鈴虚妙憑   作:匿名希望


原作:オリジナル作品
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ネル〇〇チヨさんのオリキャラすき

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鈴虚妙憑

 …俺は、不可解な現象に巻き込まれた。

 連日の仕事の疲れもあって、帰り道、深夜帯だからとかいうふざけた理由で道路を渡ろうとした。そしたら曲がり角からトラックが突っ込んできたんだ。俺は判断力が低下していたため、避けようとする直前にトラックに衝突した。……と思った。

 脊髄反射で全身に力を込めて衝撃を少しでも抑えようとしたその時、目の前からトラックは消え去っていたんだ。でも、初めからそこにあった訳ではない。実体として、そこにあったと確信できる。後ろを振り向いてみると先ほどのトラックが走っていた。

 結論から言うと、俺はトラックをすり抜けたんだ。何を言っているかわからないと思うが、俺自身何が起こったのか定かではない。死んだのかと思ったが、それにしては過程がない。だから仮定として、トラックではなく()()が、どこか別の次元に行ったのではないかと解釈した。なのでトラックに轢かれていない。どう考えても要因が見当たらなかったしこじ付け感が半端じゃなかったが、こう解釈することにした。

 まあ並行世界でも現実のモノには干渉できそうだし、このまま家に帰ろう。明日は休みだし、今日はすぐ寝て明日どうするか考えよう。

 俺はこう考えて、再び帰路に就いた。本当は何か天文学的な神のみぞ知る奇跡が起きてトラックを回避したという可能性も捨てきれなかったため一応車には気を付けた。

 

 

 帰る途中で、俺の目に何か変な生物が映った。

 

 パッと見人間なのだが、猫耳が生えていて尻尾が生えていた。…それも、二つ。

 

 道路の端のフェンスの上に座っていて、どこか一人寂しそうだった。

 

 どう考えてもただの人間だとは思いにくい。俺はこれをまず疲れによる幻覚だと認識した。そのとき、この仮定はトラック事故にも説明がつくことに気が付いた。俺はトラックの幻覚も見たのだ。…だとすると、俺は自分の思っている以上に疲弊していることになる。もう家帰ったら歯磨きとかせずにベッドへ直行しよう。これからも幻覚が見えるかもしれないが家はすぐ近くだし、大丈夫。

 

 ……しかし、だ。いくら自分の幻覚だとは言え、この子、結構俺好みの見た目をしているのだ。まず猫娘は俺のストライクゾーンだ。よく見るとおなかが露出している。さらに観察すると、鼠径部までちょびっと見えているではないか。意外と……大胆だな。

 ほうほう、下半身はデニムスカートにガーターベルトに縞々のニーソにブーツか……なんてことだ。この子はまさに俺のニライカナイではないか。ここまで俺好みの要素を闇鍋のように混ぜた生物がかつていただろうか?いやいない。幻覚なのが勿体無いぐらいだ。ああぜひとも、連れて帰りたい。そして愛でたい。幻覚だから触れないのだろうか、俺はこのままこいつを凝視することしかできないのだろうか。それはなんと勿体無い。おお神よ、俺はなんと罪深き男なのだ。目の前にいるドストライク・ガールを我が物にすることが許されないとは。神様はなんと意地悪なのだろう。

 俺はこの猫の女の子の目の前を実に口惜しそうな目で見ながら横切った。

 

「……ねえねえ。もしかして、みよのこと見えてる?」

 

 その幼き声が聞こえたのは女の子が見えなくなるまで横切った、その時だった。

 幻聴。だとは考えにくい。その音波は空気中を正確に伝わり、俺の鼓膜を揺らした。深夜テンションなのか間隔だけ過敏になっているため、それだけは分かった。これは、実体として存在しているなにかが自ら出した音だ。

 俺は首の筋肉を後ろに動かせと脳に命令した。そして後ろを見ると、実に興味津々な目でニライカナイがこちらを見ているではないか。彼女は俺を認識し、人間としてこちらを見ているのだ。

 

「…ああ、ホントに見えてる…。やっと見つけた…みよの見える人…」

 

 彼女は自分に反応した俺を見るなり笑顔になりながらよく分からないことを言い始めた。何、初めて自分を見られたのか、この娘?見た目といい言動といいよくわからない。

 

「みよが見えるってことは、…キミ、もしかして並行世界にいるの?」

 

 ……並行世界?このワードを聞いた瞬間、俺の脳内のピースががっちりとはまった。…考えにくいが、この子の言うことが本当なら、自分は本当に別次元にいて、だからトラックにも轢かれなかったのだろうか…?だとすると、この子は幻覚ではないということか……。

 

「…わ、分からない……」

 

 いまだ状況を完璧に把握しきれてないので、高速で思考に考察を重ねて考えながら出した言葉がこれだった。本当に分からないので仕方がない。

 暫くはモノローグなしで会話を続けることにする。

 

