随分と暖かくなってきた。
それもそうか。もう夏になる。
俺は木を切り倒し、額の汗を拭いながらそんな事を考える。
「兄ちゃん! また鴉来てるよ!」
「──ん?」
と、後ろから声を掛けられる。
振り返れば、竹雄が年老いた鴉を抱きながら此方に駆けてきている。
「また義勇からだって!」
「ああ。ありがとう竹雄。ちょっと兄ちゃん、この手紙を読んでるから、出来る範囲で良いから木を斬っといてくれないか?」
「任せとけ!」
竹雄は俺の手から斧をひったくって、木を斬り始めた。
最近、竹雄も仕事を出来る様になってきて助かるなぁ。もう少し経てば、俺が居なくなっても家の仕事は大丈夫になるなぁ。
そんな取り留めのない事を考えながら、俺は手紙を開いた。
◇
木漏れ日が差し込む冨岡家にて、男は一人朗々と語りだす。
「ルプスレクス……狼の王か。そうだな、狼とは群れるもの。私には出来ぬ生き方だ。ここまでのようだな。さらばだ、鉄華団……」
「……何をやっているんですか? 冨岡さん」
「──む……胡蝶か」
どこか威圧感すら感じる口調から一転、何時も通りの何を考えているか分からない天然な冨岡へと戻っていった。
そんな、どこか既視感を覚える光景にしのぶは微妙な表情を浮かべる。
義勇はしのぶのその微妙な表情を見て何を思ったのか、何かを差し出してきた。
既視感に苛まれつつ、しのぶは本を受け取る。
「……火星の王? あの、義勇さん。これは──」
以前の謎の洋書のように、またどこかから仕入れた本なのだろうか。あまり聞いたことが無い題名に、思わず呟いたしのぶ。
しかしそれは悪手。
しのぶはすぐにしまったと思った。
「あれは確か三日前……そう、夏の訪れを感じさせる温かい風が吹く夜の事。俺が店に出向くと──」
「そんな所からまた延々と話すつもりですか?」
「……」
危ない。また長々と先程の台詞に至った理由を語られるところだった。
しのぶはここ数日義勇の大量の語りに付き合わされているという苦痛を思い出し顔を顰めそうになる。
──義勇は今、お館様と元柱の宇随から語りの修行を受けている。
その最中にて、宇随からこんな事を言われていた。
『語りが下手とか上手いとかそういう次元の話じゃねぇ。とにかくお前は思っている事全部一から十まで喋るようにしろ』
それは義勇が今の状態で足掻こうが、そもそも語るという次元にすら到達しないという師からの残酷な答えであった。
しかし義勇はめげる事なくただひたむきに語り続ける。
その様な経緯の中、義勇は事の始まりから今に至るまでの全てを語るようになったのだ。
「……」
そしてその被害に見舞われてばかりなのが何を隠そうしのぶだった。
そう。あの日、義勇が作る劇の主演をやると決めたあの日からずっと。
しのぶは業務連絡、演技の練習、等々諸々の理由でずっと、義勇の延々と続く会話に付き合わされていたのだ。
しのぶはジトッとした目で義勇を見つめる。
流石に一つの事を聞くために毎度毎度聞いていないことまで全部話されては困るというもの。
そんなしのぶの視線を知ってか知らずか、義勇はどこか物寂しそうな雰囲気で本を見つめていた。
「また発声練習ですか?」
「……いや、これは演技の練習だ。なかなかこの男の心情を表すのは難しい」
この男、とは先ほどまで義勇が演じていたこの小説の登場人物だろう。
「……」
しかし何故そんな意味深な表情で本を見つめるのだろう。
そう言う態度を取られると先程まで彼が演じていた男の事が気になって来る。
そう思うしのぶではあったが、しかしここでその事を聞こうものなら今日一日が冨岡義勇の『火星の王』朗読会で潰れてしまう。
気にはなるので後で貸してもらおう。そう心に決めつつ、しのぶは義勇に話を促した。
「それで冨岡さん。態々家まで呼び出して何の用ですか?」
聞いてみると、義勇はその表情を何時もの無表情なものに戻して語りだす。
「……胡蝶。お前に会って欲しい人がいる」
「……はぁ。ちなみにそれってどこまで行くつもりで? 一応言われた通りに旅の準備はしてきてありますけど」
そう言ってしのぶは、手に持っていた着替え一式が入った鞄を掲げて見せた。
義勇からの手紙には、旅の準備をして家まで来て欲しいとしか書かれていなかった。
何故こう毎度毎度手紙には何も重要な事を書かないのだろう。
今まで彼と文通などした事が無かった為知らなかったが、彼は手紙でも寡黙なのか?
