啓蒙99の狩人が発狂しているのは間違っているだろうか   作:ケツに腕を突っ込んで魔石を引き抜く変態

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短編として投稿する筈だったものですが面倒なのでこっちに投稿します。


異端の鍛冶師は狩人の夢を見るか

 【ヘファイストス・ファミリア】には“火薬庫(パウダー・ケッグ)”と呼ばれる男がいる。オラリオ全土、いや『古代』より続く鍛冶師の系譜の中で、異端と称される工房主だ。

 【ヘファイストス・ファミリア】本拠(ホーム)から遠く離れた、うらぶれた教会の側に工房を構える“火薬庫”は、複雑怪奇な機構を持つ奇妙な武器を造り出すという。

 それはこれまで武器とされてきた刀剣類の形状から大きく外れ、いっそ何らかの工具と言った方が近しいものも多い。事実、“火薬庫”がまだそう呼ばれる事のなかった無名の時代、それを武器として扱う者は同じ鍛冶師の中にすらいなかった。

 だが世の中には酔狂な輩がいるもので、面白半分に“火薬庫”の武器を買ってダンジョンに潜る冒険者がいた。その武器を見た誰しもが疑問を抱き、ああダンジョンの恐ろしさを知らぬ愚か者かと嘲笑ったものだ。

 だが――実際にその武器が振るわれる姿を見た者は、決して“火薬庫”の武器を侮らない。それがどれ程恐ろしい性能を有しているのか、身に染みて理解しているからである。

 

 一撃必殺、二の太刀要らず。ただ一発の渾身にのみ特化した“火薬庫”の武器は、その複雑な機構から繰り出される爆発的な火力で数多くのモンスターを屠ってきた。

 上層、下層、深層を問わず。時には階層主、『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』でさえも一撃の元に粉砕してのけた“火薬庫”の武器は、性能が広まるにつれ窮地を切り抜ける逆転の武器として多くの冒険者に求められることになる。

 ……だが、“火薬庫”はその奇妙な名声とは裏腹に、武器のほとんどを市場に流さなかった。売る事を拒絶するあまり一時期はオラリオから姿を消した“火薬庫”を、頭痛の種とする主神(ヘファイストス)はこう評している。

 

 “火薬庫”の武器は正統にあらず。それはただ獣を狩るための、祈りにも似た異装なのだ、と。

 

 

 

 

「それじゃあ、神様! 行ってきます!」

 

 廃教会の古びた柱に少年の声が浅く染みこむ。ベル・クラネルは地下室の扉を閉め、崩れた門を通り過ぎた。

 

「おはようございます!」

 

 そして隣人に日課の挨拶をする。廃教会の隣、まるで焼け跡のような工房で槌を振るう鍛冶師に向けて。

 奇妙な男だった。鉱石を熱する炉に近しいにも関わらず、厚手のコートを纏っている。全身は暗い色で満たされ、枯れた羽根が特徴的な帽子を目深に被っており、その上で黒い布を顔中に巻いているのでどんな人物か分からない。

 男はベルの声に槌を高く掲げて反応を示し、そのまま鍛冶に戻る。ベルは笑顔で大きく手を振って、ダンジョンへと向かった。

 

 

 

 

「おお、やっとるのう、“火薬庫(パウダー・ケッグ)”」

 

 昼下がり、焼け跡のような“火薬庫”の工房を訪れたのは【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿(ツバキ)・コルブランドだった。

 急な来訪者に、しかし“火薬庫”と呼ばれた男は何の素振りも見せず、黙々と精製金属(インゴット)に槌を振り下ろす。無反応を貫く男に椿(ツバキ)は肩をすくめ、ずかずかと工房内に足を踏み入れた。

 

「またお主は妙な物を造っておるな。歯車、螺子、バネに引き金、管に鎖に……これは魔剣か? よくもまあこんな指の長さほどもない魔剣を造るものだな。(たち)の悪い冗談としか思えん」

 

