君だけの『ヒーロー』   作:縦ロール兵装

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1週間と1時間の遅刻。
本当に申し訳ない、異常に筆が乗らなかったのと、テストで初来TUEEさせてたら酷く不快だったのでそこをどうにかしようと試行錯誤していました。その結果がこれだよ……

1時間分の遅刻は、単純に文書と一緒に登校させるのを忘れていたという致命的なミスが発覚したためです。


スタートダッシュ

 雄英高校へと続く登り坂。

 登校中の生徒達の中で、出久はふと、その顔を上げた。

 一筋の風が生徒達の間を駆け抜け、桜の花弁を舞わせる。

 立ち止まり、その行方を視線で追った先には、東京の街並みが遥か彼方まで続いていた。

 そこは、人々が暮らす場所だ。

 人々が何気ない日々を送る場所だ。

 

 出久が、護るべき場所だ。

 

 視線を登り坂へと戻し、出久は再び歩き出す。

 風に髪を靡かせ、少しの笑みを浮かべながら。

 ヒーローへの道を、進んでゆくのだった。

 

 

 

 その姿を、ボクと文書は隣で撮影していた。

 

 

 

「恥ずかしいからやめて欲しいんだけど?!」

 

 急に振り返った出久くんの顔が真っ赤になっていた。短い赤ネクタイが勢いで飛び出たのを直してあげる。

 さっきまでノリノリだった癖にぃ。

 

「引子さんに頼まれてるから却下です。親孝行する時だぞ!」

 

「くっ、撮るなら初来の痴態を撮りたかったらしいです……」

 

「人目! 滅茶苦茶笑われてるから! あと伝聞さん本当に何言ってるの?!」

 

 確かにクスクス笑いがそこらから聞こえてくるけど、そんな事を気にしてたらアップ用の写真とか全然撮れないし。

 文書の頭を風矢で撃ち抜いてから、風で浮かせていたボクのデジカメと引子さんから借り受けたホログラム撮影装置数台を回収してからサムズアップする。

 出久くんは膝から崩れ落ちた。お察しの通り、止めるつもりは毛頭ない。

 このままだと通学の邪魔なので出久くんの腕を取って立ち上がらせる。

 力が抜けきっていた出久くんだったが、それでも恥の上塗りは嫌なのか、なんとかといった様子で再び歩き出す。

 

「出久くん」

 

「……何?」

 

 ボクに向けられた出久くんのげんなりとした表情。

 真新しい、灰色を基調とし襟や袖、肩に濃緑のラインが入れられた学生服を着た出久くんは、やはり初々しくて。

 でも、二の腕の膨らみや背丈からすると厚めの胸板が、服越しにでも見て取れる。

 隠しようのない、出久くんの努力の証。

 見る人が見ればわかる出久くんの魅力に、思わずにやける顔を隠すように笑顔を作りサムズアップ。

 

「言い忘れてたけど、超カッコいいよ!」

 

「今言うの?!」

 

 出久くんの渾身のツッコミに、クスクス笑いが強くなる。

 やったね出久くん、緊張してた新入生も含めてみんな笑顔になったよ!

 

 

 

 

 

「いやー、でも本当に同じクラスになれてよかったよ。いやマジで」

 

 校舎に入り文書と別れ、校内案内板で教室の位置を確認してから向かう。

 ポケットから取り出した入学案内書に目を通すと、そこには所属クラスが書かれていた。

 ボクも出久くんも同じA組だ。

 

「うん、やっぱり知り合いがいるのといないのとじゃ全然違うからね」

 

 そう答えながらも、出久くんはこちらを見やしない。

 ほーう、そういうこと言うんだ。

 思わず口がへの字に曲がる。ボクのジトっとした目つきを視界の端で捉えたのだろう、出久くんは顔を背けた。

 

「心配させた癖に、そーいう態度取るんだ。へー」

 

「誠に申し訳ございませんでした……」

 

 罪悪感に耐えきれなくなったのか、立ち止まった出久くんは素直に頭を下げてきた。

 あれから修行の毎日を送っていた出久くんだったのだが、ある日個性の制御をミスって文書の別館の側壁を吹き飛ばし、自分は右半身の大部分を複雑骨折、左半身もヒビが入っていないところはないくらいの大怪我をしてしまったのだ。

