汐を奥へ放り込んだ後、煉獄は彼女が戻って来た時の為に退路を確保せんと肉片に向かって構えると、大きく息を吸った。
――炎の呼吸 肆ノ型――
盛炎のうねり!!
煉獄を中心に、渦巻く炎のような剣技がまとわりつく肉片を一瞬で吹き飛ばし、さらに速く細かい斬撃が壁中に食い込み血の雨を降らした。
その攻撃の重さと多さに、流石の鬼も再生に時間がかかるのか先ほどより肉片の動きがかなり鈍くなっていた。
(さて。早く大海原少女と合流せねば!!)
煉獄は閉ざされていた扉をあけ放ち、その先へ進もうと足を踏み出したその時だった。
悍ましい程の殺気が、刃のように煉獄の身体を突き刺し思わず彼は目を見開いた。夢を見せた鬼ではないことが、瞬時にわかるほどの気配。
柱である自分ですら怖気を感じるその気配の中、汐をこの先に行かせたことに煉獄は心の底から後悔した。
(迂闊だった。まさかこの列車内に新たな鬼が居ようとはっ・・・!不甲斐なし!)
だが、後悔している時間などない。早く駆け付けねば汐の命が危ないことは明確であり、何より彼女を死なせてしまっては絶対にならないと煉獄の第六感はうるさいくらいの警報を鳴らしていた。
(無事でいてくれ・・・、大海原少女!!)
煉獄はすぐさま、床を蹴り飛ぶように前に進んだ。彼女は、絶対に死なせてはならない。例え、己の身がどうなろうとも――
まるで蛇に睨まれた蛙のように、汐はその場から一歩たりとも動くことができなかった。体中を突き刺すような殺気が、汐の士気と殺意を奪っていく。
そんな汐に、鬼は暗がりの中からじっと彼女の姿を頭からつま先まで余すことなく見据えた。
「よもや・・・関わるどころか・・・鬼狩りそのものになって・・・いたのか・・・愚かな」
淡々と紡がれる言葉の意味は汐には全く分からないが、少なくとも今の自分には目の前の鬼に対抗できる力はない。だが、逃げようにも体は全く動かず、声さえも出ない。
(まずい、まずい!こいつは駄目な奴だ。関わっちゃいけない奴だ!逃げないと、早く逃げないと・・・!)
汐が無意識に口を開いたその瞬間。目の前が真っ赤に染まり、前を向いていた筈の視線がぐらりと傾く。
(・・・・え?)
汐の目と耳と身体が認識したのは、天井に飛び散った真紅の雫と、からりと落ちる金属の音。そして、ジワリと広がっていく熱い感覚。
(なに・・・?何をされたの・・・?)
そのまま汐の体が重力に従い、崩れ落ちていく。そんな様子を、鬼は少しばかり目を見開いたまま見据えていた。
「ワダツミの子。力なく・・・弱く・・・哀れな娘よ・・・。いくら鍛えようとも・・・お前は・・・お前達は・・・」
そこから先の言葉は汐には聞こえない。ただ、自分の心臓が少しでも生き永らえたいと懇願するように動く音だけが響く。
しかし、鬼の気配はそんな彼女の小さな願いですら踏みにじるかのように強くなった。
その瞬間。汐は奇妙な感覚を感じた。それは既視感。この鬼の気配に覚えがあるような気がした。
勿論、そんなはずはない。このような恐ろしい鬼の気配など、一度であってしまったら二度と思い出したくない程の恐怖の記憶として刻まれるはずだ。
しかし、その奇妙な既視感に混ざってもう一つ。汐は奇妙な感覚を感じていた。その気配を感じているうちに、何故だか。胸を締め付けられるような強い悲しみが汐の中に流れ込んできた。
まるで光の届かない深海のような、冷たく、暗い、悲しみの感情。
「嗚呼・・・・」
汐の口から小さく声が漏れ、同時に彼女の両目から涙があふれ出した。それを見た鬼は少しだけ目を細めると、汐に止めを刺そうと一歩踏み出した。
――その時だった。
「――様・・・」
「!?」
汐が無意識につぶやいた
それは自分の名ではなかったが、目の前の少女が知るはずのないその名前に、鬼は驚きを隠せなかった。
「何故・・・その名を・・・知っている・・・?まさか・・・
――。
鬼が呟いたのは汐とは異なる誰かの名前。しかしその声は列車の音にかき消され、汐の耳に届くことはなかった。
