ウタカタノ花   作:薬來ままど

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注意!
この回では汐が口汚く相手を罵ります。キャラが好きな方、罵倒に耐えられない方はご注意ください。


参(加筆修正有)

煉獄は猗窩座を押さえつけたまま、さらに刀を食い込ませる。猗窩座は、白みだした空を見上げて焦燥を露にした。

 

(夜が明ける!!ここには陽光が差す・・・!!逃げなければ、逃げなければ!!)

 

一方炭治郎は、無理やり体を動かすとそばに落ちていた日輪刀を拾うと二人に向かって一目散に駆けた。

 

(斬らなければ!!鬼の頸を!早く!!)

 

炭治郎は痛みをこらえながら、鬼に向かって刀を振ろうとしたその時だった。

 

オオオオオオオ!!

 

猗窩座は大地を揺るがすような咆哮を上げ、炭治郎は思わず耳を塞いで立ち止まった。猗窩座は何とか煉獄を振りほどこうと、必死で藻掻く。

 

(絶対に放さん。お前の頸を斬り落とすまでは!!)

 

 

オオオオオオオッ

あああああああ!!!

 

「退けええええ!」

 

二つの獣の咆哮が響き、煉獄の刀が猗窩座の頸の半分まで到達する。

 

「伊之助、汐動けーーーーっ!!」

 

その時、炭治郎の声が辺りに木霊し、汐と炭治郎は肩を震わせた。

 

「煉獄さんのために動けーーーーーーーっ!」

 

汐は弾かれた様に立ち上がり、伊之助はそのまま刀を構えたまま二人の方へ弾丸のように突っ込んだ。

 

――獣の呼吸 壱ノ牙――

――穿ち抜き・・・

 

――海の呼吸 壱ノ型――

――潮飛沫・・・

 

伊之助と汐の刀が猗窩座に届く寸前、彼は地面が抉れるほど足を踏み下ろすとそのままはるか上空へ飛びのいた。

自ら両手を引き千切り、頸には煉獄の刀身が食い込んだまま、猗窩座はそのまま踵を返した。

 

崩れ落ちる煉獄の身体を汐が受け止め、その眼前を猗窩座は通り過ぎていく。

 

(早く陽光の影になるところへ・・・!!)

 

しかしそんな猗窩座を逃がすまいと、炭治郎は腕を大きく振りかぶり自らの刀を彼に向かって投げつけた。

 

(手こずった。早く太陽から距離を・・・)

「!!」

 

逃げる猗窩座の背中に炭治郎の刀が命中し、漆黒の刀身が彼の胸を貫いた。

 

――ウタカタ 参ノ旋律――

――束縛歌!!

 

汐も負けじと歌を放ち、猗窩座の身体を拘束するが、彼はそれを無理やり振りほどくとそのまま走り去っていく。

そんな彼の背中に、汐は殺意と憎悪を込めて叫んだ。

 

「クソッタレェエエエ!!!ふざけてんじゃねぇええ!!戻ってきやがれ腑抜け野郎!!!」

 

そしてそれに合わせるように、炭治郎も大声で叫んだ。

 

「逃げるな卑怯者!!逃げるなぁ!!」

 

二人から浴びせられた罵倒に、猗窩座は青筋を立てながら思わず立ち止まりそうになった。

 

(何を言ってるんだあのガキ共は。脳味噌が頭に詰まってないのか?俺は鬼殺隊(おまえら)から逃げてるんじゃない。太陽から逃げてるんだ!それにもう勝負はついてるだろうが!アイツは間も無く力尽きて死ぬ!!)

 

「いつだって鬼殺隊は、お前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!!生身の人間がだ!!傷だって簡単に塞がらない!!失った手足が戻ることもない!!逃げるな馬鹿野郎!!馬鹿野郎!!卑怯者!!」

 

いつもの炭治郎なら絶対に口にしない言葉で、彼はひたすら猗窩座を罵った。それを受け、汐も負けじとその背中に罵声を浴びせる。

 

「テメエなんざ煉獄さんの足元にも及ばない!!煉獄さんの強さを踏みにじるな!!侮辱するな臆病者!!」

「お前なんかより、煉獄さんの方がずっと凄いんだ!!強いんだ!!煉獄さんは負けてない!!誰も死なせなかった!!戦い抜いた!!守り抜いた!!お前の負けだ、煉獄さんの勝ちだ!!」

 

炭治郎は両目から大粒の涙を流しながら、声が彼果てるまで叫び続けた。汐も煉獄の羽織を掴みながら、唇が切れる程かみしめる。

 

