ウタカタノ花   作:薬來ままど

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「はっ!!」

 

目を見開いた汐は、そのまま体を起こそうとした。が、先ほど斬られた肩と腹部に痛みを感じて顔を歪ませた。

 

「汐、大丈夫か?」

 

傍にいた炭治郎が心配そうに顔を覗き込むが、汐は身体を突き刺すような気配を感じて痛みをこらえながら起き上がった。

 

「あたしは平気。それよりも、何?この気配。あの夢を見せる鬼は倒したんじゃなかったの?」

「ああ、あいつは確かに倒した。けれど、別な鬼が襲ってきたんだ。あいつ、上弦の参って書いてあった」

「上弦って・・・そんな、嘘でしょ?なんでそんなやつがこんなところに来るのよ!?」

「俺だってわからないよ!でも今、煉獄さんが戦って――」

 

炭治郎が言葉をつづけようとしたその時、汐の背後で爆発音のようなものが響いた。顔を向ければ煉獄ともう一人。猗窩座という鬼だった。

 

彼は煉獄の技を受け流し、時折受け止めつつそれ以上の力で打ち返してくる。しかし煉獄も負けじと猗窩座の攻撃をいなし、受け止め、返していった。

 

「今まで殺してきた柱たちに、炎はいなかったな。そして、俺の誘いに頷く者もいなかった」

 

そんな激闘にかかわらず、猗窩座はずっと煉獄に語り掛けていた。

 

「何故だろうな?同じく武の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しか鬼にはなれないというのに。素晴らしき才能を持つ者が衰えていく。俺はつらい、耐えられない。死んでくれ杏寿郎、若く強いまま!」

 

――破壊殺・空式――

 

猗窩座はそのまま空中で拳を放つと、その空気が砲弾のように煉獄に向かって飛んでいった。

 

――肆ノ型――

――盛炎のうねり

 

しかし煉獄は自分の周りに剣技を放ち、その空気の砲弾を全て撃ち落とした。その速さと威力に煉獄は目を見開き、そして冷静に分析した。

 

(虚空を拳で打つと攻撃がこちらまで来る。一瞬にも満たない速度。このまま距離を取って戦われると、頸を斬るのは厄介だ)

 

――ならば、近づくまで!!

 

煉獄は瞬時に猗窩座へ距離を詰めると、その刃を彼の頸へと近づけた。しかし猗窩座もそれを阻止せんと拳を連続して振るい、それに合わせるように煉獄も刀を躍らせた。

 

「この素晴らしい反応速度――」

 

煉獄の身体能力の高さに、猗窩座の口角が自然に上がった。心の底からうれしいといった表情だ。

 

「この素晴らしい剣技も、失われていくのだ杏寿郎。悲しくはないのか」

「誰もがそうだ、人間なら!!当然のことだ!」

 

煉獄の声は、離れた場所にいた汐達にも届いていた。しかし、鬼と違い、煉獄は先ほどまで汐と共に戦ってたため体力を消費していることは確かだ。

汐は先ほど同様彼に力を与えようと口を開いたが、息を吸った瞬間焼けるような痛みが喉を襲う。

 

汐の喉は限界に近づいていた。

 

しかしそれでもこのまま黙ってみているわけにはいかない。

 

それは炭治郎も同じで、痛みと疲労に支配された身体を必死で起こそうとした。その時だった。

 

「動くな!!」

 

煉獄の鋭い声が飛び、その剣幕に汐と炭治郎は肩をすくめて動きを止めた。

 

「傷が開いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」

 

煉獄はそれだけを言うと、再び猗窩座と向き合いその拳に剣を振るった。

 

「弱者に構うな杏寿郎!!全力を出せ!俺に集中しろ!!」

 

再び爆発音のような連撃の音が響き渡る。そんな中、いつの間にか戻って来た伊之助は、二人の激しすぎる戦いから目を離せないでいた。

彼の全身を、痺れるような闘気と殺気が刺激し、一歩たりとも、指一本動かすことができない。

 

(すげぇ・・・)

 

それ以上の言葉も出てこず、伊之助は刀を抜いたまま呆然と立ち尽くしていた。

 

――炎の呼吸 伍ノ型――

――炎虎!!

 

――破壊殺・乱式――!!!

