ヤンデ"レン"(完結済み)   作:狩宮 深紅

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お待たせしました。
しっかり休めたのでペース戻していきますね。



もてなす彼女

 

 

 

僕には、お菓子よりも甘くて、そして独占欲の強い(素敵な)彼女がいる。

 

これはSJ2というGGOの狂宴が終わり、春の足音がはっきりと聞こえ始めた頃の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––––––––––––

 

 

三月下旬。

分厚いコートが必要だった厳しい寒さもようやく和らぎ、窓から差し込む陽光には、確かな春の温もりが混じり始めていた。

 

小比類巻香蓮のマンションのリビングには、現在、甘く華やかな香りが立ち込めている。

僕はキッチンのカウンターに立ち、有名パティスリーで予約しておいた色とりどりのマカロンや、焼き立てのフィナンシェ、そして季節のフルーツをふんだんに使ったタルトなどを、見栄え良く大皿に盛り付けていた。

傍らでは、お湯が沸くのを待つティーポットが、静かに湯気を立てている。

 

今日は、特別なお茶会の日だ。

GGOの大会、SJ2において、打倒ピトフーイのために一時的な同盟を結んだチーム『SHINC』の面々を招いての、ささやかな感謝祭である。

大会の最中、僕とレン(香蓮)が絶体絶命のピンチに陥った時、彼女たちが文字通り身を呈して囮になってくれたおかげで、僕はあの最後の一撃を放つことができた。

 

そのお礼として、「現実(リアル)でたくさんのお菓子をご馳走する」という約束を果たそうというわけだ。

 

──よし、こんなものかな。紅茶の茶葉も、香蓮が好きなアールグレイと、甘いお菓子に合うダージリンを用意したし。

 

僕が盛り付けの最終確認をしていると、背後からスッと、長い腕が僕の腰に回された。

 

「……ねぇ、〇〇」

 

耳元で、甘ったるい、少し拗ねたような声が囁かれる。

振り向かなくてもわかる。183センチの長身を少し屈め、僕の背中にぴったりと張り付いてきたのは、この部屋の主である愛しの彼女だ。

 

──どうしたの、香蓮。もうすぐみんな来る時間だよ?

 

「分かってるよ。分かってるけど……」

 

香蓮は僕の背中に顔をグリグリと押し付けながら、長い息を吐いた。

 

「本当は、〇〇が淹れてくれた紅茶も、〇〇が綺麗に並べてくれたこのお菓子も……全部、私だけで独占したかったなあって。女子高生なんて呼ばないで、二人きりで甘いお茶会がしたかったなあって、思っちゃって」

 

SJ2の死闘を乗り越え、あの激重な「濃厚な治療(ご褒美)」の数日間を経てからというもの、彼女の僕に対する執着と甘え具合は、さらに一段階ギアが上がったような気がする。

一時も離れたくない、僕のすべてを自分だけのものにしたいという独占欲が、隠すことなくストレートに表現されるようになった。

 

──あはは、同盟の感謝祭なんだから仕方ないでしょ。彼女たちがいなかったら、僕たちはピトフーイさんを倒せなかったかもしれないんだから。

 

「それはそうなんだけどさぁ……。〇〇が他の女の子のためにおもてなしの準備をしてるのを見るのが、ちょっとだけ面白くないの」

 

むすっとした表情で僕を見下ろしてくる彼女が、たまらなく愛おしい。

僕は苦笑しながら、盛り付けたばかりのタルトから、艶やかなイチゴを一つフォークで刺した。

 

──ほら、一番美味しそうなイチゴ。つまみ食い、許してあげるから機嫌直して?