「だめだ、大海原少女。それ以上は体に障る。それに、女性があのような乱暴な言葉を使うものじゃない。素晴らしい声が台無しだぞ」

 

煉獄は汐に慈しみのこもった視線を汐に向けると、泣きじゃくる炭治郎に顔を向けた。

 

「竈門少年もそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く。君も軽傷じゃないんだ。君達が死んでしまったら俺の負けになってしまうぞ」

 

炭治郎は涙にぬれた顔を煉獄に向けると、彼は微笑みながら手招きをした。

 

「こっちにおいで。最後に少し、話をしよう。大海原少女も前に来てくれないか?」

 

最後という言葉を聞いて、汐は肩を震わせた。最後なんて言わないで。そんな言葉聞きたくない。

 

しかし汐の目から見ても、煉獄の傷は致命傷であることは明白だった。おそらく呼吸で止血しても無駄だろう。

そのことを先に理解してしまった事を、汐は心の底から恨んだ。

 

汐と炭治郎は煉獄の前に座り、その顔を見据えた。流れ出す真紅の雫が、煉獄の身体を少しずつ赤に染めていく。

 

「思い出したことがあるんだ。昔の夢を見た時に」

 

そう言って煉獄が語ったことは、煉獄の生家に歴代の炎柱が残した手記があり、彼の父親がそれをよく読んでいたという。

煉獄自身は読まなかったため内容はわからないが、炭治郎の『ヒノカミ神楽』について何かわかるかもしれないと語った。

 

「煉、煉獄さん・・・もういいですから、呼吸で止血してください・・・傷を塞ぐ方法は無いですか?」

 

「無い。俺はもうすぐ死ぬ。喋れるうちに喋ってしまうから聞いてくれ。弟の千寿郎には自分の心のまま、正しい道を進んでほしいと伝えてくれ。父には体を大切にして欲しいと。それから――竈門少年。俺は君の妹を信じる、鬼殺隊の一員として認める」

 

煉獄の言葉に、炭治郎は目を見開き煉獄を見つめた。

 

「汽車の中であの少女が、血を流しながら人間を守るのを見た。命を懸けて鬼と戦い人を守る者は、誰がなんと言おうと鬼殺隊の一員だ」

 

――胸を張って生きろ。

 

「!!」

 

煉獄の言葉に、今度は汐は目を見開いた。それはかつて。自分を育ててくれた養父、玄海の言葉とよく似ていた。

 

「己の弱さや不甲斐なさに、どれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯をくいしばって前を向け。君達が足を止めて蹲っても、時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って悲しんではくれない」

 

――泣くな、汐。胸を張れ。前を見ろ。そして、最後まで足掻け――

 

煉獄の言葉を、汐は拳を握りながら聞いていた。その姿に、玄海の姿を重ねながら。

 

(嗚呼この人は・・・この人も、同じことを言うんだ。おやっさんと・・・、あたしがこの世で最も誇り高いと思っていた人と、同じことを・・・)

 

「俺が死ぬことは気にするな。柱ならば後輩の盾となるのは当然だ。柱であれば、誰であっても同じことをする。若い芽は摘ませない」

 

煉獄の命が地面をゆっくりと染めていく中、煉獄は涙を流す炭治郎達を一人一人見ながら静かに言った。

 

「竈門少年。猪頭少年。黄色い少年。もっともっと成長しろ。そして今度は君たちが、鬼殺隊を支える柱となるのだ」

 

それから煉獄は汐に視線を向けると、少し悲しそうに眉根を下げた。

 

「それから大海原少女。俺は君に二つ、謝らなければならない。一つは、柱合裁判で君の性別を間違えてしまっていたこと。そして、もう一つ。君との約束を果たせなくなってしまった事。本当に、すまなかった」

「約束・・・?あっ」

 

煉獄の言葉を聞いて、汐はこの列車で彼に初めて会ったときに捲し立てられたことを思い出した。

 

――もしも君さえよければ、俺にあの時練習していた歌を最後まで聴かせてくれないか?――

 

汐はそのまま黙って俯いたかと思えば、そのまま膝を震わせながら立ち上がった。そして煉獄から背を向け少し離れると、振り返る。

その行動に煉獄をはじめ皆が怪訝そうな表情を浮かべる中、汐は大きく息を吸い口を開いた。

 

大地が、空気が揺れたような衝撃が汐から波のように伝わり、体が震えた。汐が奏で始めた歌は、あの時煉獄が少しだけ耳にした、ずっと聞きたかったあの歌だった。

 