 焼け残った机に並べられた部品の数々を手に取っては見比べる椿(ツバキ)に、“火薬庫”はやはり反応しない。工房主が黙っているのを良い事に、椿(ツバキ)はしばらく工房内を漁り回った。

 

「おお、そうだ“火薬庫”。近い内に遠征に行くぞ」

 

 “火薬庫”の鍛造が佳境に入っている最中、ふと思い出したように椿(ツバキ)は言った。槌を振り上げた“火薬庫”は、その姿勢のままピタリと止まる。

 

「【ロキ・ファミリア】からの依頼でな、遠征に上級鍛冶師(ハイ・スミス)を幾人か貸してほしいそうだ。無論、手前も含まれておるぞ。

 報酬は『深層』のドロップアイテム。市場にも滅多に流れない垂涎物の素材よ。『至高』を目指す鍛冶師ならば、当然手に入れたいと思うだろうなぁ」

「……」

 

 沈黙を保っていた“火薬庫”は、振り上げたままだった槌を振り下ろし、カァンと一際大きな金属音を立てる。そのまま鍛造を再開する黒ずくめの男に、椿(ツバキ)はやれやれと首を振った。

 

「興味なしか。お主は相変わらず“異端”の道を進むのだな。まあ、好きにしろとしか手前には言えんが。

 だが、遠征には共に来て貰うぞ。【ロキ・ファミリア(あちらさん)】からの要請だ。『“火薬庫”と呼ばれるその所以、存分に発揮して貰いたい』と、フィンの奴が言っておったぞ」

「……」

「む、何だ? 指なんぞ指しおって」

 

 小人族(パルゥム)の勇者の声真似をする椿(ツバキ)に構わず、“火薬庫”は槌を置いて指を差す。指先にいた椿(ツバキ)は右へ左へ視線を投げ、背後にある大きな木箱に気がついた。

 

「ああ、これか。どれどれ……成程のう、ま〜た摩訶不思議な武器(もの)を造りおったな。

 よし! こいつは手前が持っていってやろう! どうせ【ロキ・ファミリア】に渡すのだろう? ならば手前が先に見ても何の問題もあるまい!

 ……なんじゃその目は。安心せい、責任を持って届けてやるわ」

 

 ジトーッと視線を向ける“火薬庫”に手を振って、棺桶ほどの大きさの木箱を椿(ツバキ)は肩に担いだ。“火薬庫”は再び槌を取り、鍛造作業に戻る。

 

「……なあ、“火薬庫”。お主はまだ、()()を求めておるのか?」

 

 そんな、鉄と向き合う男の背に、椿(ツバキ)は静かに呟いた。囁きに近い言葉は確かに“火薬庫”に届いた筈だが、男は槌を振るい続けるだけだった。

 その姿に、隻眼の女鍛冶は炎のような緋色の眼を閉じ。焼け果てた工房の外へ足を踏み出した。

 

「――やはりお主は、“異端者”よ。誰のためでもなく、ただ己のために武器を打つ。本当はそうではない癖に、いたずらに鍛冶を(ついば)みおって――まるで『鴉』よな」

「……」

「戯言だ、忘れてくれ。邪魔したな」

 

 言い捨てて、今度こそ椿(ツバキ)は工房を後にする。残された“火薬庫”は、何の感慨も受けた様子を見せず、ただ槌を振るい続けるのだった。

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 それが、『ゴライアス』の上げた最後の咆哮だった。

 引き絞られた腕、高速で駆動し歯車を掻き鳴らす機構。常識を遥かに超える巨大な『杭』が、『ゴライアス』の胸部に狙いを定める。

 そして、瞬間――大爆突。複雑怪奇な機構に散りばめられた極小の魔剣が反応し、連鎖起動した機構を巡る莫大なエネルギーが全て『杭』に集中する。

 『不壊属性(デュランダル)』を付与された最高精製金属(オリハルコン)製の『杭』は、違わず『ゴライアス』の胸を刺し穿った。否――突き穿ち、内側から()()させた。

 『ゴライアス』。ダンジョン中層の『階層主』。他のモンスターと一線を画す『迷宮の孤王(モンスターレックス)』たる巨人のモンスター。

 その巨人が、()()()()()()()()()。ドスンドスンと重い音を立てて落ちた両腕が、崩れ落ちた下半身が間を置かず灰と化していく。

 

