黒死牟殿の弟子   作:かいな

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第十二話

 首から血が噴き出る。

 平静が足元から瓦解する感覚。忌むべき、そして懐かしき感覚。

 

 四百年ぶりの……縁壱との邂逅を最後に、久しく味わう事のなかった感覚だ。

 だがこいつは……我が弟子は縁壱とは違う。

 

「空の呼吸──」

 

「月の呼吸──」

 

 あの時力尽きた縁壱とは違い、全盛を控え、未だ成長途中の化物。我が弟子は折れた刀を振り上げ、止めとばかりに踏み込んでくる。

 

 先ほどの一撃。こいつの刀が折れていなければ、私の首を両断せしめていた。

 私を……『上弦の壱』を超えるほどの速度。そして我が肉体から作り出した刀を意にも介さず切り込んでくる強靭な肉体。それでもまだ体が完成しきっていない。

 一体どういう理屈だと言うのだ。筋肉も何も足りていないだろう。道理に合わぬ!

 

「弐ノ型『蒼穹無欠』!!」

 

「弐ノ型『珠華ノ弄月』」

 

 互いに血を吹き出す。私の振り上げと弟子の振り下ろしが衝突し、星が散る。

 

「月の呼吸 参ノ型『厭忌月・銷り』」

 

「っ!?」

 

 しかし間髪入れずに呼吸を行う。

 『厭忌月・銷り』。挟み込むように生み出される月。その合間に挟まれた弟子は一瞬ではあったが行動を制限される。

 

「月の呼吸 陸ノ型『常夜孤月・無間』」

 

 そして瞬時に月を展開させる。進退窮まる状況。

 どうする……?

 

「──空の呼吸 参ノ型『逢魔陽光・無間』!」

 

 すると先ほど使って来た謎の型を使いだした。

 視界に映るものすべてを切り刻むと言わんばかりの連撃。

 事実その技で縦横無尽に展開されていた月を全て破壊しつくした。

 辺りに砂塵が舞う。

 しかもそれだけでは終わらない。

 

「空の呼吸 肆ノ型『夜天・宵の口』!」

 

 先ほどの参ノ型の速度を一点に集中させたかのような速度の突き。

 恐るべき技だ。

 

「……しかしまだ……未熟……」

 

 弟子が踏み込んだ瞬間、弟子の体の至る所から血が噴き出る。

 速いだけの技など、いくらでも対処できる。その初動で潰せばよいのだ。

 

 既に型の傾向は読み取った。後はそれを基に積んでいけば良い。

 

 ──四百年の研鑽。それは全て縁壱へと至るためのもの。その領域に近いとはいえ()()()()()()()()()弟子の攻撃に合わせる程度は造作もない。

 

「ぐふっ──!?」

 

 弟子がたたらを踏む。

 弟子が動きを変えてから初めて見せた明確な隙。

 

 次で……終わらせる。

 

 私は──。

 

「せんせい──」

 

「──」

 

 今にも死にそうな弟子の声に、動きを止めてしまった。

 

「やはり先生は……凄いお方だ」

 

 弟子の言葉が耳朶に響くたび、湧いて出る感情が有った。

 しかしその感情に動揺はなかった。

 経験が有ったからだ。

 

「だから私の……全身全霊をもって……この試合を……終わらせます」

 

 弟子も同じ思いだったのか、そのような事を口にする。

 直後。弟子の放つ威圧感が変わる。

 

 それは、まるで()()()の再来だった。

 

「──空の呼吸 ()()

 

 両肩にのしかかる重圧は岩の如し。死に掛けだと言うのに、その構えに一分の隙も無い。

 ()()弟子は進化した。まず間違いなく──縁壱の領域まで。

 

 先程の皮算用があっさりと崩れ落ちる。

 

「……」

 

 奥義だと……? 最早乾いた笑いすら零れそうだ。

 たった二か月かそこらで呼吸法を確立させ。更には奥義を開眼するなど……。

 

「……」

 

 ……ならばこちらも抜かねば──無作法というもの。

 

「月の呼吸 ()()──」

 

 あの時……縁壱との最後の邂逅の折、放つことが敵わなかった我が奥義の構え。

 

 弟子よ。我が奥義にてお前の奥義を──。

 

「……」

 

 そこで気づいた。

 弟子の痣の形。

 弟子の構え。

 それはまるで()()()()()()()()()()だった。

 

「──()()()()()()()()()()()』」

 

「──()()()()()()()()()()』」

 

 

 

 

 

 

