「花魁道中って確か、お気に入りの客を迎えに行く奴・・・だったっけ?」
「ああそうだ。しかし派手だぜ。いくらかかってんだ」
汐が宇髄を見上げながら訪ねると、彼は長身を生かして道中を眺めながら呟くように言った。
すると突然善逸が涙を流しながら宇髄の顔面すれすれまで近寄ってきた。
「嫁!?もしや嫁ですか!?」
「近い!!」
「あの美女が嫁なの!?あんまりだよ!!三人もいるの皆あんな美女すか!!」」
善逸は宇髄の着物を乱暴につかみながら捲し立てると、彼は善逸の顔に【番付】と書かれた紙を叩きつけながら叫んだ。
「嫁じゃねえよ!こういう“番付”に名前が載るからわかるんだよ!お前もぼーっとしてねぇでこいつを何とかしろ!」
宇髄は尚も掴みかかる善逸を引きはがしながら汐の方を向くが、彼女はじっと花魁道中から視線を放せずにいた。
(綺麗な人。ああいうのを本当の美人っていうのね。おやっさんが通い詰めるわけだわ。それにしても、炭治郎がここにいなくてよかった。あんなの見たら絶対に鼻の下伸ばすだろうし・・・あれ?)
汐はほっと胸をなでおろすが、その瞬間何故そんな気持ちになったのか急に不安になった。別に炭治郎とは特別な関係でも何でもないのだから、彼が何を考えていようと関係ないはずなのに。
そんな汐の微妙な変化に気づいていないのか、伊之助は道中を耳をほじりながら退屈そうに眺めていた。
「歩くの遅っ。山の中にいたらすぐ殺されるぜ」
だが、そんな伊之助を背後からじっと目を皿のようにして見つめる一人の中老の女性がいた。彼女は伊之助をしばらく見つめていたが、すぐさま宇髄に向き合うとはっきりした声で告げた。
「ちょいと旦那。この子うちで引き取らせて貰うよ。いいかい?」
いきなり声をかけられ汐達は勿論、宇髄でさえ目を丸くしたが、女性が意味深な笑みを浮かべながら名を名乗ると空気が一変した。
「『荻本屋』の遣手・・・アタシの目に狂いはないさ」
「“荻本屋”さん!そりゃありがたい!」
そう言って手を合わせる宇髄の眼は、本当にうれしそうに輝き、伊之助は一言も発する間もなく女性に連れられて人ごみの中に消えていった。
残された汐と善逸は、呆然と二人の背中を見つめ、そんな二人を宇髄は呆れたように見つめる。
(やだ、アタイ達だけ余ってる)
(何なのこれ。なんで野郎二人があっさり売れて、あたしがこいつと残るのよ)
不服に顔を歪ませながらも汐は最後の候補、京極屋へ交渉をしてみようと宇髄を促し、二人は重い足取りのまま店へ向かった。
しかしそこで待っていたのは・・・
「・・・というわけでこいつら好きに使ってください。便所掃除でも何でもいいんで、いっそタダでもいいんでこいつらは」
宇髄は汐と善逸の頭をべしべしと叩きながら交渉するが、京極屋が仕方なしに受け入れたのは――善逸一人だった。
理由を聞けば、汐は小生意気そうなうえなんだか近寄りがたい雰囲気を感じる、とのことだった。
その残酷すぎる事実を象徴するがごとく、汐の周りを冷たい風が吹き髪を揺らしていく。
「ねぇちょっと・・・、コレドウイウコト・・・?」
「いや、これは流石に予想外だわ・・・。本当の女であるお前が売れ残るなんて・・・ブフッ」
「おいこっち向けよ。目を逸らしてんじゃねぇぞこの野郎」
怒りのあまり片言になる汐は、ギリギリと音を立てて首を思い切り後ろにそらしながら宇髄をこれでもかというくらい睨みつけた。しかし彼は汐から顔を逸らしたまま、背中を小刻みに揺らしていた。
「大体あんたの化粧が下手糞なのがいけないんでしょ!?前にみっちゃんにしてもらったときは、それなりに可愛くできてたのよ!?野郎共は全員潜入出来たってのに、なんであたしだけ置いてけぼりなのよ!!」
「まぁまぁ落ち着け騒音娘。お前が選ばれなかった理由はおそらく、ワダツミの子の人避けのせいもあるんだろう」
人避け。ワダツミの子が自分の力を悪用されないように無意識のうちに生み出した特性。普段汐が男と間違われるのはその名残なのだが、どういうわけかそれが強く出ているように感じた。
「それにお前にも仕事がないわけじゃない。俺の補佐、基奴隷っていうありがたい仕事が残っている」
