ウタカタノ花   作:薬來ままど

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宇髄から告げられたのは、あることをして吉原遊郭に潜入することだったが・・・




「いいか?俺は神だ!お前らは塵だ!まずはそれをしっかりと頭に叩き込め!!ねじ込め!!」

 

様々な表情を浮かべる汐達に向かって、宇髄は突然指を突き付けながら叫ぶように言った。

 

「俺が犬になれと言ったら犬になり、猿になれと言ったら猿になれ!!猫背で揉み手をしながら、俺への機嫌を常に伺い、全身全霊でへつらうのだ!」

 

――そしてもう一度言う。俺は神だ!!

 

宇髄は不可思議な姿勢をしながら得意げな表情で四人を見下ろし、その四人は呆然と彼を見上げた。

 

(やべぇ奴だ・・・)

 

善逸は顔を青ざめさせながらそんなことを考えてると、汐は善逸の耳元に唇を寄せながら小さな声で言った。

 

「ねえ善逸。いったん蝶屋敷に戻った方がいいんじゃない?任務に行く前から重傷みたいよ。頭が」

「おい聞こえてんぞ。いい加減にしねぇと派手に足腰立たなくすんぞ」

 

汐の無礼な言葉に宇髄は顔を痙攣させながらそう言うと、彼女はびくりと体を震わせて善逸から離れた。

 

そんな空気を払しょくしようとしたのか、将又たまたまなのか。炭治郎は素早く左手を上げると無垢な眼差しを向けながら言った。

 

「具体的には何を司る神ですか?」

 

そんな彼に汐と善逸は変な生き物を見るような眼を向け、善逸は(とんでもねぇ奴だ・・・)と畏れ、汐は(相変わらず真面目なんだか馬鹿なんだか)と呆れた。

 

「いい質問だ。お前には見込みがある」

 

一方炭治郎の質問に気をよくした宇髄は腕を組みながら嬉しそうな表情で高らかに言い放ち、そんな彼に善逸は(アホの質問だよ。見込みなしだろ)と脳内で突っ込んだ。

 

「派手を司る神・・・祭りの神だ」

 

真剣そのものの表情で恥ずかしげもなく言い放つ宇髄に、汐と善逸は呆れかえり、考えることをやめようとした。が、そんな中、今まで黙っていた伊之助が腰に手を当てながら彼同様得意げに言った。

 

「俺は山の王だ。よろしくな、祭りの神」

 

伊之助がそう言った瞬間、空気が一瞬凍り付いて沈黙が辺りを支配した。皆の視線が伊之助に集まる中、真っ先に口を開いたのは宇髄だった。

 

「何言ってんだお前・・・気持ち悪い奴だな」

 

先程の得意げな表情はなりを潜め、真顔で否定の言葉を口にすれば伊之助は憤慨し、善逸と汐は目を剥いた。

 

(いや、アンタと どっこいどっこいだろ!!引くんだ!?)

(同族嫌悪って奴かしら。変な奴と変な奴は相いれないってことね)

 

憤慨する伊之助を軽く煽る宇髄を眺めながら、善逸と汐はそんなことをぼんやりと考えていた。

 

「まあ伊之助はおいておいて。このあたりの遊郭って言ったら吉原辺り?」

「ほぉ~、おぼこっぽく見えて、派手に知っているじゃねえか」

「あたしの養父が聞きたくもないのに何回も話してくれていたからね。おかげさまで名前だけは知っているわよ」

 

ふんと鼻を鳴らす汐だが、炭治郎はそんな彼女からほんの少しだけだが切ない匂いを感じた。

 

「花街までの道のりの途中に藤の家があるから、そこで()()()()()()。ついてこい」

 

いうが早いか宇髄の姿はまるで煙のように消えてしまい、汐達は驚きに目を見開いた。

 

「えっ、消えた!?」

「違うわ、あそこよ!」

 

慌てふためく男たちをしり目に、汐ははるか遠くにいる宇髄の背中を指さした。

 

「はや!!もうあの距離、胡麻粒みたいになっとる!!」

「これが祭りの神の力・・・!」

「いや、あの人は柱の宇髄天元さんだよ」

「んなこと言ってる場合じゃないわよ!もたもたしてたら見失うわ!あたしは先に行くわよ!!」

 

汐はそう言うなり、宇髄の走り去った方角に向かって飛ぶように駆け抜けた。その速さに三人の男たちはあんぐりと口を開けた。

 

