ウタカタノ花   作:薬來ままど

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海の呼吸の新しい型は、堕姫の猛攻を打ち破れるのか




それは、汐が遊郭に潜入する二か月ほど前。

 

汐がいつも通り稽古をしていると、ふと甘露寺が思い出したように口を開いた。

 

「そう言えば、しおちゃんの海の呼吸って伍ノ型までしかないのね。元からなの?」

「うん。海の呼吸はおやっさん、あたしの育手が独自に生み出したものらしいんだけど、未完成の呼吸なんだって。でも、おやっさんは完成させる前に死んじゃったから、実質的に伍以降の型は存在しない」

 

運動後の柔軟体操をしながら、汐はしっかりした口調でそう答えた。

 

「だけどこのままじゃ絶対に駄目。ウタカタはあくまでも補助に使うものだから、鬼に致命傷を与えるには海の呼吸が不可欠だって改めて思った」

 

汐は甘露寺を見上げると、凛とした表情で口を開いた。

 

「みっちゃん、いえ、師範。あたし、どうしたらいいと思う?」

 

汐の真剣な言葉に甘露寺は自分を頼ってくれる嬉しさをかみしめつつ、顎に手を当てて考える動作をした。

 

「そうね。私も海の呼吸は初めて聞いたから、水の呼吸から派生していると思っていたんだけれど、しおちゃんの話を聞く限りそうじゃないみたいだし・・・。あ、そうだ!無いなら自分で作ってしまうのはどう!?」

 

いきなりの提案に汐はぽかんとた表情で甘露寺を見つめた。

 

「私の恋の呼吸も、元々は炎の呼吸を元に自分で作った物なの。だからしおちゃんも自分で自分の型を編み出してみたらどうかしら?」

「どうかしらって、ずいぶん簡単に言ってくれるなあ」

 

相も変わらずぶっ飛んだ物言いに汐は思わず閉口するも、彼女のいうことも一理ある上にこのままではどんづまりなのは確実なため、汐はその提案を受け入れることにした。

 

しかし、その後に待っていたのは地獄だった。

 

伊黒を加えた、柱二人からの猛烈な指導をみっちり受け、徹底的に自分を苛め抜き、何度も折れそうになった汐だが、何度も彼らの姿を思い浮かべ、必死に前に進んだ。

そして、ある日。

 

「うおおおおああああああ!!!!」

 

汐の渾身の斬撃が、練習用の巻き藁を吹き飛ばし破壊した。その光景を汐はぼんやりと見ていたが、間を置いた後甘露寺の方を振り返って叫んだ。

 

「で、できた!できたよみっちゃん!」

 

汐は汗と泥まみれの顔のまま、嬉しそうに笑い、そんな彼女をみた甘露寺も嬉しさのあまり飛び上がって喜んだ。

 

「やったわねしおちゃん!!おめでとう!!これでまた一つ強くなれそうね」

 

そして甘露寺は汐の顔をタオルで拭きながら、優しい声色で言った。

 

「だけどね、しおちゃん。これだけは絶対に忘れないで。本当の強さというものは力だけじゃないと思う。特に女の子が本当に強くなれるのは、大切な人を守りたいという気持ちだから」

 

「うん、わかった。あたし絶対に忘れない。大切な・・・ごぺぱぁああ!!!

 

だが、言葉を紡ごうとした瞬間、汐は顔面の穴という穴からいろいろなものを吹き出しながら断末魔の声を上げて倒れた。

そんな汐を見て甘露寺は、彼女以上に顔面を崩壊させるのであった。

 


 

堕姫の放った帯が、雨のように一斉に汐の頭上から振り下ろされた。だが、汐はその帯を刀で受け止めると大きく息を吸った。

 

地鳴りのような大きな音が響き渡り、その音に堕姫は不快そうに顔をしかめた。

 

(一瞬でも気を緩めるな。無理に力を込めるんじゃない。全身のばねを使って、受け流せ!!)

 

汐はそのまま帯を後方に受け流すと、その勢いのまま堕姫の懐に飛び込む形で突っ込んだ。だが、堕姫も残りの帯を束ねて汐を貫こうと今一度振り上げた。

 

すると汐はそのまま身体を大きくひねり、瓦が砕ける程強く踏みしめた。汐の刀が、濃い藍色へと変化する。

 

海の呼吸 陸ノ型――!!!

 

――狂瀾怒濤(きょうらんどとう)!!!