 

僕がフォークを差し出すと、香蓮の瞳がパァッと輝いた。

 

「……あーん」

 

彼女は小さく口を開け、僕の手から直接イチゴを受け取る。

甘酸っぱい果汁を味わいながら、彼女は幸せそうに頬を緩めた。

 

「……ん、美味しい。〇〇に食べさせてもらったから、百倍美味しい。」

 

──単純だなぁ。さ、おもてなしモードに切り替えてね。

 

「はぁーい。〇〇の頼みなら、完璧な大人の女性を演じてみせますとも。」

 

そんな他愛のないイチャイチャを繰り広げていると、タイミング良くエントランスのインターホンが軽快なメロディを奏でた。

 

 

 

 

 

 

「香蓮さん、〇〇さん! 本日はお招きいただき、本当にありがとうございます!」

 

玄関のドアを開けると、そこには私服姿の可愛らしい女子高生たちが6人、勢揃いしていた。

先頭に立ち、極めて美しい姿勢でお辞儀をしたのは、彼女たちのリーダーである新渡戸咲(にとべ さき)さんだ。

GGOでは『SHINC』として、屈強な巨体アバターを操り、対戦車ライフルをぶっ放していた彼女達だが、現実世界の姿はとても小柄で、礼儀正しく、どこからどう見ても育ちの良い清楚な女子高生である。

 

SJ1の後に香蓮は一度顔を合わせているため、ガチガチの初対面というわけではないが、彼女の持つ生真面目なオーラは健在だった。

 

──いらっしゃいみんな。待ってたよ。さっそくリビングに入って。

 

「失礼いたします! わぁ……相変わらず、すっごく広くて綺麗なお部屋ですね!」

 

「香蓮さん、今日の服もすごく似合っててかっこいいです!」

 

女子高生特有の華やかな声が、静かだったマンションの一室を満たしていく。

彼女たちは、モデルのように背が高く美しい香蓮のことを、大人の女性として、そして純粋な憧れの対象として慕っている。香蓮も、同性から向けられるキラキラとした羨望の眼差しは嫌いではないらしく、満更でもない様子で微笑んでいた。

 

「みんな、よく来てくれたね。今日は遠慮せずに、たくさん甘いものを食べていってね」

 

香蓮が完璧な「頼れる綺麗な女性」の笑顔でリビングへと案内する。

 

 

大きなローテーブルを囲むように座り、お茶会がスタートした。

僕がタイミングを見計らって人数分の紅茶を淹れ、それぞれのお皿にスイーツを取り分けていく。

 

「うわぁ……! これ、駅前のすごく有名なケーキ屋さんのですよね!? 予約しないと買えないって聞いてたのに!」

 

「マカロンもすっごく可愛いです! 食べるのがもったいないくらい!」

 

色めき立つ彼女たちを見て、僕もささやかながら準備した甲斐があったと嬉しくなる。

 

「さあ、SJ2での共闘と、私たちの同盟の勝利に乾杯しましょうか」

 

香蓮の音頭で、ティーカップが優しく触れ合う。

話題は自然と、つい先日まで熱中していたGGOの大会、SJ2の振り返りへと移っていった。

 

「それにしても、あの時の〇〇さんの狙撃……本当に痺れました! 私たちが囮になって作った一瞬の隙を、完璧に撃ち抜いてくれて!」

 

咲さんが目を輝かせて身を乗り出す。

普段は丁寧な敬語を崩さない彼女だが、GGOでの戦いの話になると、やはりどこか熱いゲーマーの魂が顔を覗かせる。

 

「そうそう! 盾ごとMさんを吹き飛ばしたあの極太のビーム、リアルで声出ちゃいましたよ!」

 

「でも、あの武器撃った後、〇〇さんのアバター、両腕が吹き飛んでましたよね? 私たち、ログ見てヒヤヒヤしてました」

 

──あはは、あれはロマンの塊だけど、諸刃の剣だからね。あの時は香蓮を守るのに必死で、後先考えてなかったから。

 

僕が照れ隠しに笑いながら答えると、女子高生たちは「おぉ〜」と感嘆の声を漏らした。

 

「自分の腕を犠牲にしてまで香蓮さんを守るなんて……本物のナイトみたいでかっこいいです!」

 

「香蓮さんも、最後はピトフーイさんに噛みついて倒したんですよね!? あの執念、私たちも見習わなきゃって部活で話してたんですよ!」

 

和気あいあいとした雰囲気で、お茶会は順調に進んでいった。

 

 

 

……ここまでは、本当に平和で楽しい感謝祭だったのだ。

 