 ――やがて灰の山となった『ゴライアス』の残骸の上に、その男は立っていた。黒ずくめの外套を(なび)かせ、殺人的な目つきで前方を睨む“火薬庫”。その右手に装着された、大の大人ほどもある巨大機構――《パイルハンマー》から、砕け散った魔剣と薬莢が排出される。

 

「すげぇ……」

「『ゴライアス』が、一撃……!?」

「信じられない……」

「噂には聞いていた“火薬庫”の武器……こんなにすごいなんて……!?」

「あれが、“火薬庫”っすか……」

 

 口々に声を上げる【ロキ・ファミリア】を背に、“火薬庫”は腰にくくりつけた金属の塊を手にし、《パイルハンマー》に装填する。ガギンッ!! と重厚な金属音が、戦いの終焉を告げる鐘のように鳴り響いた。

 

「……」

 

 ザッザッと灰を踏み締めて隊列に戻る“火薬庫”。道筋にいる【ロキ・ファミリア】の面々は慌てて道を開ける。

 その先には諦め切った顔で苦笑する【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)の面々と、ぶるぶると俯いて震える椿(ツバキ)の姿があり。

 

「こっ、このお――馬鹿者(ばかもん)がああああああああああああああああっ!?」

 

 爆発した椿(ツバキ)の手が、スパーンッ!! と“火薬庫”の頭を叩いた。

 

「何を勝手な事をやっておるんじゃお主は!? 『ゴライアス』は【経験値(エクセリア)】を積ませるために平団員に任せるとフィンの奴が散々言っておっただろうが! それを接敵と同時に飛び出して仕留めてしまいおって!? どう話をつけるつもりだお主は!!」

「――」

「何? 手前が本来持ってくるつもりだった武器を勝手に持っていくのが悪い? おかげで新しく作った武器(パイルハンマー)の試し撃ちをしなければならなくなった、じゃと!?

 かーっ!! この()に及んで手前に責任転嫁するか! なんて奴だこのすっとこどっこい! “異端者”! 凝り性! 武器とも呼べん馬鹿武器造りめ!!」

「……あー、椿(ツバキ)? そろそろいいかな?」

 

 スパーンスパーンといい音を立てて“火薬庫”を叩き続ける椿(ツバキ)に、フィンが声を掛けた。それに気付いた椿(ツバキ)は“火薬庫”の頭を地面に叩きつけ、ついでに自分の頭も地面につける。

 極東の最上級の謝罪表現――土下座である。

 

「すまんフィン! この馬鹿にはよぉーく言って聞かせる故、此度の失態は見逃してくれ! なんならこやつの分の遠征報酬はなしで良い! くれてやったこやつの武器の支払いもゼロで良い! だから手前らに責任をおっかぶせるのは勘弁してくれ!!」

「いや、そこまで譲歩しなくてもいいよ、椿(ツバキ)。何となくそんな気はしていたからね」

 

 「ただ、次は無しにして欲しいかな?」と【ヘファイストス・ファミリア】団長として謝っているようで責任を全力回避する椿(ツバキ)に、フィンは苦笑いを浮かべて釘を差した。それに感謝する椿(ツバキ)の隣で、頭が地面に埋まった“火薬庫”は沈黙したままだった。

 

 

 

 