「あ、あいつもはええ!!もう見えなくなっちまった!」

「流石汐!柱の継子に選ばれただけはあるな」

「感心している場合じゃないよ!早く二人を追わないと!!」

 

善逸に促され、炭治郎と伊之助は慌てて二人の後を追い蝶屋敷を後にした。


藤の花の家紋の家。汐達も以前に世話になった、かつて鬼殺隊に命を救われたものが構える家。

鬼殺隊ならば無償で手助けをしてくれるのだ。

 

一足先にたどり着いた宇髄は、家の者に偉そうに指図し、家の者もいやな顔一つせずに応じた。

 

客間に通された汐達は、宇髄からおおよその説明を受けた。

 

これから赴く遊郭、【吉原】に鬼が潜伏しているとの情報があり、宇髄は少し前からその調査をしていた。

汐が甘露寺と共に以前に彼の屋敷を訪れた時に出会った時からの任務らしく、少なくとも四か月以上は経っているとと思われた。

 

「――てなわけだ。遊郭に潜入したら、まず俺の嫁を探せ。俺も鬼の情報を探るから」

 

一通り説明をした後、宇髄は額当てを直しながらそう言った。その傍らでは出された菓子に食らいつく伊之助と、それを力づくで制止させようとする汐と、湯飲みを持ったままぽかんとする炭治郎。しかし善逸はその話を聞いた瞬間、身体をわなわなと震わせたかと思うと、

 

「とんでもねぇ話だ!!」と、汚い高音で言い放った。

そんな彼に宇髄は怒りを込めた眼で睨みつけるが、善逸は臆することもなくさらに声を荒げた。

 

「ふざけないでいただきたい!!自分の個人的な嫁探しに部下を使うとは!!」

 

その顔からは何故か涙と鼻水があふれ、汐はその汚らしさに思い切り顔を引き攣らせながら距離をとった。

しかし汐はかつて、師範である甘露寺から柱の大まかな紹介をされたとき、宇髄が既婚者であることをちらりと聞いていた。

だから彼が言うのは、自分の【将来の嫁】を捜すのではなく、自分の【嫁】を捜すという意味なのだろうが、善逸が汚い高音でまくし立てるため汐は朽ちを出せないでいた。

 

「はあ?何勘違いしてやがる――「いいや、言わせてもらおう!」

 

案の定宇髄は訂正しようと声を荒げるが、善逸はそれを遮り唾を飛ばしながら叫ぶように言った。

 

「アンタみたいな奇妙奇天烈な奴はモテないでしょうとも!!だがしかし!!鬼殺隊員である俺たちをアンタ、嫁が欲しいからって――」

「馬ァ鹿かテメェ!!俺の嫁が遊郭に潜入して鬼の情報収集に励んでんだよ!!定期連絡が途絶えたから俺も行くんだっての!」

 

宇髄は善逸の大声を打ち消す程の大声でそう言うと、善逸は言葉を詰まらせ、炭治郎は善逸を落ち着かせようと羽織を掴んで軽く引っ張った。

が、善逸は塵を見るような眼で宇髄を見ながら「そう言う妄想をしてらっしゃるんでしょ?」と蔑むように言い放った。

 

「善逸。残念だけど、この人の言っていることはおそらく本当よ。この人が結婚していることを前に聞いたことがあるから」

「え?本当?」

「ええ。例え見た目が奇天烈でいかにもろくでなしな遊び人に見えたとしても、世の中には理不尽な真実もあるものなのよ」

「お前にあるもんがありゃあ、何のためらいもなく殴り飛ばせるんだがな・・・」

 

汐の毒のある言葉に少し呆れつつも、宇髄は懐から何かを取り出し善逸に向かって投げつけた。

 

「これが鴉経由で届いた手紙だ!」

 

かなり強い力で投げつけられたのと、その膨大な数に善逸はたまらずひっくり返り、汐は飛んできた手紙を何とか受け止めた。

その多さに炭治郎は驚くが、伊之助は相も変わらず菓子を貪り食っていた。

 

「随分と多いですね。かなり長い期間、潜入されてるんですか?」

「これだけあるってことは数日数週じゃないってことでしょ?」

 

炭治郎と汐が手紙を眺めながらそう尋ねると、宇髄は少し首を傾けながらさも当然のように言った。

 

