黒死牟殿の弟子   作:かいな

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劇団鬼殺隊

「お館様から話って何だァ? おいィ……伊黒は何か聞いてるか」

 

「俺は何も聞いていない。皆もそうだ」

 

「あァ……そうか」

 

 既に産屋敷家には九人の元柱が集結しているが……お館様はまだ姿を見せていない。

 解隊の時より何度か顔を合わせてはいたので、お館様の容態がもう随分よくなっている事は知っている。

 しかし態々元柱の人間だけを狙って集めるとは……何か緊急の事態でも起こっているのか?

 

「案ずるな。もうすぐ始まる」

 

「ああん? 何時てめぇに聞いた冨岡ァ……」

 

「……」

 

 何で俺の横に居るんだコイツ……。

 何時もは遠くに一人で居ると言うのに、どういう風の吹き回しだ?

 思わず反射的に言葉が出てきたが、よく見るとコイツ……何故か日輪刀を持っている。何故日輪刀を……?

 

「不死川くん……流石にそれは言い過ぎだよ?」

 

「……チッ」

 

 胡蝶に窘められ、口をつぐむ。

 冨岡の事は気に食わないが、自分でも今の言葉は言い過ぎだとは思う。

 

「お館様のお成りです!」

 

 と、そんな小さな揉め事は起こりつつも、とうとうお館様がいらっしゃった。

 

 

「今日は皆。今日はとてもいい天気だね。空も……綺麗だ」

 

 お館様はそう言って、誰の手も取らずに俺達が待つ縁側まで歩いてきた。

 

「久しぶりに皆の顔が見れた事。嬉しく思うよ」

 

 お館様は白みがかった紫色の瞳を細めながら、滔々と言葉を溢された。

 俺達柱は即座に膝を突き、お館様への敬意の念を示す。

 

「お館様におかれましてもご壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

「ありがとう、義勇」

 

「……」

 

 糞ッ、冨岡の奴にお館様への挨拶を取られた……!

 思わず冨岡を睨みそうになるが、お館様の御前という事も有りどうにか抑える。

 

「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。君たちにお願いしたいことが有るんだ」

 

 そうしている合間にもお館様の話は進んでいく。

 お館様から直接のお願い。その言葉が発せられた瞬間から、ざわりと空気が揺れ動く。

 なんだ? 鬼殺隊が解隊されてから初の事だ。元柱の力が必要になる問題が出来たのだろうか。

 口には出さずとも、柱の皆がお館様を案じているのが分かる。

 

 ──けれど妙な事に……。

 

「……」

 

 柱の内の何人かは……まるでお館様が何を仰られるのか理解しているとでも言うかのように、常の通りに平然としていた。

 

「お願いというのは他でもない。君たちに……とある鬼の監視を手伝ってもらいたいんだ」

 

 そして、お館様から発せられた言葉は正に天地がひっくり返る様なものだった。

 

「!?」

 

「鬼!?」

 

 何故ならそれは既に討伐された存在の名前。

 お館様がその様な冗談を言うとは思えない。……つまりは、まだ残党が居たという事か。

 だがそれにしては言い回しが妙だ。討伐ではなく……監視?

 

()()は自身を鬼にした鬼舞辻無惨を討つために、自らにかけられた呪いすら外し、彼と敵対していたそうなんだ」

 

「……」

 

「彼女の名前は珠世。浅草に潜伏していた所をつい先日義勇が発見してね。彼女の扱いを皆に聞きたいと思い、今日君たちを呼んだんだ」

 

 お館様の言葉に皆黙って耳を傾けていた。

 そしてお館様のその話を聞いた後も、その沈黙は続く。

 何故か。困惑しているからだ。

 

「……畏れながら申し上げますが……私には仰っている意味が分かりません。その珠世という鬼の処遇など、斬首で十分では無いでしょうか」

 

「同感です。何故すぐにその者の首を刎ねないのでしょうか。理解できません」

 

「私も彼らに賛同いたします! 斬首が妥当だと思いますが!!」

 

「わ、私は全てお館様の望むままに従います!」

 

「……」

 

 俺の他に伊黒、煉獄、甘露寺が自身の考えを述べた。

 しかし妙な事に他の柱は特に動きを見せなかった。

 冨岡など微動だにしていない。こいつは何時も意味不明だから不思議ではないが、音柱や悲鳴嶼さんが何も言わないと言うのは違和感を覚える。

 

「うん、そうだね。皆の疑問も尤もだ。それについて説明するね」

 

「……」

 

「皆は『この国一番の侍』の話を聞いているかな? 今義勇がその件について働いてくれている」

 

「はい。聞き及んではおりますが……その侍の件と、今の話が繋がるのでしょうか?」

 

「ああ。実は、彼の最期の願いである上弦の壱の名誉回復にあたって、これより劇団を作る事になったんだ」

 

「……」

 

 そこまで話が進んでいた、というのは初耳だ。しかしそれとこれと関係が有るのか?