しのぶが言葉には出さず心の中で愚痴っていると、義勇は実に重々しく口を開いた。
「……『この国一番の侍』。彼の物語の全てを知る少年……竈門炭治郎君に会いに行く」
◇
「……」
「……」
道中、彼は何時にも増して黙り込んでいる。
……いや、違うか。最近はぺらぺらと喋る事が多いので、ここまで黙り込むのは珍しい。
その彼の態度も合わせて、疑問に思った事が私の口をついて出た。
「……あの、冨岡さん?」
「……なんだ」
「竈門炭治郎くん……でしたか。私に会わせたい人というのは」
「そうだ」
「……」
「……」
会話が終わってしまった。
最近の冨岡さんならばここぞとばかりに語り始めると言うのに。
今までとは違う冨岡さんに不信感を抱く。
私には疑問があった。
竈門炭治郎くん。彼とその家族は鬼による最後の被害者にして、無惨の最後と『あの侍』の最期を看取った、冨岡さん以外の唯一の存在。
特に竈門炭治郎くんは彼以外の唯一の生き証人。故に、彼らの一家に対する諸々の説明や保護等は完了しているが、まだ産屋敷家は竈門家と交流を持っている。
そして、冨岡さんもまた竈門家と交流を図っているという。しかしそれは当然のようにも思える。
何故なら、冨岡さんを除いて唯一『この国一番の侍』と話したことが有る家なのだから。
だから、冨岡さんが竈門家まで行くと言うのは分かる。
しかし──。
「あの、それで何故私が冨岡さんに付いていかなければいけないんですか……?」
「──それは」
そう言って冨岡さんが口を開こうとした、その時だった。
「あれ……? もしかして、冨岡さんですか……!?」
前方から声を掛けられた。
額に大きく痣が有るが、素朴な出で立ちの素直そうな少年だ。
彼は──。
「久しぶりだ。炭治郎くん」
◇
「すみません……。炭を一緒に売ってもらっちゃって」
「気にするな。炭治郎くんの仕事の方が優先だ」
「ありがとうございます! ……あの、それでこの人は……?」
「彼女は胡蝶……しのぶだ。手紙に書いておいた、黒死牟の弟子役だ」
「あ!
「……初めまして。胡蝶しのぶです」
何だろう。
「じゃあ家まで案内します! 何も無い所ですけど、ゆっくりしていってください!」
「ありがとう。世話になる」
「……」
この違和感。
いや違和感どころじゃない。
あれ……?
何? この置いてけぼり感は……。話を聞く限り文通での事を言っているみたいだけど、何?
さっきまでの無言は一体何だったんだ?
何だろうこの釈然としない感じ。
「あの、冨岡さん? それで、何で私が付いてくる必要が有ったんですか?」
「ああ、そうだった。──胡蝶」
痺れを切らして、もう一度聞いてみた。
「炭治郎くんに演技を見せて欲しい」
「演技……って、黒死牟の弟子の演技ですよね?」
「そうだ。炭治郎くんは俺よりも長い時間『この国一番の侍』と接していた。ずっと彼について詳しい」
「ああ……なるほど。要は演技指導のため、という事ですか」
「──そうなる」
ようやく合点がいった。確かに炭治郎くん以上に、黒死牟の弟子役の演技指導が出来る人間は居ないだろう。
しかし何でそんな話せばすぐに伝わる事を一々言わずにここまで引きずったんだ?
私達の会話を耳にしてか、先導している炭治郎くんが心配そうな顔で振り返ってきた。
「あの……もしかして、まだ胡蝶さんには伝えてなかったんですか?」
「そうだ。ぶっつけ本番の方がより今の実力に近いものが出せると思ったからだ。しかし胡蝶は毎日練習をしていると聞いている。心配はしていない」
「……」
そう言う問題?