鬼はそのまま、誘われるように汐に近づき、その右手で彼女の顔に触れようとした、その時だった。
「っ!」
伸ばされた鬼の、指先がぽろりと落ち、そこから赤い雫が零れ落ちる。視線を動かせば、そこには荒い息で刃を構える汐の姿があった。
「舐めるんじゃないわよ・・・。例え、例えあんたよりちっぽけで弱くても・・・あたしは・・・私達は・・・お前らなどに憐れんでもらうほど落ちぶれてはいない!!」
汐の鋭い声が響き渡り、空気を震わせ鬼の耳に届く。その目には恐怖自体は消え上せてはいないものの、確かな矜持と決意が宿っていた。
鬼は汐がまだ動けたことや、何より切断するつもりで斬撃を放ったはずなのに、その腕がまだついていることに驚きと高揚感、そして遺憾に思った。
「そうか・・・」
鬼は心底残念そうに目を細めると、また一歩歩みを進めたその瞬間。
砲弾でも撃ち込まれたような衝撃が走り、車内がこれ以上ない程激しく揺れ、いろいろなものがぶつかって激しい音を立てた。
「大海原少女!!」
衝撃と同じくらいの声が響き渡り、汐の全身を激しく穿っていく。その衝撃の中、汐は目の前にいた鬼の気配がいつの間にか消えていることに気が付いた。
(あたし・・・助かったの・・・?)
汐は強烈なけだるさと寒気を感じた。あの時は気が付かなかったが、自分の周りには血が飛び散り、羽織も血で染まっている。
そのまま重力に任せて倒れそうになった背中を、誰かの手が支えた。
「気をしっかり持て、大海原少女!!左肩と右腹部から出血している。だが、傷はそれ程深くはない。集中し、呼吸の精度を上げるんだ」
煉獄は汐をゆっくり寝かせると、汐の目をしっかりと見据えながら言った。真剣そのもののその眼に、汐の意識がだんだんとはっきりしてくる。
「身体の隅々まで神経を行き渡らせるんだ。切れた血管を探せ。もっと集中しろ」
「・・・っ・・・・」
「集中」
煉獄の言葉がすっと染み渡り、同時に汐は目を閉じ歯を食いしばりながらその部分を探し当てる。そして
「あああああっ!!!」
声を上げながら身体をのけ反らせた後、荒く息をついた。それを確認した煉獄はすぐさま応急処置に入り、しばらくすると感覚がはっきりと戻って来た。
「煉獄さ――「すまない」
汐の言葉を遮り、煉獄が突然頭を下げた。その行動に汐は面食らい、目を泳がせた。
「あの時君を先に行かせるべきではなかった。完全に俺の判断が誤っていた。柱としてこれ以上不甲斐ないことはない。怖い思いをさせてすまなかった」
「煉獄さんのせいじゃないわ。あんな奴が紛れこんでいるなんてふつう思わないもの。それに、煉獄さんはちゃんと、あたしを助けてくれたじゃない」
汐は小さく息をつきながらそう答えた。
そう、煉獄が居なければ汐はあの鬼に全身を細切れにされて無残に殺されていただろう。それを思うと、今自分が生きていることは煉獄があってのお陰なのだ。
「助けてくれてありがとう、煉獄さん。だからそんな変な顔しないでよ。何だか気持ち悪いわ」
汐がそう言い放つと、煉獄は困ったように笑い汐と共に立ち上がった。
「それにしても、さっきあたしに教えてくれた止血方法って、呼吸、よね?あんな芸当もできるなんて自分でも驚きだわ」
「呼吸を極めれば、様々なことができるようになる。何でも出来るわけではないが、昨日の自分より、確実に強い自分になれる」
強い自分と聞いて、先ほどの出来事を思い出した。自分がもっと強ければ、あんな奴に後れを取ることはなかっただろうに。
悔し気に表情を歪ませる汐に、煉獄は高らかに言い放った。
「だが、焦る必要はない。強くなることももちろん大切だが、何よりも自分の命を軽んじるな。命あっての強さだぞ、大海原少女」
「・・・うん!」
汐はしっかりと返事をし、壊れた扉の先を見据えた。煉獄が入れた斬撃のせいで再生力が鈍ってはいるものの、まだ鬼の肉片は動いている。
汐のいたところに鬼の急所はなかった。だとしたら、炭治郎がいるところにあるかもしれない。
「煉獄さん、行こう!ここに頸がないなら、きっと炭治郎の所にあるはず」
