ウタカタノ花   作:薬來ままど

9 / 171
狭霧山とはいずこに


一章:慈しみと殺意の間


夜の帳もすっかり降りた頃、月明かりの照らす道を何かが凄まじい速度で通り過ぎていく。

何か、というのは、その風貌がとても人間のモノとは思えなかったからだ。

鬼。この世に潜む、人を喰う異形のモノ。日の光を浴びると塵となってしまうため、行動は夜間か悪天候時に限られる。

その鬼は、酷く焦った様子で何処かへと向かっていた。4つある眼はいずれも血走り、口から覗いた舌からは唾液は一滴も零れ落ちていない。

 

「くそっ、あのガキどこへ行きやがった・・・!」

体中から汗を噴出させながら、鬼はあたりを何度も見回す。月明かりが照らす夜道には、人はおろか獣の気配すらもない。

それでも鬼は()()を捜していた。もたもたしていては間に合わない。一刻も早く見つけなければとさらに焦る。

 

「くそっ・・・。久しぶりの人肉かと思ったのに、なんで、なんで俺がこんな目に・・・・!」

鬼が絞り出すような声でつぶやいたその時、不意に背後で草を踏む音が聞こえた。

鬼がそちらに視線を移す。鋭い爪を前に出し牙をむく。

 

だが、次に声が聞こえたのはその背後。

 

全集中・海の呼吸

壱ノ型 潮飛沫(しおしぶき)!!

 

鬼が振り返ったその時には、既にその頸は遥か上空へと舞っていた。その顔には驚愕が張り付き、そしてその視線の先には自分の頸を斬った者。

 

鬼である自分をも戦慄させる殺意をまとった、一人の青髪の少女、大海原汐がそこにいた。

 

やがて鬼の体がすべて塵と消えた頃、汐は空を見上げた。もう何度見上げたかわからない夜の空。

あの忌まわしい日からもうじきひと月。養父の知人である鱗滝左近次がいる狭霧山を目指して、汐は人伝いに歩き続けていた。

富岡義勇という鬼殺剣士からおおよその場所は聞いていたものの、その場所というのが汐の住んでいた村からは恐ろしいほどの距離があった。

手元に残った僅かな金もすでに底をついてしまい、もう歩くしか方法がなかった。

 

しかも、夜間や悪天候時には鬼の襲撃を受け、日の出ている間は体を休めようにも、あの日の光景が悪夢となって甦りほとんど眠ることもできなかった。

 

それでも、汐の体を突き動かすのは、鬼に対しての殺意と不甲斐ない自分自身への怒りと憎しみ。

いつしかその風貌は、人を脅かすはずの鬼さえも、恐怖させるものと成り果てていた。

 

夜が明け、太陽がその姿を現せば、陽光に弱い鬼は姿を見せることはない。だが、眠れば悪夢につかまる。汐は重くなった身体を必死に動かし先へ進む。

 

だが、やはり体には限界が来ていたのだろう。不意に視界がぐらりと傾き、視界が暗転した。

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

あちこちから上がる火の手、煙、むせ返るほどの血の匂い。

赤く染まった故郷だった場所に、汐は一人で立っていた。

 

(皆はどこ!?みんなを捜さないと・・・!)

 

皆を捜して走り出そうとする汐の足を、誰かがつかんだ。

振り返って足元を見ると、そこには――

 

――どうして、どうして助けてくれなかったのおおおおお!!!??

 

全身から血を吹き出しながらこちらを睨む、絹の姿だった。

悲鳴を上げようにも声が出ない。振り払おうにも、絹のようなモノの力は凄まじく、つかまれた足首がみしみしと音を立てる。

すると、それに引き寄せられるかのように何かが自分の周りに集まりだした。

それは、皆絹と同じように全身を真っ赤に染めた、村人だったものたちだった。

ある者は腕がひしゃげ、ある者は顔の半分がない。そして、その後ろから歩いてきたのは――

 

――汐、汐・・・なんで、なんで俺を殺したんだ・・・

鬼化した体とその頸を小脇に抱えた、養父の姿だった。

恨みを込めた瞳で、汐を見つめてくる。

 

――お前なら、お前ならわかってくれると思っていたのに・・・なんで、なんで俺を

 

 

殺したああああああああああああああ!!!!

