黒死牟殿の弟子   作:かいな

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第三話

 一年中日が差すことがない山、日食山。日中は常に曇り空が続き、しかし月が上がる頃には満天の星空が見れるという不思議な山。

 現在の時刻は夜。私は黒死牟先生のお住まいで、先生と向き合って座っていた。

 

「先生! それで、今回の試験は合格でしょうか!」

 

「…合格だ…」

 

「やったー!」

 

「…しかし…教えるには…条件がある…」

 

「はい! どのようなものでしょうか!?」

 

 条件? と心の中で首を傾げそうになるが、先生の為す事なので何かお考えが有ると気づき、お言葉を待つことにした。

 

「…貴様は…鬼になれ…」

 

「鬼……?」

 

「…そうだ…貴様に…血を…」

 

「先生! 鬼ですか!? 鬼というのは空想上の生き物ですよ! そのようなものはこの世に存在しません!」

 

「…いや…貴様の…言う所の…鬼では無く…」

 

「はっ! そうか! 分かりました! そう言う事なのですね先生!」

 

「……」

 

「鬼のように強くなれと! 比喩表現の事でしたか! 至らぬ弟子で申し訳ありません!」

 

「…違う…」

 

 と、私が理解した所を語って見るも、どうにも黒死牟先生の様子は芳しくない。

 はて。私は何か間違えてしまったのだろうか。

 

「…鬼とは…私のような…最初の鬼の血を分けられた…人食い鬼のことを指す…」

 

「最初の鬼……?」

 

「…我々は…人間に…その名を口にする事を…許可されてない…」

 

 よく分からぬという顔をしていると、黒死牟先生は更に補足の説明をしてくださった。

 

「…そのお方の血を…人間の…体内に入れると…その人間は…人食いの鬼と化す…」

 

「なるほど……。つまり! 先生の仰りたい事というのは、空想上の鬼では無く、実際にそう言った生き物が存在するという事なのですね!」

 

「…そうだ…」

 

 はたして、その衝撃は如何ほどだったか。

 鬼、鬼と来ましたか。まさか斯様な存在が実在するとは思いもしなかった。しかし黒死牟先生の仰る所に間違いがあるとは毛ほどにも思わない。

 つまり、鬼は実在するのですね! 黒死牟先生!

 

「なるほどなぁ……つまり、私にその最初の鬼の血を入れて鬼になる事が教える事の条件と言う事なのですね」

 

「…そう…なる…」

 

 鬼……鬼か……。別段、人にこだわるつもりもない。しかし、黒死牟先生では無くそのよく分からぬ最初の鬼とやらの体液を体に入れなければならないことがひたすらに嫌だ。

 しかし、黒死牟先生は鬼にならねば技を教えてくれないという。

 私が腕を組み軽く考えていると、黒死牟先生が声を掛けてこられた。

 

「…貴様…酷く…驚いているようだが…私の容貌に…なにか思わなかったのか…」

 

「容貌?」

 

 黒死牟先生のお顔にはきりりとしたおめめが六つほど引っ付いていらっしゃる。

 

「目元がとてもきりっとしていらっしゃって、とても凛々しくて良いと思います! 目の中の数字もなかなかにお洒落です!」

 

「……」

 

 人の顔というのは千差万別。特に黒死牟先生のお顔は通常目が二つのところ、三倍の六つあるので、つまり通常の三倍の凛々しさが有るという事になる。

 カッコいい……。

 

 と、改めて黒死牟先生の凛々しさ格好良さを確認していた所、鬼の話をしていた事を思い出した。

 

 不味い不味い。

 そうだ。鬼の話だ。しかし、最初の鬼の体液を……うーん。

 色々と考えていると、ふと気になる点を見つけた。

 黒死牟先生はいつ頃鬼になられたのだろうか。

 

「先生! 先生はいつ頃鬼になられたのですか!?」

 

「…何故…それを…聞く…」

 

「鬼になる参考までに!」

 

「……」

 

 黒死牟先生は私の返事を聞き、一瞬難しい顔になられたが、しかしすぐに口を開かれた。

 

「…私は…以前…鬼を狩る…剣士だった…」

 

