸気機関車だった。

 

その大きさに伊之助は固まり、炭治郎と汐も思わず口を開ける。

 

「こいつはアレだぜ、この土地の主・・・・この土地を統べる者!」

「へ?いや、流石にそれは違うでしょ」

 

伊之助の言葉に汐は冷静に返すと、伊之助は慌てた様子で「声を出すんじゃねえ!」と制止した。

 

「この長さ、威圧感。間違いねぇ。今は眠っているようだが油断するな!!」

 

警戒心を剥き出しにする伊之助に、善逸は呆れた様子でため息をつき、「いや、汽車だよ。知らねぇのかよ?」と答えた。

 

そんな善逸を伊之助は乱暴に制止させると、刀に手をかけ攻め込もうと構えた。が、それを炭治郎が静かに制止させる。

 

流石は炭治郎と言いたげに善逸が顔を向けると、炭治郎は真剣な面持ちで口を開いた。

 

「この土地の守り神かもしれないだろう。それから、急に攻撃するのはよくない」

 

あまりにも真面目におかしなことを言う炭治郎に、善逸はこの上ない程の呆れ切った視線を向けた。

 

「いや、汽車だって言ってるじゃんか。列車。わかる?乗り物なの、人を乗せる・・・この田舎者が」

「つまり、人を乗せて陸の上を走る船のようなものね」

「その例えもどうかと思うけれど、まあこいつらよりはましかな」

 

汐の少しずれた例えに善逸は軽めに突っ込むも、これ以上余計なことを言って汐に殴られてはかなわないと追及はしないことにした。

 

「列車?じゃあ鴉が言ってたのはこれか?」

「無限って書いてあるし、そうじゃない?でも無限っていったいどういう意味なのかしら?」

 

炭治郎と汐が首をひねっていると、突然伊之助が徐に列車から距離をとった。

何事かと思い、目を丸くしていると、伊之助は突如声高らかに「猪突猛進!」と叫び、あろうことか頭から列車に突進した。

 

「ちょっ、何やってんのよあんた!!」

「やめろ恥ずかしい!!」

 

汐と善逸が慌てて伊之助を羽交い絞めにして引きはがすと、騒ぎを聞きつけたのか駅員が警笛を鳴らしながら走ってきた。

彼等は汐達が帯刀しているのをみて、瞬時に顔色を変える。

 

「こ、こいつら刀持ってるぞ!警官だ、警官を呼べ!!」

「やばいっ!!あんたたち、ずらかるわよ!!」

 

汐は炭治郎の手を取り、善逸は伊之助をひっつかんで一目散に逃げだした。

 

人気のないところに身を隠し、落ち着いた善逸は伊之助のせいで散々な目に遭ったことを責め立てた。

それに対して伊之助は、何故警官から逃げ出さなければならないと詰め寄る。

 

「政府公認の組織じゃないからな、俺たち鬼殺隊。堂々と刀持って歩けないんだよ、ホントは。鬼がどうのこうの言っても、却々(なかなか)信じてもらえんし、混乱するだろ」

「一生懸命頑張っているのに」

 

悲しそうな顔をする炭治郎に、汐は「そう言うもんなんでしょ、お偉いさんなんて」と突っぱねるように言った。

 

「それよりどうすんのよ。こんなところでしょっ引かれるのは勘弁だわ」

「とりあえず、刀は背中に隠そう」

 

善逸の提案に汐と炭治郎は頷き、腰から刀を外して背中に隠した。が、伊之助は上半身には何も身に纏っていないため、刀が見事に丸見えだった。

 

「・・・丸見えじゃない」

「服着ろ馬鹿」

 

汐と善逸の容赦ない言葉が伊之助を穿ち、炭治郎は小さくため息をつくと持っていた大きな布で伊之助の体を覆って刀を隠した。

 

「ここに煉獄さんがいないってことは、もう乗り込んでいるんじゃない?」

「その可能性はありかも。よし。俺が切符を買ってくるから、お前らはそこから動くなよ?」

 

善逸は三人にくぎを刺すように言うと、切符を買うために走り去って行った。

 

善逸が戻ってくるまで、汐は伊之助を見張りつつ、思っていたことを口にした。

 

「ねえ、炭治郎。禰豆子を連れてきてよかったの?」

「え?」

「鬼殺隊本部に預けてもらったら、危険な目に遭ったりしなかったんじゃないのって思って」

 

そう言う汐からは、心配している匂いがした。汐が禰豆子のことを本気で心配しているのはわかってた。

けれど炭治郎は首を横に振り、これでいいと言った。

 

「俺たちはもう何があっても離れたりはしない。どこへ行くときも一緒だ」

「・・・そう、だったわね。ごめんね、野暮なこと聞いて」

「いいや、汐は禰豆子のことを思って言ってくれたんだろう?お前が禰豆子を大切に思ってくれている。それだけで俺はうれしいんだ」

 

炭治郎はそう言って汐の手をそっと握ると、小さくありがとうと告げる。その手の温かさに、汐の顔に熱が籠った。

 

その時、汽車が大きな汽笛を鳴らし出発の合図をする。

 

「ちょっと!出発するんじゃない!?善逸は何やってんのよ!?」

「まずい!二人とも列車に飛び乗るんだ!ほら、伊之助!!」

 

炭治郎に促されて汐と伊之助は走り出す。すると、後ろの方からすごい速さで走ってくる善逸の姿が見えた。

 

「炭治郎!汐ちゃん!伊之助!!」

「善逸!!早く!!こっちよ!!」

 

涙目になりながら走ってくる善逸の手を、汐はしっかりとつかみ動き出す列車に引き上げた。

列車は常軌を上げながら、漆黒の夜を切り裂くように進む。その速さに伊之助は興奮し、汐は顔にかかる風の心地よさに目を輝かせた。

 

しかし、この時の四人は知る由もなかった。

 

この列車に、既に大きな脅威が巣食っていることに・・・

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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