釈然としない思いを抱きつつ、彼と炭治郎くんの後ろを付いていった。
◇
家に付き、落ち着く間もなく演技は始まった。
はっきり言ってまともな準備など出来なかっただろう。なにせ今の今まで、しのぶさんは何で自分がここに連れてこられたのかも知らなかったのだから。
けれどその演技は、正しくお弟子さんそのものだった。
『黒死牟先生! その剣技、感服いたしました! 弟子にしてください!』
「…嫌です…」
正確に言うのであれば、あの時の……お弟子さんの気持ちが高ぶった時そのものだ。
俺ははっきり言って慄いていた。
凄い! 冨岡さんが絶賛していた胡蝶さんは本当に凄い!
そして胡蝶さんの相手として立っている冨岡さんの黒死牟役も中々様になっている。
それに合間合間に挟まれる殺陣も今まで見た事が無い程洗練されていて、実際に鬼と戦った事が有るんじゃないかと思わせる程だ。
というかしのぶさんは鬼殺隊だったらしいので、実際に戦っていたんだけど。
ともかく。
やって欲しかった演技はここまで。けれどこれは予想以上だった。
冨岡さんが絶賛していた理由が分かった。これは確かにはまり役だ!
「……はい! 大丈夫です! 凄いですしのぶさん! まさにお弟子さん! って感じでした!」
「胡蝶……お前は凄い演者だ」
俺に同調して冨岡さんも褒めちぎっている。冨岡さんからは、演技が上手くいったからか安心したかのような匂いがした。
「は、はぁ……」
けれど、俺と冨岡さんの大絶賛を受けたしのぶさんの反応は妙に悪かった。
どうしたんだろう。何か気を悪くさせる事を言ってしまったのだろうか。
そう思っていたが、どうやら俺達に何か聞きたい事が有ったみたいだった。
「あの、ずっと聞きたかったんですけど、本当にこの役って『この国一番の侍』なんですか……?」
「え? はい! お弟子さんは黒死牟さんの前だとそんな感じになっちゃうそうです!」
「は、はぁ……」
俺は記憶を探りながら答える。
でも確かに、俺もお弟子さんが黒死牟さんを前にしたら実際どうなるのかはよく分からないな。
お弟子さんはが言うには、黒死牟さんの前では冷静ではいられないらしいけど。
鬼舞辻無惨と戦ってた時みたいな感じなのかなぁ。
そうして思い返されるのは、感情が高ぶって自信満々なお弟子さんだ。
しのぶさんの演技はその時のお弟子さんにそっくりだ。
「……炭治郎くん。どうだろうか。この胡蝶を主役に据えて劇団を立ち上げるつもりだが」
「はい! 大丈夫だと思います」
「そうか……分かった。ありがとう」
そう言って冨岡さんは軽くお辞儀をした。良かった、これでお弟子さんの願いが叶う足がかりが出来るんだ。
俺は少し感極まって少し涙が出そうになってしまう。
冨岡さんも無表情なまま嬉しい匂いを漂わせていた。凄い器用な事している。
「……劇団?」
しかしそんな俺達を傍目に、困惑した匂いを漂わせたしのぶさんが冨岡さんを見ていた。
「ああ。胡蝶には伝えていなかったな。俺はこの後劇団を立ちあげる。お館様にそうお願いして、人員も確保済みだ」
「……」
「……え? もしかしてそれもまだ伝えてなかったんですか……?」
「ああ」
「……」
「……」
俺としのぶさんは黙り込んでしまった。
えぇ……? 俺はもう、しのぶさんには伝えてあるものだと思い込んでいた。
何故か当の本人というか……主役のしのぶさんがその事を知らされていなかった。
◇
──俺と冨岡さんは、文通や実際に面会してお弟子さんの物語について話していた。
それはお弟子さんに命を救われたものとして、お弟子さんの最後の願いを聞いたものとして、立場は違っても思っていた事は一緒だったから。
そして冨岡さんはずっと真摯にお弟子さんの事を考えていてくれた。それに、何時も送られてくる手紙ではずっと俺達家族の事を気にかけてくれていた。こうして会って見ても、ずっと俺達の事を心配してくれている。そう言う匂いがしている。
冨岡さんは信頼できる人だ。
「──それでこの君が送ってくれた台本なんだが」
「え、あ……な、何か不味い事でも……」
その冨岡さんが、黙り込んでしまったしのぶさんを放置して懐から本を取り出した。俺が送った台本だ。俺がお弟子さんから聞いた事を一言一句違わずに認めた物だ。
どうしたんだろう。何か問題でも有ったのだろうか。困惑の匂いとか、怒っている匂いとかは感じないから変な事では無いと思うけど。
……いやいや! 違うそうじゃない! 冨岡さん! しのぶさん! しのぶさんの事を──!