 在りし日の事。

 私は我らの技術の継承の絶望的状況を憂い、縁壱と論議していた。

 

──後継をどうするつもりだ。

 

──我らに匹敵する実力者がいない。呼吸術の継承が絶望的だ。

 

──極めた技が途絶えてしまうぞ。

 

 そう問い詰めてみると、縁壱は信じられぬことを言いだした。

 

「兄上。私達はそれほど大そうなものではない。長い長い人の歴史のほんの一欠片」

 

「私達の才覚をしのぐ者が今この瞬間にも産声を上げている。彼らがまた同じ場所にたどり着く」

 

「何の心配もいらぬ。私達は何時でも安心して人生の幕を引けばいい」

 

「浮き立つような気持ちになりませんか──兄上」

 

「いつか。これから生まれてくる子供たちが──私達を超えて……更なる高みへと上り詰めていくんだ」

 

 お前は本当に楽しそうに、うっすらと笑みすら浮かべながら宣った。

 それは──私達の世代こそが特別だと信じて疑っていなかった私には、楽観視としか言いようのない言分だった。

 

 縁壱。()はお前がそう言って笑うたび、気色の悪さと苛立ちで吐き気がした。

 

「……」

 

 何が面白いと言うのだ。

 

 日の呼吸の使い手でも無いと言うのに、さも当然のように教えてすらない日の呼吸やそれに連なる呼吸を使い。

 

 その刃を赤く染め。

 

 一年程度しか鍛錬を積んでいない子供が──四百年の研鑽を積んだ俺に追いすがるなど──。

 

「……」

 

 血が舞い。意識が遠退く。忸怩たる思いで心があふれそうになる。

 足が折れ、血にひれ伏しそうになる。だが──まだだ。弟子の首元に刃を引っ込めた自身の刀を打ち付け、気絶させる。

 

「……」

 

 一歩、届かなかった。

 こいつの奥義は私の奥義よりも早く……私の首を斬り裂いた。綺麗な切り口だ。しかし鬼である私の体は醜くもその傷跡を治そうとする。

 

 だが……身体は崩壊を始めた。

 

 もう私は負けているのだ。

 

「……」

 

 いや……私は、()としてはずっと前から負けている。

 何百年も、醜い化け物になりながら生きあがき……挙句に怪しげな術を使い、それを技と言い張る。無辜の民を食べ、多くの罪のない人を殺し生き永らえる。

 

 生き恥。

 

 私がなりたかった侍の俺は、とっくに死んでいた。

 生き恥を晒し生き延びていたのは空虚な黒死牟(おれ)だ。

 

「……」

 

 身体が崩れ落ちる。こいつに今の私の姿は見せられない。初めて鬼を切らせた。どのようになるかなどこいつには分からぬはずだ。

 

 ……こいつの事だ。私が死ぬ瞬間など見せた日には躊躇せず腹を割るだろう。

 弟子に対して、そう言った方向性には全幅の信頼を置いている。

 

「……」

 

 崩れ落ちつつある手で、弟子の頭を撫でてみる。

 思えば……こいつの頭を撫でるのは初めてだ。

 

「……」

 

 すーすーと、死に掛けているというのに寝息を立てていた。

 何も言わねば案外かわいらしい所も有る。起きている時は何故か私に甘噛みしてくるような訳の分からぬ奴だが。

 

 そんな事を思いながら弟子の口に自身の髪を突っ込む。

 以前噛みつかれた時、酩酊したような状態になりながら、こいつは何かの声が聞こえるとのたまった。

 無惨様の声が聞こえたのだ。

 

 恐らく鬼喰いの素質も有るのだろう。鬼を食う者など……と思うが今は都合がいい。

 これでこいつは死なぬ。

 

「……弟子よ……」

 

 生きろ。

 お前は()()

 

 思えばずっとそうだった。

 技に憧れ、その剣技の冴え、美しさを自身のものとしたいと弟子入りする。

 お前は在りし日の私そのものだった。

 

 そして……お前は()()()()()

 

 私は縁壱にはなれなかった。何百年生きようと、その終着点にたどり着く事は出来なかった。

 だがお前は私になるどころか私を超え……縁壱すら成しえなかった事をやり遂げた。

 

 気付けば……俺は久方ぶりに笑顔を浮かべていた。

 死に掛けていると言うのに。今にも死ぬと言うのに。

 

 だというのに、俺の心は何時になく……浮き立っていた。

 

 ああ──そうか。

 

「……お前を残せて……良かった……」

 

 これが……お前が見ていた世界か。

 

 縁壱──。

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