しわくちゃの布団、シンクに置かれた洗われていない食器、埃のついた閉められっぱなしのカーテン。
必要最低限の生活用品しか残っていない生活感の消えた薄暗い部屋で、1人の男ーー
手には『僕のヒーローアカデミア』というジャンプコミックの単行本がある。
彼は、その1話目の『緑谷出久:オリジン』を見て号泣したのだ。
「いずくぅ……よかっ、よかったなぁ……っ!」
僕のヒーローアカデミア。
個性という名の超能力を世界総人口の約8割が持つ、超人社会と化した世界の物語。
私利私欲に個性を使う
個性を持たない、無個性の少年
個性を持たないがゆえに誰からも認められなかった少年緑谷出久が、憧れていたNo1ヒーローのオールマイトに認められ「君はヒーローになれる」と言って貰えた、緑谷出久の原点となる話。
ようやく落ち着きを取り戻したのか、善継は涙の止まった目を擦り、鼻水を啜る。余程泣いたのだろう、鼻をかんだティッシュペーパーが小さなゴミ箱から溢れそうになっていた。
視界に入ったそれを見て、思わず笑う。
「いくらなんでも泣きすぎでしょ……」
彼自身、泣き虫だと言われる事はあったし、その自覚もあった。
映画であろうが漫画であろうが小説であろうが、感動したらすぐに泣くその姿に、友人から揶揄われることも数えきれないほどあった。
それでも、これほど泣いたのは彼の記憶になかった。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、最後のシーン。
緑谷出久と、オールマイトが対峙する場面。
少年の想いが報われた瞬間。
『君はヒーローになれる』
力を持たない少年がそれでも誰かの為に走り出した。その勇気を憧れの人に認められた。
彼はその姿をカッコいいと思った。彼のその姿に自分もそうなりたいと思った。
漫画の中の登場人物でありながら、緑谷出久は渡世善継の憧れになった。
電気の消されたその部屋を、ノートパソコンの無機質な明かりが満たしていた。
1人の少女ーー
涙に歪む視界に映るのは、机の上のノートパソコンの画面。
そこには、昔起きた大災害、その直後の1人のヒーローのデビュー動画が流されていた。
No1ヒーロー、オールマイト。
人々を笑顔で救い出す最高のヒーロー。
誰にも負けない最強のヒーロー。
その姿を人々の心に焼き付けるナチュラルボーンヒーロー。
零れる涙を拭うこともせず、まるで縋り付くかのようにただひたすらにその雄姿を見つめ続ける。
「ボクは……ヒーローに、なれない」
絞り出した言葉は血の色を錯覚させる程に震え、また一筋涙が頬を伝う。
どれほどの苦悩の中でその答えを出したのか。
誰にもそれを悟らせずに今日まで至った少女の心は、今日粉々に打ち砕かれた。
ずっと、生まれた時からずっと己に問いかけて、行きつくのは自身の否定。
だというのに、今日出会ったばかりの同い年の少女は、初来にまるでヒーローを見るかのようなまなざしを向けてきたから。
まるで幼子が癇癪をおこすかのように、初来は再び己に突き付ける。
「ボクは、ヒーローになれない」
それが、生まれた時から己に問い掛けつづけた、遠藤初来の答えだった。
無意識に伸ばされた指先が画面をなぞる。
その先で笑顔を見せるオールマイトに、初来は届かない言葉を投げかける。
「ボクはヒーローになれないけど……そんなボクでも、貴方を支えられますか……?」
もう薄っすらとしか思い出せない前世の記憶、その中にオールマイトが重症を負っているという情報があった。
傷を隠し、誰かを救ける為に拳を振るい、誰かの心を救う為に「私が来た」と笑う。
そんな姿に心を打たれたから。
この人なら、嘘をついてようやく1人を救えた自分なんかよりよっぽど皆を救えると思ったから。
だから、遠藤初来はオールマイトを支える未来を望んだ。
この時から、遠藤初来の夢は『オールマイトのサイドキック』となったのだ。
瞬きの一瞬に流れた、ボクの
まるで終末を嘆くかのように、泣き出しそうな曇天が地平線の向こうまでをも覆いつくしていた。
風が吹く。
土埃の混じるそれは、瓦礫の山を幾つも越えてボクの足元を駆け抜けた。
瓦礫。
瓦礫。
瓦礫。
出来の悪い石畳のように一面に散らばる瓦礫は、かつて人々が日々を過ごしていた場所の残骸だった。
もう既に視界に人が生活できるようなところなどなく、人々の悲鳴と泣き声だけが生存者がいることを知らせている。
唐突に、地面が凍り付く。
念のため、軽く跳躍して回避してからもう一歩を踏み出す。
みんなも戦っている。知っていた筈の事実に、心が震える。一人じゃないと胸が熱くなる。
ふと、視線を感じた。
瓦礫の山が敷き詰められた大地から顔を出すように存在する小高い山。
その頂点に築かれた瓦礫の山の上で、一人の男が立っている。
短く切りそろえられた髪、整っていながらもどこにでも居そうな風貌、黒のスーツに覆われた巨躯。
なんの変哲もない男だというのに、ボクに根付くオリジンが全力で叫んでいる。
こいつは敵だ、と。
相容れない、倒すべき巨悪だ、と
足を踏み出す。
この地獄を作り出した男と、ボクは今から互いを否定しあうのだ。
距離が縮まる。
互いの攻撃が当たる距離で、ボクらは立ち止まる。
何を言えばいいのか、少しだけ悩んで、すぐの答えが出た。
今までずっと支えられていたから、その期待に応える為に。
目の前に立つ巨悪に、精一杯の啖呵を切る。
「来い、
2019/09/18 改稿
次話と話の流れが途切れてたりします、申し訳ございません
改稿前の話を見たことのある人に質問です。前と比べてどうでしょうか?
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こっちのほうがいい
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前のほうがいい