ウタカタノ花   作:薬來ままど

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時間は少しだけさかのぼり・・・

魘夢は、送り込んだ者達が誰も精神の核を破壊できていないことに怪訝な表情を浮かべた。
今までも多少てこずったことはあったものの、これほどまで時間がかかったことは今までなかった。
それ程今回の鬼狩りが強いのか、将又選んだものが弱かったのか。しかし彼にとってそんなことはどうでもよかった。

――()()()()()()()()()()()()

魘夢はそう思うと、暗闇に向かって仰ぎ目を閉じた。一人、なかなか面白い心を持つ鬼狩りを見つけたのだ。
二面性のある人間は、これまでの中でもごまんといた。が、その者はそんな生易しいものではなく、文字通り心の中に【怪物】を飼っていた。

鬼である自分を震え、歓喜させるようなおぞましいものを持つ人間。いや、それを人間と呼ぶことすらためらうほどのもの。

(すごいなぁこの子。人間であることがもったいない。これほどまでにすごいものは見たことがないよ。鬼ですら、ここまで立派なものを持った奴を俺は見たことがない。嗚呼この子が絶望し、壊れたらどんなに素晴らしいものが見られるだろう・・・)

今まで人間に興味などなかった彼が、これほどまでに気になる人間を見つけたことに彼自身も驚いていた。
もしも万が一覚醒し、出会うことがあれば、どうしてやろうか。どうやって絶望し、断末魔の悲鳴を上げさせてやろうか。

――どうやって心をずたずたにしてやろうか。

そんなことを考えながら口元を歪ませていると、不意に背後に気配を感じた。

身体を突き刺すような程の怒りと殺気。それを感じた魘夢は、獲物が向こうからやってきた嬉しさを隠す様子もなく、ゆっくりと振り返った。




魘夢は本当は幸せな夢を見せた後に悪夢を見せることが好きだった。人間の歪んだ顔が好きで好きで堪らなく、不幸に打ちひしがれて苦しみ、もがいている者を見るととても心地よかった。

 

しかし彼は用心深く、鬼狩りは回りくどい真似をしても確実に殺すつもりでいた。自身の血を混ぜた洋墨(インク)で作った切符を切らせることで発動する血鬼術。

 

少々面倒だが気づかれにくく、気づかれずに仕留めるにはうってつけだった。

 

しかし、目の前にいる二人は夢だと気づき、短時間で覚醒法も見破った。幸せな夢や都合のいい夢を見たいという欲求はすさまじいというのに。

 

そして魘夢は、もう一つ気づいた。目の前にいる二人の人間。一人は耳に飾りを付けた鬼狩りと、もう一人は青い髪の少女の鬼狩り。

そして、その青い髪の少女こそが、自分が今興味を持った初めての人間だということに。

 

(運がいいなぁ。早速来たんだ、俺のところに。夢みたいだ。二人を殺せばもっと血を戴けるうえに、あの娘の小間物のような悍ましい心を自覚させてあげられる)

 

そんな彼の心中など気づくこともなく、二人は怒りを宿しながら静かに刀を抜いた。

 

「人の心に土足で踏み入るな。俺たちはお前を許さない」

 

炭治郎の言葉に魘夢は口元を歪ませ笑うと、炭治郎には目もくれず隣にいる汐に目を向けた。

 

「初めまして、青い髪のお嬢さん。俺は魘夢。君に会えて本当にうれしいよ」

「あんたみたいな変態糞野郎にうれしいって言われても、あたしはこれっぽっちも嬉しくないわ」

 

汐が吐き捨てるように言うと、魘夢は心外だといわんばかりに大げさに両手を振った。

 

「まあそう言わないでよ。俺はね、君の夢を覗いたとき感動したんだよ。これほどまでに素晴らしく、これほどまでに狂った心を持つ人間に出会ったことがなかったからね」

「汐、聞いちゃだめだ」

 

魘夢のねっとりとした声を遮るように、炭治郎の声が飛ぶ。しかし魘夢はそれでもなお、嬉しそうにつづけた。

 

「君は隠したいと思っているかもしれないけれど、俺には全部お見通しだよ。君は本当は鬼狩りの使命とか、俺の頸とか本当は全部どうでもいいんだ。君が望むのはただ徒に刃を振るい、自分以外のものをひたすら殺したい。いや、自分すらも本当は殺したい。殺したくて殺したくてたまらない。ただ醜く狂う、殺意の塊。それが君の本性だ」

「聞くな汐。耳を貸すな!」

 

魘夢の言葉を炭治郎は必死に遮るが、汐は言葉を発さずただ魘夢の言葉を聞いていた。

 