 文書の文字魔法は万能の改変能力を持つが、『改変は一過性のものである』という性質がある。簡単に言えば、『治癒』をしたとしても文字魔法を解除すれば治癒したという現実が元に戻ってしまうので、再び怪我をした状態に戻ってしまうのだ。

 だから、失神した出久くんを治したのはボクの『身体操作』だ。記念すべき他人に対する『身体操作』1人目は出久くんとなったのだ。ちなみに『元の状態に戻す』という使い方だったからか、出久くんに『身体操作』の反動はなかった。

 知らせを受けた引子さんは到着すると同時にピンピンしてる出久くんを見て泣き崩れるし、ボクはといえば『身体操作』で治して安心してしまい、以降ずっと泣いていた。

 どうやら原因は、耐久力を操作することを覚えてしまった為に『力を加える場所以外の耐久力強化を疎かにしてしまった』というのと、『個性自体の出力制御の未熟さ』が同時に出てしまったことが原因らしい。

 急遽『出力制御』の修行として、ランダムで出される1%から5%までの出力指示に誤差0.3%以内で1000回当てないと帰れま1000をすることとなったのだ。

 連続1000回じゃないだけ有情なマジキチ訓練を終えた出久くんは、途中から監督に入ってくれた撮香さんになんとか合格を貰い個性の使用を許されたのだ。

 監督不足と思慮が浅いと撮香さんに本気で怒られて、今まで見たことがないくらい落ち込んでいた文書を慰めるのが大変だった。

 

「引子さん泣いてたし、ボクも泣いちゃったし。ついでに文書も泣いてたし」

 

 ちょっとしつこいけれど、これは伝えておかなきゃいけないことだと思ったのできちんと言葉にする。

 

「ボクも、お母さん達をこんな気持ちにさせてたんだって気付いて反省した。一緒に頑張ろう!」

 

「うん。もう絶対に、誰にもあんな顔をさせたりしないよ」

 

 握り拳をこつんと合わせる。

 すれ違った生徒の「リア充かよ……」という呟きに出久くんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。そうだね、普通に他の生徒がいるのに何話してるんだボク達は……

 そのまま、ガラスの外の景色を見ながら廊下を歩くこと数分。ボクらは目的地の1年A組の教室へとたどり着いた。

 他の教室もそうだったけど、扉が超でかい。異形型個性の生徒にも配慮したバリアフリーなのだろう。

 

「大きいね。ここまで大きいと開け閉めが大変そう……」

 

「流石にそこはしっかり設計されてるんじゃないかな……それより、机とかも大きいのかが凄く気になる」

 

「僕らのは普通だと思うよ、流石に」

 

 そんな冗談を言い合いながら扉を開ける、と見覚えのある金髪くんがいた。

 

「かっちゃん……」

 

 立ち止まり、そう呟く出久くん。金髪くんも視線に気付いたのかこちらに顔を向けた。

 

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか?!」

 

 そして、これまた見覚えのある眼鏡くんが、机に足をかけていた金髪くんを注意する。

 

「思わねーよ、どけ邪魔だ端役」

 

「はや……っ。初対面の人間に対してなんて言い草だ!」

 

 こめかみに青筋を立てる眼鏡くん。

 眼鏡くんに同意したいところなんだけど、初日にいきなり喧嘩沙汰なんて流石に洒落にならないので止めに入ることにする。

 

「行ってくるね出久くん」

 

「えっ、煽りに?」

 

 止めにだよ。

 足早に近寄ると、ちょっと意識を逸らした間にヒートアップしたらしい2人は激しく言い合っている。まぁ相性悪そうだもんねぇ君たち。

 

「おはよー金髪くん、朝からさっそく元気に爆発してんね。おはよう眼鏡くん、ボクは遠藤初来だよ、よろしく」

 

 金髪くんは舌打ち1つ。眼鏡くんはそんな態度を注意しようと口を開き、それよりもボクと挨拶を交わすことを選んだのかこちらに向き直った。

 正面から見るとすごくわかりやすい真面目感。髪はきっちり7:3分けだし、背筋めっちゃ伸びてるし、腕の動きがロボットダンスみたいにカクカクだし。

 最後は違うか……

 