「ああ。だが君は手負いだ。呼吸で止血したとはいえ、傷が治ったわけではないのだから無理はするな」
「ありがとう。でも大丈夫。炭治郎達が踏ん張っているんだもの。あたしだけへばっているわけにはいかないわ!」
汐はそう言って息を整えながら刀を構えた。煉獄は小さくため息をついたが、彼女に宿る確かな決意と矜持。
あの時汐が鬼に対して言い放った言葉も煉獄の耳には届いていた。
どんなに強大な敵であろうとも、人としての魂は棄てない、誇り高き少女。
鬼である妹を信じ、前に進もうとする少年。
このような強く美しい魂を持った若き者達が、この先の鬼殺隊を支える柱になる。
だからこそ、ここで立ち止まるわけにはいかない。彼らを前に進ませるためにも。
「大海原少女」
煉獄は汐の名を呼び、静かに横に立った。その横顔を見上げた汐は、燃え盛るような熱く美しい眼に文字通り目を奪われた。
「行くぞ!」
「はい!」
汐が返事をし、肉片が盛り上がった瞬間。煉獄が先に動き、汐は弦をはじくような高音をならした。
――ウタカタ 壱ノ旋律――
――
汐の声が煉獄の耳に入った瞬間、全身の細胞に熱が籠り体が軽くなった。同時に汐も、傷の痛みが和らぎ動きを取り戻す。
(俺の身体を強化する歌か・・・。不思議な力だ。だが、今はとてもありがたい!!)
煉獄の炎のような斬撃と、汐の荒れ狂う波のような斬撃が肉片を引き裂き、粉砕する。それに伴い、鬼もかなり焦っているのか最初とは比べ物にならない程の速度で迫ってくる。
そして、汐が手負いであることを知っているのか、鬼は汐ばかり狙ってくる。しかしそれは、相手の攻撃方法が単調になるということ。
煉獄は汐の動きをよく見ながら、彼女に負担がかからないよう動く。それに合わせるように、汐も煉獄の足手まといにならないように動いた。
「煉獄さん!」
「ああ。頼むぞ大海原少女!」
汐は喉の薬を一気に飲み干すと、煉獄の動きに合わせて大きく息を吸った。
――炎の呼吸――
――ウタカタ――
――結ノ旋律――
――炎虎爆砕歌!!
汐の衝撃波と煉獄の剛腕から生み出される弐つの技が、鬼の肉壁を吹き飛ばし、それは壁を貫きはるか遠くまで届いた。
その光景に汐は思わず口を開け、煉獄すらも目を見開き口を大きく開けて笑った。
「これは、凄まじい威力だな!流石の俺もここまでは想定していなかった!」
「あたしもよ。なんか、うん。もう何も考えないようにしよう」
あまりの光景に汐は考えることをあきらめ、煉獄も考察をやめて刀を再び構えなおした、その時だった。
――ギャアアアアアアアアアア!!!
何処からかすさまじい声が上がり、突然列車が激しく揺れ出した。身体が浮き上がるほどの衝撃に汐は必死に座席にしがみつく。
(断末魔の声!炭治郎がやったんだわ・・・!でも、こいつ、頸を斬られてのたうち回っているんだ・・・!)
列車が大きく脈打ち、ぐらりと傾く中。汐は必死に身を乗り出すと煉獄に耳を塞ぐように言った。
――伍ノ旋律――
――
汐は反対側に向かって爆砕歌を放ち、その衝撃で列車が横転するのを回避させようとした。だが、僅かに勢いが足りず、脱線が回避するには不十分だった。
「伏せろ!」
煉獄の鋭い声が飛び、汐は言われた通り床に伏せる。その上を煉獄はすさまじい動きで駆け回り、激しい斬撃を入れていく。
そして列車が再び大きく傾く瞬間。煉獄は汐の腕を強く引くと、己の腕の中に閉じ込め頭を強く抑えた。
鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き渡り、汐は反射的に煉獄の羽織を握りしめ、その衝撃に耐えんと歯を食いしばった。
おまけSCNGシーン(キャラ崩壊注意!)
鬼(ワダツミの子。力なく・・・弱く・・・哀れな娘よ・・・。いくら鍛えようとも・・・お前は・・・お前達は・・・)「肌着は白か」
汐「オイコラ。本音と建前が入れ替わってんぞ」
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)