 

 

 

 

 

火種は、ほんの些細なことだった。

お茶会も中盤に差し掛かり、ティーポットのお湯が少なくなってきたことに気づいた僕は、静かに席を立ってキッチンへと向かった。

新しい茶葉を用意し、手際よくお湯を注ぎ、ついでに空いたお皿を片付けていく。

その僕の自然な動きを見て、新体操部のメンバーの一人が、感心したように声を上げた。

 

「〇〇さんって、本当に気が利きますよね。私たちのお茶がなくなるタイミング、完璧に把握してくれてるし」

 

「それに、お菓子の切り分け方もすごく綺麗だし、なんだかすごく家庭的ですよね。こんな素敵な彼氏さんがいて、香蓮さんが羨ましいです!」

 

無邪気な女子高生たちの、何の裏表もない純粋な称賛。

 

「本当ですよね。お二人を見ていると、まるで本物の新婚のご夫婦みたいで、私たちまでなんだか幸せな気分になっちゃいます!」

 

咲さんまでが、ニコニコと微笑みながらそんなことを言った。

 

「新婚夫婦」

 

その甘い響きに、香蓮の肩がピクリと跳ねた。

最初は、頬を赤らめて嬉しそうにはにかんでいた。僕と夫婦に見えると言われたのだから、彼女にとってこれ以上ない誉め言葉だったはずだ。

 

しかし。

数秒後、香蓮の頭の中で、ある危険な思考回路がショートした。

 

(……待って。この子たち、今、私の〇〇を『素敵だ』って言った? 私の〇〇の家庭的さや、優しさの魅力に気づいてしまった……?)

 

他のメス(女子高生)が、自分の最愛の恋人を「良い男だ」と評価した。

 

その事実が、香蓮の中に眠るヤンデレ気質な独占欲のスイッチを押し込んでしまったのだ。

 

僕が新しい紅茶をテーブルに運んで戻ってきた時、リビングの空気は、春の陽気から一転して、シベリアの永久凍土のような冷ややかさに包まれていた。

 

──お待たせ。紅茶のおかわりだよ。

 

僕が席に着こうとした瞬間だった。

 

「〇〇っ」

 

香蓮が、自分の席からスライドするように僕の隣に移動し、腕にぎゅっとしがみついてきた。

ただ抱きつくだけではない。彼女の豊かな胸が僕の腕に強く押し付けられ、距離感はゼロ。というより、半分僕の膝の上に乗り上げているような状態だ。

 

──えっ、ちょ、香蓮? みんな見てるよ?

 

「いいの。……ねぇ、〇〇。私、このケーキ食べたいな。〇〇、食べさせて?」

 

香蓮は完璧な微笑みを浮かべたまま、フォークを僕の手に握らせた。

 

──いや、自分で食べられるでしょ……。

 

「あー、んっ♡」

 

僕の戸惑いなど無視して、香蓮は口を大きく開け、目を閉じて待機している。

これ以上拒否すれば、後でどんな倍返し(ご褒美という名の拷問)が待っているか分からない。僕は諦めて、ケーキを一口分切り分け、彼女の口に運んだ。

 

「……ん〜っ! 美味しい! 〇〇が食べさせてくれたから、世界一美味しい!」

 

香蓮はこれ見よがしに、とろけるような声を上げる。

そして、彼女の視線が、対面に座る咲たち女子高生へと向けられた。

 

香蓮の顔は笑っている。だが、その瞳には光がない。

まるでGGOの戦場で、僕に銃口を向けた敵プレイヤーをオーバーキルした時のような、絶対零度の眼差し。

 

『──私の〇〇に、少しでも色目を使ってみなさい。どうなるかわかってるわよね?』

 

声には出さない。だが、その圧倒的な覇気とマーキング行動が、雄弁に物語っていた。

彼女は、自身の縄張りを侵そうとする者(全くそんなつもりはない女子高生たち)に対し、全力で「所有権」を主張し、牽制をかけていたのだ。

 

「あ……えっと……」

 

女子高生たちが、突如として放たれた異様なプレッシャーに息を呑む。

 