「ボ……俺は聡明中学出身、飯田天哉だ。君は……説明会場で言葉を交わした、実技試験会場も一緒だった風女子だね」

 

 ほう、聡明中とな。超有名なエリート校出身ならばこの真面目な感じもわからんでもないか。

 風女子という斬新な呼ばれ方に言葉を一瞬詰まらせていると、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。

 

「えっ、遠藤さんってあんときの演説の女の子だったの?!」

 

「お、上鳴くん同じクラスだったか。おはよう」

 

 かつてボクをナンパしてきた電気少年の上鳴くんが手を上げていた。

 軽くハイタッチ。言及なかったから気付かれてなかったのかと思ったけど、やっぱりか。

 

「えー、かみなり君? きみ気付いてなかったの? ウチはすぐ気付いたけど」

 

 次に声を掛けてきたのは……耳たぶが紐状に伸びて、先端がジャックになってる女の子だった。

 全体的にスラっとしててサバサバ系の雰囲気が感じ取れる。

 ボクの視線に気付いたのか、手を上げてウインクしてきた。

 

「あ、ウチは耳郎響香、よろしく」

 

「ボクは遠藤初来、よろしくね」

 

「お、俺は上鳴電気、よろしく! というか説明会場暗かったし俺最前列だったししゃーないじゃん!」

 

 そんな弁明をしつつも、さっそく女の子と会話できたのがうれしいのか、上鳴くんの顔はよく見れなければわからない程度だが緩んでいた。

 元男としてわかりみが凄い。

 と、今まで黙っていた金髪くんが急に机を拳で叩いた。

 硬直する皆。

 

「さっきからヒトん席囲んでぺちゃくちゃとクソうるせぇBGM垂れ流しやがって、自分の席でやれや!」

 

「そういえば君の名前まだ知らないんだけど」

 

「ヒトの話は聞け! あと名前は爆豪だ呼んだらコロス!」

 

 名前を呼んではいけない金髪くんの暴言に、皆の表情が歪む。

 流石に、流石に知り合いが初日からヘイト稼いでいるのは見過ごせないので口を開く。

 

「ごめんね、この金髪くんこういう不良っぽいのがカッコイイと思っちゃう年頃なんだよ。優しく見守ってあげて」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 ボクの適当な発言を信じてしまった飯田くんが、硬くなっていた表情を緩めて金髪くんを見る。

 あー火に油注いじゃったか、とボクが後悔するのと、金髪くんが爆発するのは同時だった。

 勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音を立てる。今までこちらに興味がなかったクラスメイトも視線を向けてきたが、金髪くんは構わずに吠えた。

 

「ちげーよカスが死ねクソ垂れ目!」

 

「俺は垂れ目じゃないぞ!」

 

「てめぇじゃねぇよ死ね!」

 

 不意打ちの天然ボケに思わず吹き出してしまうボクら。

 それがまた金髪くんの怒りを煽り立ててしまったようで、金髪くんのこめかみに青筋が浮かび上がっている。

 なので、更に煽ってみた。

 

「ボクは垂れ目じゃないよ!」

 

「てめぇは垂れ目だろうが死ね!!」

 

 腹筋の限界を超えた耳郎さんと上鳴くんが同時に崩れ落ち、蹲る。

 そこに飯田くんが「大丈夫か?! ほ、保健室に連れていこうか?!」と追撃を掛ける。

 天然って怖いねマジで。

 ふと、視界の隅で出久くんと……実技試験で同じ会場だった、ボクのなかで出久くんのヒロイン候補ナンバー1の無重力少女が会話しているのが見えた。

 そして、その後ろに寝袋が転がってきたのも見えた。

 えぇ……?

 

「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 その言葉は、寝袋から顔だけ出している男が放ったものだった。

 色々突っ込みどころがあったけれど、とりあえず怒りに震えている金髪くんの肩に手を回して引き寄せる。

 

「ボク達友達に見えるんだって! やったね金髪くん友達が増えたよ!」

 

 一際大きく震える金髪くんの身体。

 あまりの怒りに一周まわって冷静になったのか、虚無の表情になった金髪くんが口を開いた。

 

「だったら他所いって勝手に死んでくれ」

 

 こいつぁシヴィー!