 

 

「あああああああああ!!!!」

 

悲鳴を上げて飛び起きると、目の前の光景が目に入ってきた。

見知らぬ場所、見知らぬ風景。少なくとも汐の焼かれている村ではない。もう、何度も繰り返したはずなのに、いまだに慣れることはない。

だが、その時は一つだけいつもと違っていた。

汐の目の前に、赤い天狗の面をつけた男が一人立っていたのだ。

 

「わああ!!!」

思わず悲鳴を上げて立ち上がろうとするが、足元がふらつき座り込んでしまう。そんな彼女に、天狗の男はあきれたようにため息をついた。

 

「そのような状態で動けるものか。お前の体のことは、お前自身で管理しなければならない。そんなこともわからんのか」

そういって男は懐から、筍の皮に包まれたおにぎりと竹筒の水筒を差し出した。それが目に入った瞬間、汐の腹の虫が盛大に鳴いた。

「食べなさい」

その言葉を聞くな否や、汐は引っ手繰るようにおにぎりを受け取り口に入れた。塩だけの質素なものだったが、それでも汐にとっては何よりもありがたいごちそうだった。

大きめのおにぎりを全て平らげ、水を飲み干すと、汐の心にもようやく余裕が出てきた。そして、目の前の男を見てはっと思い出す。

 

「天狗のお面・・・。もしかしてあなたが、鱗滝さん・・・?」

「如何にも。儂が鱗滝左近次だ。大海原玄海の弟子はお前で間違いないな?」

その言葉に汐はうなずき、自分の名を名乗った。すると鱗滝は、汐の右腰に差してある刀に目を付けた。

そこから微かに漂う鬼の匂いに、彼は小さく唸る。

「儂はお前の父親からお前を預かるように言われている。だが、鬼殺の剣士になりたいというのなら一つ問う。汐。お前は何故鬼殺の剣士を目指す?」

鱗滝の問いかけに、汐は迷いなく答えた。

 

「みんなの敵を取る。おやっさんを鬼に変え、みんなを傷つけ苦しめた連中を、あたしは絶対に許さない。何があっても、必ずその報いを受けさせてやる」

そんな汐を面越しに見ていた鱗滝は、彼女の匂いを感じ僅かに眉をひそめた。

 

(ああ、この子は駄目だ。殺意が強すぎて、周りはおろか自分自身すら滅ぼしかねない。彼とは真逆の、破滅の匂いがする。玄海、義勇。この子には・・・)

 

だが、それでも汐の迷いのない瞳に、鱗滝の心は動いた。何よりも、玄海との約束もある。そして小さく「儂に着いて来い」というと、汐を待たずに歩き出した。

否、それは歩くというよりはもはや走るといっても過言ではなかった。しかもその速さは壮年の者とはとても思えない。

しかしそれでも汐はついていった。自分の師、玄海の地獄のような特訓に比べたらなんてことはない。実際に二人の距離は二尺(60cm)ほどしか離れていない。

 

(やはり、玄海の弟子というのは偽りではなかったか)

さっきまで倒れていたばかりの人間とは思えない身体能力に、鱗滝は心の奥で納得していた。

 

やがて鱗滝は自分が住んでいる小屋の前まで汐を連れてきた。そして荷物を置くと、今度は山に登ると言い出した。

(え?今から山に登るの?あたし、生まれてこの方山登りなんてしたことないんだけど)

苦虫をかみつぶしたような顔をする汐をしり目に、鱗滝はどんどん山へと入っていく。悪路に足を取られながらも、汐は必死にその背中に食らいつく。

そして山の中腹に差し掛かった時、彼は振り返りこう告げた。

 

「ここから麓の山まで下りて来い。時間は問わない」

それだけを告げると、彼の姿は煙のように消えてしまった。

残された汐は、呆然と彼が消えた方角を見つめていた。

 

(え、下りるって、今から?あたし、生まれてから山登りも山下りもしたことなんかないんだってば)

いくら体を鍛えているとはいえ、海で長い間育った汐にとっては山など未知の中の未知だ。そんな中何も知らない素人を置き去りにするなど、何を考えているのかわからない。

不幸中の幸いだったのが、その日がひどく快晴で霧がほとんど出ていなかった。これならば視界は悪くないし、何とかなるだろう。

 

――山に仕掛けられた罠にかかるまでは。

 

「!!」

 

先を急ごうと一歩踏み出した途端、突然複数の石が飛んできた。あわててかわそうとするも、足がもつれて転んでしまい膝からは血がにじみだした。

痛みに耐えつつ前に進もうとすると、今度は落とし穴が彼女を襲う。間一髪で落ちることは免れたものの、このままではいつまでたってもこの山の牢獄から抜け出せない。

 

(どうする?どうする!?こんな時、こんな時は――)

 

――焦ったら何もかもうまくいくわけがねえ。そんな時は深呼吸をしろ。古典的な手だが、結構効くんだなこれが。

脳裏に玄海の茶化した声が響く。それを思い出した汐は、深く大きく息を吸った。

 