「三人いるからな、嫁」

「・・・はい?」

 

全く予想だにしていなかった宇髄の言葉に、汐は素っ頓狂な声を上げ、炭治郎は固まり、そして善逸に至っては・・・

 

「三人!?嫁・・・さ・・・三!?」

 

目玉が零れ落ちそうなほど目を見開き、唾を思い切り飛ばしながら鼻息荒くまくし立てた。

 

「テメッ・・・テメェ!!なんで嫁三人もいんだよ、ざっけんなよ!!」

 

そんな善逸に遂に堪忍袋の緒が切れたのか、宇髄はその強靭な右腕を容赦なく鳩尾に叩き込んだ。善逸はうめき声をあげて吹き飛び、あたりには静寂が訪れる。

 

「なんか文句あるか?」

 

宇髄の言葉に炭治郎と伊之助は声を失うが、汐は苦虫を噛み潰したような表情で彼を見ながら口を開いた。

 

「え?三人って・・・それって重婚じゃないの?不潔!ケダモノ!!

「よーしお前黙れ。派手に黙れ。二度と喋るな話が進まん」

 

汐の毒舌に反論する気も失せたのか、宇髄は冷徹な声でそう言い、炭治郎はそっぽを向く汐を窘めた。

 

「あの・・・手紙で【来るときは極力目立たぬように】と、何度も念押ししてあるんですが・・・具体的にどうするんですか?」

 

手紙を読んでいた炭治郎が顔を上げながら言うと、宇髄は目を鋭くさせながら静かに答えた。

 

「そりゃまあ変装よ。不本意だが地味にな。お前等には()()()()()()()潜入してもらう」

 

宇髄の話では、彼の三人の妻は女忍者、すなわちくの一であり、彼が考えるに人が多く集まる花街は鬼の絶好の餌場であること。

以前に宇髄が客として赴いたときにはその足取りはつかめず、彼女たちは客よりももっと内側に入ってもらったということだった。

 

(柱であるこいつがつかめないなんて、よっぽどかくれんぼが旨い鬼なのね)

 

その事実に汐は思わず唾を飲み込み、炭治郎も緊張しているのか眼が微かに不安を宿していた。

 

「すでに怪しい店は三つに絞っているから、お前らはそこで俺の嫁を捜して情報を得る」

 

――“ときと屋”の『須磨』、“荻本屋”の『まきを』、“京極屋”の『雛鶴』だ。

 

宇髄は店の名と妻の名を指を立てながら順番につげ、汐と炭治郎はその情報を必死に頭の中に刻みつけた。

だが、

 

「嫁、もう死んでんじゃねぇの?」

 

今まで黙っていた伊之助が鼻をほじりながら言い放つと、炭治郎と汐の顔が瞬時に引き攣った。が、間髪入れずに宇髄の拳が今度は伊之助の鳩尾に綺麗に叩き込まれた。

 

「・・・流石に今のは擁護できない。あたしでもそれはないと思うわ」

 

話すなといわれていた汐が思わずつぶやきを漏らし、炭治郎は考えることをやめたのか悟りを開いたような表情を浮かべていた。


 

──吉原 遊郭。

 

男と女の、見栄と欲、愛情渦巻く夜の街。

 

遊郭・花街は、その名の通り、一つの区画で街を形成している。

 

ここに暮らす遊女達は、貧しさや借金などで売られてきた者が殆どで、たくさんの苦労を背負っているが、その代わり衣食住は確保され、遊女として出世できれば、裕福な家に身請けされることもあった。

 

中でも遊女の最高位である“花魁”は別格であり、美貌・教養・芸事、全てを身につけている特別な女性。

 

位の高い花魁には、簡単に会うことすらできないので、逢瀬を果たすために、男たちは競うように足繁く花街に通うのである。

 

人がひしめき合う街を、四人の子供を連れた男がある場所へ向かって歩いていく。そしてその場所、ときと屋と書かれた店の前で男は子供たちを楼主とそのおかみさんに見せようと立たせた。

 

だが、

 

「いやぁ、こりゃまた・・・不細工な子達だねぇ」

 

二人がおかしなものを見るような眼で見ている四人の子供は、顔中をおしろいで真っ白に塗ったくられ、これでもかというくらいに頬紅、口紅、眉毛をニりつぶされたお世辞にも可愛いとは言えない風貌をしていた。

 

