無限城。
鬼舞辻無惨の根城。
そこで、鬼舞辻無惨は一人、震えていた。
「……よくやったぞ。猗窩座、半天狗、玉壺」
その震えは徐々に増していき、次第に笑い声を含むようになっていった。
「くくくっ、はははははっ!! 見つけた! とうとう見つけたぞ奴の弱点!」
全身の血管を脈動させ、一人舞い上がる。
「あの忌々しい日の呼吸の使い手! 奴とあの異常者は! 似ているようで全く違う! 確かに異常者の方が実力は上だが……その分弱点はあの異常者の方が多い!」
鬼舞辻無惨は全身を震わせ、今までにない程の歓喜の表情を浮かべていた。
「所詮『十二鬼月』など、私がいれば幾らでも再建できる。ならば多少の犠牲を払ってでも、あの異常者を完全に葬り去る!」
鳴女! と無惨は虚空に向かって叫ぶ。
「今存在している鬼を全て集めろ。そして……上弦の弐、童磨も召集しろ!」
無惨の声に応えるよう、べんっ、という琵琶の音が鳴り響き、鬼が集められ始める。
「待っていろ異常者め……。私の顔に泥を塗ったことを後悔させてやる」
鬼舞辻無惨。
彼が生まれたのは平安時代の頃。
彼は生まれつき体が弱く、二十歳になる前に死ぬと言われていた。
そんな彼を少しでも生きながらえるように、善良な医者は鬼舞辻に様々な薬を投与した。
無惨を思ってのことである。
しかし改善されない病状に腹を立てた無惨は医者を殺害。
けれども医者の薬が効いていたことに気付いたのは医者を殺して間もなくのことだった。
一見、無惨は強靭な肉体を手に入れたかに思えた。しかし問題があった。
日の光の下を歩けず、栄養となるのは人の肉だけであった。
人の血肉を欲するのは無惨にとっては何の苦にもならなかったが、昼間の行動が制限されるのは無惨にとって屈辱であり怒りが募っていった。
彼は強かった。少なくとも今まで自分を追い詰めてきた者は一人もいなかった。
縁壱という例外を除いて。
縁壱。神に愛された男。
無惨は縁壱によって消えぬトラウマを植え付けられ、また多大な屈辱を味合わせられた。
それは無惨にとって耐えがたき苦痛であった。
二度と、斯様な事があってはならない。もし次の機会があるのであれば、必ずこの無念を晴らすのだと。
無惨は心に決めたのだ。
そして強い鬼を集め、十二鬼月を作り出した。もしまた縁壱のような例外が現れても良いようにと。
この制度はあまり上手く機能しなかったが……今、当初の目的である例外への対処は最低限こなせている。
無論無惨に苛立ちはあったが……弟子の弱点を見つけることができ、気分が良かった彼はそれを許した。
「鳴女! 状況はどうだ!」
「はい。既に鬼が約千体と、十二鬼月の童磨様がいらっしゃいました」
「そうか……では、その千体の鬼を私の元に呼べ。少々細工を施す」
「承りました」
べべんっという琵琶の音が鳴る。
無惨は何時になく猛っていた。
(待っていろ異常者……貴様は既に上弦の鬼との戦闘を経て、多少なりとも体力が削れている。つまり今が攻め時だ! 貴様は今日、ここで殺す!)
唐突に集められた鬼達。
そして目の前にいる興奮気味の無惨。
いきなりの事に鬼たちは困惑していた。
「お前たち……お前たちは運がいい。今日の私は非常に気分がいいのでな……」
そう言いつつ、無惨は大量の鬼たちに手を向けた。
「血をくれてやる。大量にな。お前たちは──この血の量に耐えられるかな?」
◇
猗窩座さん……。
「結局……友達にはなれなかった」
消えていった上弦の鬼。
猗窩座。
彼は不思議な人だった。戦っている時も、戦う前も。一度だって私に殺意を向けることが無かったのだから。
本気の彼との戦いだったら、私も手傷を負っていたかもしれない。
「……よし! とりあえず、上弦の鬼の方々は多分これで殆ど倒した! 後は上弦の弐さんだけだな!」
死んだ人は帰らない。
死んでしまった人の意思を持っていけるのは生きている人だけなのだ。
鬼舞辻無惨さん。
まさかこれほど長い付き合いになるとは思わなかったけど……もう結構な所まで追い詰めた筈。
「頑張るぞ──!?」
直後、足元に嫌な感触を覚えた。
嫌な感触。そうとしか言いようのない感覚は敵の異常な攻撃を察知してくれたり、何時も私の事を助けてくれた。
私は一も二もなくその場を離れ──日輪刀を構える。
現れたのは障子だった。
これは──。
「あ! 鬼舞辻さんと初めて会った時の!」
じゃあこれって、鬼舞辻さんの所に繋がってるってことかな?
嫌なにおいがプンプンするけど、これはまたとない機会だ。
「突撃──!!」
私は呼吸法を行い、急いで障子の中に突っ込む。もう時間がないのだ。
急いで鬼舞辻さんを倒さないと。
そして障子の中に突っ込み……直後私を襲ったのは濃厚な鬼舞辻さんの匂いだった。
くさい! 申し訳ないけど凄い刺激臭!?
