ウタカタノ花   作:薬來ままど

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煉獄の戦死から四ヶ月後
(下ネタ注意)


十七章:鬼潜む花街


夜の帳が降り、金色の月あかりが雪化粧を施された山肌を照らす頃。

男は一人、明日のための仕込みをいそいそと行っていたが、ふと、背後に気配を感じて振り返った。

 

『君は・・・。まだ起きていたのか』

 

そこにたたずんでいた人影に、男は作業する手を止めて優しい声色で声をかけた。

 

『もう夜も遅いしみんな眠っている。それに今日は君も頑張ってくれて疲れているだろう。早く寝たほうがいい』

 

しかし人影は男のいうことに耳を貸さず、彼を見上げて口を開いた。

 

『貴方に一つ聞きたいことがある』

『・・・何かな?俺に答えられることならば答えるよ』

 

その小さな体からは似つかわしくない、冷静かつ淡々とした声に、男は特に表情を変えることなく言葉を待った。

 

『家族とはなんだ?』

『・・・それは、簡単で難しい質問だね』

 

男は苦笑いを浮かべながら、小さな人影をそっと見つめた。

 

『私が知っている限りでは、家族とは婚姻関係で結ばれた夫婦、および夫婦と血縁関係のある集団だと聞いている。現に貴方にも伴侶がおり、そして子供もいる。それは家族と呼ぶべきものに値する。だが、私には親と呼ぶべき者も、血縁関係のある者は誰もいない。それは()()()もそうだ。しかし――』

 

小さな人影は、男の傍に足を進めると、小首をかしげながら眉根を寄せた。

 

『あの男は私を【家族】と呼んだ。私とあの男に血縁関係などない。血縁関係のないものを家族とは呼ぶべきではない。なのに、何故私を家族だといったのか、わからないんだ』

 

紡がれる言葉に男は少し考えるように首をかしげると、そっと言葉を紡いだ。

 

『君の言う【家族】は決して間違ってはいない。血の繋がりがある人達を家族と呼ぶのは当然のことだ。けれど、それだけが家族といったらそうじゃない』

『どういうことだ?』

『血の繋がりがあってもなくても、強い絆で結ばれていればそれも一つの【家族】といえるのではないかと俺は思っている。少なくとも俺には、君と彼との間には縁のようなものがあると思っているよ』

 

男の言葉に小さな人影は「縁か」と小さく呟いた。

 

『相いれない存在のはずの私達がこうしていることも、一つの縁だということか』

『少なくとも彼はそう思っているんじゃないかな』

 

男の言葉に小さな人影、青い髪の小さな少女は少しだけ眉をひそめ、困ったように笑った――


 

「あれ?もう朝?」

 

布団の上で目を開けた汐は、高い天井を見つめながら小さく呟いた。任務の疲れがたたってか、いつもよりも寝過ごしてしまったようだ。

 

煉獄の死から四か月。炭治郎達は蝶屋敷を本格的な拠点とし、鍛錬を行いながら合間に入る鴉からの指令に従い鬼を退治しに行っていた。

一方汐も甘露寺や伊黒からの指導を受けながら、同じように任務に赴き鬼を斬りに行っていた。

 

そんな生活が続き、その日の前には単独任務を終えた後、湯あみの後は直ぐに眠りに落ちてしまい、目が覚めたらこんな時間になっていたということだった。

 

(夢を見ていた気がするけど、なにも思い出せないわ。最近よく夢を見るけれど、覚えていないのが多すぎるのよね。疲れているのかしら)

 

幸い今日は甘露寺の計らいで休みをもらっていたため(伊黒にはだいぶ反対されたが)、特に何もすることがなかった汐は、気晴らしに散歩にでも行こうかと屋敷の外に出た。その時だった。

何やら蝶屋敷の方が騒がしく、言い争うような声が聞こえる。その声は汐の屋敷の方まで聞こえてきており、何かあったのは明白だった。

 

汐はすぐさま屋敷に戻ると、隊服に着替えて蝶屋敷へ一目散にかけた。

 

「ちょっとあんたたち!何やってんのよ!」

 

汐が怒鳴り声を上げながら突っ込むと、そこにはアオイとなほを抱えたの音柱・宇髄天元と、二人を連れて行かせまいとしているのかカナヲが二人の手を掴んで踏ん張っているところだった。

 

「う、汐さん!!」

「助けてください!人さらいです!!」

 

二人の言葉に宇髄は「うるせえな!人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ馬鹿ガキ!」と声を荒げた。

 

人さらいという言葉を聞き、汐の眼に怒りが宿り宇髄を睨みつけた。

 

