黒死牟殿の弟子   作:かいな

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第十話

 うだるような暑い日だった。

 姉はゲホゲホと咳き込みながら、布団に入って休んでいた。

 最近は何時も調子が悪そうにしていたけど、今日は特に調子が悪そうだった。

 

「……」

 

 いや、はっきり言おう。

 姉はもう……。

 

「……ねぇ」

 

「っ、ど、どうしたの!?」

 

 と、今までずっと黙ったままだった姉が声を出した。

 私はその時とても驚いたが、すぐに姉の顔を見る。

 

「もしかしたら、分かってると思うけど……私、これから死ぬわ」

 

「えっ……」

 

 それは思いもよらぬ告白だった。

 まさか当人から言われるとは思いもしなかった。

 

「前に……女の子がいたのは覚えてる?」

 

「……ごめん、覚えてない」

 

「そ。アンタ小さかったもんね」

 

 そこまで言うと、姉はゲホゲホとせき込みだした。

 

「あ、姉!?」

 

「……分かってるのよ、全部」

 

「え?」

 

「あの子が死んだ時と、全く同じ……。だから、私は……これから……死ぬの」

 

「わ、わかんない……姉が何言ってるのか分かんないよ!」

 

 既に姉の意識は朦朧としていた。私の声が本当に届いているのかもわからない。

 

「ねぇ……なんか……暗いわ。それに寒いの……」

 

「っ……」

 

 今の季節は夏だ。寒いなんてことは有り得ない。

 私には分かってしまった。姉の心臓の鼓動がどんどんと弱くなっているのが。

 そして私には分からなかった。今の姉に何をしてあげられるのかが。

 

「お父、さん……お母……さん……皆……皆一緒……」

 

 だから私にできたのは、姉が今際の際に言い残したことを叶えて上げる事位だった。

 姉の手を握る。その手はもう、死人のように冷たかった。

 

「そうだよっ、一緒だよ! 姉とずっと一緒にいる!」

 

「……」

 

「姉が死んじゃっても、一緒だよ! 私がっ、私が姉になるから! 姉の想いをずっと、どこまでも持っていくから! だから──」

 

 私が必死に頭を働かせて、どうにか思いついたことだった。

 でも私には分かっている。私が言っていることは、今、苦しんでいる姉の助けにならないという事を。

そもそも常識的に考えて無理な話だ。誰も彼も、代わりなどいないのだから。

 姉が死ねば姉の想いや考えなどここで消え去ってしまうのだから。

 

「……そう、ねぇ……」

 

 それでも──。

 

「……なら、安心ね……」

 

 姉は、本当に安心したように笑いながら死んでいった。

 だから私は、その日から私になったのだ。

 

 

「……」

 

「もう、良いの。私にならなくても良いの。貴方は貴方なのよ」

 

 姉はその大きな瞳いっぱいに涙を抱えながら、そう言った。

 

「ごめんなさい……ごめんね……私が……あなたを縛ってしまった。ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 先ほどの勝気な姉ではなく、とても弱った姉がそこに居た。

 その姿は死んでいった時よりも……ずっと小さく見えた。

 

「姉……」

 

 子供のように泣きじゃくる姉。

 その姿に、私は少なからず動揺してしまう。

 

 しかし。

 それでも揺るがぬ思いが、私の心の中にはあった。

 

「……姉。違うよ。私は姉に縛られてなんかない」

 

「……え?」

 

「違うんだ。自分を出さずにいたのは……ただ、自分に自信がなかったんだ」

 

 何をしても何も感じることが出来なかった。

 猪を叩き殺そうが心はピクリとも動かなかったし、私たちの保護者役の男にいくら殴られようともなんとも思わなかった。

 きっと生まれた時からそうなんだと思う。

 

 でも……姉と一緒に居る時だけは違った。

 その時だけ、私は人になれたのだ。

 