「奴隷がありがたい仕事だと思ってんなら、あんたの頭の中は筋肉の他にも花が咲いているのね」
汐は思いっきり皮肉を込めてそう言うが、ふと小さく息をつきながら言った。
「まあいいわ。あんたには聞きたいことがあったから、この際まとめて聞かせてもらうけれどいいわよね?」
汐は視線を鋭くさせると、人差し指を立てながら口を開いた。
「まず一つ。あんた、本当はアオイたちを連れていくつもりはなかったんじゃないの?あたしたちを焚きつけてその気にさせてここへ連れてくる気だったんじゃないの?」
「・・・何を言い出すかと思えば、買いかぶりすぎだ」
「だったら何で蝶屋敷であんな派手に騒いだの?炭治郎達はともかく、あたしの住んでいる屋敷は蝶屋敷からさほど離れてもいない。あんたの頭なら、騒ぎを起こせばあたしが出てくるのはわかっていた筈よ」
汐が問い詰めるように目を細めると、宇髄はしばらく汐を見つめていたが、目を閉じて「さあな」とだけ答えた。
「じゃあもう一つの質問。あんた、あたしの、ワダツミの子のことを嗅ぎまわっていたわよね。あれから新しいことはわかったの?」
汐の問いかけに宇髄は少しだけ言葉を切ると、頭をかきながらぽつりと答えた。
「なーんも」
「は?」
「だからなーんもわからなかったんだよ。この俺が派手に調べているっていうのに、巧妙に隠されてて一向にわからねえ。よっぽど知られたくないのか、将又埋もれちまっているだけなのか、それすらわからねえんだよ」
そう言う宇髄は、心なしか少し苛立っているように見えた。調査がうまくいかないことも勿論だが、やはり連絡の取れない妻達を思っての事だろう。
「ただ・・・」と、宇髄は一つだけ言葉を漏らした。
「これは俺の憶測にすぎないが、お前の養父の家、【大海原家】もワダツミの子に深くかかわっている可能性がある」
「大海原・・・家?」
思ってもいない言葉に汐は目を見開き、宇髄を見上げた。自分の名字は、玄海からもらったものであり、それだけだと思っていた。
しかし汐は玄海が鬼狩りであったことすらしらず、それ以上のことは何も知らなかった。
「大海原家・・・おやっさんの過去・・・もしかしたら・・・」
汐は宇髄から視線を逸らし、考え込むようにうつむいた、その時だった。
「やっと見つけたわよ!!この大ぼら吹き!!」
耳をつんざくような大声が汐と宇髄の両耳を穿ち、何事かと振り返れば、そこには先程炭治郎を連れて行ったときと屋の女将が顔を真っ赤にして息を切らして立っていた。
「あんた、確かたん・・・炭子を連れて行った・・・」
「あんた一体全体どういうことなのよ!!あんな傷物よこして!!あんなんじゃ客なんてつかないわよ!!」
鼻息を荒くしながら烈火のごとく怒る女将を見て、汐は炭治郎の額に傷があることを思い出した。だが、この言い草はいくらなんでもあんまりだ。
(花街では女は【物】【商品】。おやっさんから聞いてはいたけれど、本当なのね。胸糞悪い)
汐が顔をしかめながら女将を見ていると、宇髄は汐を押しのけながら前に立つと、深々と頭を下げた。
「悪かった。本当に悪かった。その詫びといっちゃなんだが、こいつを連れて行ってくれねえか?」
そう言って宇髄は汐の手を取ると、女将の前に差し出すように立たせた。
「こいつの顔には傷一つなく、体もまっさらだ。確かに顔つきは微妙だが、よく働き、話も歌もうまい。勿論金は要らない。だから、ここは俺に免じて許してくれねえか?」
そう言って宇髄は整った顔立ちで笑うと、怒りで真っ赤になっていた女将は、今度は別の意味で赤くなっていた。そしてしどろもどろになりながらも「今回だけだよ」とだけ言って、汐の手を引いて歩き出した。
店の中では炭子、基炭治郎は額の傷がばれて大目玉を喰らったらしく、店はその話でもちきりだった。
しかし炭治郎はその代わりによく働き、たくさんのことを言いつけられてもいやな顔せず、しかも仕事も早く真面目で高評価だった。
(さすが炭治郎。家事をさせたら天下一品よね。家事は女の仕事って決めつけず、困っていたら手を差し伸べる。炭治郎と結婚する女はきっと幸せね・・・)
そんなことを考えていた汐だが、ふと胸に小さな痛みを感じた。