中は次元が捻じ曲がったかのような印象を受ける、城のような場所だった。以前もこんな感じの血鬼術を使う人と戦ったことが有る。
でもここは前に戦った人の家よりも、そこら中から鬼舞辻さんの匂いがする。これじゃ鬼舞辻さんがどこにいるのか──。
「おっ、丁度いい所に居るじゃねぇか。こんなガキなら俺でも殺れるぜ」
「っ──!?」
私は反射的に身を捻らせ、いきなり放たれた攻撃を避ける。
「!? 誰だ!」
「俺はお前を殺して出世したいんだよ。出世すりゃあ鬼舞辻様から支給される血も多くなるからな」
「……?」
「集められた鬼の殆どが鬼舞辻様から血を頂き、下弦並みの力を持たせられたが殆ど理性を失っちまってる。だが理性を失わず血に適応できた俺はさっさとお前を殺して上弦になるぜ」
凄い説明してくる。
誰なんだ彼は。
「あの!? 君は誰なんだい!?」
「俺は鬼舞辻様から名前までいただいた。名を──
「そうですか! 私は黒死牟先生の弟子だ!!」
「待て、抜け駆けするとはずるいぞ。俺も混ぜろ」
「え?」
と、またもや誰かがこちらに歩いてきた。
なんなんだ!?
頭に腕を生やしてるぞあの人!?
「俺の名は
「そ、そうですか! 私は──」
「まて俺も混ぜろ。丁度いいくらいの女だ」
また来た! 今度は三兄弟?
「落ち着け俺よ。そいつ、本当に女か?」
「ギギギギギギ!!」
「まあいいか。そういう日もある。そうだ、お前も自分を殺す相手の名くらいは知りたいだろう。俺は──」
な、なんか凄い集まってきてる!
しかもみんな名乗る気満々だ!
私は慄いた。
これ全部名乗り返さなきゃいけないのか……?
◇
先ほどの彼らを倒した後、私は鬼を倒しながらこの城を駆け巡っていた。
「……」
すると……一つ、異様な雰囲気を放つ部屋が有った。
もしかしたら……鬼舞辻さんの部屋かもしれない。
「あれぇ? もう来たんだ」
しかし。部屋に入って見れば、そこに居たのは鬼舞辻さんではなかった。
だけど。
「ちょ、ちょっと待ってね! 今すぐこの子たち食べちゃうから!」
そう言って、私の前で悠々と人の死体を食らいつくし……血まみれのままこちらを振り返った。
今まで倒してきた急造の鬼とは格が違う存在が、そこに居た。
彼の目に刻まれている数字は……弐。
上弦の弐だ。
「やぁやぁ。俺は童磨。良い夜だねぇ」
「どうも! 黒死牟先生の弟子です!」
「ははは。元気が有ってかわいいね。そうだ! 俺とお茶でもしない?」
なんだこの人。
私は引いた。
別にお茶云々は良い。ご一緒してもいいとは思う。
でも、彼から何の感情の匂いも感じられなかった。しかし嘘の音も聞こえない。
薄気味が悪い。この人が何を考えているのかが全く理解できない。
彼は今までにない印象の鬼だった。
鬼の人も大抵は感情を持っている。理性を無くしている人だって、飢えているから人を食べたいという感情はあった。
でもこの人からは何も感じない。鬼の元は人だ。でもこの人は本当に人だったのかな。
「心にもない事を笑顔で言うんですね! 虚しくないですか!?」
「えっ!? 酷いこと言うなぁ~! 虚しくなんて無いよ!」
「何でそんな嘘を言うんですか!? 嘘を言わないでください! 何にも響いてないくせに!」
「えぇ~? 酷いなぁ……何で、そういうこと言うのかなぁ?」
童磨さんは、手に持っていた扇を閉じたかと思うと、目を細めながらそう言った。
しかし、それでも彼の感情は何ら揺らいでいない。
「ほらまた! 人の振りをしてる! 童磨さん! 何も感じてないし思ってもないのにそんなことしても意味ないですよ!」
「……俺、君の事嫌いになりそうだ。君みたいに酷い事を言う子は初めて……ん?」
と、童磨さんは細めていた目を更に細めて、私の事を不躾にじろじろと見てきた。
気色が悪い。彼には興味という感情だけはあるそうだ。
「あれ? あれれ? 君、なんかおかしくない? 女の子だと思ったけど……」
不躾な視線を向けてきたかと思うと、いきなり彼は驚いた風にワッと言って見せた。
「わあ! 君性別が無いんだね!? 初めて見たよそんな人!」
「……」
「えぇ~!? こういう場合って、君はどっちの方が好きなのかな?」
彼は失礼なことを言い出してきた。
何を言っているんだこの人は。
「あ、でも! 自分の事私って言ってるくらいだし、男の人の方が好きなのかな!? わぁ! 君の事嫌いになっちゃったけど、興味が湧いてきた! 是非喰ってみたい!」
彼のその、人の事など一切考えない物の言い様に……私は嫌悪感が湧いてきた。
「……なんでそんな失礼で不躾なことを言えるのかな。私が好きになるのは優しい人だけだよ。童磨さん。私、貴方とは初対面だけど既に嫌いだ」
「あはは! じゃあ俺達お揃いだ!」
彼はそう言って、扇を開いた。
「……」
「……」
そして互いに無言のまま、戦闘が始まった。