ウタカタノ花   作:薬來ままど

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汐が何とかカナヲと仲良くしようとする話


紡ぎ歌(栗花落カナヲ編)

その日は、少しだけ雲がかかった晴れた日の事。

 

「こんにちは~。誰かいないの~?」

 

蝶屋敷に響き渡る声の主は、真っ青な髪に赤い鉢巻を巻いた少女、大海原汐。普段は甘露寺の別宅に住み、師範である彼女の下で鍛錬をしている。

今日は甘露寺から頼まれ、しのぶへ渡すものを持って蝶屋敷を訪れたのだ。

 

しかし声をかけても誰も来る様子は無く、汐はそのまま足を進めた。

 

中庭に向かおうとすると、汐の目の前を何かが通り過ぎた。それは日の光を浴びて虹色に輝くシャボン玉。

誰かがいることを悟った汐は、シャボン玉が飛んできた方向へ向かった。

 

そこでは、蟲柱・胡蝶しのぶの継子の少女、栗花落カナヲが縁側に座って空に向かってシャボン玉を吹き出していた。

今までは特に何もせずぼうっとしていることが多いカナヲが、こうして何かをしていることは珍しく、汐は思わず目を見開いた。

 

「おーい、カナヲ!久しぶり!!」

 

汐は大きく手を振りながら、カナヲの名前を呼んだ瞬間。カナヲは肩を大きく震わせると、持っていたシャボン液の入ったコップを落としてしまった。

シャボン液が飛び散り、カナヲの隊服にかかり大きなシミを残す。

 

「やだっごめん!大丈夫!?」

 

汐は慌ててカナヲの元に駆け寄ると、手ぬぐいを取り出しカナヲの隊服を拭こうとした。が、カナヲはそれを拒否するように一歩下がると、慌てた様子で屋敷の中に戻っていった。

 

「・・・・」

 

汐が呆然とカナヲが去った方角を見つめていると、後方から洗濯物の入った籠を持ったきよが歩いてきた。

 

「あ、汐さん。お久しぶりです。いらしていたんですか?」

「久しぶりね、きよ。うちの師範からしのぶさんあてに荷物を届けに来たんだけど、しのぶさんは?」

 

汐の問いかけにきよは、しのぶは今席を外していることを告げた。

 

「そう。時期を間違えちゃったみたいね。それより屋敷が随分静かだけれど、男連中はどうしたの?」

「皆さんそれぞれの任務に出かけています。あの善逸さんも駄々をこねずに仕事に行くようになったんですよ」

「善逸が?いったいどういう風の吹き回しかしら。それとも、ちゃんと成長してるってことかしらね」

 

汐が少し皮肉を込めて言うと、きよは苦笑いを浮かべた。

 

「お荷物の件ですが、私がしのぶ様へ届けておきましょうか?」

「え、いいの?そうしてもらえると助かるわ」

 

汐は荷物をきよに渡し、帰路につこうとしたがふとカナヲのことを思い出して口を開いた。

 

「ねえ、カナヲって最近は何時もあんな感じなの?」

「あんな感じ、とは?」

「さっき縁側でシャボン玉を吹いてたのよ。あたしが声を掛けたら驚かせちゃったみたいで戻っちゃったけど。今まであの子、どこか遠くを見ていることが多かったから少し気になったの」

 

汐の言葉にきよは少しうれしそうな表情で彼女を見ながら言った。

 

「最近、カナヲさんはああしてシャボン玉を吹いたり、お小遣いでみんなのお菓子を買ったり、猫の肉球をぷにぷにしたり、自主的にお手伝いをしたりするようになったんです。以前はそう言ったことがなかったので、みんな驚いているんですよ」

「そうだったの。あたしがいない間に随分様変わりしたのね。って、いけない。もうこんな時間!あたしこれからみっちゃ・・・師範との稽古があるんだった!しのぶさんとみんなによろしくね!」

 

汐はそれだけを言うと、疾風の如く速さで蝶屋敷を後にし、きよはがんばってくださいね!と、汐の背中に声をかけるのだった。


 

その夜。

 

(あ゛~~、疲れた・・・)

 

