車内に入るなり伊之助は興奮が最高潮に達したのか、声を上げて騒ぎ出した。
「主の腹の中だ!!うぉおお!!戦いの始まりだ!!」
「うるせーよ!」
そんな伊之助に善逸が声を荒げながら制止し、そんな善逸を見ながら汐は「普段はあんたがうるさいけどね」と冷ややかに突っ込んだ。
車内には数人の客が降り、眠っている者、会話をしている者、本を読んでいる者など様々だ。
汐達はあたりを見回しながら目的の人物を捜すが、それらしき人の姿は見当たらない。
「柱だっけ?その煉獄さん。ちゃんと顔とかわかるのか?」
「すぐわかると思うわよ?ものすごく特徴的だし」
「そうそう。派手な髪の人だったし、匂いも覚えているから。だいぶ近づいて・・・」
善逸の問いかけに汐と炭治郎が答えた、その時だった。
「うまい!」
突然耳をつんざくような大きな声が、前方から響いてきた。そのあまりの声の大きさに、善逸は思わず耳を塞ぎ、汐と炭治郎は飛び上がった。
「うまい!うまい!うまい!うまい!」
汐達は顔を見合わせると、声のする方に足を進めた。
声の主の元にたどり着いた汐達は、目の前の光景に開いた口が塞がらなくなった。
燃え盛るような炎の如き髪の色をした一人の男が、凄まじい勢いで弁当を口に運んでいる。しかも、一口食すたびに「うまい!」という言葉を大声で口にしている。
「あの人が炎柱?」
「うん」
「ただの食いしん坊じゃなくて?」
「・・・うん」
善逸は思わず炭治郎に聞き返すと、炭治郎も唖然としながら返事をした。その間にも煉獄は「うまい!」を連呼しながら弁当を食し続けている。
そんな彼に、炭治郎はおずおずと声をかけた。
「あの・・・すみません」
「うまい!」
「れ、煉獄さん・・・」
しかし炭治郎の声が聞こえないのか、煉獄は相も変わらず弁当に夢中になっている。
「あ、もうそれは、すごくわかりました」
炭治郎はそう言うが、煉獄の箸は止まらずまた一つ、空の弁当箱が増えていく。しびれを切らした汐は、炭治郎を押しのけると煉獄の前に立った。
「煉獄さん!!ちょっといい!?」
汐も負けじと声を張り上げるが、煉獄は未だにうまいと言いながら次の弁当を開けようとしている。
「煉獄さん!人の話は聞こう!!どこ見てる!?あたしたちの事ちゃんと見てる!?」
耳元で声を張り上げるも、汐の声は煉獄の声にかき消されてしまい聞いていないように見える。その態度にとうとう汐の堪忍袋の緒が切れたのか、大きく息を吸うと耳元に口を寄せ声を張り上げた。
「聞けやァァァァ!!この食いしん坊万歳ィィィ!!!」
煉獄以上の大声に善逸は勿論、炭治郎と伊之助まで耳を塞いだ。すると煉獄はようやく箸を止め、汐達の方を向いた。
「おお!君たちはあの時の。来ていたのならもっと早く声をかけてくれれば、弁当を分けていたのだが」
「さっきからずっと声をかけてたけど!?もしかして本当に聞こえてなかったのこの人!?」
汐の突っ込みに煉獄は高らかに笑い、炭治郎達は脱力したのか、疲れた顔で項垂れていた。
「それに君は青い髪の少女!確か名前は・・・」
「大海原汐」
「そうだ、大海原少女!よもや三度も君に会えるとは!今日はよき日だ」
煉獄はそう言って喜びの宿った眼で汐を見るが、汐は彼の言葉に違和感を感じた。
「三度目って、あたしたちが会ったのって柱合裁判の時だけじゃなかったっけ?」
「いや、君が胡蝶の屋敷にいた時、俺は用があって赴いたのだが、その時に裏山で歌の練習をしている君を見ているんだ」
煉獄の言葉に、汐は驚きのあまり目を剥いた。
「練習って、見てたって、ええっ!?いつ!?」
「あれはよく晴れた日で、風が心地よい日だった!」
「いやそうじゃなくて!見ていたんなら声をかけてくれればよかったのに」
「そのつもりだったのだが、あまりにも美しかったので声をかけるのを忘れていた」
そう言って煉獄はからからと笑うが、彼が放った言葉に汐の顔に一気に熱が籠った。
「え!?い、今、美しいって・・・」
「ああ!とても美しい歌声だった!」
「・・・なんだ、歌ね・・・」
「そして、その歌を奏でる君もまた、目を奪われるほどに美しかった!!」
一度下げられたと思いきや再び絶賛され、汐の顔は青から赤へと様々な色に変わる。そんな彼女を炭治郎は(忙しそうだな)とぼんやり考えていた。