その時だった。

リーダーである新渡戸咲が、目にも留まらぬ速さで立ち上がった。

 

「……っ! す、素晴らしい絆ですね! 私たち、お二人の愛の深さに心から感動いたしました!」

 

咲さんは、冷や汗を流しながらも、極めて美しい姿勢で90度のお辞儀をした。

GGOにおいて、冷静な状況判断で部隊を指揮する『ボス』の危機察知能力が、現実世界でも遺憾なく発揮された瞬間だった。

 

「そ、そういえば! 私たち、この後すぐに新体操部の特別練習が入っていたのをすっかり忘れておりました! 誠に名残惜しいですが、本日はこれにてお暇させていただきます!」

 

「え!? あ、うん! そうだね、練習遅れちゃう!」

 

「ご、ごちそうさまでしたぁーっ!」

 

咲さんの的確な空読みと撤退指示により、他のメンバーも弾かれたように立ち上がり、荷物をまとめる。

 

──え? いや、まだお茶も入れたばかりだし……。

 

僕が引き留めようとするが、咲さんは綺麗な敬語を崩さないまま、僕に向かって力強く首を横に振った。

 

「お気遣いなく! 〇〇様、香蓮先輩を、どうか末永くお幸せになさってください! 絶対に! 私たちは一切お邪魔いたしませんので!!」

 

それは、完全なる降伏宣言にして、不可侵条約の締結だった。

咲たちは嵐のような手際で帰り支度を済ませると、「ありがとうございましたー!」という声を残して、風のようにマンションから去っていった。

 

 

 

 

 

 

バタン、と玄関の扉が閉まる音が響き、リビングには再び静寂が戻った。

 

大量に余ってしまったケーキと、淹れたての紅茶の湯気だけが、先ほどまでの喧騒の痕跡として残っている。

 

僕は深くため息をつき、僕の腕にしがみついたまま、満足げな表情を浮かべている長身の彼女を見下ろした。

 

──……香蓮。駄目じゃないか恩人の女子高生相手に、威嚇しすぎだよ。

 

僕が苦言を呈すると、香蓮は全く悪びれる様子もなく、僕の肩に頭をすりすりとおしつけてきた。

 

「むぅ……仕方ないじゃない。あの子たち、〇〇のこと『素敵だ』って目をしてたもん。〇〇が優しすぎるから、泥棒猫が寄ってきそうになっちゃうんだよ」

 

──そんな目してないし、誰も僕なんか盗まないよ。

 

「するの! 〇〇の魅力を分かってないのは〇〇だけなんだから! ……それに」

 

香蓮は僕の胸元に顔を埋め、下から僕を見上げる。

その潤んだ瞳は、先ほどまでの冷酷な捕食者のそれではなく、僕にだけ見せる、とびきり甘くて重たい小動物の瞳だった。

 

「だって、〇〇は私だけの……私の、旦那様になる人だもん。他の誰にも、ちょっとだって分け与えたくないの」

 

旦那様。

その言葉の響きに、僕の心臓が大きく跳ねた。

北海道の実家で彼女のお父様に宣言した「将来の結婚」という言葉が、彼女の中で確かな現実として根付いていることが分かって、呆れよりも愛おしさが勝ってしまう。

 

──……君のその重さには、一生敵わないな。

 

僕は降参の印として、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「一生敵わなくていいよ。……万が一のことがあっても一生、私が〇〇を檻に閉じ込めてあげるから」

 

香蓮は嬉しそうに微笑むと、僕の首に長い腕を回し、ソファーへと僕を押し倒した。

 

春の暖かな日差しが差し込むリビング。

誰にも邪魔されない特等席で、僕たちは冷めかけた紅茶の代わりに、お互いの甘い体温を確かめ合うように深く口づけを交わした。

 

彼女の愛という名の重たい檻の中で過ごす未来も。

僕にとっては、何よりも幸せなゴールなのだと、改めて確信しながら。




この話を含めてあと5話で〆るつもりです。
最後まで書ききるつもりですので最後までお付き合いしていただけると嬉しいです!

今回の感想や評価をいただけると嬉しいです!
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