ウタカタノ花   作:薬來ままど

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原作捏造あり


合縁奇縁

「えええーーーッ!!!」

 

蝶屋敷中が揺れそうなほどの大声で、炭治郎、善逸、伊之助の三人は目を向いて汐に詰め寄った。

 

「継子!?継子ってあれだよな!?カナヲみたいなやつだよな!?すごいじゃないか汐!」

 

興奮して言葉を捲し立てる炭治郎に、汐は初めてその話が出た時の自分と同じ反応なことに共感した。

 

「しかも恋柱って、あのボンキュッボンの人だよね!?そんなすごい人の弟子になるなんてうらやま・・・すごいよ汐ちゃん!!」

 

善逸に至っては着眼点がずれているだけでなく、彼の邪な本能が顔を出している始末だ。

 

「・・・ツグコってなんだ?」

 

一方伊之助は継子の事すら知らず、善逸は継子とは柱が直々に指導し、育てる隊士のことであり、慣れるのは相当な才能の持ち主であることを説明した。

それを聞いた伊之助は、鼻息を荒くしながら汐を見た。

 

「話自体は結構前から出ていたんだけれど、その時はまだ全集中・常中を覚えていない段階だったから保留にしてたの。でも、今回の――、煉獄さんの件で迷っている場合じゃないってわかった。失ってからわかるんじゃ遅すぎる。だから、この話を受け入れることにしたの」

 

そう言って彼らを見据える汐からは、決意の匂いと音と気配がした。それを感じ取った三人の身体が震え、鳥肌が立った。

 

煉獄杏寿郎。元炎柱で、上弦の参との戦いで殉職した誇り高き剣士。彼の死は四人の心に影を落としたが、彼の遺した言葉は四人に新たな決意も抱かせた。

その決意の一つが、汐が柱の継子になるということだった。

 

「そうか。それが汐が出した答えなんだな」

「うん」

「そうか。じゃあ俺たちも負けていられないな。善逸、伊之助!」

 

炭治郎の言葉に伊之助は「おうよ!」と力強く返事をしたが、善逸は少し迷いのある表情を見せた。それを見た汐がどうしたのか尋ねようとした時だった。

 

「あ、汐さん!しのぶ様がお呼びですよ」

 

屋敷の奥からすみが転がるように走ってきて、汐に声をかけた。汐は返事をすると三人に「またあとでね」といってその場を去った。

 

汐の姿が見えなくなった後、善逸は徐に炭治郎の方を向いて口を開いた。

 

「あ~あ。これからは汐ちゃんの歌が聴けなくなるのか。なんだか寂しいな」

「なんでだ?汐の歌なら頼めばいくらでも聴かせてくれるだろ?」

 

何を言っているんだと言いたげな炭治郎に、善逸は目を少し見開いた後大きくため息をついた。

 

「お前さ。これから先汐ちゃんと簡単に会えなくなるっていうのに、寂しくないのか?」

「会えなくなる?どうして?」

「どうしてってお前、本気でわからないのか?継子になるっていうことは、育ててくれる柱と寝食を共にするってことなんだ。だから汐ちゃんはここを出て恋柱の屋敷で暮らすんだよ」

 

善逸がそう説明すると、炭治郎は驚いた顔で彼を見つめた。その反応からするに、汐が蝶屋敷を出ることに本当に気づいてなかった様だ。

 

「汐と・・・毎日会えなくなる・・・」

 

先ほどまでの笑顔が急にしぼんでいく炭治郎に、善逸は自分が失言をしたことを少なからず感じるのだった。


 

その夜は、汐が継子になった祝いと送別会を兼ねた宴が開かれた。前にも祝いの宴は開かれたことがあったが、今回は汐が主役とあってか彼女の好きな海の幸の料理までが並べられた。

 

伊之助は初めて見る料理に興味津々で、汐をほったらかして真っ先に手を付けたため、彼女に吹き飛ばされたりといつもの光景が広がった。

しかし汐はあの時とは明らかに違う、異変を感じていた。心なしか炭治郎の様子がおかしいように見えた。

 