 

二つの技が衝撃波となってぶつかり合い、爆音の共に土煙を上げた。その衝撃は汐達の方まで届き、飛んできた土に思わず目を閉じる。

 

そして再び目を開けるとそこには――

 

「杏寿郎、死ぬな」

 

息を乱す煉獄の姿と、傷を負いつつも悲しそうな顔で彼を見下ろす猗窩座の姿があった。

煉獄は頭と左目、そして右腹部から血を流しながらまっすぐに前を見据えていた。

 

「煉獄さんッ・・・!!」

 

汐は思わず煉獄の名を呼ぶが、声がかすれて途中で消えてしまう。炭治郎も泣きそうな苦しそうな表情でその背中を見つめていた。

 

伊之助は肌が焼けるような空気を感じ、微かに震えていた。

 

(隙がねぇ、入れねぇ、動きの速さについていけねぇ。あの二人の周囲は異次元だ。間合いに入れば“死”しかないのを肌で感じる。助太刀に入ったところで足手まといでしかないと分かるから動けねぇ)

 

汐はこれほども動くことができないことを恨んだ。自分や乗客を守ってくれた彼を、何故今助けにいけないのか。何故自分はこれほどまでに弱いのか。

 

「生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も、既に完治してしまった」

 

彼の言う通り、煉獄が胸につけた傷は、もう跡形もなく消えてしまっていた。

 

「だが、お前はどうだ。潰れた左目、砕けた肋骨、傷ついた内臓。もう取り返しがつかない。鬼であれば瞬きする間に治る。そんなもの鬼ならば掠り傷だ。どう足掻いても、人間では鬼に勝てない」

 

猗窩座の言葉は嘲るようなものではなく、本当に悲しみ、嘆いているように聞こえた。しかし煉獄はそんな彼の言葉を突き放すようにさらに大きく息を吸った。

 

燃え盛るような炎のような呼吸音が、静かな空間に木霊する。

 

 

「俺は俺の責務を全うする!!ここにいるものは、誰も死なせない!!」

 

 

煉獄は声高々に叫ぶと、刀を両手にしっかりと持ち振り上げるようにして構えた。

もう彼の身体は限界に近く、刀を握る手も微かに震えていた。しかし、今ここで自分が倒れてしまえば、乗客は勿論、汐達の命も危ない。

 

だからこそ、次の一手で決着を付けねばならない。

 

(一瞬で、多くの面積を根こそぎえぐり斬る!!)

 

――炎の呼吸 奥義――

 

煉獄はすべての力を刀に乗せるように、しっかりと大地を踏みしめた。その闘気が波状となり猗窩座の全身を震わせる。

 

「素晴らしい闘気だ。それ程の傷を負いながら、その気迫、その精神力、一部の隙もない構え。やはりお前は鬼になれ杏寿郎!俺と永遠に戦い続けよう!」

 

猗窩座はこれ以上ない程の笑みを浮かべると、彼の闘気に答えるように身体を沈ませた。

 

――術式展開――

――破壊殺・滅式

 

――玖ノ型・煉獄!!

 

二つの技がまるで二匹の獣のように牙をむき、互いにぶつかり合う。先ほどまでとは比べ物にならない程の衝撃と土煙が上がり、三人は思わず目を固く閉じた。

 

そして土煙が収まり、静寂が少しずつ戻ってくる。そして三人の目に映ったのは――

 

頭部を抉り取られ、片腕が落とされた猗窩座と、そして。

 

彼の反対側の腕が煉獄の腹部を貫いていた。

 

「あ・・・・」

 

それを見た瞬間、汐の口から声が漏れた。

 

(あれは駄目だ。駄目な奴だ。あのままでは煉獄さんが死んでしまう。鬼を殺さなければ。早く、あいつを殺さなくては・・・!!煉獄さんが・・・!!)

