ウタカタノ花   作:薬來ままど

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眠り鬼に引導を渡し、静けさがやってくる・・・


十六章:誇り高き者へ


衝撃が収まり、あたりに静けさが戻ってくると、煉獄は汐を抱えたままゆっくりと体を起こした。

 

皮肉なことに、鬼の肉片が衝撃を吸収したせいか、多少の痛みはあるものの、動くことに支障はない。

 

「大海原少女、無事か!?」

 

煉獄は腕の中にいる汐に声をかけるが、彼女からの返事ない。もしや何かあったのかと思い、煉獄はすぐさま首筋に触れて脈を確認した。

気を失っているものの確かな脈動と呼吸音を感じ、彼はほっと胸をなでおろす。そして無理をさせてしまった事を反省した。

 

(俺もまだまだ修練が足りない様だ。一般隊士に、しかも女性にここまで無理をさせるとは。だが、彼女の歌に助けられたことは紛れもない事実だ。ワダツミの子。いや、大海原汐。不思議な少女だ)

 

煉獄はそのまま意識のない汐を座らせると、乗客の無事を確認しに歩き出した。

 

一方。

 

鬼の頸を見事に斬り落とした炭治郎は、伊之助と共に列車の外に放り出されていた。

首を斬る直前に炭治郎は、夢を見たいがために鬼を討伐することを拒絶していた運転手に刺され傷を負っていた。

その傷のせいで満足に動けず、か細い息をつく炭治郎。彼の頭に浮かぶのは、乗客たちの安否と、禰豆子、善逸、煉獄、そして汐の事だった。

 

(きっと無事だ、信じろ・・・そうじゃないと、また汐に・・・叱られるぞ・・・)

 

地面に横たわる炭治郎の傍で、魘夢と思わしく蠢く小さな肉片が、恨めし気に炭治郎を見つめていた。

既にその体は灰になり、崩れつつある。だがそれでも、彼は恨みをこもった眼を動かしていた。

 

(体が崩壊する。再生できない・・・負けたのか?死ぬのか?俺が?馬鹿な・・・馬鹿な!!俺は全力を出せていない!!)

 

魘夢の企みは、汽車と一体化し中の多くの人間を一度に食らうこと。そのために時間をかけ、姿まで捨てたというのに、人間を一人も食らうことができなかった。

 

(アイツだ!!アイツのせいだ!!三百人も人質を取っていたようなものなのに、それでも押された。抑えられた。これが柱の力・・・)

 

魘夢の脳裏に刀を構え、全身から闘気を吹き出させる煉獄の姿が浮かぶ。そして次に浮かぶのは、目を閉じたまま恐ろしい速さで肉片を斬る善逸の姿。

 

(アイツ・・・アイツも速かった。術を解ききれて無かったくせに・・・!!)

 

その後に浮かぶのは、鬼でありながら人を守る口枷をした少女、禰豆子。

 

(しかもあの娘、鬼じゃないか。なんなんだ。鬼狩りに与する鬼なんて、どうして無惨様に殺されないんだ。くそォ、くそォ!!)

 

悔しさのあまり全身を震わせる魘夢の脳裏に、敵である彼らが浮かんでは消えていく。そして次に浮かんだのは、炭治郎と汐の姿。

 

(そもそも、あの耳飾りのガキと青髪のイカれた女に術を破られてからがケチの付け始めだ。特にあの女の声は何なんだ。気持ち悪い。人間じゃない。あいつらが悪い!!あいつらだけでも殺したい何とか・・・!!そうだ、あの猪も。あのガキだけなら殺せたんだ。あの猪が邪魔をした。並外れて勘が鋭い。視線に敏感だった。負けるのか、死ぬのかァ・・・!!ああああ、悪夢だああああ、悪夢だあああ!!)