 

 

 

 

 

「グラウンドひっろ……」

 

 あれから、寝袋から脱皮を果たした自称担任の男、相澤先生に連れられてボクらはグラウンドに出てきた。広すぎて向こうが見えないわろた。

 体操服に着替えてグラウンドに出ろ以外の説明はない。ボクらには困惑しかない。

 先頭を歩いていた先生が振り返る。

 髪はボサボサ、目に力は無く無精ひげが伸びっぱなし。白い布をマフラーみたいに首にぐるぐる巻きにしていて服は黒一色。不審者同然の様相と、寝袋のまま教室まで来たことも相俟って不信感が凄まじい。

 相澤先生は、ボクらが揃っていることを確認し終えると、気だるげに口を開いた。

 

「えー、今から個性把握テストをやります」

 

 ちょっと待てやぁ!

 ボクの心のツッコミを受け取ったかのように、無重力少女が「ちょっと待ってください!」と一歩前に出る。

 

「入学式は? ガイダンスは?!」

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」

 

 一刀両断。固まる無重力少女に哀悼の意をささげる。

 でもまぁ、説明が全くないという点を除けば、納得できなくも……

 

「それに、いつ使うかわからない施設を時間をかけて説明するのは不合理だ。必要な時に必要なだけ調べれば済む話なんだからな」

 

「超合理主義……」

 

 思わず呟くと、何故か視線を向けられた。

 

「雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは『先生側』もまた然り」

 

 相澤先生は歩き出す。事前に出してあった、ソフトボール投げ用のソフトボールが置いてある台に近づく。

 

「ソフトボール投げ、立ち幅とび、50m走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ? 『個性』禁止の体力テスト」

 

 この世界の体力測定は、ボクの前世と全く同じだった。

 それに疑問を抱いたことは無くもなかったので、先生の言いたい事は少しだけわかった。

 

「国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている、合理的じゃない。……まぁ、文部科学省の怠慢だよ」

 

 厳しい言葉だったが、言ってることは間違ってはいない。

 『個性』を認めておきながらその対策を講じないから、傷つく子が居ることをボクは知っている。

 相澤先生が手に持ったソフトボールをボクに投げ渡してきた。

 手の中に収まったボールは、中に機械が内蔵されているのかやけにメカメカしかった。が、文書の家の方がメカメカしいのでスルーする。

 

「遠藤、中学の時ソフトボール投げ何mだった?」

 

「182m」

 

「じゃあ個性を使って……182m?」

 

 ソフトボールと同じく台に置かれていた、測定器であろうプレート状の機械を取った相澤先生の動きが止まる。

 ボクの言葉に皆がざわつく。が、まぁこれは想定内である。何せボクも信じられないのだから。

 

「個性を使用せずに182m……?」

 

「個性を使用せずに182mです」

 

 ゆっくりとボクの言葉を咀嚼するように目を閉じ顎に手をやる相澤先生。

 やがて結論が出たのか、1つ頷いた。

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい」

 

「スルー力高い!」

 

 無重力女子のツッコミに背を押されるように、ボクは円の中に入る。

 個性を使って投げるとな。

 とりあえず手を振る。宙に線が描かれ風が巻き起こる。

 うーん、最大まで溜めるとみんな吹っ飛ぶんだけどな……

 

「先生、周囲への被害は?」

 

「そこらへんの考慮もテストの内だ。はよやれ」

 

 あいあいさー。

 ぐるぐると、ボクを中心に風を回す。

 広がる線が観ている皆をすり抜け、グラウンドを埋め尽くす。

 大体1分くらいかけて周囲に被害が出ない程度に広く太くした風の流れ、それを一気に集束する!

 突如グラウンドに現れた竜巻が砂を巻き込み、ボクを中心とした砂塵の竜巻が出来た。映画のワンシーンみたいだ。

 その竜巻を構成する100本余りの線でソフトボールを包み込み、グラウンドに風の唸る音が響き渡る。

 準備完了。

 

「いきまーす」

 

 軽く地を蹴り勢いをつけて、投擲。

 ボールに纏わせた風を使わずとも既に400mは超える感じだけども……今だ!

 ボールに纏わせた風を、放物線の頂点の位置で1方向に一瞬で束ねる。

 小型台風のエネルギーを一点に集中させた力がボールに加わり、空気を破るような音と共に、ボールに白い雲が纏わりつくような現象が起きた。やったね音速超え!