 今一話が見えてこないが……俺達は黙ってお館様の話に耳を傾ける。

 

「その劇団にね。義勇が珠世殿を引き入れたいと申し出たんだ」

 

「……は?」

 

 思わず横に居る冨岡の顔を睨み付ける。

 

「まず、彼女は人を食べずとも生きていける様に自身の体を改造しており、危険性は低いと義勇は判断した。また彼女の血鬼術は幻術系のものらしく、演出としてこれ以上のものは無いと──」

 

「……お待ちください。まさか、私達にそれを了承しろと言うのですか?」

 

 そしてもう一度お館様の方を向き、お館様のご意向を確認する。

 話の流れからして、珠世という鬼の生存を認めるどころか利用するのを認めろと言っているようなものだ。

 それに人を食わずとも生きていける鬼? そんな存在が仮にいたとして、それを証明する手段がどこにある。

 

 何であれ、到底了承できるものでは──。

 

「ああ。私はそれでいいと思う。そして皆にも認めて欲しいと思っている」

 

「!!」

 

 違って欲しいという俺の願いはお館様の一言でバッサリと切り捨てられてしまった。

 

「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

「心より尊敬するお館様であるが理解できないお考えだ!! 全力で反対する!!」

 

「わ、私はお館様に従います!」

 

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。その珠世という鬼の処罰を願います」

 

 俺達は皆、畳みかける様に自身の考えを述べる。しかしそれを聞いてもお館様の顔色は少しも変わらず、あくまでも自然体のまま話を続けた。

 

「うん。君たちの考えもまた理解できる。それを証明しよう。……珠世殿、お入り頂いてよろしいでしょうか」

 

「!?」

 

 思わず身構える。お館様は何を仰られている!?

 混乱をよそに、襖が開き女性が現れる。確かに気配が人とは違う。あれが生き残りの鬼だと……?

 

「……皆様。今日は私のためにお集まりいただきありがとうございます」

 

「……」

 

 どこか緊張した様子では有るが、しかし自然体のまま俺達柱の前に現れた。

 思わず日の明かりの下に引きずり出しそうになるが、お館様が俺達を抑える様に話を続けた。

 

「皆。珠世殿が態々逃げ場のないこの場に来てくれたという事をよく理解してほしい」

 

「……」

 

「では、これより先は義勇に任せよう」

 

「はい」

 

 そう言って今まで微動だにしなかった義勇の奴が立ち上がった。

 こいつ、いきなり何を──。

 

「ここに稀血の入った瓶が有る。これを彼女の前で開封する」

 

「!? てめェ何を馬鹿な事を! お館様の御傍でその様な危険な真似を……!」

 

「安心しろ。最悪の場合の準備は出来ている」

 

 そう言って、冨岡は腰に掲げた日輪刀を鳴らしてみせる。

 こいつ……! 何故日輪刀を持っているのかと思っていたが……最初からこの流れを想定しての事か……!?

 

「てめェ……どこからが段取りだァこれはよォ……!」

 

「……」

 

 いや、思えば珠世とかいう鬼の延命はこいつがお館様に促したようなもの。

 冨岡は一応柱である。だがいつも信用ならない態度ばかりだ。コイツの持つ血は本当に稀血か? 

 今の今までが全てコイツの段取り通りというのであれば……稀血というのは珠世を延命させるための嘘である可能性が高い。

 

「お館様! 稀血であれば……()()()()()()()()()!」

 

「!?」

 

 懐から護身用の脇差を取り出す。

 その俺の姿を見て、冨岡の野郎があからさまに狼狽える。

 

「はッ! てめェの浅い考えなんて見え見えなんだよォ冨岡ァ!!」

 

 そして脇差で腕を斬りつけ、血を流れさせる。

 俺の声に合わせ、黙って聞いていた柱達が油断なく構える。

 あの鬼が俺に血に興奮し、お館様に襲い掛かるよりも早く取り押さえるために。

 

 俺の血は()()! その中でも特に希少な鬼を酩酊させる稀血!

