どこがガバってるんだ……?
夕焼けに染まる水族館から、沢山の人たちが出てくる。
その流れに逆らうように、ボクは入り口を目指す。
時刻は既に5時過ぎ。お母さんと約束していた待ち合わせの時刻はとっくに過ぎている。
あの後、しっかり体調不良になったボクは文書の家で暫く休ませてもらっていたのだ。
(まだ中にいるのかな……?)
勿論遅れる事は伝えている。
遅くなってもいいと返事はきたが、やはり気が急いてしまう。
……見つけた。
見慣れた長い茶髪と小さな後ろ姿に、ボクは足を止める。
待ち合わせ場所ではお母さんが誰かと話し込んでいた。
相手は……水族館の館長さん、だと思う。
館長(仮)さんが何かをお母さんに手渡し、お母さんはそれを受け取って会釈した。
そこで話は終わったようで、ふと振り返ったお母さんと目があった。
駆け寄り、館長(仮)さんに頭を下げる。
「ええっと、形成さんの娘さんですね。私はこの水族館の館長の海辺です」
「遠藤初来です」
(仮)が取れた館長さんに自己紹介を返し、失礼にならない程度に観察する。
柔和な笑みを浮かべ、丁寧な喋り方をする優しそうな人だ。
口に張り付いているレギュレーターさえなければもっと好印象ではあったが。
自己紹介の時もシュコーシュコーと鳴ってうるさかったし。
「お疲れさまでした、また明日」
「お先に失礼します」
挨拶を終えて歩き出したお母さんの後を追いかける。
追い付くと、お母さんは思い出したようにこちらを振り返った。
「体調が悪くなったって言ってたけど、大丈夫なの?」
その表情は真剣で、ボクは失敗したなと内心で呟く。
ボクは子供の頃病弱だった。だから他の人だったらなんでもないような風邪や体調不良でもお母さんに心配を掛けてしまう。
だからこそ、体調不良を隠せなくなるまで『個性』の検証をやるべきではなかった。
今後気を付けると心に刻んで、大丈夫だよと返した。
「ところでさ、さっきの館長さんと何話してたの?」
話題を変えるついでに、気になっていたことを聞く。
正直な話、ボクは館長さんにデートを申し込まれていたのではないかと思っている。
お母さんは美人だし、勝気な性格も刺さる人には刺さるだろう。
身長が150cmないのも……ロリコンには刺さるんだろうね。
今すぐ再婚っていうのはないだろうけれども、お母さんがそれを意識していてもおかしくはない。
だから、もしお母さんが望むのならその背中を押してあげるために、ボクはこの質問をしたのだ。
これでもし言い淀んだりしたら、お母さんは館長さんを意識している可能性がある。
ボクはお母さんの顔を見た。
……あっ、どうやら違うみたいだ。
鋭くなった目つき、への字を描く口、中央に寄った眉。完全に機嫌が悪い時の顔だ。
「お、おかあさま? あの人の事嫌いでしたか……?」
「……違うわよ、これよこれ」
心底嫌そうな顔で鞄からチラシを取り出したお母さん。
それを受け取り。一目見ただけでボクは不機嫌な理由を察した。
チラシに描かれていたのは
書かれている内容を見ると、どうやら水族館でショーをするらしい。
そして話の流れ的に、お母さんもそれに関わる感じか。
お母さんは水族館の職員で、『個性』を使った劇をやっている。
水で物を形作り操作する個性『青の人形劇』で、水族館の興行関連のチーフを任されているのだ。
お母さんが操作している水の中を魚が泳いでいる光景は、まるで自分が竜宮城に来たかと錯覚させると評判も良く、それ目当てに地方から人が来るという話もよく聞く。
お母さんが作り出した水造空間をギャングオルカが泳ぎ回る。それは楽しそうだし、館長さんもそう考えたのだろう。
問題はお母さんのヒーロー嫌いだ。
いや、お父さんがヒーローだったからヒーローである人にまで嫌悪感を抱いているわけではないのだろうけれど、やっぱり関わりたくはないのだと思う。
こればっかりは誰も口出しできるような話題ではないので、ボクは話題を逸らすべく周囲に目を向ける。
「……あっ」
ふとクレープ屋さんに目を向けたと同時にボクのお腹が鳴ってしまった。
お母さんは少しだけ笑って、背伸びしてボクの頭を撫でる。
