黒死牟殿の弟子   作:かいな

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第十八話

 童磨と弟子の戦いは──苛烈を極めた。

 

血鬼術・結晶ノ御子

 

空の呼吸 漆ノ型『青天霹靂』

 

 童磨の血鬼術、結晶ノ御子によって生み出される小さな童磨の形をした人形は、一つ一つが童磨本体と同等の力を持つ。

 それを童磨は一呼吸の間に十体ほど生み出し──弟子はそのほとんどを一太刀のもとに切り捨てる。

 

「ははは! 情報通りの凄い身体能力だ! 鬼以上じゃないか! 君は化物だよ!!」

 

「そちらこそ! さっきから辺りを舞ってる氷の礫がひんやりしてて気持ちいいですね!! どんな意味があるのかな!?」

 

 何より合間合間に放たれる舌戦は互いにノーガードでの戦いになっていた。

 

「普通それを吸い込んだら肺胞が壊死するはずなんだけど……おかしいねぇ……やっぱり君の体は化物だ!!」

 

「さっきから人を化物化物と……失礼だとは思わないんですか!? 多分ですけど友達いませんよね!? そんなんだから嫌われるんですよ!!」

 

「まさか! 俺は上弦の皆とは凄い仲が良かったんだぜ! 当然黒死牟殿とも!」

 

「貴方みたいな共感性の欠片もない人と先生が友達になるはずないじゃないですか! 人の心が分からないうえに頭も悪いとか致命的!!」

 

「君が殺したんだぜ! 黒死牟殿や俺の友達全員! 一番の友達だった猗窩座殿も君が殺した! 俺は泣いたよ!」

 

「すぐにばれる嘘が好きですね! 友達を殺されたというのに私に何の感情も抱いてないじゃないですか!」

 

 彼らは笑顔で斬り合いながら、互いに罵倒しあっている。

 もしこの状況を誰かが見たらこう思うだろう。

 狂っている、と。

 

 

「……」

 

 何やってるんだ……童磨……。

 私は童磨の視界を覗いてあの異常者との戦いを観察していたのだが……やはりこいつらは頭がおかしい。

 

 上弦の弐、童磨。

 私は奴が嫌いだ。

 奴は鬼になってから一度だって私に考えを読み解かせない。

 ……いや、正確には何の感情も抱いていないのだ。

 

 奴は本来人が抱くべき感情というものが欠如している。

 だから奴は例え笑顔を浮かべていようともその心のうちは一切喜んでなどいないし、表面上は怒って見せようと心の中はいたって平静のままなのだ。

 

 おぞましい。

 

「だが……良いぞ童磨。貴様はよくやっている。当初の作戦通り……そこで時間を稼げ」

 

 しかし今回ばかりは奴の実力の高さを評価してやる。

 私は奴が嫌いだ。しかし、ならばなぜ奴を上弦の弐などに置いているのか。

 それはひとえに、奴の実力の高さを評価してのことだ。

 

 あの異常者が戦闘を始めてそろそろ十分が過ぎようとしていた。

 そろそろだ。そろそろ奴の実力が……()()()()()()()

 

 そして私の推測の通りに、あの異常者はその速度を更に上げていった──。

 

 

 やはり……情報通り調()()()()()()()()

 猗窩座殿が言っていた通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして──。

 

「空の呼吸──」

 

 その手に持つ日輪刀も色を変える。赤い色に変化する。

 それが一体どういう意味を持つのかは分からないけど……大技が来るというのだけは分かる。

 

「血鬼術・結晶ノ御子」

 

 俺は大量に自身と同等の氷人形を作りだし……そいつらに命ずる。

 

血鬼術・粉凍り

血鬼術・蓮葉氷

血鬼術・蔓蓮華

血鬼術・霧氷・睡蓮菩薩

血鬼術・枯園垂り

血鬼術・凍て曇

血鬼術・寒烈の白姫

血鬼術・冬ざれ氷柱

血鬼術・散り蓮華

血鬼術・霧氷・睡蓮菩薩

血鬼術・霧氷・睡蓮菩薩

血鬼術────。

 

 大量の血鬼術の展開。

 直後、世界に幾つもの菩薩が舞い降り、粉雪、氷、氷柱が空間を埋め尽くす。

 単純な質量による圧殺すら可能とする大量展開。どう対処してくるかな?