「俺は問題ないと思ってる。一応の最後の確認だ。この台本で問題はないんだな?」
「……は、はい! 大丈夫です」
「了解した。では今回はこれで失礼する。劇団の件は任せておけ」
しかし冨岡さんはしのぶさんの事など全く気にしていない様子で、全てを締めくくってしまった。
まって! まだ失礼しないで! しのぶさんに何か言ってあげた方が……!
と、俺の焦りを知ってか知らずか……大事なやり取りをするから遠くで見てて? と言っておいた下の兄妹たちが、もう終わったのかとこちらに駆けてきた。
ちょっ!?
「ぎゆー!」
「……」
「ねーあそんでー!!」
「……」
「わーいたかーい!」
「ちょ、ずるいぞ六太!?」
「わ、私も―!」
と、冨岡さん!?
冨岡さんは顔色一つ変える事なく六太や花子、茂と遊んでくれている。
あ、あれぇ?
「お、お前たち! 冨岡さんに失礼だって……!」
「俺の事は気にしなくていい」
「え、ええ……!?」
しかも、どこか楽しそうな匂いを漂わせている。
駄目だ。文通していた時よりも理解が追いつかない。
この人やばい。
どういう気持ちの顔これ。
「……はぁ」
と、後ろからため息が聞こえてきた
言うまでもなくしのぶさんだ。
「あ、あの……」
「……少し周りの景色でも見てきます」
「え……あ」
言うが早いか、しのぶさんはさっと行ってしまった。
ど、どうしよう。しのぶさん……絶対怒ってる。というか怒ってた! そう言う匂いがずっとしていた。家に来た時からずっと。
もしかして……さっきみたいなことをずっとしていたのか冨岡さんは。
だからずっと、しのぶさんは怒ってたのか……?
……冨岡さん……。
良い人だと思うんだけど、なんていうかこう……配慮かな? 配慮が欠けているというか。
「……冨岡さん!」
というかこのままだとしのぶさんが不憫だ。少しは本人の口で説明をしてもらった方がいい。
俺は六太達と遊んでいた義勇さんの手を取った。
「どうした炭治郎くん」
「少しお話があります!」
◇
どうしたと言うのだろう。
少し疎外感を覚えただけだと言うのに。
思わず、またため息を吐いてしまう。
そのため息と同時に燻っていた考えが思い起こされる。
何故、炭治郎くんには諸々全てを教えていたのだろう。
冨岡さんと炭治郎くんは文通をしていると聞いた。
私も冨岡さんに手紙を貰った。けど、その内容は有って無いような物。
何故? 何故そんな差が生まれるの? 同じ内容のものを私に送れば良いだけなのに。
そのちょっとした差に心がささくれ立つのだ。
そしてそこまで考えて、自分がちっぽけな事でいじけているという事に気付いてまた息を吐く。
「……何をしているんでしょうか。私は」
崖の淵に座って、空を見上げる。
綺麗な空だ。『この国一番の侍』もこうして空を見上げたのだろうか。綺麗だと思ったのだろうか。
「──おーい! しのぶさん!!」
「──ん?」
と、空を見上げて考え耽っていると、後ろから声が聞こえてくる。
果たして、振り返ればそこにいたのは炭治郎くんと……冨岡さんだった。
炭治郎くんは私の姿を見て、どこか安心した風に息を吐いた。
「──良かった! あまり遠くには行って無かったんですね!」
「……ああ。すみません。気を遣わせてしまったみたいですね」
そして語られた言葉からして、どうやら気を遣わせてしまったようだ。
「ほら、冨岡さん! ちゃんと説明しないと!」
「……ああ」
「……」
そして何故か付いてきてる冨岡さん。
……いや。理由は分かる。炭治郎くんは、まだ会って間もないと言うのに私がいじけていた理由が分かったのだろう。
「……胡蝶」
「……」
彼の言葉を待つ。