「ああ? “火薬庫”だぁ? あんなイカレ野郎がどーしたっての。フザケた武器を造りやがる、そんだけの鍛冶師だろーが。

 ……“火薬庫”が(つえ)え、だと? ハッ、それが何になる? あのイカレ野郎はそんな(こた)ぁ眼中にねえ。なんならお得意の鍛冶だってどうでもいいんだろーぜ。あの眼を見ただろ? 獣を見る狩人の眼だ。俺だろうが誰だろうが同じ眼で見やがって……クソが! 胸糞(わり)い野郎だぜ!」

 

 怒りを吠え、ベートは吐き捨てた。灰毛を逆立てる狼人(ウェアウルフ)の男は、止まぬ怒りに燃えていた。

 

「えっ、“火薬庫”? うーんと、すっごい武器使ってるよね! ガガガ、ゴゴゴ、ドッカーン!! って感じでさ! 私の大双刃(ウルガ)よりおっきいのもあるし、すっごい派手だし! 時々いいなーって思うもん。今度何か注文してみよっかな?

 性格? 話した事ないから分かんないや!」

 

 ティオナは快活に笑ってそう言った。大双刃(ウルガ)を握るアマゾネスの少女は、“火薬庫”より道中で目撃したある『冒険』に夢中であるようだった。

 

「“火薬庫”? さあ、私は噂以上の事は何も知らないわね。“火薬庫”って、そもそもあまり表に出てこないし。……そういえば風の噂で聞いたんだけど、あいつって団長よりも古株だそうよ? かなり昔からオラリオにいたらしいわ。だからどうした、って話だけど」

 

 ティオネはあまり興味がなさそうだった。とある部分が妹と大層違うアマゾネスの女傑は、フィンに呼ばれると目をハートにして物凄いスピードで走り去っていった。

 

「“火薬庫”のう。実は儂はあやつの武器を一度買った事があるんじゃが、散々じゃったぞ? デカいわ嵩張るわ、扱い辛いわ、機構が複雑過ぎて手入れが欠かせんわで大変じゃったわい。ま、それを帳消しにするぐらいの火力はあるんじゃがのう。あの時は儂もまだ青かったもんじゃから、使った瞬間腕がへし折れたわい。片腕だけで済まなかったらどうなっておった事やら……」

 

 ガレスは懐かしそうに話した。目を細めて髭をさするドワーフの大戦士は、そのまま長い昔話を始めたのでそそくさと後にした。

 

「“火薬庫”、か。あの男は、一言で言えば『謎』だ。誰も出身を知らない上、いつ頃からオラリオにいたかも分からない。分かっているのは人間(ヒューマン)である事と、扱う武器の凄まじさか。私も含め、あの覆面の下の顔すらほとんどの者は知らんだろう。

 ……まさかとは思うが、憧れているのか? やめておけ、あの男のようになるのは私が許さんぞ」

 

 リヴェリアはスッと目を細めてこちらを見つめてきた。ハイエルフの王女は、どうやら話を聞き回っているのを耳にしているらしい、話が長くなる前に逃げ出した。

 

「ンー、“火薬庫”ね。彼がどういう人間なのかは、正直僕も測りかねているかな。一つ言えるのは、彼は僕らとは違う場所を見ている。そこを目指しているかどうかは知らないけれど、それを僕らが理解する必要はないし、する意味もないだろう。

 彼は武器を打ち、僕らは武器を買う。言ってしまえば、それだけの関係なんだ。今回の遠征に同行しているのも椿(ツバキ)の功績が大きい。

 だから、注意しておくよ。あまり彼に近付くべきじゃない。“火薬庫”は冒険者でもなければ――きっと鍛冶師でもないからね」

 

 フィンは真剣味を帯びた眼差しで諭すように言った。小人族(パルゥム)の勇者は、その聡明さで“火薬庫”という男を朧気に掴んでいるようだった。

 

 カァン、カァンと音が響く。安全階層(セーフティポイント)に設けられた野営地の一角で、“火薬庫”は鍛冶をし続けている。

 天幕も張らず、野晒しのままでひたすら槌を振る男の背後に、人間(ヒューマン)の少女――アイズは姿を現した。

 

「……」

「……」

 