「そんな素晴らしいものを隠し、封じてまで無理をすることはないんじゃないかな。誰かを殺したい。満たされたい。けれど人間にはそれは許されないこと。君を理解する者はきっと誰もいない。でも俺なら?鬼ならそんな小さなことで苦しむ必要もない。君がしたいことを好きなだけできるんだ。君の満たされない欲望も、鬼になればすべて満たすことができるかもしれないよ。君が望むなら、あの方に口利きしてあげてもいい」

 

にやりと意地の悪い笑みを浮かべる魘夢に対して、汐は俯き何も言わない。炭治郎は必死に汐に鬼の言葉を聞かないよう説得した。

 

(さあ、君のその醜い心をもっと見せてよ。そして仲間に軽蔑され、絶望し苦しみに歪む顔を俺に見せてよ・・・!)

 

魘夢は顔を高揚させ、汐の心が壊れゆく瞬間を今か今かと待っていた。汐からにじみ出る殺意の匂いを感じ、炭治郎の眼が揺れたその時だった。

 

「・・・くっ・・・」

 

――あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!

 

汐は口元を思い切りゆがませたかと思うと、突然高らかに笑いだした。目を見開き、天を仰ぎながら笑う彼女の声は、まごうことなき狂気が宿っていた。

その姿に炭治郎はおろか魘夢まで目を見開き表情を固まらせ、豹変した汐をただ黙って見つめていた。

 

「あはははっ、はははっ、はは。何を言い出すかと思えばそんなこと。あたしの心が醜く狂ってる?人間ですらない?あんたなんかに言われなくても、んなこと、最初からわかってんのよ。鬼を殺したいという思いはずっと消えないし、今この瞬間も、お前を殺したくて殺したくて仕方がない!!頸を斬るだけじゃ生ぬるい。全身ズタズタに掻っ捌いて、薄汚ねぇ臓物ぶちまけてみじめったらしくくたばるお前を眺めたくてたまらない!!」

 

でもね。と、汐は狂気に満ちた表情を抑えるように顔を伏せると、ゆっくりと歯切れのいい声で言った。

 

「こんなどうしようもないあたしでも、仲間だといってくれた連中がいる。あたしに居場所をくれた連中がいる。そいつらはね、あたしが道を踏み外そうとすればきっと殺してでもあたしを止めてくれる。そんな気のいい連中に生きているうちに出会えて、あたしは幸せ者よ。だからこそ、あたしはあんたみたいなみじめな存在になるなんざまっぴらごめんってわけ。わかる?ああ、頭に黴が生えまくった脳味噌じゃわからないか」

 

汐はふんと鼻を鳴らして言い放つと、魘夢の表情が微かに歪んだ。炭治郎は汐がいつもの汐であることに安堵し、同時に彼女の心を揺さぶったことに対して、激しい怒りを魘夢に向けた。

 

「残念。交渉決裂ってことか」

「こっちに全く有益がない話に、交渉もくそもないでしょ。あんたの眼を見てると不愉快すぎて死にそう。悪いけど、さっさと片を付けさせてもらうわ」

 

汐も炭治郎同様刀を構え、その切っ先を魘夢に向ける。二人は視線を合わせると、大きく息を吸った。

 

水の呼吸

拾ノ型 生生流転!!

海の呼吸

弐ノ型 波の綾!!

 

二人はそのまま同時に魘夢に斬りかかろうと、一気に距離を詰めた。すると魘夢は不気味な笑みを崩さぬまま、左手の甲を二人に向けた。

 

血鬼術・強制昏倒催眠の囁き

 

『お眠りィィ・・・』

 

その声が二人の耳に入った瞬間、体がぐらりと傾く。だが、それは一瞬のことで二人はすぐさま顔を上げると、再び足を動かした。

 

(二人とも眠らない)

 

『眠れぇぇ、眠れぇぇ』

 

再び手の甲の口がささやくが、二人の足は止まらない。何度も術を試みても一向に眠る様子がない二人に、魘夢の顔に焦燥が浮かんだ。

 

(効かない、どうしてだ?いや、違う、これは・・・こいつらは何度も術にかかっている。かかった瞬間に、かかったことを認識し、覚醒のための自決をしているのだ。夢の中だったとしても、自決をするということ。自分で自分を殺すと言うことは、相当な胆力がいる。このガキ共は――)

 

「まともじゃない。そう思っているでしょう?」

 

心の中を見透かすような汐の邪悪な声に、魘夢の体が大きく跳ねた。汐はにたりと歪んだ笑みを浮かべ、再び息を吸う。

 

「まともじゃないあたしとつるんでいる連中が、全員まともなわけねぇだろうが!」

 

ウタカタ 参ノ旋律

束縛歌(そくばくか)!!!