汐は疲労がたまった身体を、一人で入るには大きすぎる湯船にだらりと垂らしながら心の中でつぶやいた。今日の稽古は甘露寺の他、伊黒の拷問に近い訓練も加わり、体についた傷がお湯に沁みて鈍く痛む。

 

(あの蛇男、絶対に個人的な恨みの感情をあたしに向けてるわ。あたしに向けている眼とみっちゃんに向けている眼が明らかに違うもの。柱って本当に変態ばっかり)

 

そんなことを考えながら、窓からのぞく星空を見つめていた汐だが、不意に昼間のことがよみがえった。

 

それはカナヲの事。きよの話では、以前に比べ自主的に動くことができるようになったということだが、自分が話しかけようとしたときは逃げてしまっていた。

 

眼を見る限り悪い感情は見えなかったが、やはり逃げられてしまったということは汐にとっては悲しかった。

 

(あたし、カナヲに嫌われてるのかな。確かに最初はいい感情は持ってなかったけれど、あたし達が前に進めたのはあの子のお陰なのは確かなのに)

 

「は~あ・・・」

 

汐が大きなため息をきながら背を伸ばそうとした、その時だった。

 

「駄目よ、しおちゃん。溜息を一つつくと、幸せが一つ逃げちゃうんだから」

 

背後から声が下かと思うと、突然後ろから二本の腕が伸びてきて優しく抱きしめられ汐の体が跳ねた。背中に当たる柔らかい感触に思わず震える。

 

甘露寺蜜璃が一糸まとわぬ姿で、汐に抱き着いていた。

 

「え、みっちゃん!?帰ってたの!?っていうか、なんで入って・・・」

「思ったよりも仕事が早く片付いちゃって、家に帰るよりもここの方が近いから、今日は止まって行こうと思ったの」

「だったら入る前に声くらいかけてよ。あ~もう、びっくりして心臓が口からまろび出るところだっ・・・」

 

汐はそう言いかけて、思わず口をつぐんだ。もしかしたら昼間のカナヲも、いきなり声をかけられて驚いてあんな行動をとったのかもしれない思ったからだ。

甘露寺は急に黙ってしまった汐に、どこか体調が悪いのかと尋ねると、汐は慌てて首を横に振った。

そして彼女に、今日の昼間にあったことを話した。

 

「成程ね。しおちゃんの言う通り、カナヲちゃんはいきなり声をかけられてびっくりしただけで、しおちゃんを嫌ったわけじゃないと思うわ。でも、カナヲちゃんの隊服を汚しちゃったのは事実だから、明日謝りに行ってきたほうがいいわね」

「そうする。でも、手ぶらで謝りに行くのも失礼だし、何かカナヲに持っていった方がいいわよね。何がいいかな」

「そう言えば、前にしのぶちゃんのお屋敷に遊びに行った時に、ラムネをおいしそうに飲んでいたのを見たわ」

 

汐が首をひねりながらそう言うと、甘露寺は思い出したように手を叩きながら言った。

 

「ラムネかぁ。確か町に行けば売ってたかな。明日買ってから蝶屋敷に行ってみる。ありがとう、みっちゃん」

 

汐の決心した表情を見て、甘露寺は思わず顔をほころばせるのだった。

 

そして翌日。

汐は午前中の稽古の後、甘露寺に許可をもらい町へと赴きラムネを買った。甘露寺の継子になったとはいえ、彼女は基本的に汐の意思を尊重してくれていた。

その心遣いに感謝し、ついでに彼女の好物の桜餅も買っておいた。

 

空を見ると少し黒い雲が出始めており、雨が降りそうな模様だ。

 

(急いだほうがよさそう)

 

汐はそのまま、足早に蝶屋敷へと向かった。

 

「こんにちは~。カナヲ、いる~?」

 

屋敷に向かって声をかけるが、返事はない。またこの感じかと汐は少しだけ微妙な気持ちになったが、そのまま敷地内に足を進めた。

 

中庭に行くと、たくさんの洗濯物をカナヲが取り込んでいるのが見えた。いつもならアオイや三人娘たちがやっているはずだが、今日にいたってはカナヲがやっており中々に珍しい光景だった。

しかしいくら身体能力が高いとはいえ、たくさんの洗濯物を抱えるカナヲは大変そうに見えた。

 