 双方、言葉はない。元より口下手のアイズと、話すという行為をほとんどしない“火薬庫”。どちらとも口火を切らない状況で、槌の旋律だけが吹き抜けていく。

 

「……あの」

「……」

 

 しばらく経って、ようやくアイズが口を開いた。しかし“火薬庫”は反応しない。鉄を打ち続ける背に、アイズはもう一度声を出す。

 

「あの……」

「……」

「……――どうして貴方は、そんなに強いんですか?」

 

 戻らない反応にしびれを切らして、アイズはついに思っている事を言葉にした。途端、ピタリと“火薬庫”の腕が止まり、槌の旋律が途切れる。

 静まり返った空間。風の音だけが通り抜ける中、不意に“火薬庫”は動いた。

 

「――」

「!?」

 

 首だけを捻じ曲げる黒ずくめの男。顔を覆う覆面の奥から、鋭いという言葉を飛び越した眼光がアイズに突き刺さる。

 それでアイズは、悟ってしまった。蕩けて歪んだ“火薬庫”の瞳孔。そこにあるのは人やそれに準ずる思考ではない。

 “火薬庫”の見ているものは、自分とは決定的に違う。それを知ったアイズは俯き、その場を後にする。

 

 それでも少女は、知りたかった。

 “火薬庫”と呼ばれる男の、その強さを。

 

 

 

 

 冒険者達が倒れている。

 地に伏し、顔を(もた)げる事しか出来ない彼らの睨む先には、周囲に散った魔力を吸収する『穢れた精霊』の姿がある。

 モンスターにあらざる力、長文詠唱による精霊由来の魔法を放たれれば、今度こそ全滅するだろう。その諦念が、絶望が、冒険者たちに降りかかる。

 その時。立ち上がり、希望を示したのはフィンだった。勇気を鼓舞し、立ち向かう意志の力を燃え上がらせたのは、小人族(パルゥム)の勇者だった。

 狼人(ウェアウルフ)の男が立ち上がり、アマゾネスの姉妹が武器を構え、エルフの少女が、【剣姫(けんき)】が意志を取り戻す。彼らが精霊に挑む傍ら、生意気な小人族(パルゥム)に挑発されたドワーフの戦士が、ハイエルフの王女が不屈を示す。

 

「……いいものを見た。手前も一助となろう」

 

 椿(ツバキ)もまた、右眼を細め、武器を取って立ち上がった。Lv.(レベル)5の最上級鍛冶師(マスタースミス)、【単眼の巨師(キュクロプス)】は、ふと己の背後に目をやり、笑う。

 

「お主の顔を見るのも久々だな。相変わらず不景気な面をしておる」

 

 緋色の視線の先で、“火薬庫”が立ち上がっていた。フィンに鼓舞されるまでもなく、己の意志を再燃させた黒ずくめの男は、()()()()()()()()()()()剣に手を掛ける。

 剣が引き抜かれ、鞘代わりの包帯が解けていく。現れしは、刀身に緻密な刻印の施された大剣。逆立つ灰色の髪の男はそれを天に掲げ――空中に何処からともなく現れた『光の小人』が踊り、青い月の光が刀身に集まっていく。

 それは“火薬庫”がかつて眼にし、ついに得られなかった『導き』。鮮明に刻まれた記憶を追い、ひたすらに求め続けた最新の『模倣』。

 ただそう見えるだけの錯覚である『光の小人』が大剣に集い、暗い光波が刃を成す。それは何処か宇宙の深淵に似た暗闇の陥穽(かんせい)を宿しながら、純粋にそれを求め続ける人の輝きがあった。

 

「ようやく抜いたか。全くうつけめ、お主は何時も傷つかねば正気に還らん。ほとほと面倒な奴よ。だが抜いたからには、あれを狩るつもりなのだろう?

