「初来。あんたこれ、どういうこと?」
家に帰り、ただいまと言ったボクに投げ掛けられた言葉だ。
リビングでボクを待っていたのはお母さん、霧裂姉さんと水騎。テーブルの上に置かれているのは雄英の合格通知だ。
「どういうこともなにも、無事合格しただけだよ」
「あんた、E判定だったじゃないのっ!」
不覚にも笑いそうになった。
そうだよね、10ヶ月前にE判定食らってた人間が受かるなんて普通思わないわ。だからこそ記念受験として雄英入試を受けさせて貰えたんだから。
「まさか、わざと点数低くしてE判定にしたの?!」
「そうだったらどれだけよかったか。完全に努力の賜物だよ」
言葉に詰まるお母さん。代わりに口を開いたのは霧裂姉さん。
「初来」
霧裂姉さんの静かな声には、同情と同時に我が儘を言う妹に対する怒りが込められていた。
「わざわざ言葉にしないといけない? わからない訳ないわよね、私達が反対する理由」
「わかってるよ」
「わかってない!」
響くお母さんの叫び声。
ボクを睨み付けるその目から、涙が零れる。
「お父さん、ヒーローになんてなったから殺されたのよ?!」
ボクがまだ小学生3年生の時に、お父さんは殺された。
ボクとお母さんの目の前で、殺された。
覚えてるさ、忘れる訳がない。
死ぬ直前の恐怖に呑まれたあの瞳も、それでもボク達に逃げろと言った声も、反撃の為に振り上げた拳も、足元に広がる血の海も。
血に染まった、犯人の様相も。
でも、それでもいつだってあの姿が脳裏に浮かぶんだ。
「救けたい人が居るんだ。誰よりも強くて、優しくて、皆の希望になったからこそ誰にも弱った姿を見せられない人が」
なんでだろうね、見て見ぬ振りしたって誰も責めないのに。
オールマイトだって、知らないふりして欲しいと思ってるだろうに。
「支えたい人が居るんだ。今はまだ誰よりも弱くて、それなのに敵わないって思えてしまう、誰よりもヒーローらしい人が」
出久君にボクがしてあげられる事なんてあるのかと思ってしまう。オールマイトが師匠で、麗日さんのような支えてくれる人がもう既にいるのに。
それでも、ボクが力になりたいんだよ。
「なりたいんだよ、ボクが。憧れた人達の力に」
「他の誰かなんてっ! あたしは、あんたさえ無事でいてくれたら、それだけで……っ!」
「はーい、そこまで」
まるで旬の蜜柑のような甘い声が響き渡る。この耳掻きボイスのような声は……
「撮香っ! あんたまた盗聴をっ! ……いや、今はそこはどうでもいいわ。後で相手したげるから盗聴を切りなさい。家族の話だから」
「えー、やだ」
撮香さんは一体何故話し合いに首を突っ込んだのだろうか?
というか、年齢考えてよ幼児か! だだっ子か!
「だってぇ、初来ちゃんがヒーローになれるかどうかの瀬戸際なのよー?」
「だからっ! あんたには関係ないっつってんのよ!」
「あるわよ。だって初来ちゃんは私達家族の『ヒーロー』だから」
断言する撮香さんに、ボクを含めた全員が息を呑む。
「ヒーローって……」
普段の撮香さんとの違いに動揺したのか、お母さんは二の句も告げずにいた。
「形取(かたどり)ちゃん、初来ちゃんがしてくれた事を全部話すわ。だから形取ちゃんも初来ちゃんの気持ちと向き合ってね」
撮香さんの言葉に、思わずといった様子でお母さんが頷く。
でも撮香さん、ボクが文書にやったことってただ一緒に遊んで、抱き締めながら慰めただけだよ?