「あ、そうだ、申し遅れちゃった。みよの名前は鈴虚(すずろ)妙憑(みよ)

「……俺の名前は、智代(ちよ)。よろしく」

「よろしくねー。…それでなんだけど、なんでみよのことが見えるのか、分からない?」

「…そうだ。だからお前が何で俺を見るなり喜んでいたのかも分からない」

「成程ね…。キミ、ついさっき死にかけた?」

「…あぁ、トラックに轢かれかけたが…なんでわかった?」

「ああやっぱり。人間ってのは死にかけるとごく稀に並行世界に飛び込んで、回避しようとするんだ。でも飛び込めないことが多くて、大抵は死んじゃうの」

「…つまり、俺は運よく並行世界に飛び込めで、そして運よく死ななかったってことか?」

「そゆこと。九死に一生を得るって諺知ってる?あの「一生」って、並行世界に飛び込めた場合のことだと思う。多分ね」

「マジか…それは初耳だ。あれ?じゃあ俺は並行世界から帰ることはできるのか?」

「できるよ。数時間はここにいることになるけど、時間をかけてゆっくりと現実に帰ってくる。この時間だと、次の日には戻ってるね。でも並行世界にいても特に不便はないし、気にすることはないよ。ちょっと人間に話しかけられなくなるぐらいだし」

「かなり不便だぞそれ」

「…あ、そうなの?みよは生まれてこの方ずっと人と話したことがないから、よく分からないの」

「…え、そうなのか。……さっきから気になってたんだが、お前は何者なんだ?」

「分からない。気が付いたらここにいた。誰が親なのかすら分からないんだ。ただ分かるのは、自分が並行世界にいるってことだけ」

 

 彼女はうつむいた。俺は気まずそうに頭をさする。

 どうやらこの子、何か深いワケがありそうだ…。

 

「……そっか。なんかすまん」

「いや、謝ることはないよ。……おかしなこと聞くようだけども、キミ、何かみよの正体とか分からない…?せっかく見えるんだし、原因が分かったりとか…」

「うーん……。そういえば、こんな話を聞いたことがあるんだ。シュレディンガーの猫って知ってるか?」

「知らない」

「猫を密閉された箱の中に閉じ込めて、その空間に確率で猛毒が放出される物体を入れた場合、中の猫は箱を開けるまで生きてるかどうかわからないっていう有名な思考実験だ。それに当てはめると、鈴虚は生きてるかどうかわからない存在なんだろうな」

「……?」

 

 鈴虚はよく分からないといった表情で首を傾げた。

 

「えーとつまり、鈴虚はとても曖昧な存在だということだ」

「何の答えにもなってないよ」

「…………」

 

 言葉が出なかった。鈴虚は自分の髪の毛を指に巻き付けてクルクルさせながら切なそうに語る。

 

「自分が曖昧な存在なのは自分が一番わかりきっているの。だからみんな話しかけないのかになと思ったんだ。他のみんなははっきりとした鮮明な存在で、自分の親もいて、自分の世界をエンジョイしてる。でもみよは、自分の過去も分からないし、自分が何者なのかもわからない。現世ではなく、幽世でもなく、その狭間にただいるだけのよく分からない()()……あれ、なんでみよって、初対面の人にこんなに話してるんだろう…。キミだってみよの中身のない身の上話に耳を傾けなくてもいいのに…」

「……泣くな。ほら、ハンカチ」

 

 気が付くと彼女は泣いていた。どうやら今までずっと一人で生きていたらしい。なんとも悲しい境遇だ。こいつをじっと観察してニライカナイとか抜かしてたちょっと前の自分を殴りたい。

 俺はポッケからハンカチを手渡した。

 

「…ありがとう…。キミは、とてもやさしいんだね…。本当に嬉しいよ…。今まで自分に話しかける人はおろか、こちらを見向きする人も居なかったから…」

「俺も似たようなものだ。もともと大勢でいるのには不向きな性格だから、いつも一人だったんだ。…今はこうして会社に勤めているが、当時はとても寂しかった。だから、お前の気持ち、本当によくわかるよ」

「…こんな気持ちになるぐらいだったら、最初から生まれなければよかったんだ。なんで神様ってのは意地悪なんだろうね。普通の人間と同じことすらさせてくれないんだろうね」

「最初から生まれなければよかったとか、そんなこと言うなよ…。本当に死んだら、俺が悲しむぜ?」

「…っキミは、どうしてみよのことをそんなに気にかけてくれるの…?会ったばかりなのに…」

「俺とお前は似ているからだ。あと、お前に純粋な意味で興味がある。何なら、どうにかしてお前を並行世界じゃなくて現実世界に連れて行ってあげたい。俺はお前がかわいそうで胸が苦しいんだ、さっきから」

 

 それを聞いた瞬間、さっきより一層、鈴虚の目から涙があふれ出てきた。

 