汐はそんなカナヲに寄り添うようにして近づくと、かかったままの洗濯物を外し始めた。

 

「手伝うわ。あんた一人じゃ大変そうだもの」

 

汐の存在に気づかなかったのか、カナヲは非常におどろた顔で彼女を見つめた。が、前回とは違い今度は逃げることは無くそのまま洗濯物を取り込んだ。

 

そしてようやく仕事がひと段落した後、汐はカナヲに向き合い持ってきたラムネを手渡した。

 

「これ、あげる。それと、昨日は驚かしてごめんなさい」

 

汐はそう言って頭を下げると、カナヲは困ったように目を泳がせた。そして懐から銅貨を取り出そうとして、手を止めた。

 

カナヲの頭の中に、一つの言葉がよみがえる。

 

(心のままに)

 

カナヲは銅貨を取り出そうとした手を引っ込め、汐の手からラムネを受け取った。そして小さく「ありがとう、大丈夫」と答えた。

それを聞いた汐が今度は驚いた表情でカナヲを見つめた。銅貨で決めなかったことと、礼を言われたことに驚くと同時に嬉しさがこみ上げてきた。

 

ところがその時、不意に汐の鼻の頭に雫が一つ落ちてきた。かと思うと、雨粒はたちまち増え瞬く間に激しく振り始めた。

 

「わあ、降ってきた。カナヲ、早く!」

 

汐は思わずカナヲの手を取ると、そのまま屋敷の中へ転がるようにして入った。幸いずぶ濡れは免れたが、この雨では汐の家までは戻れそうにない。

 

「思ったより早く降られちゃったわ。ごめん、少しだけ雨宿りさせてくれる?」

「え、う、うん」

 

カナヲは戸惑いながらうなずくと、汐は「ありがとう」とだけ小さく言って二人で縁側に座った。

 

辺りには雨が降る音だけが響き、カナヲは勿論汐も特に話題が思い浮かばず居心地の悪い沈黙が続く。

時折、炭治郎達はどうしているか尋ねても、曖昧な返事をされるだけだ。

 

(やっぱり嫌われてるのかな、あたし。まあ、気に食わない奴には我慢できなくなるし、それがあたしの短所だってのはわかっているはずなんだけどね)

 

はあと小さくため息をつけば、灰色の空が目に入りさらに気が滅入る。すると、カナヲはそんな汐を見ながらおずおずと声をかけた。

 

「あ、あの」

「え?な、なに?」

 

思いがけない言葉に驚いて顔を向けると、汐は思わず目を見開いた。カナヲが一本のラムネを汐に向かって差し出していたのだ。

思わず志向が停止する汐に、カナヲは緊張を宿した眼を向けながら言った。

 

「前に、みんなで宴をしたときに飲み物をくれたでしょ?その、お返し。何かをされたら返すものだって、アオイが言ってたから・・・」

「カナヲ、あんた・・・」

 

以前のカナヲだったら絶対にありえなかった行動に、汐は驚きつつも嬉しくなり、差し出されたラムネを受け取った。

 

「ありがとう、カナヲ」

 

満面の笑みで返せば、カナヲの瞳が大きく揺れた。それから少しだけ顔を伏せた後、再びおずおずと口を開いた。

 

「あの、もう一つお願いがあるの。その、汐に」

「あたしに?え、っていうか、今名前・・・」

「あの時に歌った歌を、聴きたいの。何故かはわからないけれど、不思議な気持ちになれたから・・・」

 

心なしかカナヲの頬が少し桃色に染まり、もじもじと身体を揺らしている。その仕草に汐の胸の中に温かいものがこみ上げてきた。

 

「いいわよ。ラムネのお礼にいくらでも聴かせてあげる!」

 

汐は二つ返事で答えると、雨空に向かって口を開いた。小さなものが跳ねまわるような可愛らしい歌声が、雨音に交じり響き渡った。

その旋律に合わせるようにカナヲの身体が、足が自然に揺れる。

 

そんな二人の背中を、しのぶと汐のことが気になってついてきた甘露寺の二人が優しく見守り、雨が止むまで小さな音楽会はつづけられたのだった。

 

それ以来、カナヲは汐の良き友人となった。が、汐はまだ知らなかった。

彼女が友人であると共に、恋敵となることに。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神

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