 あの子供は──。

 

「参ノ型・改『逢魔陽光・無間煉獄』」

 

 一瞬のうちにすべてを切り捨てた。

 わあ。

 そんなことまで出来ちゃうのか。

 

 崩れ去る大量の氷。その隙間を縫って、あの子供はこちらに肉薄してくる。

 不味いなぁ。

 俺は猗窩座殿や無惨様とは違って、きっと……首を斬られたらあっさり死んでしまうからなぁ。

 

 彼……彼女? は感情が欠落した表情で刀をこちらに振ってくる。

 しかしそんな表情とは裏腹に……その攻撃全てに全身全霊を籠められている。

 

「……」

 

 なんで……なんで君は、そんなに必死なのかなぁ。

 

 

 俺は子供のころから優しかったし賢かった。

 だから可哀そうな人たちを何時だって助けて上げたし幸せにしてあげた。それが俺の使命だから。

 

「この子の瞳には虹がある。白椿の頭髪は無垢な証。この子は特別な子だ」

 

「きっと神の声が聞こえてるわ」

 

 俺の親の頭の鈍さは絶望的だった。

 そうでなければつまらない宗教なんて作れないだろうけど。

 

 俺は両親の事が本当に、本当に可哀想でならなかった。

 だから何時だって話を合わせてあげた。神の声など一度も聞いたことが無いけど。

 

 初めは、子供の俺によってたかってすがってくる大人たちに困惑した。

 頭は大丈夫かと問いたくなった。

 

 そして、決まって彼らは欠伸の出るような身の上話をした後、どうか極楽に導いてほしいと頭を下げるのだ。

 俺は泣いた。

 可哀そうに。極楽なんて存在しないんだよ。人間が妄想して創作したお釈迦話なんだ。

 

 そんな簡単なことが……彼らは何十年も生きていて気付かないんだ。

 気の毒な人たちを幸せにしてあげたい。助けてあげたい。そのために俺は生まれてきたんだ。

 

 ──でも、何故だろう。

 

 俺は今、死のうとしている。

 なのに全く、それに抵抗する気になれない。

 なんで? 俺が死んだら……これ以上人を救えなくなってしまう。ここで死んだら、俺が死んだ後に生まれた人たちはどうするというんだ? 彼らはきっと救われない。ずっと暗闇の中を生きることになる。

 なのに……。

 

 首筋に刀が当たる。

 

 なのになぜ。

 俺と……俺ととても良く似た、けれど全く逆の道を進んでいる『君』の攻撃を……よける気にはなれないんだ。

 

 首が刎ねられ……視界が転がる。

 

「……」

 

 そうだ。俺も無惨様や猗窩座殿みたいに……は、無理か。

 身体が崩れてきちゃったや。

 

「ねぇ」

 

「なに」

 

「なんで君は、そんなに必死なの? 君は俺と……同じように見えるのに」

 

 死に際。俺はどうしても気になって、そんなことを聞いてみた。

 

「……」

 

 しかし、君は口を開かなかった。

 そうか。まぁ答える義務なんて無いだろうし──。

 

「私には黒死牟先生と姉が居た」

 

 君はいきなり訳の分からないことを言い出した。

 なにそれ。

 

「?」

 

「とても大事な人。好きな人。貴方にはそういう人、いる?」

 

「……居ないかな」

 

「自分も?」

 

「……」

 

 自分……自分か。

 そう言われて初めて、ああ確かに、なんて思ってしまった。

 もうこれが致命的だ。俺は自分の事すらなんとも思っていなかった。

 

「成し遂げたい事は?」

 

「うーん……人を助けたいなぁ、くらいかな」

 

 そう言ってみると、君は至極納得したような顔をこちらに向けてきた。

 

「たぶん童磨さんは……何においても本気じゃないんだよ」

 

「……」

 

「貴方が成し遂げたいと思う人助けだって、結局本気じゃない。本気じゃないから必死になれない。結局それに尽きるよ」

 

 ちょっとムッとする。酷い言いがかりだぜ。

 

「……そう? 俺は結構、人助けに全力で当たったぜ?」

 

「貴方のそれは妥協でしょ?」

 

 ちょっとだけギクッとしたような気分になる。

 

「何も思わないから、とりあえず人を救ってみる。何も思わないから、何となくにしか物事に当たれない」

 

「……」

 

「……悲しい人だね」

 

「……」

 

 もう口まで崩れてしまっている。

 だから君の言い分に反論できない。

 俺は言い返してやりたい気持ちで一杯になるけど、無理だった。

 結局今のも本気じゃないから。

 

「……私もそうだった。心が欠けたように空と姉以外に感情を持てなかった。自分の事だってなんとも思っていなかった」

 

「……」

 

「でも……黒死牟先生と出会ってから、私は本当に変わった。欠けた心が満たされるように、憧れが湧いてきた」

 

「……」

 

「……だから童磨さん」

 

 もう既に視界の半分も消え去った。

 君は……嫌いと罵った筈の俺に、まるで天使のような慈愛の表情を向けて、こういった。

 

「次に生まれ変わったら……恋をしましょう。例え心が欠けていても……それを満たせるくらいの、大きな恋を」

 

「……」

 

 俺の親は本当に馬鹿だ。神や仏なんて居ないのに、俺が神の声を聴くことが出来ると信じて疑わなかった。

 気の毒で仕方がない人たちだ。

 

「……」

 