 

薄れていく意識の中、魘夢は呪詛の言葉を吐き続けた。鬼狩りに狩られるのは、いつも底辺の鬼たちだ。

上弦。ここ百年余り顔触れが変わらず、人を山ほどくらい、柱ですら屠っている。

無惨にあれだけ血を与えられても、魘夢は上弦に及ばなかった。

 

(ああああ、やり直したい、やり直したい。なんというみじめな、悪夢・・・だ・・・)

 

その言葉を最後に、魘夢は完全にこと切れ灰になって消えていった。その呪詛の言葉は誰の耳にも心にも届くことはなかった。

 

*   *   *   *   *

 

乗客たちは傷を負っているものの、誰一人として命を落としたものはいなかった。これも皆が必死で鬼から彼らを守ってくれた賜物だろう。

煉獄はそれを確認すると、汐を抱えたまま壊れた列車から外に出た。

 

月の明かりが辺りを照らしているため、視界は悪くない。煉獄が辺りを見回すと、少し前方に倒れている炭治郎の姿が見えた。

胸が上下していることから、彼が生きていることがうかがえる。煉獄はそのまま炭治郎に近づき、その顔を覗き込んだ。

 

「君も全集中の常中が出来るようだな、感心感心!」

「煉獄さん・・・」

「常中は柱への第一歩だからな!柱までは一万歩あるかもしれないがな!」

「頑張ります・・・」

 

煉獄の顔を認識した炭治郎の眼に光が戻る。だが、彼が抱えている汐の姿を見た瞬間、弾かれるように起き上がろうとした。

しかし腹部の傷の痛みが炭治郎の身体を地面に引き戻す。それでも汐の安否が気になり、痛みをこらえて起きようとした。

 

煉獄はそっと汐を地面に寝かせると、炭治郎を見据えながら言葉を紡いだ。

 

「気を失っているが、彼女は無事だ」

「で、でも、汐から血の匂いが・・・」

「君の方こそ、腹部から出血している。まずは自分のことに集中しろ。もっと集中して呼吸の精度をあげるんだ。彼女と同じように、体の隅々まで神経を行き渡らせろ」

 

破れた血管を探し当てた炭治郎は、歯を食いしばって痛みに耐える。そんな彼に煉獄は人差し指を額に当て、静かに言った。

 

「集中」

 

そのまま炭治郎も汐と同様に血管を圧迫させ止血する。苦しげに息をつく彼を、煉獄はうれしそうに見つめた。

 

「うむ、君も止血できたな。大海原少女にも言ったが、呼吸を極めれば、様々なことができるようになる。何でも出来るわけではないが、昨日の自分より、確実に強い自分になれるんだ。君も、彼女も」

 

煉獄はにっこりと笑い、乗客が全員無事であることを告げる。その言葉に炭治郎の眼が輝きを増し、星空が映った。

 

(汐・・・お前も無事でよかった・・・)

 

炭治郎が安堵の溜息をついたその時

 

凄まじい衝撃と音がすぐ後ろで轟き、あたりに波紋のように広がった。

二人が何事かと思い支線を動かすと、そこから土煙がもうもうと上がっている。

 

そして土煙が晴れたその場所にいたのは。

 

全身に藍色の線状の文様を浮かばれた、筋肉質の青年のような鬼だった。

 

その鬼を見た瞬間、炭治郎の心臓が跳ね上がった。その鬼の両目に刻まれていたのは、『上弦・参』の文字。

 

(上弦の・・・参?どうして、今ここに・・・)

 

炭治郎が考える間もなく、鬼は一直線に炭治郎と気を失っている汐に向かって拳を振り上げた。

 

――炎の呼吸 弐ノ型――

昇り炎天

 

煉獄がすぐさま動き、炭治郎達の間に入ると、鬼に向かって刀を振り上げた。その刃は鬼の左腕を真っ二つに切り裂く。

鬼は目を見開くと、凄まじい速さで距離をとった。その一瞬の出来事に、炭治郎の心臓がうるさい程鳴り響き、全身から冷や汗が吹き出した。

 

煉獄がいなければ、あの一瞬で汐と炭治郎は頭部を砕かれて絶命していただろう。その恐怖がよみがえり、炭治郎は無意識に汐の手を握った。

 