「だが、残念ながら最後まで聴くことはできなかったが、もしも君にもう一度会えたなら、ぜひ最後まで聴きたいと思っていた!もしも君さえよければ、俺にあの時練習していた歌を最後まで聴かせてくれないか?」
「え?あ、はい。あたしでよければ」
汐は煉獄の勢いに流されて思わず返事をしてしまうと、煉獄は目を輝かせ、心の底からうれしそうに笑った。
「本当か!?なら約束だ!!」
思わぬ約束を交わされて汐は面食らったが、彼が本当に楽しみにしていることは確かであり、何より自分の歌をほめてくれたことに悪い気はしない。
にっこりと笑って小指を自分に向ける煉獄に、汐も微笑んで自分の指をからませた。
その後、乗務員たちが煉獄の食べた大量の弁当箱を片付けている中。
汐は煉獄と向かい合い、炭治郎は煉獄の隣に、善逸と伊之助は通路を挟んだ向かいの席に座った。
炭治郎は煉獄に、自分が累との戦いの際に使ったヒノカミ神楽について話し、何か知っていることはあるか尋ねた。
「うむ!そう言うことか!」
煉獄は炭治郎の話を一通り聞いた後、大きくうなずき、炭治郎は何か心当たりがあるのかと目を輝かせた。
「だが知らん!『ヒノカミ神楽』と言う言葉も 初耳だ!君の父がやっていた神楽が戦いに応用出来たのは実にめでたいが、この話はこれで お終いだな!!」
勝手に話を終わらせたことに炭治郎は驚き、慌てて口をはさんだ。
「えっ!?ちょっともう少し・・・」
「俺の継子になるといい。面倒を見てやろう」
「待ってください。そしてどこ見てるんですか」
「炎の呼吸は歴史が古い!」
全くかみ合っていない会話に汐は呆れ、善逸は(変な人だな)と心の中でつぶやき、伊之助は流れていく外の景色に夢中になっていた。
「炎と水の剣士は、どの時代でも必ず柱に入っていた。炎、水、風、岩、雷が基本の呼吸だ。他の呼吸は、それらから枝分かれしてできたもの。霞は風から派生している」
それから煉獄は炭治郎に刀の色を尋ね、炭治郎が黒であると答えると、煉獄は腕を組みながら「きついな!」と言った。
「きついんですかね」
「黒刀の剣士が柱になったのを見たことがない!更には、どの系統を極めればいいのかも分からないと聞く!ならば俺の所で鍛えてあげよう。もう安心だ!」
機関銃のようにまくしたてる煉獄に、炭治郎は戸惑いながらも(面倒見がいい人だな)と思った。が、その時ふと。刀の話を聞いて思いついたことがあった。
(汐の刀は角度を変えると色が変わる不思議なものだったな。黒が出世できない、系統が分からないなら彼女はいったい何なんだろう)
「なあ、汐。お前のかた・・・な・・・」
炭治郎は前に座る汐に声をかけたが、その声が急速にしぼんでいく。
それもそのはず。目の前に座る汐は、真っ青な顔でぐったりと背もたれに身体を預けていた。
「汐!?どうしたんだ!?」
そう言えば先ほどから汐が妙に静かだと思っていたが、煉獄の声の大きさと話の興味深さですっかり失念していた。
炭治郎は慌てて汐に駆け寄ると、汐は小さな声で「き・・・もち・・・わるい・・・」とだけ答えた。
「お前っ・・・まさか、列車に酔ったのか!?船酔いはしないんじゃなかったのか!?」
「こんな、密封された・・・乗り物は・・・初めてで・・・うっ・・・!」
青白い顔でおくびをする汐に、どうしたらいいかわからず狼狽える炭治郎。
「むっ、乗り物酔いか。いかんな。溝口少年、窓を開けてもらえるか?」
炭治郎が窓を少し開けたのを確認すると、煉獄は羽織の内側から小さな袋を取り出し汐の傍に寄った。
「これは胡蝶から処方された酔い止めの丸薬だ。噛んで飲みなさい」
煉獄は汐の手に丸薬を握らせると、彼女は直ぐに口に含む。が、あまりいい味ではなかったのか思い切り顔をしかめた。
そんな汐を見て煉獄は再び何かを取り出すと、汐の前に差し出した。
「それでも我慢ができなくなったらこれを使うといい」
それは袋がいくつも重なったようなもので、おそらくその時が来たら使えということだろう。
汐は小さく礼を言うと袋を受け取り、そのまま再び背もたれに寄りかかった。
列車は速度を上げて暗闇の中を突き進む。伊之助はすっかり興奮し、窓を全開にして身を乗り出しながら声を上げた。
「うおおおおおお!すげぇ、すげぇ!速ぇぇぇ!!」
「危ない!馬鹿この・・・」
そんな伊之助を善逸が慌てて引き戻そうとするが、興奮しきっているせいか善逸を振り払いながら頭を外に出す。
