ウタカタノ花   作:薬來ままど

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無惨様が部下にいろいろと理不尽なことを言う話


幕間その伍
さがしものとわすれもの


どこかにある、どこかの大きな屋敷。その一室では楽しげに笑う声が夜の闇に響いては消えていく。

 

「まあ本当に利発そうな子ですわね」

 

客人らしき女性が笑みを浮かべながらそう言うと、屋敷の主人らしき男は眼鏡越しに目を細めながら口を開いた。

 

「いやぁ、私も子供を授からず落ち込んでいましたが、よいこが来てくれて安心です。血の繋がりは無くとも親子の情は通うもの。私の後はあの子に継がせますよ」

 

男は本当にうれしそうに言葉を紡ぐが、ふとその表情に微かに曇りが差した。

 

「ただ皮膚の病に罹っていまして、昼間は外に出られないのです」

「まあ、可哀想に・・・」

 

その話を聞いた客人の女性は憐みの眼を彼に向けてそう言った。

 

「その特効薬もね、うちの会社で作れたらと思っているんです。一日でも早く」

 

そんな彼女の言葉に、男は希望を込めた言葉を返すのだった。

 

そんな会話が交わされた応接間から少し離れた一室では、一人の少年が書物に目を通していた。

真白な肌に真っ黒な髪。少しだけ赤みが掛かった目が、文字の羅列を追って動いていく。

 

そんな彼の部屋の窓に掛けられた帳が揺れ、冷たい風が少年の頬を穿った。視線を移せば、そこには全身に幾何学模様の痣を浮かばせた青年の鬼、猗窩座の姿があった。

 

「ご報告に参りました、無惨様」

 

猗窩座の言葉に少年、無惨は、瞬時に両目を鋭くさせると地を這うような声で静かに言った。

 

()()()()は見つけたのか?」

「調べましたが確かな情報は無く存在も確認できず――・・・、“青い彼岸花”は見つかりませんでした」

「で?」

 

猗窩座の報告に、無惨は冷たく一瞥すると、彼は頭を下げながら答えた。

 

「無惨様の御期待に応えられるよう、これからも尽力致します。ご命令通り、柱の一人も始末して参りましたので御安心くださいますよう・・・」

「お前は何か思い違いをしているようだな、猗窩座」

 

無惨は猗窩座の言葉を遮ると、人差し指を突き付けながら先ほどよりも冷たい声で言い放った。その瞬間、猗窩座の身体が縛り付けられたように動かなくなった。

 

「たかが柱一人、それを始末したからなんだと言うのか?鬼が人間に勝つのは当然の事だろう」

 

無惨が話を進めるたびに猗窩座の身体が音を立ててきしみ、体中にひびが入りだす。

 

「私の望みは鬼殺隊の殲滅。一人残らず叩き殺して二度と私の前に立たせないこと。複雑なことではないはずだ。それなのに未だ叶わぬ・・・。どういうことなんだ?」

 

怒りのあまり全身に血管を浮かび上がらせながら、無惨は持っていた書物の頁を掻き毟るように破り捨てた。

 

「お前は得意気に柱を殺したと報告するが、あの場にはまだ四人の鬼狩りがいた。しかもそのうちの一人はワダツミの子。なぜ始末して来なかった?わざわざお前を向かわせたのに・・・猗窩座、猗窩座、猗窩座、猗窩座!!」

 

無惨の声が猗窩座に何度も突き刺さり、それを象徴するかのように彼の目や鼻や口からはおびただしい量の血が噴き出した。

 

「お前には失望した」

 

そんな猗窩座を無惨は冷たく一瞥すると、興味を失ったように視線を逸らした。

 

「まさか柱でもない隊士から一撃を受けるとは。上弦の参も堕ちたものだな」

 

その言葉に微動だにしなかった猗窩座の身体がピクリと動いた。そんな彼に無惨は興味を示すことなく「下がれ」とだけ告げた。

 

猗窩座が去ったのを確認すると、無惨はそのまま手を止め目だけを動かして静かに口を開いた。

 

「それで、お前はいったい何をしにあの場所に赴いた?黒死牟」

 

彼の視線の先には、大正時代では珍しい古風な着物を纏った、六つの目を持つ恐ろしい姿をした鬼がいた。

黒死牟と呼ばれた鬼は無惨からの問いかけには答えなかったが、無惨はそれに構うことなく続けた。

 

「私はお前にも青い彼岸花の捜索とワダツミの子の始末を命じたつもりだったが・・・どうやら私はお前を買いかぶりすぎていたようだな。まさかお前が命に背くとは。あのような小娘一人を屠るなど、お前ならば赤子の手をひねる様なものだと思っていたのだが」

「申し訳・・・ございません。邪魔が・・・入りまして・・・」

「邪魔?あの程度の柱など、お前の敵ではないだろう。現に猗窩座如きでさえ始末できたほどだ」

 

無惨は本を手に取りもてあそびながらも、淡々と黒死牟に言葉の棘を刺し続けた。

 

「・・・まさかとは思うが、お前。未だ()()()に未練があるのか?」

 

その言葉に黒死牟の肩がほんのわずかに揺れ、それに気づいた無惨は呆れたように言った。

 

「たかだか数百年ほどの間に、記憶まで置き去りにしてきたのか?そもそも()()()を殺したのは他でもない、お前だろうに。くだらない幻などにいつまでも踊らされるな」

 

無惨はそれだけを言うと、黒死牟にも下がるように言った。彼が去った後、無惨は静かに揺れている帳を眺め、鋭く目を細めた。

 

「どいつもこいつも、役に立たない者達ばかりだ・・・」

 

その言葉は風に乗り、夜の闇へを消えていった。

 


 

無惨の元を離れた黒死牟は、一人世闇の中で佇んでいた。目を閉じ、先ほどの無残の言葉を思い出す。

 

(未練・・・返す言葉もなかった・・・忘れていたと思っていたが・・・私は未だ・・・あの娘を・・・)

 

怒り狂う無惨の顔の中に、微かに見えるのは邂逅した鬼狩りとなったワダツミの子。そして彼女と同じように真っ青な髪をした、記憶の中に残る一人の女性。

 

『――様!』

 

屈託のない笑顔で知らない名を呼ぶその女性の顔を思い出そうとした瞬間、黒死牟の頭に強烈な痛みが走った。そしてそれは波紋のように全身に広がっていく。

そして彼の頭の中に、透き通るような歌声が響き渡る。

 

(嗚呼。お前は死して尚も・・・私を・・・掻き乱し続ける・・・のか・・・。ワダツミの子・・・――。本当に・・・忌々しい・・・)

 

やがて痛みは治まり、黒死牟は月明かりの中を静かに歩きだした。まとわりつく不可思議なものを振り払うように。

 

(そう言えば・・・童磨が以前・・・玉壺に・・・人形を預けたと・・・言っていたが・・・あれは確か・・・)

 

そんなことを考えていた黒死牟だが、ふと我に返り視線を下へと下ろした。いつもなら全く気にならないはずのことに、今日は何故かいろいろと思考が飛散してしまう。

 

その微かな不調に少しばかりと毎度いながらも、黒死牟は静かに闇の中へ消えていくのだった。

 

猗窩座が炭治郎の刀を粉々に破壊し、彼と自分を罵倒したワダツミの子への憎しみを募らせるのは、そのすぐあと。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神

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