 

汐はその光景を凝視したまま、無意識に口を開いた。その時、彼女の首につけられていた首輪が反応し、汐の首を絞めつけた。

 

しかし彼女はそれに構うことなく、息を吸おうと試みる。息苦しさも何も感じず、頭の中にあるのは目の前の鬼を殺すことだけ。

 

その異変は、汐の無意識領域にも起こっていた。

 

汐の殺意を封じている扉の鍵が一つ、砕けて落ちたのだ。

 

『・・・・』

 

番人はその様子を、真剣な表情で眺めていた。

 

 

*   *   *   *   *

 

 

「!?」

 

異変に気付いた炭治郎が振り返り、汐の姿を見てぎょっとした。

目は血走り、首輪が締め付けられているせいか、いくつもの血管が浮き出していた。

 

「汐!」

 

ただ事じゃないその姿に、炭治郎は小さく叫んだ。その声が、煉獄の耳に届き視線だけを動かした。

 

(殺さなきゃ・・・ころさなきゃ・・・おには・・・ころさナキャ・・・そうでなケレバ・・・ダレカガマタシヌ)

 

汐はそのまま口を開き、空虚を見上げた。音のない呼吸音が静かに響く

 

 

――ウタカタ ×ノ旋律――

――××歌・・・

 

汐が今まさにその()を奏でようとした、その時だった。

 

「止せ!!無茶をするな!!」

 

煉獄の雷のような声が響き、汐の体がびくりと震えた。意識が一気に引き戻され、視界が開く。

そして首輪も汐の首を絞めつけるのをやめると、急激に入ってきた空気に思わず咳き込んだ。

 

「弱者を気遣っている場合か!死ぬ!!死んでしまうぞ杏寿郎。鬼になれ!!鬼になると言え!!お前は選ばれし強き者なのだ!!」

 

猗窩座が叫ぶその言葉には心なしか悲しみと怒りがまじりあっているように聞こえた。しかしそんな中、煉獄の脳裏には別の声が響いていた。

 

――杏寿郎。

 

それは煉獄がまだ幼い頃。病に伏せる彼の母親の言葉だった。

その言葉を皮切りに、煉獄の記憶が一気によみがえった。

 

 

*   *   *   *   *

 

「杏寿郎」

「はい、母上」

 

母の声に、煉獄は凛とした声で返事をした。彼の傍らには、弟である千寿郎があどけない顔で寝息を立てていた。

 

「よく考えるのです、母が今から聞くことを。なぜ自分が人より強く生まれたのか、分かりますか?」

 

母の言葉に煉獄は必死で考えるが、答えが出なかった彼は素直にわからないと答えた。

 

「弱き人を助けるためです。生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません。天から賜りし力で、人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません。弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です、責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように」

 

「はい!!」

 

母の優しく凛としたその言葉に、煉獄は力強く返事をした。

そんな彼に彼女はゆっくりを腕を伸ばし、その小さな体を優しく抱きしめた。

 

「私はもう、長く生きられません。強く優しい子の母になれて、幸せでした。あとは・・・頼みます」

 

母の目から涙があふれ出し、煉獄の額にぽろぽろと零れ落ちた。幼い彼にはその涙の意味がその時は理解できなかった。

 

しかし、今は――

 

*   *   *   *   *

 

煉獄は刀を握る手に力を込めた。欠陥が浮き出すほどの凄まじい力に、柄がギリギリと音を立てる。

そしてそのまま彼は、猗窩座の頸めがけて刃を振るった。

 

傷口から真っ赤な鮮血があふれ出し、刃を濡らしていく。煉獄の気迫に、流石の猗窩座も驚愕に目を見開いた。

 

(この男、まだ刃を振るのか!!)

 

煉獄は最後の力を振り絞り、刃を食い込ませ続けた。

 

(母上、俺の方こそ貴女のような人に生んでもらえて光栄だった!)

 

「オオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

煉獄の獣のような咆哮が響き渡り、刃がさらに頸へを食い込んだ。それを見て、猗窩座の顔が初めて青ざめた。

 

このままでは危ないと踏んだ猗窩座は、煉獄の頭部を砕こうと再生した片腕を振り上げた。

しかし、煉獄はもう一方の手でそれをしっかりとつかんで阻止する。

 

(止めた!! 信じられない力だ!!急所(みぞおち)に俺の右腕が貫通してるんだぞ!)

 

驚愕をその表情に張り付けていた猗窩座だが、その時視界が急に明るくなり始めた。視線を動かせば、山の間からうっすらと太陽が見え始めていた。

 

(しまった、夜明けが近い!!早く殺してこの場から去らなければ・・・)

 

焦りを感じた猗窩座は何とか振りほどこうとするが、煉獄は腕をしっかりつかんだまま離さない。

既に致命傷を負った人間の出せる力ではなかった。

 

(逃がさない)

 

煉獄のその眼には、柱としての責務と、鬼を屠る執念がはっきりと宿っていた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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