 しばらく待ってから、相澤先生の持っている端末が電子音を立てた。

 そのディスプレイには8062mと表示されていた。

 

「まずは自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 相澤先生の言葉に誰も反応を返さない。

 皆の目線は非常識な数値をたたき出したボクへと向けられていた。

 そんな雰囲気の中、相澤先生がほうと息を吐く。

 

「君ら、ちょっと非常識にぶち当たったらすぐに思考も動きも止めてしまうような、そんな惰弱な覚悟でここに来てるのかい?」

 

 ゆらり、振り返る。その目はボクらの覚悟を問うているかのように鋭かった。

 なるほど、と繰り返すこと3度。まるで楽しい事でも思いついたかのように、うっすらと笑みを浮かべて相澤先生は言い放つ。

 

「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

 

 

「異議あり!!!」

 

 

 

 バッと手を上げ叫ぶ。「遠藤さん?!」と出久くんも叫ぶ。

 相澤先生の視線がゆっくりとこちらへ向いた。

 

「気のせいかな……? 今、異議があると言ったかい?」

 

「はい、言いました」

 

 鋭いプレッシャーがボクを突き刺す。負けじと一歩前に出る。

 

「あぁ、特待生になれたから勘違いしてるのかな。生徒の如何は先生の自由、例え実技トップだとしても扱いは他の生徒と同じだ。俺の意見に反対の意思を見せるのなら除籍処分だよ?」

 

 あぁ、そういえばボク特待生だったっけ。普通に忘れてたのでスルーする。

 

「例え除籍処分されたとしても、根本的に間違っている事に頷くことはできません」

 

「根本的に? ……いいだろう、今回だけその挑発に乗せられてあげるよ。言ってみな」

 

 笑う相澤先生。雰囲気からわかる、ここでボクが間違ったことを言えば除籍処分になるんだろう。

 けれど、ボクには秘策がある。

 

 

 

 そう、個性『言霊』(洗脳)だ。

 

 

 

ーー個性『言霊』発動

 

 

 

「相澤先生が生徒としてテストを受けるとします」

 

「……で?」

 

 皆のイメージに若い相澤先生が体操服を着ている絵が刻み込まれる。

 洗脳のお陰で相澤先生も、苦々しい顔をしながらも続きを促してくれた。

 

「そして、相澤先生以外の生徒は全員オールマイトとします」

 

 ボクと出久くん以外の皆の脳内は地獄絵図と化した。

 ボクと出久くんはオールマイト大好きだからノーダメージだ。

 

「……」

 

 言葉もなく頭を押さえている相澤先生に、問いかける。

 

「その状態で、相澤先生は最下位を免れますか?」

 

「……いや、無理だな」

 

 言いたいことを洗脳で強制的に理解させる。

 当たり前の話だ。この個性把握テストでは現象系や強化系の個性が圧倒的有利。

 逆に異形系や特殊な系統の個性の持ち主だと十全にその性能を発揮できない可能性もある。

 それが普通のテストだったなら何も言わないが、直接除籍という形になるのならば一言申さなくてはいけない。

 要するに、この内容のテストで『周囲と比べて見込みがあるかないか』を判断するのは不合理すぎるという話だ。

 だというのに、まだ相澤先生は薄ら笑いを止めない。

 

「プロである相澤先生でも周囲の状況によっては見込み無しと判断されるテストを、生徒に実施するのは不合理です」

 

「ほう、つまり?」

 

 何かを、期待するかのような問いかけ。

 つまり……

 

「このテストの内容で、最下位を見込み無しと判断するのは間違ってーー」

 

 いる、と言葉にしようとして、自分の言葉に引っかかる。

 無意識に引っかかった言葉は……

 

「見込み無し……?」

 

 そうだ、相澤先生は『見込み無しとして除籍処分とする』と言っていた。『最下位を除籍処分とする』とは言っていない。ほぼ言っているようなものだとは思うけど。

 ボクの呟きはしっかりと相澤先生の耳に届いていたらしく、笑みが深まる。うわあぁぁ、マジかこれマジか。

 

「除籍処分になるのは、見込みのない生徒」

 