 でも──。

 

 俺も、天使が居ることだけは……信じてみたくなった。

 

「──早く逃げた方がいいぜ?」

 

「えっ!?」

 

「俺は君が嫌いだ。このまま一緒に死んで……一緒に極楽に行く羽目になるのは嫌だから、伝えるよ」

 

「……」

 

「俺が死んだら大量の爆薬に火が付くようになっている。早く逃げなよ俺が死ぬ前に」

 

「童磨さん……貴方は……」

 

 君はそこまで言いかけた所で、口をつぐむ。

 そして軽く一礼したかと思うと、すぐにこの部屋を出ていった。

 

「……」

 

 あーあ。敵を助けるとか何をしているんだろう。

 俺が嫌いな愚かな行動だ。

 まぁでも。

 

「……」

 

 不思議と心は、満たされていた。

 

 

「……何やってるんだ……童磨ァァァ!!!」

 

 思わず激昂する。

 あの馬鹿めが。何故最後の最後に奴を逃がすような真似を……!

 

「……ふん。まあいい。どうせまだ罠はある」

 

 奴の弱点……それはあの、定期的に調子を上げてくる独特な呼吸術にある。

 およそ()()()。それで一度、奴の戦闘能力は絶頂を迎える。

 太陽の様に奴の気性も荒くなる状態。

 

 そして更に()()()

 時間が経過していくと奴はまた別の側面を見せてくる。

 あの黒死牟の様に……月の様に奴は静かになる状態。

 

 この二つの状態が奴の実力の絶頂期。

 この二つの状態では……恐らく縁壱すら超えるだろう。

 

 つまりだ。

 それ以外の状態では奴の実力はぐっと低下する。

 

「……鳴女!」

 

 私は鳴女に指示を出し、奴を罠へといざなう。

 今の異常者は『太陽』の状態を超え、『月』へと至ろうとしている。

 その狭間がねらい目だ。

 

「私手ずから作り上げた罠の数々……とくと味わうがいい、異常者め」

 

 私が作り上げた罠は八つ。

 

 三百六十度全てから私の血が付与された刃が飛び出てくる部屋。

 下弦並みの力を持たせた鬼と、私の血に適応し上弦並みの力を持つに至った鬼たちが大量に詰められた部屋。

 三百六十度全てから熱された刃や、毒の霧が押し寄せてくる部屋。

 絶対に壊れない壁が押し寄せてくる部屋。

 入ったが最後、熱湯で満たされる部屋。

 入ったが最後、炎で満たされる部屋。

 廊下の前後を繋げ、延々とその場に拘束される道。

 

 童磨の部屋に仕掛けた爆弾は不発に終わってしまったが……まだ罠は七つもある。

 

「ふんっ、己のやった事を精々悔いるがいい」

 

 私までの道は、必ずその罠が有る部屋を通らねばならない。

 私は異常者討伐の伝令を待った。

 

 

 部屋の障子が開く。

 討伐の伝令か? そう思ったが……違った。

 

「……馬鹿な」

 

「お久しぶりです! 鬼舞辻さん!」

 

 奴は全身をずぶぬれにさせながら部屋の障子を開いた。

 

「……なぜ生きている? ここに来るには罠が有る部屋を超えねばならないというのに……!」

 

「凄い大変でしたが! 全部突破してきましたよ!!」

 

「ふざけるな! そんなことなどありえない……!」

 

「え、でも……」

 

「炎や水の部屋は……毒の霧の部屋はどうした! 人間は絶対に生きて帰れないよう設計した筈だ!!」

 

「この服は燃えづらい素材でできてますので燃えません!」

 

 は? そんなことは聞いていないのだが。

 

「顔は生身だろうが……!」

 

「炎も水も肺に入れなければ安泰です!」

 

 何を言っているんだこいつは。

 おかしい。全て能力が半減したような状態で突破できるはずがない。

 有り得ぬ。道理が通らぬ。本当に人間か?

 何故お前のような奴が現れる。頼むから生まれてこないでくれ。世界の理が崩れる。

 

「鬼舞辻さん! 遅くなりましたが、その首切らせてもらいます!」

 

「ま、まて……! 鳴女! 鳴女は……!」

 

「鳴女……? 彼女さんでしょうか。そうですね。最後に恋人に祈る事くらいは許します」

 

 なんて傲慢な事を言っているんだこいつは。

 それよりもだ。

 おかしい、鳴女からの反応が……!

 

「……お前、琵琶の女はどうした?」

 

「え……? あの人、鬼舞辻さんの恋人だったんですか……?」

 

 その反応で、既に鳴女がこの世に居ないことに気付いてしまった。

 

「……なんか、すみません。でもあの人からも凄い血の匂いがしていたので……あの世ですぐ会わせてあげますよ」

 

「っ……!?」

 

 私は。

 

「空の呼吸──」

 

 私は──!!

 

 


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