 

遠心力に加え帯を受け流した時の力と、汐が地獄の柔軟訓練で培った全身のばねが合わさり、荒れ狂う波のような激しい斬撃を生み出した。

斬撃は堕姫の帯をバラバラに吹き飛ばし、その余波は周りの建物を削り取り堕姫を上空へと吹き飛ばした。

 

(なっ、なんて威力・・・!こいつ、こいつ!ただの鬼狩りじゃない。柱じゃないけど、柱に近い・・・!)

 

微かに怯んだ堕姫の隙を見逃さず、汐は剥き出しになった瓦礫を踏みその頸に刃を振りぬいた。だが、刀はぐにゃりとした嫌な感触と共に途中で止まってしまった。

 

「アンタなんかにアタシの頸が斬れるわけないでしょ、この雌豚が!!」

 

その瞬間、汐の鳩尾に堕姫の足が食い込み、汐はそのまま屋根から地面に叩きつけられた。とっさに呼吸で受け身はとったものの、全身に痛みが走り小さくうめいた。

その隙を見逃さず、堕姫は再び帯を伸ばして汐を貫こうとする。汐はすぐさま動き、その攻撃をかわすと、再び大きく息を吸った。

 

 

――ウタカタ・参ノ旋律――

――束縛歌(そくばくか)!!!

 

空気が張り詰める音と共に堕姫の帯が一瞬止まり、汐はそのままもう一度今度は地鳴りのような呼吸音を響かせた。

 

肆ノ型・改――

――勇魚(いさな)下り!!!!

 

ウタカタと海の呼吸を瞬時に切り替え、汐は猛攻撃を堕姫に叩き込む。わずかだが押され始めた堕姫は、帯を叩き落す汐を睨みつけながら思った。

 

()()()()()()()()()()()と。

 

「!?」

 

背後から別の鬼の気配を感じ、汐はすぐさま堕姫から離れ間合いを取った。すると後方から一本の帯のようなものが飛んできて、堕姫の身体の中に吸い込まれるようにして戻っていった。

 

(アイツは、鬼の使い魔!?)

 

汐が再び刀を構えると、堕姫はにやりと嫌な笑いを浮かべながら再び帯を伸ばしてきた。

使い魔が戻ったせいなのか、先ほどよりも帯の速度と強さが上がっているように感じ、汐の顔が引きつった。

それを感じ取ったのか、堕姫は先ほどやられた分をやり返すように容赦なく責め立てた。

 

「さっきまでの威勢はどうしたの!?耄碌してるのはアンタの方だったようねぇ!!」

 

堕姫は耳障りな笑い声をあげながら、四方八方から帯を汐に向けて撃ち込んできた。

 

(くそ・・ったれぇ・・・!一本戻っただけでこの強さ。今は何とかしのげてるけれど、いつまでもつかわかんないわよ・・・!!)

 

煉獄の死からずっと、汐は大切なものを守るために強くなるために厳しい修行に耐えてきた。そしてその間の任務でも多くの鬼を倒してきた。

 

しかし目の前の鬼は上弦。今まで戦ってきたどの鬼よりも強く、鬼舞辻無惨に近しい存在。

柱でもない自分がどこまでもつか。そんなことを考えてきた時だった。

 

――前をみろ。最後まで足掻け

――女の子が本当に強くなれるのは、大切な人を守りたいという気持ちだから

 

誇り高き者達の言葉が汐の胸によみがえり、そして次に浮かんだのは幸せそうな眼で笑う炭治郎の顔。

 

(そうだ。こんなところでくたばってたまるか。あたしは、あたしは、炭治郎と禰豆子が幸せになるところを見届けたいんだ!負けてたまるか!!)

 

汐は渾身の力で帯を押し返し、再び爆砕歌を放とうと息を吸った。だが、その時。

 

――ヒノカミ神楽――

――烈日紅鏡(れつじつこうきょう)!!!

 

汐の周りの帯が、燃え盛る炎のような水平斬りによって真っ二つに斬られ、堕姫は思わぬ闖入者に目を見開きたじろいだ。

否、目を見開いたのは堕姫だけではなく、汐もだった。

 

汐の前には、黒と緑の市松模様の羽織をなびかせた、汐がこの世で最も守りたいその人。

 

竈門炭治郎が立っていた。

 

「炭治郎!!」

 

汐はうれしさと驚きの混じった声で名を呼ぶと、炭治郎は汐の顔を見て申し訳なさそうに眉根を下げた。

 

「遅くなって済まない。急に帯の使い魔が逃げ出したから追ってきたら――。あれが本体。この町に潜んでいた鬼か」

 

炭治郎はごくりと唾をのみながら、目の前に立つ堕姫に向かって刀を構えた。

 

(なんて匂いだ。鼻だけじゃなくて喉も肺も苦しい。こんな奴と、汐はたった一人で戦っていたのか・・・!)