しかも実は、未だに何で文書が無個性を自称してたのかわかってないし。
「子供達の前で話すようなことじゃないわ、形取ちゃんのお部屋に行きましょう」
「……えぇ、わかったわ。あんた達は部屋に戻ってなさい」
疲れた顔でそう言ったお母さん。恐らく、学生時代から似たような感じだったのだろう。撮香さん言い出したら聞かなさそうだからなぁ、お母さん振り回されてたんだろうなぁ。
「初来ちゃん、あとは撮香さんに任せておきなさい。全部ぜーんぶ解決しちゃうわよー」
普段の感じに戻った撮香さんがボクに語りかけてきた。
「ありがとうございます撮香さん。でも、なんでここまでしてくれるんですか?」
「さっきも言ったけど、初来ちゃんが私達の『ヒーロー』だからよ。……まぁ、未来の義理の娘の為っていうのもあるわ」
今宵一番の甘ったるい声がリビングに響き、空気が死ぬ。
リビングから出て行った筈のお母さんが、半分だけ身体を覗かせ、ボクをジト目で睨む。
「初来、言っておくけどね、文書ちゃんとの結婚はヒーローになること以上に反対だからね?」
ボクと文書の結婚、初耳なんですが……
「……まぁ、初来の気持ちもわからなくはないわ」
「霧姉ちゃん?!」
お母さんが出て行ったリビングで、霧裂姉さんが呟いた言葉に水騎が反応する。
「霧姉ちゃんは、初姉ちゃんが死んでもいいって言うのか?!」
「そういう話じゃないわよ」
綺麗なブロンドの髪を掻き上げ、霧裂姉さんはボクを見つめる。
「できるのにやれない、っていうのはしんどいわよね」
「霧裂姉さん……」
霧裂姉さんの言葉に、ボクは答えることができない。
この家で、最も応用範囲が広いのは間違いなくボクだ。
けれども、殺傷能力に限って言えば、最強なのは間違いなく霧裂姉さんなのだ。
個性『霧散』
範囲内にある任意の水分を霧に変え、一定以上の濃度になった霧の水分子から衝撃波を発生させる個性。
凡そバケツ一杯分の水で廃車を跡形もなく爆散させる、高威力な強個性。
霧裂姉さんは訓練を重ね、威力を対人レベルにまで落とせるようになった。そうしてヒーローを目指し……お母さんに反対されて、ヒーローを諦めた。
「力を持つと、どうしても出来ることやれることが増えるの。あの……馬鹿部長とか、一体何度霧散させてやろうと思ったことか……っ!」
「OLこえぇ……」
あの優しくいつも冷静な霧裂姉さんが毒を吐く姿に、思わず言葉が震える。社会の闇を見た気分だ。
「ん、んんっ……とにかく、初来は私達なんかとは比べ物にならないくらいの強個性なんだから、やっぱりそれを振るう場所を求めちゃうよね、って話よ」
「……そうなの? 初姉ちゃん」
涙目の水騎。ボクは正直に言う事にした。
「いや別に?」
「私の語りを無意味にするなっ。というか、今更嘘なんて吐くな」
いや、別に個性を自由に使いたいなんて思ってない……あ、いや。割りと自由に使ってるわ。それ全部規制されたらストレスマッハだわ。
「あのね、普通の人間は平和の象徴を救けたいなんて言わないし、考えることもしないのよ?」
「なんで知ってんのっ?!」
文書にしか言ってないのに!
内心で叫ぶと、霧裂姉さんは呆れたのか溜め息を吐いた。
「そりゃわかるわよ、さっきお母さんにも言ってたし。それにオールマイト以外のヒーローに見向きもしないんだから、すぐにピンと来たわ」
「初姉ちゃん、オールマイトのヒーローになりたいの? 無理だろ」
「水騎?!」
思ったこと正直に言い過ぎぃ!
抱きついて頭をぐりぐりと擦り付けてくる水騎を抱き締め、撫でる。
水騎の髪、これマジで材質何なの? 透き通った青の髪が微妙に光を放っている。
腰まで伸びたクリアブルーは、手を通すと微かに冷たい。竜宮城に居そうな感じだ。
「オールマイトのヒーロー諦めて、初姉ちゃんはずっと俺の姉ちゃんやってろよ」
「! 水騎はずっとボクの妹だよー!」
可愛い事を言う水騎を愛でる。
シスコン過ぎ、と霧裂姉さんが呟くが、知ったことではない。
ボクの妹が可愛い過ぎるのが問題だ! いや問題じゃない、真理だ!
お母さんが、リビングに戻ってきた。
目元は微かに赤い。きっと泣いたのだろう。
「初来、あたしはまだ納得してない」
「……うん」
撮香さんには悪いけど、それは予想できていた。
この短時間でお母さんの意見を変えるなんて、やっぱり無理だ。
入学手続きの期限まであと少しだけど、なんとかお母さんに自分の思いをぶつけていくつもりだ。
「……だから、ちゃんと証明して。あんたが死なないって事を」
「えっ、と?」
意味がわからず聞き返すと、お母さんはやれやれと首を振った。
「これなら死なないわ、ってあたしに思わせるくらい強くなりなさいってことよ。家族に心配されるヒーローなんてありえないから」
それって。
「いってきな、雄英」
「えっ、いいの?!」
なんで?!
撮香さん何したんですかマジで!
ありがとうございます!!
ガッツポーズをするボクを、お母さんはさっきとは真逆の、優しい目で見つめる。
「うぅ、負けねーし。文書ちゃんにはぜってー負けねーし」
「水騎、あんたそれ行き過ぎてるからね?」
水騎と霧裂姉さんがリビングに入ってくる。やっぱり聞いてたのか。
二人に抱きつくと微妙な顔をされたが、それでも最後は笑っておめでとうと言ってくれた。
そんなボク達の姿に、お母さんは薄く笑って。
「文書ちゃんとの結婚も、もう反対できないわね」
リビングの時間が止まった
えっ……?
初来ちゃん想定甘過ぎ問題。
そりゃお父さん目の前で殺されたらお母さんがヒーローに拒否反応示すの当たり前ですわ。
初来ちゃんにそれを覆すカードがないので撮香さんにでしゃばって貰いました。
ここでの会話は体育祭以降に書きます。全力でネタバレになるので。
会話の大雑把な流れ
撮香「初来ちゃん実技試験3桁得点で、過去最高クラスだって。それで特待生になるみたいね」
形取「ファッ?!」
撮香「初来ちゃん、雄英入らなくてもヒーロー免許取れちゃいそうだけど」
形取「ま、待って」
撮香「自力でヒーローになって干渉できなくなるか、雄英に入るの認めてコントロールするか、どっちがいい?」
脅 し 全 開
ちなみに初来が霧裂と水騎に抱きついた時の反応は乳圧に対してです。