 

「──」

 

 逃げ場のないこの場に来たからなんだと言うのだ。

 人を食わないで生きていける? それが何だと言うのだ!

 理性を持つ姿を見て鬼を理解した気になるなど笑止千万。

 結局は鬼! 稀血の前にはどんな鬼であろうと同じだ。

 これであの鬼の化けの皮が剥がれる──!

 

「……」

 

 腕に血を滲ませる。

 だと、言うのに。あの鬼は動かなかった。

 だと言うのに、どこか先ほどよりも落ち着いているようにも──。

 

「……不死川。日なたでは駄目だ。日陰に行かねば鬼は襲わない」

 

 ああ、そうだ。初歩的な事を忘れていた。

 

「──お館様。失礼、仕る」

 

 草履を脱ぎ、お館様の屋敷へと足を踏み入れる。

 ずんずんと鬼の下へと近づき、傷つけた腕を差し出す。

 

「俺を襲ってみろ鬼ィィ! お前の大好きな人間の血だァ!!」

 

「……」

 

 珠世という鬼は、逃げるでも襲うでもなく、揺れる事のない目で俺を見つめる。

 

「……」

 

「……」

 

 俺達の間に沈黙が生まれるも……何時になっても鬼が俺に襲い掛かる事は無い。

 そして鬼はどこか痛ましいものでも見るかの様に目を伏せると、懐から何かを取り出した。

 

「ッ!」

 

 油断なく構える俺に、鬼は──。

 

「……まず最初に謝っておきます。ごめんなさい。私が信用ならないが為に、貴方を傷つけてしまって」

 

「……」

 

「今はこれくらいしか有りませんが、止血にはなりますから」

 

 懐から取り出した包帯で俺の腕の止血を始めた。

 

「……」

 

 俺は何が起こっているのか分からなかった。

 この鬼は何をしている? 何故俺に襲い掛かってこない?

 

「……これで分かったのでは無いだろうか。彼女の危険性の低さを」

 

「ッ……」

 

 どぎまぎしている俺を見抜くように、冨岡の野郎が声を上げた。

 

「彼女は極々理性的だ。例え稀血を前にしようと襲い掛かる事が無い程に」

 

 そして滔々と……まるで台本でも読むかのように語り掛ける。

 

「しかし彼女はどこまで行こうと鬼。なので如何だろうか。皆には彼女を監視するため、今回作る劇団に入団して欲しいと思っている」

 

 そして、決まった道筋を辿るように──奴は堂々と俺達を勧誘した。

 

「つまり、皆に役者として劇団鬼殺隊に入団して欲しいと思っている」

 

 予想だにしていない展開。

 役者……? どう言う事だ。

 

「俺は良いぜ」

 

「!?」

 

 混乱が解けない内に、今までだんまりを決め込んでいた宇随が声を上げた。

 

「だが俺を勧誘するってんならド派手に団長の座も貰いたいね」

 

「良いだろう。では宇随には団長をしてもらおう」

 

 いや、宇随だけではない。

 

「私も参加します!」

 

「……はぁ。まぁ私達も良いです」

 

 胡蝶姉妹が。

 

「嗚呼……良いだろう。私も参加しよう」

 

 そして悲鳴嶼さんまでもが、冨岡の野郎に賛同した。

 

「……てめぇ……まさか」

 

「……」

 

 俺の意識は既に、珠世から冨岡の野郎に向いていた。

 

「他の皆はどうだ。是非参加して欲しい」

 

「え、ええっ!? わ、私は……!」

 

「当然ながら私も支援させていただくよ」

 

「私も参加します!!」

 

「なっ……!?」

 

 甘露寺の奴は困惑した様子で右往左往していたが、お館様の一声であっさりと陥落した。

 そして伊黒の奴も……甘露寺が向こう側に行った事で迷っている様に見える。

 

「むむ! これは……どうした事か!」

 

「煉獄。お前にも参加して欲しい」

 

「いや! しかしだな!!」

 

「……では、他に何かする事が有るのか?」

 

「!」

 

「幾らお館様からの呼びかけとはいえ……三日しか猶予が無い中で、良い歳をした大人が平日の昼間から集まれる程暇とは、些か不健康だとは思わないか?」

 

「……むぅ」

 

 煉獄の奴も冨岡の野郎に言い負かされている。

 これではアイツが陥落するのも時間の問題だ。

 

「てめェ……これは何処からが段取りだァ?」

 

「……」

 

 俺は……先程の言葉を、もう一度奴に問いた。

 

「そうだな。言うなれば──」

 

「……」

 

「最初からだ」

 


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