 

汐の歌が魘夢を完全に拘束し、血鬼術を放つ手の口も縫い付けられたように動かなくなる。そんな彼に向かうのは、憤怒に満ちた二つの刃。

 

魘夢は二人の心を壊そうと、二人に対して一番辛い悪夢を見せていた。

 

『なんで助けてくれなかったの?』

『俺たちが殺された時、何してたんだよ』

『自分だけ生き残って』

『何のためにお前がいるんだ、役立たず』

『アンタが死ねば良かったのに。よくも、のうのうと生きてられるわね』

 

炭治郎は家族に責められるというもの。そして汐は

 

『不快な匂いだ。お前の本性がよくわかったよ。この性悪』

『君の音は聞いていて不愉快だ。二度と近寄らないでくれ』

『気持ち悪ィ面見せるんじゃねえよ弱味噌が』

 

仲間たちに罵倒されるというもの。しかし、その悪夢自体が、二人の怒りを煽るには十分すぎる効果を得た。

特に汐は、炭治郎の美しい眼を負の感情で濁らせたことに、怒りは頂点を超えた。

 

「あたしの仲間が、炭治郎が、そんなことを言うわけねぇだろうが!よくも、よくも炭治郎に、あんな糞みたいな眼をさせやがったなこの野郎!!」

「言うはずないだろう、そんなことを。俺の家族が!!」

(こいつら・・・!)

 

「俺の家族を」

「あたしの仲間を」

 

「「「侮辱するなァアアアア!!」」

 

二本の刃が魘夢の首を同時に穿ち、列車の動きに合わせて後方へ飛ぶ。が、二人は奇妙な違和感を感じた。

 

(手ごたえが、ない?まさか、これも夢?)

(それともこの鬼は、那田蜘蛛山の彼より弱かった?)

 

「なるほどねぇ・・・あの方が“柱”に加えて“耳飾りの君と青髪の君”を殺せって言った気持ち、凄くよく分かったよ。存在自体がなんかこう、癪に障って来る感じ」

 

ねっとりとした声で話す魘夢の姿を見て、二人は思わず顔を引き攣らせた。斬ったはずの彼の頸から、肉のようなものが生えていた。

 

(死んでない!?確かに首を斬ったのに・・・まさかこいつ・・・こいつ・・・!)

 

「嗚呼素敵だねその顔。そういう顔を見たかったんだよ。うふふふ・・・。頸を斬ったのに、どうして死なないのか教えて欲しいよね?」いいよ、俺は今、気分が高揚してるから、赤ん坊でも分かる単純な事さ、うふふっ」

「まさかもう・・・こいつは本体じゃなくなっている・・・そういうこと?」

 

汐の言葉に、魘夢は「ご名答」と心からうれしそうに笑いながら言った。

 

「頭の形をしているだけで頭じゃない。君達がすやすやと眠ってる間に、俺はこの汽車と“融合”した!」

 

炭治郎は目を見開き、汐は苦々しげに表情を歪ませる二人を嘲笑うかのように魘夢はつづけた。

 

「この列車の全てが俺の血であり、肉であり、骨となった。うふふっ、いいねその顔、分かってきたかな?つまり、この汽車の乗客二百人余りが、俺の体をさらに強化するための餌、そして人質。ねぇ、守りきれる?君達だけで。この汽車の端から端まで、うじゃうじゃとしてる人間たち全てを――」

 

――俺に“おあずけ”させられるかな?

 

「糞がっ!」

 

汐はすぐさま魘夢に斬りかかるが、彼はそのまま沈むようにその場から姿を消した。

 

(どうする・・・どうする!?俺と汐で守るのは四両が限界だ。それ以上の安全は、保障ができない・・・!)

 

「煉獄さん、善逸、伊之助ーーっ!寝てる場合じゃない!!起きてくれ、頼む!!禰豆子ーーッ!!眠ってる人たちを守るんだ!!」

 

炭治郎の切羽詰まった声が辺りに木霊し、闇に吸い込まれていく。しかし、汐の青い目が、あるものを認識し笑みを浮かべた。

 

「絶望するには早いわ炭治郎。どうやら、寝坊助共がやっと起きたようよ」

 

汐が言い終わるのと同時に、遠くから獣のような雄たけびが凄まじい速さでこちらに近づいてきた。

 

「ついて来やがれ子分共!!ウンガアアア!!」

 

──爆裂覚醒

 

「猪突、猛進!!伊之助様のお通りじゃアアア!!」

 

天井を突き破るようにして飛び出してきたのは、猪の皮をかぶった勇ましい鬼狩り、嘴平伊之助だった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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