炭治郎基【炭子】、善逸基【善子】、伊之助基【猪子】、汐基【汐子】の四人は、それぞれの店に禿(かむろ)(遊女の卵)として潜入する為、宇髄の手で変装させられたのだ。

男である炭治郎、善逸、伊之助ならまだしも、本物の女である汐はこの扱いに不服を感じており、現に汐も炭治郎達同様すさまじく下手な化粧を施されていた。

しかも、汐の一番の特徴である真っ青な髪は、同じく彼の手によって黒に近い紺色に染められていた。

 

これは青い髪がワダツミの子の証であるため、鬼に直ぐばれてしまうことを危惧してのことだったが、それだけならまだいい。

問題なのは汐も彼らと同じ【女装】をさせられていることだった。

 

宇髄曰く、汐はワダツミの子の特性の名残として男と間違えられやすいため、女性はともかく男性の目からでも女と認識させることが必要だということだった。

だがそれでも、この化粧の仕方はめかしつけることに疎い汐でも、許容することは難しかった。

 

案の定ときと屋の楼主夫妻は、汐達を見て顔をしかめ、雇うことを躊躇している。しかし、妻の方は男を見て頬を染めながら、一人だけならいいと言葉を漏らした。

 

「じゃあ一人頼むわ、悪ィな奥さん」

 

そう言葉を発したのは、銀糸の髪を下ろし、派手な化粧を落とした宇髄天元その人だった。柱の時とは全く異なる男前な風貌に、妻はうっとりとした表情をしながら言った。

 

「じゃあ、左から二番目の子をもらおうかね。素直そうだし」

 

女将の示したのは、炭治郎こと炭子。彼(彼女)は目を輝かせながら「一生懸命働きます!」と答えた。

 

その後、ときと屋をでた宇髄は、炭治郎が二束三文でしか売れないことに文句をつけた。

しかし善逸は宇髄と目を合わせようとせず、大きくため息をついた。

 

「俺、アナタとは口利かないんで・・・」

「女装させたから切れてんのか?なんでも言うこと聞くって言っただろうが」

「言った覚えないわよそんなこと。あんたって本当、息をするように嘘をつくのね」

 

汐も理不尽な扱いに怒っているのか棘のある言葉を返すと、宇髄は小さく舌打ちをしながら答えた。

 

「正直者が馬鹿を見るって言葉を知ってるか?世の中はな、多少の嘘をうまく使える奴ほどうまく生きていけるんだよ」

「たとえそうだとしても、人を騙して生き抜くような腐った生き方はまっぴらごめんだけどね」

 

汐は宇髄を睨みつけるようにして見上げると、心なしか少しだけ彼の眼が悲しみに揺れた気がした。しかし、それを確かめる間もなく伊之助が突然、指をさしながら叫んだ。

 

「オイ!なんかあの辺、人間がウジャコラ集まってんぞ!」

 

その言葉に全員が視線を向けると、遠くから鈴を鳴らすような音が聞こえてきた。

四人は人ごみをかき分けながら目を凝らしてみると、そこには目を奪われるような美しい一人の遊女が、ゆったりとした足運びで歩いてくるのが見えた。

 

「あれは、花魁道中?じゃあ、あの人が遊女の最高位、【花魁】?」

「ああ。あの顔は確か、『ときと屋』の“鯉夏花魁”だ」

 

精錬されたその美しさに、善逸は勿論の事汐ですらその美貌に呆然としていた。




汐「そう言えば気になっていたんだけど。【花魁】と【太夫】ってどう違うの?」
宇「ほぉ、通な質問だな。早い話、花魁ってのは高級遊女に対して付けられる称号で、太夫ってのは主に芸妓の最高位の称号ってことだ」
汐「そうなのね。じゃああの人は花魁だけど太夫とは違うのね」
宇「そもそも太夫自体が江戸時代に消滅しているからな。今現在、最高位の遊女は主に花魁って呼ばれてるんだ」
汐「成程、勉強になったわ」
宇「しかしお前、女の割には妙に詳しいな。さては行ったことでもあるのか?」
汐「馬鹿言わないで。あたしの養父が通い詰めてたって言ったでしょ?その後どんな女にあったかとか延々と聞かされてれば、否でも覚えるわよ」
宇(大海原玄海、だったか。それだけ通っていりゃあ何らかの形で情報が残っているかもしれねぇな・・・)

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神

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