それは凱歌にしてはあまりにも悲しく、鎮魂歌にしてはあまりにも荒々しい歌だった。

 

汐の傷は決して軽くはない。まして、ウタカタを乱発したせいで喉はもう限界だった。

しかしそれでも、汐は歌った。煉獄をこのまま、約束を守れない嘘つきには絶対にしたくなかったからだ。

 

暁の光を背にし青い髪を揺らしながら歌う汐の姿から、煉獄は目を離すことができなかった。

その美しく、雄々しい姿から。

 

そして彼の脳裏に、あの時のしのぶの言葉がよみがえる。

 

――煉獄さんはすっかり彼女の歌の虜ですね

 

(嗚呼そうか。あの時は何故、これほどまでに彼女の歌を聴きたいと思ったのか分からなかったが、そう言うことか。俺は、俺が惹かれていたのは、どうやら歌だけではなかったらしい。あの美しく、誇り高き者に、俺は・・・)

 

最後の最後にそんなことに気づくなんて。と、自嘲気味に笑う煉獄の目にあるものが飛び込んできた。

 

それは、歌を奏でる汐の後ろで佇む彼の母親だった。

 

(母上・・・)

 

段々と薄れていく意識の中、煉獄は母へ向かって心の中で問いかけた。

 

(俺はちゃんとやれただろうか。やるべきことを、果たすべきことを、全うできましたか?)

 

すると彼女は、そんな息子の姿を見て優しくほほ笑んだ。

 

『立派にできましたよ』

 

その笑顔を見て煉獄の顔にも笑みが浮かぶ。そして歌を奏でる汐を見て小さく息をついた。

 

(母上。俺は最後の最後に、幸せになってほしい女性ができました。大海原少女、否、汐。どうか、どうか幸せに・・・)

 

そう言って煉獄は目を閉じる。そしてその右目からは、一筋の涙が流れていた。

 

「・・・・」

 

煉獄が()()()と同時に、汐の歌も止まった。あたりには再び静寂が訪れる。

 

そこへ善逸が禰豆子の入った箱を背負いながら駆け付けた。彼も負傷していたのか、頭にうっすらと血の跡があった。

善逸は先ほどの戦いを音で聴いていたためか、何があったかはある程度把握しているようだった。

 

「汽車が脱線する時・・・煉獄さんがいっぱい技を出しててさ、車両の被害を最小限にとどめてくれたんだよな」

「そうだろうな」

「死んじゃうなんて、そんな・・・ほんとに上弦の鬼、来たのか?」

「うん」

 

善逸の言葉に、炭治郎は短く答える。

 

「なんで来んだよ上弦なんか・・・そんな強いの?そんなさぁ」

「・・・うん」

 

膝の上で拳を作り、炭治郎は声を震わせた。

 

「悔しいなぁ。何か一つ出来るようになっても、またすぐ目の前に分厚い壁があるんだ。凄い人は、もっとずっと先の所で戦ってるのに、俺はまだそこに行けない。こんなところで躓いている俺は・・・煉獄さんみたいになれるのかなぁ・・・」

 

俯き涙を流す炭治郎に、善逸の目からも大粒の涙があふれ出し、彼はそれを必死にぬぐった。だが、そんな空気を壊すような大声が辺りに響いた。

 

「弱気なこと言ってんじゃねぇ!」

 

全員が振り返ると、そこには全身を震わせながら伊之助が佇んでいた。

 

「なれるかなれねぇかなんて下らねぇこと言うんじゃねぇ!信じると言われたら、それに応えること以外考えんじゃねぇ!死んだ生き物は土に還るだけなんだよ!べそべそしたって戻ってきやしねぇんだよ!悔しくても泣くんじゃねぇ!」

 

そう叫ぶ伊之助の被り物からは、滝のように涙が流れていた。それを善逸が指摘し、そんな善逸に伊之助は頭突きをかます。

そしてそのまま伊之助は刀を振り回し、叫びながら暴れ出した。まるで、悲しみを振り払うように。

 

事後処理を行う隠達が到着するまで、それはつづけられた。

 

一方汐は、()()()煉獄の前に立ち尽くしながら呟くように言った。

 

「煉獄杏寿郎。貴方こそが人間の誇りだ。人間の魂だ。私は、私達は貴方のような人に会えたことを誇りに思う。決して貴方を忘れない」

 

汐は俯いたまま、固く目をつぶった。両目から涙が滝のようにあふれ出し、頬を伝い流れ落ちていった。

それをぬぐうこともせず、歯を喰い縛り、血が出る程拳を握りながら、汐は絞り出すように泣いた。

 