 未だ『言霊』が乗っているボクの言葉が皆に届く。幾人かは気付いたのか、顔を引き攣らせた。

 これは、言わなきゃダメだ。知らずにテストに挑んでダメでしたーなんて冗談にもならないから。

 ゆっくりと、息を吸う。

 

 

 

「順位に関係なく、見込み無しと判断された生徒は全員除籍処分……?」

 

 

 

「ーー正解だ、遠藤。さっきの発言、今回だけは見逃してやるよ」

 

 

 

 ゾッと、皆の血の気が引く音が聞こえてくるようだった。

 あまりにも、あまりにも高い最初の壁。

 その向こう側にいる先生が、髪を掻き上げ笑う。

 

 

 

「驚いたか? これが、雄英だ。数多くのトップヒーローを輩出した学校だ。生半可な決意では登り切れない登竜門だ」

 

 

 

「放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける」

 

 

 

「『Plus Ultra』さ。己の想いを貫きたいなら、この程度の壁は全力で乗り越えて来い」

 

 

 

 個性把握テストが、始まった。

 

 

 

 

 

 テストが終わった。出久くんが大分やべぇ感じになっててわろた。

 語彙力が消失しかけたのを立て直す。

 出久くんの記録を挙げると

 

 50m走、3秒52

 握力、130kgw

 立ち幅とび、822cm

 反復横とびは残念ながら強化が足を引っ張って38回。

 ソフトボール投げ、538.3m

 上体起こしは、押さえていた金髪くんを吹っ飛ばしてしまって計測不可。

 長座体前屈は……うん、普通。

 持久走は3位。

 

 まず間違いなく、個性が使えるようになってから1か月ちょいの人間が出していい記録ではない。

 相澤先生は個性を制御している出久くんを見て驚いていたので、もしかしたらこのテストは出久くんを落とすことが目的だったのかもしてない。まぁ確証もなく確認できるわけもないけれども。

 テストが終わり、成績が発表される段階になっても皆は緊張感を持ったままだった。

 それも当然だ。何故なら成績と除籍処分されるか否かは別問題となっているから。

 

「んじゃ、パパっと結果発表」

 

 相澤先生がデバイスを操作すると、ゆっくりとホログラムが浮かび上がる。

 皆の視線が、浮かび上がる成績へと注がれる。

 

 

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

 

 

 皆の視線が、ホログラムの向こうの相澤先生に注がれる。当の本人は悪戯が成功した邪悪な子供のように笑っていた。

 

「君らの最大限を引き出す『合理的虚偽』」

 

 嘘だ、見込みないと思ったら絶対除籍処分にしてたでしょ! 目が本気だったし!

 突っ込みを入れようか迷っていると、崩れ落ちるちっちゃい男の子の姿が目に入った。たしか実技試験の説明会場でボクを視姦してきたブドウ頭だ。

 名前は……峰田実くん。成績一覧を見ると最下位は峰田くんだった。他人と比べると大体の成績はわかってしまうので、戦々恐々としていたのだろう。

 ボクは……まぁ、無事2位だった。1位の八百万さんの個性が流石に規格外過ぎましてね。万物を創造できる個性『創造』とかヤバ過ぎ。

 握力測定で万力だしてくんのはダメでしょ、不正ではなかったけど!

 ちなみに出久くんは5位、金髪くんにギリギリで負けてた。いや、このテストで出久くんに勝つのか金髪くん。凄いな。

 

 

 

 

 

 波乱のテストが終わり、今日のカリキュラム(ボク達は参加していない)は終了らしい。

 相澤先生の「気を付けて帰れよ」という言葉が終わると同時にボクは立ち上がり、皆に声を掛ける。

 

 

 

「ねぇ、暇な人いたらこれからマック行かない?!」

 

 

 

 幾人かが吹き出す音。その発生源に目を向けるより早く、白い布がボクに巻き付いてきた。なんだこれ硬っ!

 ぐい、と引き寄せられた先には目つきを鋭くした相澤先生が居た。おこなの?