 ……だから、自信が無かった。

 自分で何かに名前を付けるなんて恐れ多くて出来なかったし、何時も全力で挑まなければ求められているものを満たせているかもわからなかった。

 

「姉が一緒なら、勇気が出たんだ。姉の想いを背負ってると思えば……なんでも出来たんだ。だから今まで、ずっと頑張れたんだ」

 

「……」

 

 それは姉の想いを利用していたという、罪の告白だった。

 

「……」

 

 そして姉は笑うでもなく、怒るでもなく……ただ私を抱きしめた。

 

「馬鹿ね。そんな事で、ずっと悩んでたんだ」

 

「……うん」

 

 姉の言葉に答えると、姉は私を抱きしめる力を強めた。

 そうしてると、何故か涙が溢れて来た。それを隠すように私も姉の小さな体を抱きしめる。

 

 空が、明るくなっていく。

 この何処かもわからない世界の空が。

 そのおぼろげな陽光は、私たちを明るく照らしてくれた。

 

「あーあ。じゃあ互いに無駄な悩みを抱えてたって訳ね!」

 

 なら、これでおあいこ。

 姉はそう言って、私から離れた。

 姉は、どこかスッキリとしたような顔でこちらを見つめている。

 

「あんた……でかくなったわね」

 

「……うん」

 

 感慨深そうに、姉はつぶやいた。気付けば姉の背をとっくに超えて、私は大きくなっていた。

 

「うわ……腕ふと……私もうアンタと喧嘩しても勝てないわね……」

 

「うん……」

 

 姉は私の腕を掴んだかと思うと、うわぁ、みたいな顔で自分の腕と見比べていた。

 

「……あんなに小さかった子がこんなに立派に成長して。私はアンタの事を誇りに思うわ。ずっと」

 

「……」

 

「それに! 一番に生まれた子はうじうじ悩んじゃ駄目なのよ! 家を支える柱となるんだから! それに変に拗らせたら数百年も無意味に過ごす可能性だってあるんだからね!?」

 

「そうなんだ」

 

 それは知らなかった。

 

「──だから、もう行きなさい」

 

「……」

 

「まだ自信が持てなくても。空への距離が遠くても。手を伸ばし続けなさい。私は何時だって……貴方の味方よ」

 

 そして姉は、私の体を思いっきり押した。

 浮遊感が全身の感覚を支配する。

 

 意識が──現世へと浮上する。

 

 

 視界一杯に広がる月。

 その幻想的な光景の実態は、恐るべき死への道だ。

 

「……」

 

 だけど、私の心に恐怖は一片も存在しなかった。

 姉が……見守ってくれているから。姉が自信を持って送り出してくれた自分を、信じているから。

 

「スゥゥゥ……」

 

 燃えるような体の感覚は鳴りを潜め、形を変える。

 視界が捉えるものが透き通る。思い出した。この目……姉の死際に、姉の身体を診たこの目の使い方を。

 

 月の向こう。そこに悠然と立つ先生の姿をとらえる。

 先生の冷たくも昂った脈動までをも知覚し、像を結ぶ。

 技の間隙。

 

「スゥゥゥ……ウウウウゥゥ……」

 

 折れた刀を構え、呼吸の型を繰り出す。

 からの呼吸……()()()()

 

 かねてより考えておいた、私の呼吸。

 私の自信や実力が足りないばかりに先生の手を煩わせてしまった、からの呼吸の本当の形。

 

()()()() 漆ノ型『晴天霹靂』」

 

 晴天の空に鳴り響く雷鳴のように、月と月の合間を縫い先生のもとにたどり着く。

 

「……」

 

 そしてその勢いのまま刀を振り抜く。

 晴天霹靂。高速移動と居合いの合わせ技だ。

 先生は私の方を一瞥したかと思うと、今度は刀で私の技を迎え撃った。

 

「…そうだ…それでいい…」

 

 グッと、先生が刀に力を籠めている。

 

「月の呼吸 伍ノ型──」

 

「……っ!」

 