「俺はこれから任務で女の隊員が必要なんだ。お前に用はない、失せろ」

「は?誘拐なんてクソッタレな事やらかそうとしている阿呆を放っておくと思ってんなら、あんたの頭は相当おめでたいのね。いいからとっとと二人を放せや筋肉達磨」

「誰が筋肉達磨だ騒音娘!!俺は柱だぞ!?口の利き方に気を付けろ!!」

「んだとテメー!!!誰が騒音娘だこの野郎!!柱のくせに人の名前すらきちんと覚えられないのかバーカ!!」

 

宇髄は汐にぶつけられた暴言に激昂し、声を荒げたその瞬間。隙を狙ってきよとすみが一斉に彼に飛び掛かった。

 

「と、突撃――!!」

 

きよが宇髄の首に飛びつき、すみが足に縋りついて動きを止め、カナヲはずっと二人の手を離さない。

その隙をついて汐がウタカタを放とうと息を吸ったその時だった。

 

「女の子に何しているんだ!!手を放せ!!」

 

聞き覚えのある声が響いて汐が視線を向けると、そこには任務から帰ったばかりの炭治郎が額に青筋を立てながら声を荒げていた。

しかし彼の視線は、少女たちに群がられている宇髄の奇妙な姿にくぎ付けになる。

 

(いや・・・群がられている?捕まっ・・・どっちだ?)

 

「炭治郎来て!こいつ、アオイたちを攫おうとしている誘拐犯よ!!」

 

汐の言葉に炭治郎は瞬時に動き、地面を蹴り彼に向かって頭を振り上げた。

が、その頭突きは空を切り、炭治郎の上には支えを失ったきよがおち、すみはカナヲに抱えられるようにして地面に落ちた。

 

(いない!?)

 

炭治郎がすぐさま視線を動かすと、宇髄の大柄な体はいつのまにか門の上にあった。

 

「愚か者。俺は“元忍”の宇髄 天元様だぞ。その界隈では派手に名を馳せた男、てめぇの鼻くそみたいな頭突きを喰らうと思うか」

「じゃあ、別方向から一撃はどう?」

 

いつの間にか宇随の背後に回っていた汐が、彼に向かって拳を振り上げていた。その素早さに彼は少しだけ驚いた表情を見せたが、それも軽く躱される。

が、

 

――ウタカタ・参ノ旋律――

――束縛歌(そくばくか)!!!

 

ピシリという音と共に宇髄の身体が強張り、汐はその足の間に向かって蹴りを叩き込もうとした。しかし宇髄は瞬時に汐の拘束を引きはがすと、二人を抱えたまま後ろに大きく下がった。

 

「ちっ!蹴りつぶしてやろうと思ったのに、掠っただけか」

 

下に降りた汐は舌打ちをしながら思い切り皮肉を込めた言葉を放つが、その顔には悔しさが滲んでいた。そんな汐を見て、炭治郎は足の間に何故か冷たいものが押し付けられたような妙な感覚を感じた。

 

「ハッ!詰めが甘いんだよ騒音娘」

 

汐を嘲笑うかのように得意げな表情をする宇髄に、今度はした方向から言葉の刃が飛んできた。

 

「アオイさんたちを放せ、この人さらいめ!!」

「そーよそーよ!!」

「いったいどういうつもりだ!!」

「変態!!変態!!」

 

下から投げつけられるあまりのいいように、流石の宇髄も堪忍袋の緒が切れたのか、炭治郎達に顔を向けると思い切り怒鳴りつけた。

 

「てめーらコラ!!誰に口利いてんだコラ!!俺は上官!!柱だぞ、この野郎!!」

「お前を柱とは認めない!!むん!!」

「むん、じゃねーよ!!お前が認めないから何なんだよ!?こんの下っぱが、脳味噌爆発してんのか!?」

 

炭治郎の無礼な言葉に宇髄は顔中の筋肉を痙攣させながら声を荒げつつけた、そんな彼を見た汐は呆れたように言い放った。

 

「脳味噌爆発してんのはあんただろうが!!いい歳こいた大人が子供相手に大声出してみっともない。柱が聞いて呆れるわ!」

「はっ、何とでも言いやがれ。俺は任務で女の隊員が要るから、コイツら連れていくんだよ!!“継子”じゃねぇ奴は胡蝶の許可とる必要もない!!」

「はあ!?その顔にひっついている目玉は飾りなわけ!?なほは隊員じゃないわ!隊服を着ていないでしょ!?」

 

汐が声を荒げると、宇髄は抱えていたなほをちらりと見ると、いらないといわんばかりに投げ落とした。

その横暴に汐は目を見開き、下に落ちたなほは炭治郎が慌てて受け止めた。

 

「なんてことするんだ!!」

 

眼を剥き出しながら激怒する炭治郎を、宇髄は冷ややかに見降ろしながら淡々と言葉を紡いだ。

 

「とりあえずこいつは任務に連れていく。役に立ちそうもねぇが、こんなのでも一応隊員だしな」

 