 

「なぁ遠藤、お前は俺に喧嘩を売っているのかな?」

 

「違います! これから切磋琢磨していく皆と交流したいと思っただけです! プロヒーローはコミュニケーション能力も必要と聞き及んでますので! つまりこれは修行の一環と言えるかと!」

 

 本当はお腹減ったから声かけただけなんだけど、建前を前面に押し出す。

 しばらくしかめっ面になっていた先生も、反論の余地がないと考えたのか布の締め付けを緩めてくれた。

 

「お前は、詭弁を弄するのがうまいな」

 

「ありがとうございます!」

 

「褒めてない」

 

 呆れた様子の相澤先生が、溜息ひとつ。

 

「お前らが交流を深めるのは勝手だ。だが遠藤、お前はダメだ」

 

「なんで?!」

 

 布の締め付けが強くなった。

 髭面が近づいてくる。やだー!

 

「なあ特待生、お前は施設を借りる為に色々と準備が必要だった筈だが、それを知っておかなくていいのか?」

 

 ぎりぎりと締め上げられる身体。歓声をあげる峰田くん。

 せんせー、あの葡萄収穫してくださーい!

 あと、耳郎さんも締め上げられて強調されたボクの胸をガン見していた。ひ、貧乳いいと思いますよ? 個人的にだけど。

 

「……とにかく、だ。書類の出し方と当日空いている先生の探し方教えるから、とりあえず来い」

 

「くっ、ハンバーガーが……」

 

 ボケると締め付けが強くなった。ミイラの気持ちが少しだけわかった気がした。

 そんなボクと先生に、恐る恐るといったふうに女の子が近づいてきた。

 ピンク色の肌に白黒が反転した目、額から生えた一対のツノ。異形型にも思えるが、確かテストでは溶解液みたいなのを出していた、発動型の個性の女の子だ。

 

「あのぉ、ちょっといいですか……?」

 

「どうした芦戸」

 

 相澤先生の言葉で、彼女の名前を思い出す。そうだ、芦戸三奈さんだ。

 芦戸さんはボクと先生の間で視線を彷徨わせ、少し躊躇いがちに口を開いた。

 

「えーっと、個性把握テストの時も言ってたと思うんですけど、遠藤? が特待生って、どういうことですか……? 一応入学前に色々調べたんですけど、確か特待生なんてなかったと思うんですけど……?」

 

 芦戸さんの言葉に納得する。そりゃそうだ、自分の入学したいと思う学校の情報くらい普通は事前に調べる。

 それなのにクラスメイトが自分の知らないシステムで入学したと聞いたら、事情を聞きたくなるのも当たり前の話だ。

 しかもクラスの人数は例年より1人増えてて21人だというのも更に不信感を煽る。

 ボクらのやり取りを聞いていたクラスメイト達からの視線に、相澤先生は面倒くさそうに頭を掻いて口を開いた。

 

「そのまんまだ。特別待遇生徒、試験……実技試験で優秀な成績を修めた者に対する優遇措置。まぁ俺の知る限りでは特待生制度の対象になったのは遠藤だけだがな。芦戸が知らなくても無理はない」

 

 えっ、特待生って該当者ほとんど居ないの? それこそ初耳なんだけど。

 思わず動きを止めてしまうボクに、クラス中の視線が集まる。

 えっ、この注目のされかた嫌なんですけど……

 

「とにかく、お前は無理だ。諦めて後日交流しろ……まぁ、そんな余裕があればの話だが」

 

 縛り上げられた状態のままずりずりと引きずられてゆくボク。お尻が擦れてるんですが……

 まるで売られてゆく仔牛を見るかのようなクラスメイト達の視線が非常につらい。つらい。

 

「扱い雑じゃないですかね?」

 

「初日でこの扱いをされるような行動を取る自分を省みろ」

 

 ぐぅ……

 なんとかぐうの音だけは出したボクは、そっと金髪くんに視線を向ける。目が合った。

 ボクが特待生だと知ってからの、強い視線と敵意。

 教室から出て、職員室に着いて布を解かれてからもずっと、金髪くんの敵意を含んだ目だけが頭に残っていた。

 あー、どう考えても突っかかってくるんだろうなぁ……

 憂鬱になったボクは、影を差したこれからの学校生活に思いを馳せながら相澤先生の話を聞くのだった。




今回からちょっと更新お休みして、1話からを書き直したいと思います。
地味に設定変わったところが何か所かあったんで、それも含めて大幅改稿です。
2か月以内に終わればいいなぁ……

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