 先生と鍔迫り合いに持ち込んだ。しかし先生はすぐに次の手を打ってくる。

 月の呼吸の伍ノ型、『月魄災禍』は鍔迫り合いに陥った際に使う技。

 この型では全くの事前動作なしに斬撃を作れる。

 

 だが、その動作も既に見ている。

 

「空の呼吸 陸ノ型『天の川』!」

 

 直後、間髪入れずに技を先生の刀ごと叩き込む。

 空の呼吸陸ノ型『天の川』は、周囲に怒涛の斬り下ろしを行う技。範囲も威力も申し分ない技だ。

 

「……ほう」

 

 先生が型を発動させる一瞬前、出鼻をつぶす形で放った『天の川』は先生の肩口を軽く切り裂いた。

 鮮血が飛び散る。

 

 しかし浅い。折れた刀では致命傷すら与えられない。

 

「っ──」

 

 直後先生が動く。

 筋肉の動き、脈動。全てを読み取り先生の次の一手を読み取る。

 

「月の呼吸──」

 

「空の呼吸 伍ノ型 『碧空炎天』」

 

 先生の刀を跳ね上げる下からの振り上げ。昇り上がる炎を幻視させる様な一撃だ。

 先生の腕は刀事かち上げられる。

 

 そして『碧空炎天』は二連撃の技。

 

「ああああッ!」

 

 振り上げた所で刀の進行方向を変え、無防備となっている首を狙う。

 

「…狙いは…良い」

 

「っ……」

 

 『碧空炎天』

 一撃目で相手の腕をかち上げ、防御を無意味とさせ、二撃目で止めを刺す必殺の型。

 受けられるはずのない二撃目を、先生は柄の部分で受け止めていた。

 

 馬鹿な。完全に不意を突いた筈……!?

 

「やはり……貴様……既に視えて……」

 

「す、凄いです先生! 初見の技ですら完全に対応するなんて! 先生は神通力にも精通しているのですか!?」

 

「……」

 

「そして先生!? 先ほどから視界が変なのです! 子供の頃、何故か人の体が透けて見えた事が有りました! それと同じように先生の体が透けて見えるのです!」

 

「……」

 

 ビキリと、先生から怒りの匂いが増したように見える。

 

「先生!? お怒りなのですか!? はっ、そうか! やはり先生の事ですから、これくらい生まれし頃より使えという事なのでしょうか!? 申し訳ありません! 至らぬ弟子で!」

 

 ビキビキと、なんだか先生の刀が脈打ってるような感じがする。

 

「せ、先生──」

 

「お前……お前はもう……黙れ……これ以上口を開くな……」

 

 ビキビキと青筋を立てている先生の顔は、今までに見た事ない程にお怒りの表情をしていた。

 な、何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。

 

「……」

 

 いや、少し気を昂らせ過ぎたのかもしない。このように昂った状態では知らず知らずのうちに先生に無礼を働いてしまっていたのかもしれない。

 でも私は、人生でも最高に近い程の昂りを、抑える事が出来なかった。

 

 死に際に体験した姉との会話。

 あの走馬燈の姉が、本当の姉なのかは分からない。私の妄想が作り出した虚像なのかもしれない。

 

 でも。

 私の心は今、とても晴れやかだ。

 姉。私は今、自分の心のままに生きています。

 姉の想いをこの胸に抱いて、姉と共に空を見上げているのです。

 

 折れた刀を更に強く握り直し、私は構える。

 

「──行きます!」

 

 先生の言いつけを早速破りながら……私は呼吸の型を使った──。

 





(急に始まる! コソコソ噂話!)ノ”

弟子は崖から落ちて呼吸を使えるようになるまでは非常に虚弱で今にも死にそうな幼子でした。崖から落ちていなければもっと早くに死んでいたでしょう。
崖から落ちる事故はまさしく神々の寵愛でした。黒死牟先生の言葉には何の間違いも無かったという事ですね。
神に感謝!

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