ウタカタノ花   作:薬來ままど

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「言われた通り、切符を切って眠らせました。どうか早く私も眠らせてください・・・死んだ妻と娘に会わせてください・・・」

汐達が眠ったのを確認すると、車掌は涙を流しながら縋るように言葉を紡ぐ。彼の足元には手の甲に目と口があり、指の部分に夢と書かれた異形の生物がいた。

「お願いします、お願いします・・・」

彼は床に頭をこすりつけ、すすり泣きながら懇願する。すると、異形の口が動き、優し気な声色で言った。

「いいとも、よくやってくれたね。お眠り。家族に会える良い夢を・・・」

その言葉が終わる前に、車掌はびくりと体を震わせるとゆっくりと床に倒れ伏した。そして、異形の後ろには虚ろな目をした5人の男女が控えている。

「あの・・・私たちは・・・」

異形はゆっくりと身体を彼らに向けると、口に笑みのようなものを浮かべながら言った。

「もう少ししたら眠りが深くなる。それまでここで待ってて。勘のいい鬼狩りは、殺気や鬼の気配で目を覚ます時がある。近付いて()()()()()()も、体に触らないよう気を付けること。俺は()()()()()()()()()()()()。準備が整うまで頑張ってね・・・」

――幸せな夢を見るために

「はい・・・」

彼等は虚ろな表情のまま、ゆっくりとうなずく。しかし、その眼にはほんの微かだが、決意のようなものが見て取れた。

「どんな強い鬼狩りだって関係ない。人間の原動力は心だ。精神だ。“精神の核”を破壊すればいいんだよ。そうすれば生きる屍だ。殺すのも簡単」

身体にかかる蒸気の熱にも目もくれず、風を感じながら鬼、下弦の壱は手を虚空に差し出しながら不気味に微笑む。

「人間の心なんてみんな同じ。硝子細工みたいに、脆くて弱いんだから・・・」





潮騒の奏でる心地よい音が、耳に染み入り溶けていく。

鼻をかすめる潮の匂いを感じ、汐は目を見開いた。

 

手には獲物が入った籠を持ち、磯着姿のまま、彼女は海辺に立っていた。

そして汐の前には、小さな家が立ち並んだ村の姿がある。

 

「嘘・・・」

 

汐は思わず声を上げ、村へ向かって足を進める。その足がだんだんと早まっていく中、彼女の青い目が目の前の者を映し思わず足を止めた。

 

そこには、色白で真っ黒な髪を一つに結わえた、とてもかわいらしい一人の少女。

 

――尾上絹が、そこにいた。

 

「絹・・・?」

 

汐が思わず名を呼ぶと絹はゆっくりと振り返り、花のような笑顔で返事をした。

 

「汐ちゃん!今戻ったの?おかえりなさい」

その声を聞いた瞬間、汐の両目にみるみるうちに涙がたまる。そのことに絹は気づかないまま、転がるように近寄ってきた。

 

「わあ、たくさん獲れたのね!やっぱり汐ちゃんはすごいわ!」

 

汐の籠を見て心の底からうれしそうに微笑む。が、汐はそのまま籠を落とすと、ためらうことなく絹を抱きしめた。

 

「ごめん、ごめんね絹!あたし、あたし、あたしのせいで、酷い目に遭わせて、助けてあげられなくて、本当にごめんね!!」

 

絹を抱きしめながら、汐は声を上げて泣きじゃくる。尋常じゃない様子の汐に、絹は慌てた様子で目を白黒させた。

 

「汐ちゃん!?どうしたの?気分でも悪いの?」

絹が尋ねても汐は泣くばかりで答えることができない。その様子に気づいた村の者達も、何事かと二人に近づいてきた。

 

「なんだなんだ、どうした汐。もう14だというのに、子供みたいに泣いて」

「そんなんじゃ玄海のおっさんがまた怒鳴りつけに来るぞ。いつまで泣いてるんだってね」

 

村人の言葉に汐は肩を大きく震わせ顔を上げた。

 

「おやっさん!?おやっさんがここにいるの!?」

「何言ってんだ、当り前だろ?お前の育ての親なんだから。さっき様子を見に行ったけれど、今日は調子がいいのか腹を空かせて待っているようだったよ」

「ですって。早く行ってあげて、汐ちゃん」

 

絹はそう言って散らばった獲物を籠に戻しながら、にっこりと笑った。相も変わらず優しい絹の言葉に、汐は涙を乱暴に拭きながらうなずいた。

 