下から覗き込んでくるお母さんの顔が気恥ずかしくて見れずに、ボクは顔を背けた。
「入学祝いで、今日の晩御飯は初来の好きなものにしてあげるわ」
「じゃあ豚の丸焼きで!」
「いいけど、全部食べ切りなさいよ?」
「シチューでお願いします」
そんな軽口を交わしながら、ボクらは家路につくのだった。
「ただいまー……っと」
「おかえり!」
玄関に入った直後に背中に軽い衝撃が。
ボクの身体を抱きしめるように回された細い腕と、ふわりと宙を撫でる薄蒼の髪が視界の端に見えた。
「水騎(みずき)、いきなり抱き着いたら危ないでしょ」
「えへへ、ごめんなさい」
お母さんに怒られて笑っているのはボクの妹の
歳は三歳下で、引っ付きたがりなのでよくボクに抱き着いてくる。
ふと気になって上を見てみると、ちょうど玄関のドアの真上に水色のクラゲが浮いていた。
水騎の個性『
その証拠に、リビングのほうからため息が聞こえてきた。
奥から姿を現したのは就職活動のスーツを着崩した、ボクの姉の
普段は鋭い目つきも、度重なる社会の荒波に揉まれて気だるげな色を浮かべている。
「二人ともおかえり。水騎、気は済んだ?」
そのジト目で見られていることに気付いた水騎は口を尖らせる。
「むぅ、霧裂姉ちゃんノリ悪い」
「いいからさっさと来なさい」
腕を組み、目つきを更に鋭くした霧裂姉さんを見て、ようやく水騎はボクから離れた。
リビングへと向かう途中、霧裂姉さんにあっかんべーをしていった水騎に、ボクらは揃って苦笑するのだった。
軽く耳に掛かる茶髪を掻き上げ、ため息を吐いた後に気を取り直した様子で霧裂姉さんは口を開いた。
「改めて、2人ともおかえりなさい」
「ただいま」
夕食が終わり、それぞれが好きに過ごしている。
廊下からリビングを覗き込むと、ソファーに寝転がってテレビを見ている霧裂姉さんがいた。
(好機……!)
ボクは今日、新たに『個性』を創り出した。
言葉によって人を動かす、洗脳とも言える凶悪な『個性』。
文書の反応で粗方どういった『個性』なのか予想はつくのだが、やはり一度しっかり検証しておくべきだと思う。
そっと足音を忍ばせて、背後から姉さんに近づく。
今から行うのは『個性』の検証、つまりボクはやましい考えの下で『個性』を行使する訳ではないのだ。
姉さんの傍までたどり着いたボクは、ゆっくりと身体をソファーに寄せながら、新たに得た『個性』を発動させる。
(ーー個性『言霊』発動)
言霊。
言葉には現実を変える力があるという思想であり、だからこそ言葉を発する時は慎重になれという戒めでもある。
容易に他人を傷付けられる力だからこそ、使うのを躊躇えという思いからボクは新たに得た『個性』にそう名付けた。
何かに繋がった独特な感覚に『個性』の発動を確信したボクは、ゆっくりと口を開く。
「【姉さん、ちょっとお願いがあるんだけど】」
空気ではない何かを震わせるような感覚。
ボクの声に反応した霧裂姉さんは、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
「……何よ」
滅茶苦茶嫌そうな顔してるぅ……。
口をへの字にした姉さんは、心なしかボクから遠ざかるように身動ぎした。
「【ボク、急にプリンが食べたくなってきちゃった】」
言っておくが、これは別に姉さんにたかろうとしている訳ではない。
姉さんはボクを甘やかしてくれないので、こういったお願いを聞いてくれたりはしない。
そんな姉さんを動かせるのなら、個性『言霊』の力は本物だということだ。
もちろんきちんとお金は渡す。
さぁ姉さん、急に妹の言うことを聞きたくなれっ!
「【姉さん、ちょっと買ってきてよ】」
「嫌よ、自分で買ってきなさい」
……あれっ?!
びっくりして硬直しているボクに興味を失った姉さんは、再びテレビの方へと視線を向けた。
「私は就活で疲れてるの」
「……本当に?」
念のために聞いてみるが、姉さんは振り返りすらしなかった。
「本当よ。というか逆になんで行って貰えると思ったのよ……」
心底呆れたように、ため息と共にそう言われる始末。
これは……一体どういうことなのだろうか?