 

汐を見れば、血の匂いはしないものの隊服と羽織が汚れており、周りを見ればあちこちが破壊された跡があり、それだけ二人の戦いが激しかったということが見て取れた。

 

「怪我はないか!?」

「あたしは平気。こんな阿婆擦れ婆なんかにやられてたまるもんですか!まだまだいけるわよ!!」

 

汐は先ほどまでの恐れを払しょくするかのように声を張り上げ、再び刀を構えた。その言葉に嘘はなかった。

炭治郎が傍にいる。大切な人が傍にいる。そのことだけで、汐の士気は嘘のように上がった。

 

こうして二人並んで戦うのは、無限列車の件以来でのことで、あの時は煉獄がいなければ皆死んでいただろう。

 

でも今は違う。汐も炭治郎も強くなっている。もう二度と、あの時のような思いはしたくない。

 

絶対に死なないし死なせない!

 

その様子を見て、堕姫は不愉快そうに顔を思い切りゆがませると吐き捨てるように言った。

 

「何よその眼。ギラギラってして不愉快。どいつもこいつも、目障りなのよ糞虫が!!」

 

激昂した堕姫が先ほどとは比べ物にならない程の量の帯を、二人に向かって四方から振り下ろしてきた。

その一撃をかわすと、汐は口から弦をはじくような高い音を鳴らした。

 

――ウタカタ 壱ノ旋律――

――活力歌(かつりょくか)!!!

 

汐の奏でた歌は、炭治郎の体と心を活性化させ、同時に汐も身体の痛みを和らげた。

そのせいか、体は驚くほど軽く動きがよくなり、炭治郎は思わず目を見開いた。

 

(この感覚は、あの時。那田蜘蛛山で感じた汐の歌!)

 

その瞬間、炭治郎は確信した。この人が、汐がいれば俺は何処までも戦える。

 

二人なら、戦い抜ける!!

 

炭治郎の眼に闘志の炎がともり、同時に汐を痛めつけた堕姫に激しい怒りを感じた。

 

「汐。俺が前に出る。お前は援護を頼む!」

「わかった!でも気を付けて。あの女の頸、わかめみたいに柔らかすぎて普通じゃ斬れないわ」

 

汐の言葉に炭治郎は少し驚いた顔をしたが、何故だかそれはあまり重要には感じなかった。

 

普通に斬れないなら、斬れる方法を考えればいい。

 

堕姫が再び帯を放ち、汐は炭治郎とは別方向に走り出した。堕姫の帯二つに分かれて二人を追う。

 

凄まじい速さで帯が追ってくるが、甘露寺と伊黒の訓練がもたらした汐の身体は、まるで舞姫の如く全ての攻撃をかわしていく。

一方炭治郎も、汐の歌のお陰で身体能力が向上しているせいか、汐同様帯の攻撃をすべて受け流していた。

 

炭治郎の口から、燃え盛る炎のような呼吸音が漏れる。先ほどの汐の呼吸の音とよく似たそれは、堕姫を再び不快な気持ちにさせた。

 

(アイツと同じ嫌な音ね。呼吸音?)

 

顔をしかめた堕姫の眼前に、瞬時に間合いを詰めた炭治郎の漆黒の刀が迫った。

 

――炎舞(えんぶ)!!!

 

振り下ろされた炭治郎の斬撃を、堕姫は紙一重で躱すが、この炎舞は二連撃。一太刀目を躱せてももう一撃浴びせることができる。

 

堕姫は汐に比べて遅いその斬撃に大したことないと高をくくり、帯を炭治郎の頸めがけて下から突き上げた。

 

だが、その瞬間、炭治郎の姿が消え思わず目を見開く。

そして間髪入れずに、汐の歌が響き渡った。

 

――ヒノカミ神楽――

――幻日虹(げんにちこう)

 

――ウタカタ・参ノ旋律――

――束縛歌(そくばくか)!!!