籠を抱えて、汐は走った。自分が育った家、思い出のたくさん詰まった小さな家。そして、自分を育ててくれた、誰よりも大好きな――

 

「おやっさん!!!」

 

家の扉を突き破るような勢いで、汐は家の中に転がり込んだ。台所と食卓と棚、それから寝床があるだけの殺風景な部屋だった。

そしてその奥にある、簡素な寝床には――

 

「おー、帰ったか。ずいぶん遅かったなァ。俺ァ待ちくたびれたぜ」

 

白髪交じりの髪の毛に、厳つい顔。見た目だけで言ってしまえば、目があった子供か確実に泣き出すような風貌をしている男、大海原玄海がゆっくりと体を起こしてこちらを見ていた。

 

「おや・・・っ・・・さん・・・」

 

その姿を見た瞬間、汐の目から再び滝のように涙があふれ、ぽろぽろと零れて床にシミを作っていく。

そんな汐に玄海は怪訝そうな表情になり、どうしたと声をかけようとしたその時だった。

 

おやっさああああん!!!

 

汐はそのまま玄海の首に飛びつき、強く強く抱きしめた。硬い筋肉質の体に、あの時は嫌だった彼独特の匂いすら、今の汐にはうれしくてたまらないものだった。

 

うわああああ!!!おやっさん!おやっさん!!おやっさん!!!

 

玄海を抱きしめながら泣き叫ぶ汐に、玄海はわけがわからずぽかんとする。が、すぐさま彼女の背中と頭を優しくなでた。

 

「よく帰って来たな、汐。おかえり」

 

その優しい声に、汐の泣き声がさらに大きくなる。何があったのか、どうしたのか。彼は何も聞くことなくただただ、汐の体を抱きしめているのだった。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

動き続ける列車の中で眠る汐の左目からは、一筋の涙がこぼれている。彼女の前で眠る炭治郎は、両目から大粒の涙を流しながら同じように眠っている。

そんな彼らの心中など気にも留めず、五人の男女は汐達に近寄り、異形に指示されたとおりに縄を繋いでいく。

 

「縄で繋ぐのは腕ですか?」

「そう。注意されたこと忘れないで」

 

五人はそれぞれ縄をつないだ相手と同じように自分もつなぎ、そしてそのまま傍の席に座った。

 

汐の左手首に縄をつないだのは、汐とさほど年の変わらない少年。だが、その顔には痛々しい程の傷があり、酷い扱いを受けたことがあるように見えた。

彼はそのまま汐の隣に座り、反対側の手すりに頭を預ける。

 

(確か、大きくゆっくり呼吸するんだったよな。数を数えながら・・・そうすれば眠りに落ちる。いち、にい、さん・・・)

 

少年が数を数えていると、彼からは小さな寝息が零れだす。そして再び、列車内は車輪が線路を走る音だけになった。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

「しっかし驚いたぜ。まさかお前があんなふうに泣くなんてなァ。お前年いくつだよ」

 

ようやく落ち着きを取り戻した汐は、獲ってきたものを調理して食卓に並べた。

いつもと変わらない、玄海と二人きりの食卓。あの時と何も変わらない、幸せな日常。

 

「アハハ、ごめんねおやっさん。何だかあたし、ずっと悪い夢でも見てたみたい」

「はあ?まさか俺が死ぬ夢だとか、そんなことじゃねえよな。俺が死ぬのは別嬪の上と決めて――」

「止めてよ食事中にそんな下品なこと言うの。本当におやっさんは相変わらずなんだから」

 

そう言って汐はけらけらと笑いながら、雲丹の刺身に手を伸ばす。すると、それを見ていた玄海がぽつりと言った。

 

「なあ汐。お前、好きな野郎はいねぇのか?」

「ブフゥーーーーッ!!!」

 

突然かけられた言葉に、汐は思い切り雲丹を噴き出し、その飛沫が食卓に飛び散った。それを見た玄海は「うわっ、汚ねぇなおい!」と顔をしかめながら言った。

 

「い、いきなり何を言い出すのよ!危うく気管に入って死ぬところだったじゃない!」

「いやいやお前もいい歳だ。そろそろ男の一人や二人捕まえてきてもいいんじゃないかって思ってな。それとも、もうめぼしい奴はいるのか?」

「いるわけないでしょ!大体あたし、生まれてから一度もこの村から外に出たことなんて・・・」

 

汐がそう言いかけた瞬間。突如汐の脳裏に何かが浮かんだ。

 

それは、緑と黒の市松模様の羽織を纏った、大きな箱を背負った少年。

 

(あれ?)