『個性』はしっかり発動していた。
言葉もしっかり届いていた。
なのに文書の時と違って姉さんは言うことを聞いてくれない。
暫くの間途方に暮れていると、姉さんはもう一度だけため息を吐いた。
「明日、帰りに買ってきてあげるからそれで我慢しなさい」
じゃあ自分で買ってくるよ……。
個性『言霊』がうまく作用しなかった悔しさに歯噛みし、原因を考える。
『個性』に対する耐性は……姉さんは確かに我が強い人ではあるけれども、買ってきて欲しいというお願いに対して我を貫くのかという疑問はある。
『個性』の強度に関しては、文書に対してはしっかり作用していたので考えづらい。
訳がわからなくなったボクは、とりあえずソファーを乗り越えて姉さんに馬乗りになる。
「ーーはっ?!」
驚き、目を見開いた姉さんと視線がぶつかる。
しっかりと息を吸い込み、個性『言霊』を発動させて。
「【プリン買ってきてプリン買ってきてプリン買ってきてプリン食べたいからプリン買ってきて買って買ってプププリン買ってプリンって名前がもうおいしいよねスマブラで何使うボクプリン使うプリン買ってきてプリン買って買って買って買って買って買って買って買ってーープリン買ってきて?】」
「怖いわっ! プリンの何があんたを突き動かすのよ?!」
心底怯えた様子でそう叫ぶ姉さん。
まだ行く気にならない姉さんに、ボクは再度個性『言霊』を発動させようと息を吸った。
「初来姉ちゃんなにしてんの?」
お風呂から出てきた、ほのかに髪を光らせた水騎の言葉に個性『言霊』を止める。
「いや、姉さんにプリン買ってきて貰おうと思って」
ボクの言葉に、水騎はパッと顔を輝かせた。
とてとてとこちらに駆け寄ってくる水騎、その頬が湯上りでほのかに赤くなっているのが見て取れたかわいい。
「じゃあ、俺もお菓子頼んでいい?」
「何食べたいの?! ボク買ってくるよ!」
急に妹にお菓子を買ってあげたくなったボクは、すぐさまお小遣いの残額を頭に浮かべる。
……いける!
「いいの? 俺、ポテチ欲しい!」
「わかった、全種類買ってくるね!」
すぐさま部屋に戻ってサイフを引っ掴み、ボクはコンビニへと駆けだした。
今日は水騎とポテパ(ポテチパーティー)だ、ヒャッハー!
家を出るとき、凄い微妙な顔をした姉さんを見かけたけど、どうしたんだろうか。
その夜。
水騎とのポテパを終えたボクは、お母さんに呼ばれて席に着く。
対面に座っている姉さんが、ゆっくりと目を開いた。
「初来、あんた水騎に甘すぎよ」
「そうね、ちょっと目に余るわ」
姉さんの言葉にお母さんが同意する。
それは聞き捨てならないな……
「水騎を甘やかすのはボクのライフワークなんだから口出ししないで欲しいかな」
「そんなライフワークがあってたまるか」
ため息と共にそう吐き出した姉さんは、ピッとボクを指さす。
「あんまり甘やかしすぎると水騎の性格が歪むわよ、それでもいいの?」
クール美人な姉さんに問い詰められて、唐突に以前やった裁判ゲームが脳裏に浮かんできたので、ボクは唐突に立ち上がり成歩堂龍一ばりの「異議あり!」を繰り出す。
「水騎はいい子なので性格が歪んだりしないことは明白です!」
「話にならないわね」
姉さんは基本ノリが悪いが、時々急にノリが良くなることがある。
今日はどうやら当たりのようで、急にノリがよくなった姉さんは、立ち上がって眼鏡を掛けていないのに眼鏡をクイッとした。
「被告の言っている事は根拠に掛けます」
「宇宙の真理を今更詳細に話すことに意味が見出せないだけです」
言い切り、見つめ合うこと数秒。
ボクらは同時にお母さんに顔を向ける。
「「サイバンチョ、判決を!」」
「……あんたら仲いいわね」
お母さんがノってくれなかったので、冷静になったボクらは席に着いた。
「で、もし本当に水騎が我儘を言うようになったらどうするのよ」
「程度にもよるけど怒るよ」
姉さんの言葉にそう返す。
ボクに対して我儘を言うのは大歓迎だけど、他人に我儘を言うのはダメだ。
それはきちんと水騎に伝えてる。
家族であるボクに我儘を言うのはいいけど、家族じゃない人たちに我儘を言ってはいけないよ、ってね。
……というか、だ。そういう話ならボクも姉さんに物申したい。
「水騎を甘やかし過ぎとか言うけれど、姉さんは逆に水騎を甘やかさなさ過ぎるんだよ」
別に厳しい訳ではないけれどもね。
ボクの言葉に姉さんは呆れたようにため息と共に「そこで自分を含めないのがあんたらしいけどね」と零した。
「私だって水騎は可愛いと思ってるわよ」
……水騎『は』?
