最後、結構ハードに書いたけど、ハーメルン君許してくれるかな。
僕の視界は、赤い警告色に染まっていた。
両腕の肘から先がない。
HMBM(ハイパーメガブラスターマグナム)の過剰な反動と、無茶な連射による負荷で、僕のアバターの両腕は無残にも欠損していた。断面からは赤いポリゴンが断続的に噴出し、HPバーは危険域(レッドゾーン)で点滅を繰り返している。
瓦礫の陰に身を潜めながら、僕は歯痒い思いで戦況を見守るしかなかった。
回復アイテムを使いたいが、腕がないためストレージの操作もままならない。自然回復(オートリジェネ)を待つか、誰かに助けてもらうしかない状況だ。
だが、今の戦場に僕を助ける余裕のある者はいない。
目の前にあるログハウス。そこに、悪夢が顕現していた。
ほんの数分前、漁夫の利を狙って装甲車と共に突撃していった強豪チーム『MMTM』。
彼らの勝利を疑う要素はなかったはずだ。数で勝り、装備で勝り、奇襲というアドバンテージもあった。
しかし──。
『Dead』
『Dead』
『Dead』
僕の視界の端にあるログウィンドウに、無機質な死亡通知が滝のように流れ始めた。
銃声は聞こえる。だがそれは一方的な悲鳴に近い。
ログハウスの中からは、MMTMのメンバーたちの怒号と、それを嘲笑うような高笑い、そして時折、不気味な光刃(フォトン・ソード)の閃光が漏れ出してくるだけだ。
姿は見えない。
だからこそ、恐怖が増幅する。
熟練のプレイヤーたちが、手も足も出ずに「処理」されていく。
まるで、獰猛な猛獣の檻に放り込まれた仔羊のように。
やがて、最後の銃声が止んだ。
静寂が戻る。
ログウィンドウには、MMTM全滅の文字。
ほんの数分。カップラーメンが出来上がるよりも短い時間で、優勝候補の一角が「喰い尽くされた」のだ。
「……MMTMが、全滅…?」
少し離れた場所で、レンが立ちすくんでいた。
彼女の小柄なアバターが、ありえない、と言わんばかりの表情を浮かべていた。
彼女はP90を握りしめているが、足が凍りついたように動かない。
確かにピトフーイがこれで死ななかったことは嬉しい。しかし、それ以上にあの状況でも敵を殲滅できるピトフーイの異常さを僕たちはまざまざと見せつけられていた。
「……あんなのにどうやって勝てば良いの?作戦、作戦を考えなきゃ…!」
レンが悲痛な声を漏らす。
彼女は自分の太ももを拳で叩くが、足は鉛のように重い。
恐怖心だけではない。極度の緊張とプレッシャーが、彼女の身体感覚を狂わせているのだ。
ピトフーイへの恐怖、Mの懇願、僕への責任感。それらが複雑に絡み合い、彼女をがんじがらめにしている。
その時、通信機越しにノイズ混じりの声が響いた。
『──おーい、レン。聞こえてるかー?とりあえずさ、私たち突撃するわ!』
『早くついて来な!レン!お前ら!突撃するよ!!』
フカ次郎とエヴァだ。
「えっ!?ちょっとフカ!ボス!何勝手に突撃してるの!?作戦立てたきゃピトさんに勝てっこないよ!!––––あいたっ!?」
フカ次郎達を止めるべく足を前に出そうとしたレンは不自然な重さに足を引かれ転んでしまう。
そこにはフカ次郎が先程まで所持していたグレネードランチャーと靴紐が結び付けられていたのである。
「フカ!?どういうつもり!?あぁ!もう!」
彼女らに追いつくために必死に結び目を解こうとするが、巧妙に結ばれており、レンの内心の焦りも相まって簡単に解くことは出来なかった。
『その紐を解いた者は、王になるだろう〜! ま、ゆっくりほどきな〜』
「……え?王ってアレキサンダーじゃないん、だから……。」
レンの手が止まる。
唐突な謎掛け。王になる……? 紐を解いた王……?
彼女の脳裏に、ある逸話が閃く。
──ゴルディアスの結び目。
「その結び目を解いた者が、アジアの王になる」という伝説。
多くの者が手で解こうとして失敗する中、アレキサンダー大王はどうしたか。
「……そういうことか!」
レンは顔を上げた。瞳から迷いが消える。
彼女は腰のコンバットナイフを引き抜くと、逆手に構え、躊躇なく自分のブーツへと振り下ろした。
ザシュッ!