その言葉にアオイは青ざめ、眼が恐怖へと染まっていく。そんな彼女を見て汐は一歩踏み出し、思い切り宇髄を睨んだ。

 

「聞き捨てならないわ、今の言葉。さっきまでなほが隊員でなかったことを見抜けなかったくせに、よくもまあそんなことが言えるわね。人の事情にいちいち口を出すんじゃないわよ」

「そうだ!人には人の事情があるんだから、無神経につつき回さないで頂きたい!!アオイさんを返せ!!」

 

汐が冷静言い放ち、炭治郎が声を荒げると、宇髄は嘲るような声色で二人を見据えながら言った。

 

「ぬるい、ぬるいねぇ。このようなザマで地味にグダグダしているから、鬼殺隊は弱くなっていくんだろうな」

 

その言葉に炭治郎は一瞬言葉を詰まらせるが、それを遮るように汐の声が響いた。

 

「だったらあたしがアオイの代わりに行くわ」

「えっ!?」

 

汐の言葉を聞いていた炭治郎は、思わず声を漏らした。

 

「女の隊員が必要なんでしょ?だったらあたしが行ったって何の問題もない筈よね?」

「お前は甘露寺の継子だ。あいつの許可がない限り、お前を連れて行くわけにはいかねぇ」

「その件は心配ないわ。みっちゃん、師範は基本的にあたしの意思を尊重してくれる人よ。あたしがしたいことを無理に止めたりはしないの」

 

汐はふんと鼻を鳴らしながら宇髄を睨みつけ、彼もまた汐の顔を舐めるように見据えた。その時だった。

 

「駄目だ!汐だけ行かせるわけにはいかない!!俺たちもいく!!」

 

いつの間にか宇髄の左側には善逸が。右側にが伊之助が陣取り、囲むような体制をとった。

 

「今帰った所だが、俺は力が有り余ってる!行ってやってもいいぜ!」

「アアア、アオイちゃんを放してもらおうか、たとえアンタが筋肉の化け物でも俺は一歩も ひひひ、引かないぜ」

 

自信に満ちた声で高らかに言う伊之助と、震えて噛みながらもなんとか言葉をつなぐ善逸。炭治郎と汐は黙ったまま静かに宇髄を見据えていた。

そんな彼らに、宇髄は殺気を放ち、空気がびりびりと音を立てるような感覚が皆を襲った。しかし炭治郎は必死で耐え、伊之助は睨み返し、善逸は怯えながらも歯を食いしばり耐え、そして汐はさらに強い殺意で返した。

 

そんな彼らを見て、宇髄は眼を少し細めると、

 

「あっそォ。じゃあ一緒に来ていただこうかね」

 

拍子抜けするほどあっさりとその提案を受け入れた。

その変わり様に炭治郎は不信感を募らせ、汐も感情の読めない眼に困惑した。

 

「ただし俺に逆らうなよ。特にそこの騒音阿呆娘は派手にな」

「阿呆も騒音も余計だ馬鹿が」

 

アオイの臀部を叩きながら得意げに言う宇髄に対し、汐は吐き捨てるように言った。

 

「で、こんな騒ぎまで起こすほど、あんたが行く場所ってどこなのよ?」

 

汐が腕を組みながら睨みつけるように言うと、宇髄はその態度の大きさにこめかみを引き攣らせつつも口を開いた。

 

「日本一色と欲に塗れたド派手な場所――」

 

――()()()()、遊郭だよ

 

宇髄の言葉に炭治郎と伊之助は首を傾げ、善逸は瞬時に顔を赤くし、そして汐は。

 

汚物を見るような眼で宇髄を見つめた。




伊「ゆうかく?ゆうかくってなんだ?」
炭「さあ・・・。初めて聞いたよ。善逸は知ってるのか?」
善「え?いや、ほら、あれだよ。わかんない?あそこ。えっ、わかんない!?」
伊「なんだこいつ。なんで全身猿のケツみてぇに真っ赤なんだ?」
炭「汐は知ってるのか?ゆうかくって」
善「ちょっ、炭治郎!女の子にそんなことを聞いちゃ駄目だって――」
汐「男と女が乳繰り合う場所」
「言い方ァ!間違ってないけどその言い方やめてくんない!?っていうか、女の子がそんなこと言っちゃ駄目だって!!」
宇「ほぉ。どういう場所かは地味に知ってんだな、お前」
汐「週六日で通っていた馬鹿が身内にいたから。っていうか、そんなところにアオイたち連れて行こうとしてたの?不潔!!ケダモノ!!」
伊「獣なら負けねえぜ!」
宇「あーもううるせえガキ共だな。連れてくるんじゃなかったか・・・?」
炭(ちちくりあうって、なんだ?)

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神

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