一方鬼は、自分の攻撃を防ぎあまつさえ反撃すらしてきた煉獄を見据えて笑みを浮かべた。先ほど切り裂かれた腕は、張り付く様に閉じられ傷跡すらほとんど残っていなかった。

 

「いい刀だ」

 

鬼は流れ出ていた血を舐めとりながら、不気味な笑みを浮かべて言った。その再生速度と圧迫感、そして鬼気に流石の煉獄もその凄まじさに表情を引き締めた。

 

「なぜ手負いの者から狙うのか。理解できない」

「話の邪魔になるかと思った。俺とお前の」

 

煉獄の言葉に鬼はそう言い放つと、煉獄は眉をひそめて静かに言った。

 

「君と俺が何の話をする? 初対面だが、俺はすでに君のことが嫌いだ」

 

煉獄は明確な拒絶と嫌悪感を隠そうともせず鬼に言い放つが、鬼はそれに臆することもなく淡々と言葉を紡いだ。

 

「そうか。俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見てると虫酸が走る」

「俺と君とでは物事の価値基準が違うようだ」

 

いつもの煉獄らしからぬ、冷たく淡々とした言葉が鬼を穿つが、鬼は口元に笑みを浮かべて言った。

 

「そうか、では素晴らしい提案をしよう」

 

――お前も鬼にならないか?

 

「ならない」

 

鬼の言葉を煉獄は一蹴し、刀を握る手に力を込めた。しかし鬼は、特に気にする様子もなく言葉を続けた。

 

「見れば解る。お前の強さ・・・柱だな?その闘気、練り上げられている。()()()()()()()()

 

鬼の言葉を聞いていた煉獄は、目を見据えながら静かに名を名乗った。

それを聴いた鬼は嬉しそうに笑うと、その口を再び開いた。

 

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」

「俺は猗窩座(あかざ)。杏寿郎、なぜお前が至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう。人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ」

 

猗窩座と名乗った鬼は、右手の人差し指を煉獄につきつけながら教え込むように言葉を紡いだ。

 

「鬼になろう、杏寿郎。そうすれば、百年でも二百年でも鍛練し続けられる。強くなれる」

 

二人のやり取りを聴きながら、炭治郎はゆっくりと動き、隣にいる汐を揺さぶった。

 

「汐、汐起きろ!大変だ。鬼だ。今までに出会った中で一番鬼舞辻の匂いが強い。加勢しなければ・・・。頼む、起きてくれ」

 

炭治郎の祈りが通じたのか、汐の瞼が微かに震えだす。その間に炭治郎は己の刀を探そうと視線を動かした。

 

一方煉獄は、そんな猗窩座に対して凛とした声で言い放った。

 

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない。この二人は弱くない、侮辱するな。何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う」

 

――俺は如何なる理由があろうとも、鬼にはならない。

 

「そうか」

 

猗窩座は残念そうに、しかし心なしか少しばかり嬉しそうに目を細めると、右腕を突き出し、左腕を引いた構えをとった。

その瞬間、彼の周りに術式のようなものが浮かびだす。

 

――術式展開――

破壊殺・羅針

 

「鬼にならないなら、殺す」

 

猗窩座の鬼の気配が爆発的に跳ねあがり、空気を震わせ纏いながら地面を蹴る。

そんな彼に対し、煉獄も呼吸を整え同じように地面を強く蹴った。

 

――炎の呼吸――

壱ノ型 不知火

 

二つの力がぶつかり合い、空気を震わせるほどの轟音を生み出す。その音を聞いた瞬間、汐の両目が開かれた。

その音は、別な場所で救助活動をしている伊之助の耳にも届いていた――




おまけCS

煉「この二人は弱くない。侮辱するな。特に大海原少女は声だけで鬼を粉砕し、声だけで膝をつかせ、声だけで動きを拘束し、声だけで人を強くさせるんだ」
炭「あながち間違ってないけれど、なんか違う」
猗「いや待て。そいつ女なのか?どう見ても男だろう」
汐(呪ってやる・・・爆発しろ・・・もげろ・・・禿げろ)

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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