 

その少年に見覚えがあるような気がしたが、瞬きをすれば彼の姿は頭の中から消え去った。

 

(今の、誰だろう・・・?この村の人間じゃなかった。でも、なんでかわからないけれど、何かものすごく大切なことを忘れている気がする)

 

「汐?どうした?」

 

突然黙ってしまった汐を、玄海は心配そうな目で見つめている。汐は頭を振って「何でもない」というと、手ぬぐいで散らばった雲丹を拭き出すのだった。

 

(あれが本体か・・・)

 

汐の夢の中に入り込んだ少年は、家の中を覗いてその姿を確認する。

楽しそうに笑いながら父親と食卓を囲む彼女を見て、彼は顔をしかめた。父親からの理不尽な暴力によって消えない傷を心と体に追った彼は、親子という存在そのものを疎ましく思っていた。

 

だからこそ、楽しそうに笑う汐が理解できず、憎々しくてたまらなかった。

 

(くそっ、楽しそうに笑いやがって。俺だって、俺だってもっと・・・)

 

少年は憎しみを振り払うように頭を振ると、本来の目的の為に動いた。それは“夢の端”を見つけること。

 

眠り鬼、魘夢(えんむ)の見せる夢は無限に続いているわけではなく、夢を見ている者を中心に円形に広がっている。

その外側には無意識領域と呼ばれるものがあり、そこには“精神の核”が存在していて、これを破壊されると持ち主は廃人になる。

 

魘夢はこうして心を殺してから、肉体を殺すという方法で多くの人間を葬っていた。

 

(ここか。風景は続いているけれど進めない。見えない壁があるみたいだ)

 

少年は懐から錐のようなものを取り出し振りかぶると、その切っ先を壁へと突き刺した。確かな手ごたえを感じた彼は、そのまま一気に壁を引き裂く。

 

すると、

 

「うわっ!!!」

 

突然流れ込んできたすさまじい量の水が、彼を飲み込み押し流す。口の中に入ってきた水はとても塩辛く、海水であることが分かった。

 

少年は苦しそうにもがこうとするが、ふと違和感を感じて目を開く。そこは確かに水の中のはずなのに、陸にいる時と変わらないような呼吸ができるのだ。

 

(なんだ・・・これ・・・)

 

そんな彼の前を、色とりどりの魚が泳ぎすぎ、様々な色の海藻やサンゴ礁が日の光を浴びて虹色に光る。

眼前に広がる美しい海底に、少年は目を奪われ立ち尽くしていた。

 

(すげぇ。まるで別世界に来たみたいだ。こんな、こんなに綺麗な海なんてみたこと・・・)

 

――ねんねんころり、ねんころり。ころりとおちるはなんのおと――

 

 

少年がその美しい景色に呆然としていると、どこからか歌が聞こえてきた。それは幼い少女のような声で、海の底から聞こえてくるようだ。

彼が誘われるように目を移すと、海底に何かがあるのが見えた。

 

目を凝らしてよく見ると、それは一枚の扉のようだ。だが、その扉に違和感を感じる。

 

それもそのはず。その扉はいくつもの鎖や鍵で厳重に閉ざされたものであり、この風景に全く合っていない外観をしていたからだ。

 

それを見た少年は、自分が何のためにここに来たことを思い出し、その扉に向かって身を進めた。

 

不思議なことに海底には地面と同じように普通に立つことができ、彼は扉と向き合うと錐を持つ手に力を込めた。

 

(この海のどこにも精神の核は見当たらなかった。だとしたら、この扉の先に・・・)

 

しかし目の前の扉は一目でわかるほど、禍々しい気配を放っていた。いくつもの鍵と鎖がこの扉を開けてはいけないことを警告する。

 

(知ったことか。さっさとこいつの精神の核を壊して、俺も幸せな夢を見せてもらうんだ!)

 

少年は決意を胸に抱いて扉に手をかけようとした、その時だった。

 

『お前は誰だ。ここで何をしている?』

 

背後から声をかけられ、少年は大きく肩を震わせた。反射的に振り返るとそこには、日本神話に出てきそうな古風な薄青い着物を身に纏い、布で顔を隠した4,5歳ほどの子供が一人立っていた。




――この時、魘夢は失念していたことが二つあった。

切符を切らずにこの列車に身を置く禰豆子の存在と――
現実世界の汐の片目が、うっすらと開いていることに――

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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