「う、うええぇぇ…!う、ううぅぅぅ………ううぁああ……!」

「うわわ、どうしたんだそんなに泣いて!?」

「みよ…っ……今まで人に心配されたこと、とか…なかっ…たから!すごく…うれしい!」

「…そっかぁ。今まで寂しい思いをずっと続けてきたんだな。よしよし」

 

 俺はつい鈴虚が愛おしく思えて、頭をなでてしまった。正直ドン引かれるかと思ったけど、彼女は意外と満足そうな顔をしていた。

 

「…涙き止んだよ…。ごめん、なんか心配かけちゃったみたいで…」

「いいよいいよ。気にしなくて」

「…手、あったかいね……」

「そうか?」

 

 俺はそろそろいいかなと思って撫でる手を止める。鈴虚は泣いたせいで顔が十分ぐしゃぐしゃになっているが、本人は別に気にしてない様子である。

 

「…あ、あの……」

 

 彼女はひどく顔を赤面させてこう言った。

 

「抱いても…いい…?」

「……!?」

 

 俺は驚き戸惑って、すぐに反応できなかった。何ということだ、ここは男としてすぐに膨大な包容力を発揮して受け入れる体制をとるべきではないのか。なんという甲斐性の無い人間なんだ。

 

「…い、いや、あのさ。みよ…人と触れ合ったことがないからさ、人のぬくもりも知らないんだ……。だから、こう、ぎゅーってしたら、分かるかなって思って……。あと…、それと、…キミのことが……好きだし」

 

 何ということだ。俺はいつの間に好意を持たれていたのか。令和が始まって以来の事件に等しい。今まで俺は恋愛に縁がないと考えていたが、まさかこんな形で人に好かれるなんて……。こうなったら自棄だ。俺も精一杯抱きしめてやろうではないか。

 

「いいぞ、さあこい」

 

 鈴虚は俺と体を密着させて、そして両腕を俺の胴体に巻き付けた。俺もその比較的小さい体を腕で包み込み、潰さない程度に強く鈴虚を抱きしめた。

 

「……ふふ、すごく安心するなぁ。ハグって、こんなに温かいものだったんだ」

「ハグってのはすると快楽物質が分泌されるらしいんだ。俺も今、すごくリラックスしてるよ」

「…そろそろ離れる」

 

 俺と鈴虚は互いに体を離して、元の位置に戻った。

 

「…ありがとう、本当に。今夜はお世話になったよ。もうすぐ夜が更ける。ほら、東から太陽が昇ってるのが見える?」

 

 と言って、鈴虚は東の方角を指さした。確かに、ビルの雑踏でよく見えないが、太陽の光が隙間からうっすらと差し込んでいる。

 

「アレが昇り切って朝になると、キミは並行世界から現実世界へと移動してみよのことが見えなくなるの。つまり、あとちょっとでお別れなんだ」

 

 …ああ、この時間がやってきたか。楽しい時に限って、時間が早く過ぎるのはなぜなのだろう。俺はもっと彼女と話していたかったのに。

 そしてお別れということは、おそらく彼女はまた独りぼっちになるだろう。なのに、最初の時と比べて、彼女は全然寂しそうじゃなかった。

 

「今日、みよは人の温もりを知ることができた…。ひょっとしたら生涯知りえなかった感触だよ。見ず知らずの変な人の話を聞いて、おまけに人の温もりを教えてくれた智代には、感謝の言葉しかないよ。別れは悲しいけど、仕方のないことだよ。きっと、また会えるようになるさ」

「……そうだな。でも、俺も感謝してるんだぜ?お前と出会えて本当に良かった。俺もお前のことが好きだ」

「……嬉しい。えへへへ……」

「おいおい、また泣いてる…お前はよく泣くなぁ」

「嬉し涙だよ、これは……」

「全く、お前ってやつは…」

「それじゃあね。短い間だけど、最高に楽しかったよ」

 

 そう言うと鈴虚はいつの間にか居なくなっていた。そして空を見ると、すっかり明るくなっていた。夜が完全に更けたのだ。俺も別れの挨拶をしようと思っていたが、その前に忽然と姿を消した。

 ……消した?いや違うな、見えなくなっただけか。俺が現世に戻ったから…。何か、全部幻覚を見ていたかのようだ。鈴虚が見えて、話していた間はあんなに楽しかったのに…。なんだか終わると、意外とあっけない。

 …今も鈴虚はフェンスに座って俺のことを見つめているのだろうか。彼女は、俺のことを忘れないでいてくれるのだろうか?いや忘れないだろう。俺だって鈴虚のことは一生忘れない。そしてこの思い出は、絶対誰にも話さないようにする。俺と彼女だけの秘密なのだ。なあ、それでいいだろう、鈴虚?

 

 …一応、別れの挨拶はしておこう。たとえ彼女が、ここにいなくとも。

 

「じゃあな、鈴虚妙憑。お前と過ごした時間、忘れないからな」

 

 そう言って手を振った直後、自分の左頬に何か柔らかい感触がした。




キャラ崩壊してたら申し訳ないです


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