 ――狩りはお主の本領、あのような獣にも劣る存在なぞ、それこそお主の領分だろうて。

 なあ、“火薬庫”。いや――

 

     ――――【聖剣】のルドウイークよ」

 

 椿(ツバキ)が笑う先で、ルドウイークと呼ばれた男は剣を両手で持ち、眼前に構える。

 青い月光に照らされる左眼が、遠く微笑む『穢れた精霊』を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “火薬庫”、あるいは【聖剣】のルドウイーク

 オラリオに現存する二人のLv.(レベル)7の一人。黒竜討伐失敗以降、オッタルが台頭するまでオラリオの【頂天】にあった鍛冶師。

 その正体はかつて狩人の悪夢に囚われた、名も忘れ去られた古狩人の一人。血に酔い、悪夢に囚われ、獣を狩り続けるのみだった男はある時、獣に墜ちた英雄の成れ果てと相(まみ)える。

 男は挑み、戦い、悪夢の中で永遠の狩りに囚われながら、ついに英雄の正気を取り戻し、密かなる月光の輝きを眼にした。だが男は英雄に敗れ、英雄は一人の狩人に討たれ、月光は持ち去られた。

 残ったのは、男の執念。悪夢に囚われた男は、月光の輝きにこそ導きを見出し、それを得ようと足掻いた。“火薬庫”の源流、オト工房の粋を盗み、工房の業を我がものとした。そして自らこそが月光を継ぐ者だと、天の月に手を伸ばした。

 凡人に有り触れた、自らをこそ特別と思う錯覚。男はそれを求め、何時しか狩人の悪夢から解放されてもなお、求め続けた。

 夢から覚め、男は墜ちた。墜ちた先は上位存在(かみがみ)の見守りし穴を穿たれた世界だった。男は蕩けた瞳のまま、求めるものを愚直に追い続けた。

 【聖剣】のルドウイーク。どちらも男が名乗ったものではない。二つ名は神が、そしてルドウイークは男の聖剣(さくひん)に刻まれた古い文字より名付けられた。

 男はかつて(まみ)えた英雄のように、傷つき倒れた時のみ正気を取り戻す。そして初めて聖剣を抜き、己がルドウイークの後継だと信ずるのだ。

 それがただの仮初と知ってなお。狩りの中でならば、心委ねられるが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という夢を【狩人】は見た。

 

 黎明か夕暮れかも分からぬ月と太陽の狭間。教会の尖塔にぶらさがって寝ていた【狩人】は突如覚醒し、有り得べからざる動きで跳ね起きる。

 そうだ、俺は【火薬庫】だ。誰が何と言おうと【火薬庫】なんだ。長い長い睡眠で程よく蕩けた【狩人】の頭は夢の内容で一杯だった。

 【狩人】は走った。目玉の広がる道を踏み潰して駆け、臓物の巡る建築物の間を抜け、屹立する名状し難い巨塔に突入し、下へ下へ突き進んだ。

 モンスターも冒険者も関係なく蹴散らして突進する【狩人】。左手に《月光の聖剣》を持ち、さながら聖杯ダンジョンで遭遇した古い人の女の如く手足をバタバタとばたつかせ疾走する【狩人】は、神々が見れば「貞子!?」「貞子だ……」と戦慄した事だろう。

 【狩人】は七日七晩走り続け、59階層へ到達した。そこでは平ぺったい胸部の上位者が率いる獣共が獣とも呼べぬなにがしかと戦っている筈だ。

 そこへ颯爽と現れ、宣言するのだ。我こそは【聖剣】のルドウイークである! と。

 しかして、59階層の階段を降り切った【狩人】が眼にしたのは。

 ひたすらに寒い、いたるところに氷河の流れる凍結の世界だった。

 

「……」

 

 当然である。【狩人】の耳にした情報はもう何ヶ月も前の話だ。

 夢見た夢のままに行動した【狩人】は夢から覚め、そして全てを夢にするべく『狩人の徴』を使うのであった。

 




これが【狩人】の夢オチか本当にあった話なのかは皆様のフロム脳にお任せします。

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