鋭い音がして、固く結ばれた靴紐が断ち切られる。
物理的な拘束と共に、彼女の心を縛っていた見えない鎖もまた、断ち切られたようだった。
ブーツは少し緩くなったが、今の彼女には関係ない。
「ありがとう、フカ!あぁ、もう、どうなって知らないからね!!ピトさんのこともどうだっていい!!私は優勝して〇〇のことを美味しくいただきます!!! ……〇〇、行ってきます!」
––––あ、うん。
ピンクの弾丸が、爆発的な加速で地面を蹴った。
目指すはログハウスの裏手に広がる、最終決戦の地──間欠泉フィールドだ。
シューーーッ!!
轟音と共に、熱湯と蒸気が地面から噴き上がる。
視界の悪い岩場。硫黄の匂いと湿気が充満する過酷なフィールド。
そこに立っていたのは、ただ二人。
互いに満身創痍のレンと、ピトフーイだけだった。
「アハハハハハハッ! さっすがレンちゃん!!私をここまで楽しませてくれるなんて!」
ピトフーイが叫ぶ。
彼女のアバターもボロボロだ、シャーリーによる狙撃によってヘッドバイザーは外れかけ、度重なるナイフによる斬撃でアバターの所々が赤いポリゴンの斬撃痕が刻まれていた。
だが、その瞳は爛々と輝き、生命力に溢れている。
対するレンも、体中が煤と傷だらけだ。
「ピトさん! あなたを殺して、私が勝ちます!」
「いいわよぉ! できるものならやってみなさい! 私の命、骨の髄までしゃぶり尽くして!」
開戦の合図などない。
二つの影が同時に動いた。
銃声。金属音。そして肉が弾ける音。
それは戦闘というより、互いの魂を削り合う舞踏だった。
僕は、その戦場になんとか追いついていた。
途中まで、腕がないため匍匐前進と走りを繰り返す無様な移動だったが、何とか岩陰に滑り込むことができた。
(……すごい。二人とも、速すぎて目視できない)
僕は息を潜めながら、ふと手元のサテライトスキャン端末を確認した。
次のスキャンまで、あと数秒。
端末の画面が更新される。
──ピコン。
(……ッ!?)
僕は息を呑んだ。
マップ上の光点は、レンとピトフーイを表す光点以外にも1つ。
北側の崖下。死角になるルートから、最後の光点が急速に接近してきていた。
チーム『T-S』。
前回のSJにはいなかったチーム、実力は未知数だが、こちらに近づいて来ているのは確かだ。
(まずい……!香蓮に伝えるか!?)
彼らは完全に、レンとピトフーイの共倒れを狙っている。
今、僕が飛び出せば、彼らに気づかれるかもしれない。
それに、今の僕には戦う力がない。
僕は歯を食いしばり、岩陰に身を隠したまま、回復アイテムのウィンドウを開いた。
(足りるか……?)
数少ない残っている回復キットを全て使い切る。
緑色の光が僕の身体を包み、HPバーが回復する。
しかし、全快には程遠い。せいぜい、あと一発……HMBMの反動に耐えられるギリギリの量だ。
(一発勝負だ。……頼むよ、レン。勝ってくれ)
僕は祈るように、激闘を繰り広げる二人を見つめた。
–––––––––––––––
––––––––––
–––––
戦いはクライマックスを迎えていた。
互いに弾を撃ち尽くし、サブウェポンも失った。
残るは己の肉体のみ。
「ガアアアアッ!!」
レンが獣のような咆哮を上げ、ピトフーイの懐に飛び込んだ。
ピトフーイが落ちていた拳銃を拾い、トリガーに指をかける。
「レンっ!!」
––バンッ
「外れた!?チッ、小癪なおチビちゃん!!」
先程まで地面に伏せていたフカ次郎がナイフを投擲し、ピトフーイの拳銃の銃口を逸らす
その一瞬を見逃さず、大きく口を開け、ピトフーイの無防備な喉笛へと食らいついた。
ガブッ!!
システム外攻撃、噛みつき(ラビット・バイト)。
現実ではあり得ない攻撃だが、このVR世界では「強いイメージ」が攻撃力に変換される。
レンの「絶対に殺す(救う)」という殺意が、牙となってピトフーイのHPを削り取る。
「……あ、ガ……ッ、アハ、ハ……最高……これで私は–––––」
「死にません!ここで死んでも、リアルのピトさんは死にません!それに、ちゃんと彼氏の紹介だってまだ、できてないんですから!」
「……あー、そう、いえばそんなこと言ってたような。」
「はい!他にも今回は私の勝ちですから、前に結んだ女の約束、守ってくださいね?」
「金打(きんちょう)、か。そうだったね。」
「そうです。だからこのあともちゃんと生きて、約束守ってください–––ねっ!!」
最後のひと押しと言わんばかりに更にピトフーイの喉元に噛み付く。
その瞬間、赤いポリゴンエフェクトと共にピトフーイの手から力が抜け、HPバーが0になった。
《Dead》
最強の狂人、ピトフーイ脱落。
レンは口元についた赤いポリゴン(血のエフェクト)を拭い、荒い息を吐きながら立ち上がった。
「……勝っ……」
勝利の雄叫びを上げようとした、その時だった。
ダダダダダダダダダッ!!