「俺外に出て走るから!!どっちが速いか競争する!!」
「馬鹿にも程があるだろ!!」
とんでもないこと言いだす伊之助に、善逸は全身全霊で伊之助を引き止める。そんな二人を見て煉獄はいつ鬼が出るかわからないから危険であることを告げた。
それを聞いた瞬間、伊之助を除く全員が肩を震わせ、善逸は瞬時に顔を青ざめさせると汚い高音で喚きだした。
「嘘でしょ!?鬼出るんですか、この汽車!?」
「出る!」
「出んのかい!!嫌ァーーーーーッ!!鬼の出る所に移動してるんじゃなくてここに出るの、嫌ァーーーーーッ!! 俺、降りる!!」
涙目になりあたふたする善逸に、煉獄は冷静な声色で状況を説明した。
短期間のうちにこの汽車で四十人以上の人が消息を絶ち、数名の隊士を送り込んだが誰一人として帰って来る者はいなかった。
「だから、柱である俺が来た!」
「はァーーーーーッ、成る程ね、降ります!!」
煉獄の説明を聞いた善逸は、ますます顔を青くし、ぎゃあぎゃあと喚き続ける。そんな善逸に対して汐は気分の悪さから動くことができずに殴りたい衝動を抑えていた。
その時だった。
「切符・・・拝見・・・いたします」
列車の奥から制服に身を包んだ一人の駅員が、か細い声でそう言いながら歩いてきた。薬のお陰か少しだけ気分が回復した汐が体を起こし、あれは何だと煉獄に尋ねた。
「むっ、大海原少女。気が付いたか。あれは車掌さん。切符を確認して切り込みを入れてくれるんだ!」
煉獄の言った通り、車掌は喚く善逸や騒ぐ伊之助から切符を受け取ると、専用の機器でぱちぱちと音を立てながら切符を切っていく。
だが、彼が切符を切った瞬間。汐は微かだが妙な気配を感じた。
(なに・・・今の気配・・・本当に微かだけど・・・鬼のような気配が・・・)
「拝見しました・・・」
そう言う車掌の顔は病人の様に青白く、とても仕事ができそうな状態ではない。もしかして彼も自分と同じ列車に酔ったのかと思い、汐は声をかけようとした。
だが、煉獄はそんな汐の肩にそっと手を置くと「動くな」と小さく告げた。
汐がびくりと震えると、煉獄は刀を手にしてすぐさま立ち上がり、車掌を庇うように立った。
「車掌さん、危険だから下がっててくれ!火急のことゆえ、帯刀は不問にして頂きたい」
そう告げる彼の眼前には、顔がいくつも連なったような醜悪な姿の鬼が一匹。這うようにしてこちらを見ていた。
その異形の姿にあちこちから悲鳴が上がる。しかし煉獄は臆さず、静かに刀を抜きはらった。
「その巨躯隠していたのは血鬼術か!!気配も探りづらかった。しかし・・・」
――罪なき人に牙を剥こうものならば、この煉獄の赫き炎刀が、お前の骨まで焼き尽くす!!」
鬼が口を開き、耳を塞ぎたくなるような雄たけびを上げた。真っ青な顔で動けない炭治郎と善逸。しかし
――炎の呼吸――
壱ノ型 不知火
煉獄の身体が轟音を上げながら動き、瞬時に鬼の頸を斬り飛ばす。鬼は断末魔の叫びをあげることなく、灰となって消え去った。
「すげぇや兄貴!見事な剣術だぜ!おいらを弟子にしてくだせぇ!!」
そんな煉獄に、炭治郎は大粒の涙を流しながら感激の声を上げる。
「いいとも!!立派な剣士にしてやろう」
煉獄は嬉しそうな顔で炭治郎に言い、そんな彼らに善逸、伊之助、汐も同じく声を上げる。
「おいらも!」
「おいどんも!」
「あたいも!」
皆は感動の舞のようなものを踊りながら、ひたすら煉獄をたたえ、そんな彼らを煉獄は心からうれしそうに言った。
「うむ!みんなまとめて面倒みてやる!」
「煉獄の兄貴ィ!」
「兄貴ィ!!」
煉獄をたたえる声はとどまることを知らず、それに答えるように、彼の高らかな笑い声が列車中に響き渡った。
――列車は走る。ただひたすらに、多くの乗客を乗せたまま、目的地すらわからずに進む。
煉獄と炭治郎は肩を寄せ合い、善逸は伊之助に踏みつけられるように、汐は窓に寄りかかるようにして寝息を立てている。
夢か
そんな彼らを嘲笑うかのように、全島車両に立つ不気味な影は、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「夢を見ながら死ねるなんて、幸せだよね」
そう口にする彼の目には、“下壱”と刻まれていた。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)