(あれ?あたし何考えてたんだろう。炭治郎はまだ15だし、結婚なんて。っていうか、あいつが結婚しようがしまいが、あたしには何の関係もないことでしょ・・・)
「ちょっとあんた!何ぼうっとしてるの。こっちにいらっしゃい!!」
女将に促されて、汐は化粧部屋へと連れ込まれた。あの宇髄特製の奇妙な化粧を落とし、素顔を見るためだ。
そこには数人の店の者がいて、準備はすでに整っているようだ。
汐は直ぐに座らされ、厚塗りにされた化粧を少しずつ落とされていく。そして段々と素顔が露になり、皆はその顔を覗き込んだ。
「こ、これは・・・・!!!」
皆は目を見開き、汐はその視線を余すことなく受け入れるしかなかった。
時間は少しさかのぼり
萩本屋に連れていかれた猪子、基伊之助は、厚化粧を落としたその素顔を皆から絶賛されていた。
無理もない。汐達が初めてその素顔を見た時も、少女と見間違うほど整った顔をしていたからだ。
「変な風に顔を塗ったくられていたけど、落としたらこうよ!!すごい得したわ。こんな美形な子、安く買えて!!」
「仕込むわよォ、仕込むわよォ!京極屋の“蕨姫”や、ときと屋の“鯉夏”よりも売れっ子にするわよォ!」
遣手の女性は大喜びし、腕をまくりながら高らかに宣言した。
「でも、なんか妙にこの子ガッチリしてない?」
「ふっくらと肉付きが良い子の方がいいでしょ!」
「ふっくらっていうか、ガッチリしてるんだけど・・・」
しかし、彼女たちは知らない。猪子が男であることを・・・。
一方京極屋に押し付けられる形で入った善子、基善逸は鬼気迫る顔で三味線の稽古に励んでいた。
彼の耳がいいことが幸いに、一度聴いた音はすべて覚えてしまうため、三味線でも琴でもなんでも弾けるとのことだ。
しかし皆が危惧するのは、彼、基彼女の顔。あの化粧を落とさずそのままでいたため、微妙な顔のままだったのだ。
「あの子連れてきたのがもんのすごいいい男だったらしいわよ!遣手婆がポッとなっちゃってさ。一部では
「へぇ!あの伝説の海旦那の!?みたかった!」
女たちがそんな話をしていると、一人の遊女が善逸を見ながら小さく笑った。
「アタイには分かるよ。あの子はのしあがるね」
「ええ?」
「自分を捨てた男、見返してやろうっていう気概を感じる。そういう子は強いんだよ」
彼女の言う通り、善逸は自分をぞんざいに扱った宇髄に対して悔しさに涙を流しながら、心の中で叫んだ。
(見返してやるあの男・・・!!アタイ絶対吉原一の花魁になる!!)
しかしその野望は、決して叶うことはないのであった。
そして一番初めにときと屋に来た炭治郎は、額の傷がばれてしまい雑用係として働いていた。
禰豆子の入った箱は丁寧に隠し、鍵を付け絶対に開かないようにしていた。(これは彼にとっても不服だったが、やむを得なかった)
(みんなはちゃんと指定された店に潜入できただろうか。特に汐は、怒ると手が付けられなくなるからお店の人に迷惑をかけていないだろうか)
働きながらそんなことを考えていると、ふと化粧部屋の辺りが騒がしくなった。炭治郎は何事かと思い、仕事を片付けた後こっそりと様子を見に行った。
そこには何人かの店の者が化粧部屋を覗こうとひしめき合っているようだった。
「あ、あなたは確か新しく入った・・・」
「たん・・・炭子です。あの、これはいったい?」
炭治郎が首をかしげていると、同じくらいの禿の少女が上気させた顔を彼に向けながら興奮したように言った。
「さっき女将さんが新しい子を連れてきたみたいなの。炭子ちゃんもこっそり見てみなよ」
少女に促され、炭治郎は人の隙間からこっそりと顔をのぞかせた。その瞬間、彼の鼻に、嗅ぎなれた優しい潮の香りが届く。
(この匂いは・・・!!)
そしてその目に飛び込んできたものに、炭治郎の身体は石のように固まり、そして意識が遠のいていくのだった。
汐はどちらに値すると思いますか?
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漆黒の意思
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黄金の精神