 

堕姫の身体が構拘束されると同時に、炭治郎の姿は堕姫の頭上に現れ、炭治郎の目に彼女から延びる隙の糸が入った。

 

だが、堕姫は汐の拘束を引きはがし、炭治郎を帯で弾き飛ばした。

かろうじて刀で受け止めた炭治郎だが、帯がこすれた瞬間、刃の部分が僅かに砕け刃こぼれを生じさせた。

 

炭治郎はそのまま受け身をとりながら地面に転がるが、ヒノカミ神楽を乱発したせいか息は乱れ、体中に激痛が走った。

 

堕姫は炭治郎に向かって帯を差し向けたが、間合いに入った汐がその攻撃を受け止めた。

 

「どこ見てんだドグサレ!!お前の相手はあたしだ!!」

 

必死に戦う汐を見て、炭治郎は悔しさに顔を歪ませた。水の呼吸は自分の身体に適しておらず、義勇や鱗滝のように使いこなすことはできない。

ヒノカミ神楽なら自分の身体に適しているが、一撃が強い反面、連発ができない。

 

だが、このままでは汐の命が危ない。

 

炭治郎は疲労困憊の身体を叱咤しながら立ち上がると、再び堕姫に斬りかかった。

 

赤と青の斬撃が堕姫の帯を穿ち、時には互いを見ては動きを決め、やがて段々と二人の動きは合わさり向かっていく。

少しずつ高まっていく二人の力を目の当たりにして、堕姫は胸の奥から何かが沸き上がってくるような感覚を感じた。

 

誰かと、二人が重なる――

 

(何なのよこいつら。兄妹ってわけでもないのにこの動き。嗚呼うっとおしい、うっとおしい!!こんな雑魚共じゃなくて柱だったらよかったのに!)

 

そんなことを考えていると、不意にどこからか凄まじい気配を感じ、堕姫は振り返った。

すると遠くから、風を切るような音と共に何かがこちらに向かってくるのが見えた。

 

(あれは・・・帯!?)

 

汐達の目の前で帯は次々と堕姫の身体に吸い込まれるようにして消えてゆく。

 

(帯が身体に入っていってる。いや、戻っているのか?分裂していた分が)

 

「!!」

 

炭治郎がすぐさま動き、堕姫に向かって刀を振った。しかしその切っ先は空を切り、風を切る音だけが虚しく響いた。

 

二人は慌てて首を動かし堕姫を捜すと、屋根の上にその姿を見つけた。

だがどうも様子がおかしい。

 

「やっぱり“柱”ね。柱が来てたのね。良かった。あの方に喜んで戴けるわ・・・」

 

漆黒だった堕姫の髪色は銀色に変わり、背中の帯の数が増えている。

そしてその眼は、匂いは、汐と炭治郎を戦慄させるほど禍々しいものになっていた。

 

(あいつ、柱が来てるって言った。じゃあ、派手男がこっちに?)

 

「おい、何してるんだお前たち!!」

 

不意に声が聴こえてきて汐達が振り返ると、一人の男が頭から湯気を吹き出しながら建物の中から転がり出てきた。

 

見れば他の店からも騒ぎを聞きつけて、幾人かの人が顔を出していた。

 

「人の店の前で揉め事起こすんじゃねぇよ!」

 

その騒ぎを見て、堕姫は不快そうに顔をしかめるとその瞬間鬼の気配が強まった。

 

「駄目だ、下がってください!建物から出るな!!」

 

炭治郎が声を荒げると同時に、堕姫がその帯を大きく振り上げようとした。

 

「止めろォーーーッ!!!!」

 

汐が叫んだ瞬間、堕姫の帯の動きが急激に鈍り、一瞬だけとまった。だが、堕姫はそのまま帯を大きく町全体に振りぬいた。

 

「汐!!」

 

空気を切り裂くような声が響き、汐の身体は地面に叩きつけられるように引き倒された。

その衝撃に汐は思わず顔をしかめ、身体に走った衝撃に歯を食いしばる。

 

それと同時に辺り一帯は堕姫の帯によって切断され、瓦礫が雨の様に降り注いだ。

 

だが、汐の意識はその痛みでも瓦礫でもなく、顔に滴り落ちたモノに急激に吸い寄せられた。

 

「・・・・!!」

 

汐の喉から空気が漏れ、目の前のものに視線が釘付けになった。

 

そこには汐を庇って堕姫の帯に背中を大きく切り裂かれた、炭治郎の姿があった。

 

「炭治郎ーーーーーッ!!!!!」

 

汐の悲痛な叫びが木霊し、それを追うように辺り一帯からも悲鳴とうめき声が上がり、町は阿鼻叫喚の地獄絵と化していた。

 

それを目の当たりにした瞬間、汐の身体が急激に冷たくなり目の前が段々と赤くなっていくのが分かった。

顔に滴り落ちる炭治郎の命の雫だけが、ぞっとするほど温かかった。

 

その時汐の無意識領域では、再び異変が起こっていた。

汐の殺意を封じている扉の鍵の鍵が、一つ、二つ、三つと次々に砕け散った。

 

『・・・駄目だ・・・』

 

それを見た番人は身体をわななかせ、小さく言葉を漏らしたのだった。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神

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