一番喜んでくれていた人のはずなのに、その眼には嬉しさがあまり宿っておらず、寂しさと悲しみが混じっているように見えた。

それが気になり、せっかくの好物の味もろくにわからなくなってしまっていた。

 

炭治郎に話しかけようとしても、伊之助が暴れまり、それをアオイが諫めたりして騒がしかったため、汐はなかなか炭治郎に話しかけることができないでいた。

そして結局、宴の間は一度も炭治郎と話ができないまま終わってしまった。

 

宴が終わり、汐は荷造りが済んだ自分の部屋に戻ると大きなため息をついた。

明日からはここを出て甘露寺邸で暮らすことになる。そのため、炭治郎達と会える時間もあとわずかだった。

 

(炭治郎・・・あの時ずっと上の空だったけれど、あたしが継子になることを本当はうれしくなかったのかな)

 

いいやそんなはずはないと、汐は思った。現に、初めて打ち明けた時彼は本当にうれしそうな眼をしていた。それなのに、先ほどの宴ではそうではなかった。

何かあったのかと気になりだした汐は、意を決して部屋を出て炭治郎の部屋へと向かった。

 

「炭治郎、ちょっといい?」

 

汐は扉を叩いて声をかけ、返事を待った。するとすぐに炭治郎が慌てた様子で扉を開けたため、ほっとしたと同時に少しだけたじろいだ。

 

「汐、どうしたんだ?明日はもう出発だろう?」

「あ、うん。そうなんだけれど・・・、あんたと少し話したくて。駄目?」

 

そう言って炭治郎を見上げれば、彼は少しだけ困ったような顔をしたが小さくうなずいて汐を部屋の中へ通した。

 

「ごめんね、こんな時間に。もう寝るところだった?」

「・・・いいや。何だか今日は眠れなくて。宴の余韻のせいかな」

 

そう言って力なく笑う炭治郎に、汐は彼がこんな嘘をついてることに驚いた。

否、嘘というよりは自分の気持ちに気づいていない。そんな感じだった。

 

「嘘ね。本当は違う。あんた、宴の時あんまり楽しそうじゃなかったもの」

「そんなこと・・・」

「無いわけないわ。何年あんたと一緒にいると思ってるの。それぐらいお見通しよ。何?まさかあたしがここを出るから寂しくなっちゃったとか?」

 

汐はからかうようにそう言ってから、お道化たように炭治郎を見ると、彼はこれ以上ない程の真剣な表情で汐を見つめていた。

その顔に汐の顔からみるみるうちに笑顔が消えていく。

 

「当り前だろう!」

「た、炭治郎・・・?」

「ずっと一緒にいた、毎日会えていた人に会えなくなるんだ。寂しくないわけがない」

 

炭治郎の声色に、汐は声を失ったままその眼を見つめた。一切の曇りも迷いもない、真剣そのものの視線にくぎ付けになる。

それと同時に、炭治郎が自分に会えなくなる寂しさを感じてくれていたことに、少しだけ嬉しさを感じた。

 

「ちょっとちょっと、大げさじゃない?今生の別れってわけじゃあないし、ここから甘露寺さんの屋敷までは近くはないけど遠くは無いし、それに任務でだって会うことはあるし」

 

それにね、と汐はしどろもどろになりながらも続けた。

 

「離れていたってあたしたちの縁は切れるわけじゃないわ。あんた言ってくれたじゃない。那田蜘蛛山で。絆は誰にも引き裂けないって。なら、これぐらいで切れるほど安っぽいものじゃないでしょ?」

 

汐はそう言って炭治郎を見つめると、彼は驚いたように目を見開き、それから安心したように笑った。

 

「そうだな。汐の言う通りだ。俺、少しだけ混乱していたみたいだ。ごめん」

「謝ることじゃないわよ。あんたが悪いんじゃないし。それにあたしも、そうよ。あんたと離れて暮らすことになるって聞いたとき、正直寂しくなった。あんたがいることが当たり前だって思ってたから。だから、あんたもあたしと同じ気持ちだったことが、少しだけ嬉しい」

 

汐は微笑みながら言うと、炭治郎の顔も自然と笑顔になり、彼の目に宿っていた寂しさはなりを潜めていた。

 