勝利の余韻を、乾いたアサルトライフルの連射音が無慈悲に引き裂いた。
無数の銃弾が、消耗しきっていたレンの背中を、そして駆け寄ろうとしていたフカ次郎の身体を貫いた。
「え……?」
レンが目を見開いたまま、力なく崩れ落ちる。
フカ次郎もまた、穴だらけになって地面に転がる。
《Dead》
《Dead》
あまりにも呆気ない幕切れ。
岩肌から現れたのは、フルフェイスのヘルメットに軽装のプロテクトアーマーを着たT-Sチームの6人だった。
「やったか?」
「おい、サテライトスキャンを確認しろ。また終わってないぞ。」
チームメンバーの一人が空を見上げる。
そこにはまだ、優勝決定のファンファーレは鳴り響いていない。
彼らは周囲を警戒し、1箇所に固まった。人数有利の場合の定石だ、グレネード程度であれば全滅することは無い。
だがこれは良くも悪くもGGO、SFの世界が舞台のFPS。
イレギュラーは、存在する。
彼らが周囲を見渡し始めたその瞬間。
–––––極光が、全てを包んだ。
僕は静かに岩陰から這い出て、HMBMを構える。トリガーにはまだ指をかけない。
T-Sの連中はまだ、僕の存在に気づいていない。
不思議と、怒りはなかった。
心にあるのは、ただ静かな、深い愛の自覚だけだった。
(……ありがとう、香蓮)
僕はHMBMを構え、チャージを開始する。射撃予測線は見せないようにトリガーをかけ、銃口を地面に向けてチャージする。
キュィィィィン……という高周波音が響き渡るが、彼らが気づいた時にはもう遅い。
(そして、ごめん。最後まで盾になって守ってあげられなくて)
標的達の場所は運良く1箇所、その場所をスコープの中に、密集している6人のアバターを捉える。
クイックショット。
準備期間に訓練場で死ぬほど練習した技。
幸い、この武器とGGOにおけるクイックショットとの相性は良かった。
なぜならこの武器の特徴としてチャージさえできれば直撃させる必要ない。特にPVPにおいて、この武器は掠らせるだけで相手に致命傷に至らせることができるからだ。
今回の戦いで、僕は身を持って知った。
彼女が傷つく姿を見るのが、こんなにも辛いということ。
彼女が他の誰か(ピトフーイや、クラレンスや、このハイエナたち)に触れられるのが、こんなにも許しがたいということ。
(香蓮がいつも向けてくれる、あの重たい気持ち……やっと分かった気がするよ)
(僕も君と同じくらい……いや、それ以上に)
僕はトリガーに指をかけた。
(君を誰にも渡したくないし、君の世界を汚す奴らは消えてほしいんだ)
HPバーは三分の一程度。
この一発を撃って仕留められなければ反動で僕も死ぬかもしれない。
それでも構わない。
これは僕の愛の証明であり、彼女への手向けだ。
(だから──これで、最後だ!)