(そうだ。あたしには、呼吸があるじゃないか!そしてここを山だと思っちゃだめだ。あたしが今までいた場所を思い浮かべろ)

汐は目を閉じて意識を集中させる。そして再び大きく息を吸い込む。

 

すると汐の目の前の景色が、緑色の山から青々とした海底へと変化した。薄暗く、泡で視界もいいとは言えず、毒をもった生物や肉食の魚がうろつく、自分の修行場所。

それからというものの、汐は襲い来る罠を、文字通り泳ぐように避けながら進んだ。飛んでくる石や丸太は、自分めがけて襲ってくる魚のように見え、落とし穴は自分を引き込む渦潮に見える。

これならば毎日毎日、死ぬ思いをしながらやってきたことと大差ない。

 

それから幾つ罠を回避したかわからなくなってきたころ。ようやく汐の視界に光が見えた。それはまるで、水面から差し込む光の柱のようだった。

それをめざし汐はひたすら突き進む。そして・・

 

小屋の扉を突き破るほどの勢いで、汐は中へ転がり込んだ。そこには鱗滝が、全てを見透かしたように立っていた。

 

「た、ただいま、もどり、ました」

汐の口からはかすれた声が途切れ途切れにこぼれる。そんな彼女に、鱗滝はやさしい声色でこういった。

 

「お前を認めよう、大海原汐」

その言葉が耳に入った瞬間、汐の視界は再び闇に包まれていくのだった。

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

 

「あ、危ない!!」

 

突然ぐらりと傾いた汐の体を、そばにいた少年がとっさに支える。

「大丈夫ですか!?」

あわてた様子で声をかけると、汐の口元からは規則正しい寝息が聞こえた。

 

「儂は食事の支度をする。炭治郎、お前はその子を介抱してやれ」

「は、はい」

炭治郎と呼ばれた少年は返事をすると、ぐったりしたままの汐を布団に寝かせた。

 

「この人が、鱗滝さんの言っていた知り合いの弟子・・・。青い髪の色なんて珍しいな」

炭治郎の目に入ったのは、汐の真っ青な髪の色だった。その色に目を奪われそうになるが、あわてて首を振り本来の目的を思い出す。

 

(少し血の匂いがする。まずは傷の手当てをしないと・・・)

一番目立つひざのけがを、炭治郎は丁寧に手当てをしていく。だが、ここで彼はふと妙なことに気づいた。

(服は少し汚れているけれど、ひざの傷の他は殆ど見当たらない。あの山にはたくさんの罠があったはずなのに、まさか、あの罠を潜り抜けてきたのか?)

 

彼自身も半年ほど前、同じように山の中に置き去りにされ無数の罠をかいくぐりながらもたどり着いた経験があった。その時は殆どの罠にかかり、全身傷だらけで何とか戻ってきたものだった。

だとしたら、目の前の汐は相当な身体能力を持っているだろう。炭治郎は思わず息をのんだ。

 

「と、とにかく次は服を着替えさせないと・・・」

鱗滝が用意してくれた新たな着物に着替えさせようと、炭治郎は袂に手を伸ばす。勝手に服を着替えさせることには多少抵抗があったものの、彼は心の中で謝りながら着物を脱がしていく。

すると、汐の胸元に白い布が幾重にもまかれているのが見えた。はじめは包帯だと思い見逃した傷があったかと焦った炭治郎だったが、よく見るとそれはわずかながら緩んでいる。そしてその隙間からは・・・

 

「!!!」

それを見て炭治郎の体は、一瞬で石のように固まる。そして、

「わああああああ!!!」

今度は顔を真っ赤にしながら、あわてて着物の袂を閉じた。そして眠っている汐の顔を何度も見る。

 

(おっ、女っ・・・女の子!?い、いやいやいや。鱗滝さんからは新たに迎える人がいるといわれたけれど、性別は詳しく聞かなかったけど、まさか、まさか本当に・・・!?)

「炭治郎。何をしている?」

背後から不意に声をかけられ、炭治郎の体が大きく跳ねる。振り返ると、鱗滝が(おそらく)怪訝そうな表情でこちらを見ていた。

だが、耳まで顔を真っ赤に染めた炭治郎と、着替えの途中であろう着衣の乱れた汐を見て、鱗滝は全てを察した。

それから固まったままの炭治郎に自分が着替えさせると告げ、彼には食事の支度を変わるように命じる。あわててその場を後にする炭治郎を見送ってから、鱗滝は眠っている汐に目を向けた。

そして。

 

「あいつめ・・・」

そう小さくつぶやいてから、鱗滝はせっせと汐の着替えを済ませるのだった。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。