「あ、そうだ。手紙を書くわ。あの時は失敗して渡せなかったけれど、今度はきちんと書いて出す。それに、そうね・・・。あんたさえよければ日にちを決めて会わない?稽古をするのもよし、どこかへ行くのもよし。それくらいなら甘露寺さんも許してくれると思うけれど・・・」

「それはいいな。じゃあ俺も手紙を書くよ。毎日」

「・・・あんたなら本当に毎日書きそうね・・・」

 

そんなことを話しながら、二人の夜はゆっくり更けていくのだった。

 

それから汐は名残惜しまれながらも蝶屋敷を後にし、彼女の師範となる甘露寺蜜璃の屋敷へとやってきた。

 

「いらっしゃい、汐ちゃん。ようこそ、私の屋敷へ!」

 

甘露寺は嬉しそうにそう言うと、すぐさま汐に荷物を置き訓練場へを案内した。

 

「改めて、あなたへ稽古をつけることになった恋柱・甘露寺蜜璃です。さて、さっそくで申し訳ないのだけれど、あなたにはまずやってもらいたいことがあります」

 

いきなりの事に汐は驚いたものの、これも強くなるための一歩だということを胸に刻み、甘露寺の次の言葉を待った。

 

「そのやってもらいたいこととは・・・」

「・・・・」

「・・・・お引越しよ!!」

「・・・へ?」

 

甘露寺の思わぬ言葉に、汐の口から素っ頓狂な声が漏れた。それに構わず甘露寺はつづけた。

 

「荷物はもう運び込んであるから、後は住むだけよ。さあ、早速行きましょう!」

「ちょ、ちょっと待って!いや、待ってください!!」

 

しかし汐の制止も聞かず、甘露寺は使用人に後のことを頼むと、半ば汐を引きずるようにして連れ出した。

その強引さに汐は何も言うことができず、ただ黙って彼女に従うのだった。

 


 

「ついたわよ!ここが今日からあなたが住む家。中々素敵でしょう?」

「いや素敵でしょうって、これ、どう見ても豪邸・・・」

 

汐の目の前に広がるのは、甘露寺邸ほどではないがそこそこの大きな屋敷だった。

しかもその場所は、あろうことか蝶屋敷からそれ程離れていないところにあった。

 

汐があんぐりと口を開けていると、甘露寺は意気揚々と説明を始めた。

 

本当は汐が甘露寺邸に住み込んで稽古をつけてもらうのがいいのだが、汐が炭治郎達と離れることをよくないと思った彼女が、汐の為に別邸を用意したということだった。

勿論、当主である産屋敷輝哉の許可もすでにとってあるという。

 

その話の速さに汐は考えることを放棄し、目の前に立つ屋敷を見据えた。が、あることを思い出し、汐は甘露寺に問いかけた。

 

「あのさ、甘露寺さん。実を言うとあたし、片付けがものすごく苦手なの。だからこんな屋敷をもらっても、たぶん綺麗にはできない。炭治郎と一緒にいた時にも、いつも叱られながら掃除してたし・・・」

「それなら大丈夫よ。使用人の人を派遣するし、私も時々ここに泊まって掃除を手伝うわ。あ、なんなら、炭治郎君を呼んで一緒に住んでもらうとか」

「い、いやいやいやいや!!それは駄目!それだけは絶対にダメ!!!」

 

しかし汐がいくら喚こうが、話は引き返せない程に進んでしまっており、結局汐はその屋敷に住むことになった。

 

そして、事情を知った炭治郎達と気まずい再会をすることになるのは、言うまでもなかった。




おまけCS
善「よかったな、炭治郎。これでまた汐ちゃんといつでも会えるぞ」
炭「それはそれで嬉しいんだけれど、心配なことがあるんだ」
善「何が?」
炭「汐は片付けがものすごく苦手なんだ。だからあんな立派な屋敷をすぐ汚してしまうかもしれない。だったら俺が一緒に住んで掃除をしたほうがいいんじゃないかって」
善「・・・」
炭「善逸?」
善「お前等さぁ・・・なんというか・・・はあ、もういいわ」
炭「???」

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神

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