空は晴れ渡っているというのに、汐の心にはいつまでも雨が降り続いていたのだった。

 


 

煉獄の訃報は、鎹鴉を通して産屋敷と柱達に伝えられた。

驚く者、悲しむ者、信じない者、怒りに震える者など彼らの反応は様々だった。

 

「そうか。二百人の乗客は、一人として死ななかったのか。杏寿郎は頑張ったんだね、凄い子だ」

 

庭先で妻と娘と佇みながら、輝哉は微笑みながら呟くように言った。

 

「寂しくはないよ、私はもう長くは生きられない。近いうちに杏寿郎や皆のいる黄泉の国へ行くだろうから・・・」

 

彼の柔らかな声は、風に乗り蒼穹の彼方へと消えていくのであった。

 

その後、負傷した汐達はすぐさま蝶屋敷へと担ぎ込まれ迅速な治療が行われた。特に汐と炭治郎は、一目でわかる重傷であり絶対安静を余儀なくされていた。

 

それから数日後。頭に包帯を巻いた善逸は、一人廊下を歩きながらあの時のことを思い出していた。

隠達に背負われている間、伊之助は大声で泣きわめき、炭治郎は隠にしがみつきながらすすり泣いていた。だが、汐はまるで壊れてしまった人形のように、泣き声どころか一言もしゃべらず、ピクリとも動かなかった。

 

その後も屋敷に彼女の歌が響くことはなく、雰囲気は重くなる一方だった。

 

向上心の塊である炭治郎が落ち込んでいることも相当だが、善逸が気になったのは汐の“音”だった。

波のような少し不規則で、なおかつ優しい音。それが善逸の感じる汐の音だった。が、その音がびっくりするほど静かで汐がまるで別人にすり替わったような気がして、善逸は少し恐怖を感じていた。

 

無理もなかった。煉獄のような鍛え抜かれた“音”でさえ、上弦の鬼と対峙し命を落とした。特に汐は、他の者にはない特殊な力がありながら何もできなかった無力さに怒りを感じているだろう。

 

人間はそう簡単に切り替えることはできない。どんな人間だろうと、苦しく悲しい時もある。しかし、だからと言ってずっと蹲っているわけにはいかない。

 

炭治郎も汐も、そのことを善逸に教えてくれた。その二人が落ち込んでいるときは、自分が何とかしてあげるべきではないか。

 

善逸はそう思い、(無断で)もらってきたまんじゅうを炭治郎に差し入れしようと彼の病室へ戻って来た。

 

「炭治郎!まんじゅう(無断で)もらってきたから食おうぜ!汐ちゃんも誘ってさ!」

 

だが、善逸の言葉は顔面に走った衝撃により中断された。

 

「炭治郎さんがいませぇん!!」

 

それはのけ反ったきよが善逸の顔面に後頭部を打ち付けたためだった。慌てて振り返れば、おびただしい量の鼻血を拭き出し倒れこむ善逸の姿があった。

 

「あーーっ、善逸さんごめんなさぁい!!」

 

慌てて泣きながら謝罪するきよに、善逸は焦点の全く合っていない目で大丈夫だと答えた。きよはそのまま善逸の鼻血を止めようと布をあてがいながら、炭治郎の姿がないことを訴えた。

 

「炭治郎さん、傷が治ってないのに鍛錬なさってて、しのぶ様もピキピキなさってて・・・!!安静にって言われてるのに!」

 

きよの言葉に善逸は驚き目を見開いた。炭治郎の腹の傷は、思ったよりも深く危険な状態だったはずだ。それなのに動くなんて馬鹿げている。と、思った時だった。

 

「大変大変!!たいへんですぅーー!!」

「今度は何!?」

 

二人の元に現れたのは、きよと同じく顔を真っ青にしたなほだった。彼女は二人の姿を見るなり、矢継ぎ早にまくし立てた。

 

「二人とも汐さんを見ませんでしたか!?さっき着替えを届けようとしたらお部屋にいなくて、どこを捜しても見つからなくて!あの人も肩とお腹の傷が深くて安静にしていないといけないのに!」

「ええっ、汐さんも!?」

 

なほの言葉にきよも善逸も目玉が落ちそうなほど大きく目を見開き、同時に顔を青ざめさせた。

 

「何やってんだよあのお二人さん!馬鹿なの!?本当に馬鹿なの!?」

 

屋敷中に善逸の汚い高音が、高らかに響いた。

次の任務は誰と一緒にいきますか?

  • カナヲ
  • 玄弥
  • 柱の誰か(別アンケ取ります)

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