「炭治郎くんから聞いた。すまなかった、確かに説明が足りていなかった」
「……いえ、いいですから」
そして反射的に出て来たのは、まるでいじけた娘のような言葉だった。
そんな自分が恥ずかしい。私は何をしているのだろう。
「劇団の件は、演技の重しにしたくなかったからだ。主役ともなれば、身に感じる重圧も辛いだろう。余計な事を伝えて混乱させたくなかった」
「……ああ。そう言う事ですか」
冨岡さんは……思いのほか優しい口調で、諭すように言って来る。
冨岡さんの言う理屈は、分かる。思いのほか私の事を考えてくれていたんだなと思う。
しかし。
「でも……ならば何故手紙に碌な事を書かないんですか? 今回だってそうです。私、炭治郎くんの所に行くなんて、今日初めて知りました」
口を突いて出たのは冨岡さんへの不平不満だった。
ああ、嫌だ。
これじゃ本当に大人と子供──。
「……俺はお前と話したかった」
「……え?」
自身の口の軽さに辟易していると、冨岡さんから返って来たのは今までとは比べ物にならない程子供っぽい言葉だった。
「手紙で語れることなど、自分の口で語ってみたかった。だがそれが駄目だった。俺は弁が立たないから、一から十を全部言わなければまともに伝わらない。だが、それでは聞く側のお前に負担ばかりかけていると……そう思ってた」
「……」
「事実お前は毎度うんざりした顔で俺の話を聞いていた。……申し訳ないと思って、先日から話すのを自粛していた」
「……」
「すまなかった。今度からは全てを話そう」
けれど彼は子供ではない。しっかりと考えていた。
……なんだ。そう言う事だったのか。
半分くらいは私が悪かったのか。
「冨岡さん」
「……」
「今度から、じゃなくて今から話してもらえます?」
「ああ。分かった」
そう言って、冨岡さんは私のすぐ隣に立った。
「……立ったまま?」
「座って良いのか?」
「……別に良いですけど」
そこまで言うと、ようやく彼は私の隣に腰かけた。
「……あれは確か三日前……そう、夏の訪れを感じさせる温かい風が吹く夜の事」
「……」
やっぱりそこからか。まぁ、今度からはちゃんと聞いてあげよう。
「……?」
そう言えば炭治郎くんは?
振り返ると、炭治郎くんはいつの間にか姿を消していた。
◇
あれから二人は仲直りできたみたいで、暫くしたら家まで帰ってきた。
「今回は迷惑をかけてごめんなさい、炭治郎くん」
「い、いえいえ! 二人が仲直りできたなら俺も嬉しいです!」
「……仲直り……まぁ、頑張るわ……」
「……」
しのぶさんだけ妙に疲れている感じなのが気になったけど……しのぶさんのさっきまでの怒った匂いは無くなっていたので、仲直りは出来たのだろう。
「……炭治郎くん」
「? どうしたんですか冨岡さん」
と、冨岡さんが俺に話しかけてきた。
どうしたんだろう。何時にも増して緊張した匂いがする。
「あの件の事、考えてくれているか?」
だが緊張の理由は直ぐに分かった。
「……はい。一応、前向きに」
「分かった。準備が出来たら俺を呼んでくれ。では……」
そう言って、冨岡さん達は帰っていった。
「……」
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「ん? ああ、ちょっと考えごと」
黙り込んだ俺を心配してくれたのか、禰豆子が声を掛けてきた。
禰豆子。あの時、もしかしたら死んでしまっていたかもしれない……俺の妹だ。
いや、禰豆子だけではない。俺達家族、全員お弟子さんが助けてくれた。
「……? お兄ちゃん?」
「……何でもないよ。さ、家に戻ろう」
俺もそろそろ、皆に話さなくちゃいけないな。
俺が冨岡さんの立ち上げる劇団に入るという事を。