『ドギューーーーン!!』
「「「「「「はっ?」」」」」」
「え?」
轟音と共に、極太の光線が放たれる。
それは一直線にT-Sのチームを飲み込み、彼らが悲鳴を上げる間もなく、その存在を光の中で蒸発させた。
地面が抉れ、岩が溶け、視界の全てが白く染まる。
同時に、僕のHPバーも残り1ミリにになった。何とか生き残れたようだ。
反動ダメージの演出で視界が赤色に染まっていく中、空に輝く文字だけが、鮮明に焼き付いた。
《Congratulation!!》
––––––––––––––––––––
–––––––––
–––––
意識が浮上する。
無機質なデジタルの感覚から、重力のある現実へ。
アミュスフィアを外した瞬間、独特の倦怠感と共に、部屋の空気が肌に触れる。
まだ視界がぼやけている中、隣から激しい衣擦れの音がして、ドンッ! という衝撃が僕を襲った。
「〇〇!! 腕! 腕は!?」
香蓮
彼女は僕に覆いかぶさり、涙目で僕の右腕を掴み、袖をまくり上げている。
「治ってる!? 痛くない!? さっき吹き飛んで……あぁ、よかった、ちゃんと付いてる……!」
彼女は現実とゲームの区別がつかなくなっているほど錯乱していた。
必死に僕の腕をさすり、自分の頬を押し付け、存在を確認している。
温かい。柔らかい。
GGOのアバターとは(色んな意味で)違う、本物の彼女の体温。甘いシャンプーの香り。弾力のある肌の感触。
僕は彼女の震える背中に腕を回し、強く抱きしめた。
──ただいま、香蓮。……うん、現実はちゃんと付いてるよ。大丈夫。
「うぅ……っ、〇〇ぅ……! よかったぁ……!」
彼女は僕の胸に顔を埋め、安堵の涙を流した。
僕の心臓の鼓動を聞くように、耳を押し付けてくる。
しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した香蓮は、潤んだ瞳で僕を見つめた。
その顔は涙で濡れていたが、同時にとろけるような熱を帯びていた。
「……最後の光、見ました」
──うん。
「モニター越しでしたけど……何となくだけど、〇〇の言いたいこと、分かったよ。……私、愛されてますね。」
彼女は嬉しそうに、妖艶な笑みを浮かべる。
「ドームで嫉妬してくれた時も、頭がおかしくなるくらい嬉しかった。〇〇も私と同じなんだって。……私のこと、誰にも渡したくないって、独り占めしたいって思ってくれてるんだって」
──ああ。自分でも驚いたよ。
僕は彼女の乱れた髪を指で梳く。
──香蓮を誰にも触れさせたくない、僕だけのものにしたいって……本気で思ったんだ。君の重さを、心地いいとさえ思った。
「……ふふ。嬉しい。最高の褒め言葉です」
香蓮は僕の首に腕を回し、耳元で囁いた。
その吐息が、鼓膜を震わせ、背筋に甘い電流を走らせる。
「さて……約束、覚えてますよね?」
彼女の声が、ねっとりとした湿度を帯びる。
「傷ついた分だけ、HPが減った分だけ……たっぷりと『治療』するって」
香蓮の手が、僕のシャツのボタンに掛かる。
一つ、また一つと外されていく。
「ゲームの中では腕が無くなっちゃいましたけど……私が全部、愛して治してあげますから」
彼女は僕をベッドへと押し倒した。
覆いかぶさる彼女の長い髪が、カーテンのように僕たちの世界を外界から遮断する。
「ここも、ここも……全部、私の愛で埋めてあげる。」
彼女は僕の右腕に口づけを落とす。
手首、肘の内側、二の腕。
まるで聖痕を確認するかのように、丁寧に、執拗に唇を這わせていく。濡れた舌先が肌をなぞり、そこに赤い印(キスマーク)を残していく。
その感触は、GGOでの回復エフェクトとは比べ物にならないほど、生々しく、鮮烈で、官能的だ。
──ん、香蓮……。
「ん……動かないで。治療中ですよ、患者さん。」
彼女は悪戯っぽく微笑むと、今度は僕の胸元、そして首筋へと唇を移動させた。
彼女の重みが、心地よい。
183センチの彼女の身体が、僕を包み込み、逃さないように絡みついてくる。
「……んッ」
彼女の唇が、僕の唇を塞いだ。
深く、絡みつくような接吻。
互いの呼吸を奪い合い、唾液を交換し、存在そのものを確かめ合う。
GGOで感じた喪失感も、守りきれなかった悔しさも、勝利の喜びも、すべてがこの熱の中に溶けていく。
彼女の舌が、僕の口内を蹂躙し、支配する。それはGGOでの彼女の戦いぶりと同じくらい激しく、そしてどこまでも甘い。
「〇〇……大好き。愛してる。……もう、離さないから。」
唇が離れた瞬間、銀色の糸が引いた。
彼女の瞳は、情欲と独占欲でとろとろに溶けている。
この重さこそが、僕たちが生きている証であり、愛し合っている証明だ。
僕は彼女の腰に手を回し、そのすべてを受け入れるように強く抱き返した。
窓の外では、現実の春の風が吹いているかもしれない。
だが、この部屋の中だけは、濃厚な愛の熱気が充満していた。
夜はまだ、始まったばかりだ。
二人だけの、終わりのない治療時間は、朝が来るまで続くだろう。
楽しんでいただけたでしょうか?
作者として満足したのでSJやGGOの描写はこれ以降得に要望が無ければフレーバー程度にしか書きません。
次回からはいつも通りイチャメインで書いていくのでお楽しみに〜。
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