引っかかったボクとは対照的に、姉さんは淀みなく話し続ける。
「でも、お母さんだって結構甘いし、あんただって隙あらば甘やかそうとしてる状況で私まで加わったら収拾がつかないでしょう」
「そうやってクールぶってるから未だに拡細さんと付き合えてないんでしょ」
おっと、どうやらクリティカルヒットしたようで、姉さんは頬を引き攣らせた。
そんな姉さんの顔を見てお母さんも頬を引き攣らせた。
「霧裂、あんた達まだ付き合ってなかったの……? というか、大学4年生にもなって処女ーー」
「ーーおっ、大きなお世話よっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ姉さん。
キッとこちらを睨みつけてきたのであっかんべーを返してあげると、姉さんはピキった。
「私より、そこの同性同士でくっつきそうなのをどうにかしたほうがいいんじゃないの?!」
ボクを指さしながら放った姉さんの言葉に、お母さんの顔がとんでもない速度でこちらを向いた。
おっと、この流れは不味いぞ?
ボクが一瞬怯んだ隙に、キレ散らかした姉さんは更に言葉を重ねる。
「あいつから聞いてるわよ。文書ちゃんに四六時中くっつかれてるんでしょ?」
「いや、確かに文書は距離感近いけど、それはーー」
「クールぶってる私と違って? 初来は甘やかすタイプだし? 押し切られそうでお姉ちゃん心配だなー?」
人差し指を唇に当てながら、すっとぼけた顔でそう言う姉さん。
あかん、自分の放った言葉が全部自分に返ってきてる。
思わず姉さんを睨みつけると、姉さんはあっかんべーをしてきた。ボクはピキった。
「初来、説明しなさい」
「姉さんが勝手に言ってるだけだから!」
本気の顔で迫ってくる母さんを両手で抑えて無実を叫ぶ。
くっ、身長150センチないくせに結構力が強い……っ!
押し切られそうになるのを頑張って押し返すと、ひとまず諦めたのかお母さんは自分の席へと戻っていった。
悔しそうな目でボクを見て、ため息1つ。お母さんは念を押すように「本当に何もないのよね?」と問いかけてきた。
「霧裂の言う通り、あんた全体的に甘すぎるのよ。二重の意味で」
お母さんの言う二重の意味を考えていると、姉さんが机に片肘をついて話しかけてきた。
「というか、あんた男子に告白されたりしないの?」
……一瞬だけ、言葉に詰まってしまう。
告白されたことは、実はそこそこある。
勿論前世の性別を引きずっているボクが告白を受ける事はないのだけれども。
机を叩く音に意識を戻されると、お母さんがこちらを見ていた。
「吐け」
短いながら、お母さんの感情が全て詰まった言葉である。
いつの間にか家族会議から恋バナ大会になったこの場で、ボクはどうしようかと悩んでいた。
いや、告白された人とかシチュエーションを話すこと自体に否やはないのだけれども。
正直、告白してきた人は殆ど皆ヒーローの話しかしてない。
どういった経緯で告白されたのかという話になると、やはりどうしてもヒーローに触れてしまう。
お母さんはヒーロー嫌いだから、ボクがまだヒーローが好きな事を知られるのは不味いのだ。
……仕方ない。
ボクは胸を張って、自信満々に告げる。
「隣の棗くんに告白されたよ!」
隣の家の棗くん(6歳)は何度か面倒を見たことがあって、その時に「大きくなったらお姉ちゃんと結婚する!」と言ってくれたのだ。
かわいいね。
ボクの自信満々な発言に、お母さんと姉さんは揃って顔を見合わせた。
「「嘘ね」」
その直後の言葉がこれだよ。
呆れたような二人の視線に言い返そうと口を開くが、それより先に姉さんの言葉が飛んできた。
「あんた、嘘とかつくときにわざとらしくなるから、それ直したほうがいいわよ」
おっと、マジか。
お母さんも頷いて同意している辺り、本当の話らしい。
言葉を失っていると、言い逃れは許さないと言わんばかりに2人が近寄ってきて、気付けばがっちりと肩を掴まれていた。
「本当の事を言いなさい」
「今吐けばさっきの発言は不問にしてあげるわ。 ……は、初体験済ませたりしてないわよね?」
……結局、その後ボクは告白された人数を無理矢理言わされた。
告白してきたのは殆ど喋ったことない人ばっかりだと(がんばって)嘘をつくと、姉さんに「中身がこれだからね」と言われた。
ボクは、絶対いつか仕返ししてやろうと心に決めたのだった。
なんだろう、急にスランプくるのやめて貰っていいですか?(ひろゆき構文)
書かない、書く気になれないっていうのは今まで結構ありましたが、書く気でパソコンの前に座って一文字も書けない一行も進まないっていうのは初めてで、正直戸惑っています。
最悪もう無理だと判断した場合にはプロットと設定だけでも投稿しますので、話の終着点が不明なまま失踪することはないのでご安心ください。