「鬼を狩る剣士! そのような方々が! いえ、ですが確かに! 何かの噂で鬼狩りの剣士の話を聞いたことが有ります!」

 

 そうだ。あれはたしか、姉が話してくれた事だった。

 夜になると人食い鬼が出て、みんな食べられてしまう。鬼の力は凄い強いから、大の大人だろうと一瞬で倒されてしまうのだけど、鬼狩りの剣士様が悪い鬼を退治してくれるから、私達は無事に暮らせているんだよ、という話だ。

 姉が親代わりの男に嬲り殺される前日の事だったので、話してくれた中でもよく覚えている話だ。

 

「…その後…縁があり…鬼となった…」

 

「なるほど! そのような経緯で!」

 

 しかし、黒死牟先生はまず剣士になられたのか……。

 

「先生!」

 

「…なんだ…」

 

「鬼にはなります! しかし、その前に剣士にしてください!」

 

「…何故…」

 

「黒死牟先生と一緒がいい!」

 

「……」

 

 そうだ。折角なら黒死牟先生と同じ道を辿ってみたい。それなら、最初の鬼とやらの体液だろうと何だろうと取り入れても構わない。

 そして私の心意気が伝わったのか、黒死牟先生は閉口してジッとこちらを見つめていた。折角なので私も黒死牟先生の目を見つめ返す。当然見つめ合う形となるが、何ら問題はない。

 二十四時間までならこのまま耐えられます! 黒死牟先生!

 

「…いや…もう…いい…」

 

「はい!?」

 

「…良いだろう…しかし…いつか必ず…鬼となれ…」

 

「はい! 勿論!」

 

 そうして、黒死牟先生との修業が始まった。

 

 

 押し切られてしまった。

 黒死牟は初めての感覚と経験に戸惑っていた。

 黒死牟の前に居る少年は、今も妙にギラギラとした変な目つきでこちらを見つめている。

 

 まさか、私と全く同じ道を辿りたいとは……。

 

 黒死牟からしても不覚だった。剣技にほれ込んだ、というのは少年の言動から分かるが、よもや人生まで模倣したいとは思っても見なかった。

 少年は今も黒死牟の事を見つめている。今まで向けられたことのないタイプの視線だ。正直薄気味が悪い。黒死牟は困惑した。しかも質の悪い事に、何も行動に移さなければずっとこのままで良さそうなところが黒死牟を焦らせた。

 結果、譲歩してしまった。これはとんでもない異常事態だ。上弦の壱である黒死牟がたった一人の少年に譲歩するなど。

 

「はっ、ふっ」

 

 しかし黒死牟は考えた。この少年が約束を反故にする可能性を。

 そして瞬時にそれは無いとも考えた。まだ短い付き合いの少年であるが、黒死牟に対して嘘をつくことは決してないという確信があったのだ。

 

「ごほっ、げっ……」

 

 それは、目前で必死に鍛錬を行っている少年の姿からも見て取れるだろう。

 現在、少年には刀を振るうための基礎的な訓練を行わせている。走り込みと素振りだ。

 

 しかし只の基礎訓練では無い。走り込みについては野生の生物が跋扈する日食山を延々と走らせたり、素振りは一日に一万回を全力で振らせたり、等々。これらを毎日欠かさず行わせている。

 

 黒死牟にしても、数日で音を上げるだろうと思っていたが、既に一か月ほど休みなしに鍛錬を行っている。

 

「……」

 

 この姿を受け黒死牟は、少年が多少捻じ曲がっているとはいえ、言う事を聞く素直な性格の持ち主であることを見抜いた。

 故に、このまま少年を鍛え続ければ、ほぼ確実に剣士の鬼が出来上がるのだ。

 

「…ふむ…」

 

 少年の振るう刀は、現代の鬼狩りの剣士が使っている色変わりの刀だ。二日ほど前から、木刀を取り上げその刀を与えた。

 未だ粗削りな部分が多分に存在するが、しかし当初と比べて刀を持つ姿は幾分か様になっている。

 

「……」

 

 黒死牟は今日の分の素振りを終えた少年に近づいていった。

 頑張っている少年へのご褒美を。

 

 追加の一万回を伝えるために。

 


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