激しい振動に耐えかねて、エイミーは思わず壁に手をついた。基地でも比較的奥まった場所だというのに聞こえてくる遠雷のような砲声や、緊急を告げる警報音が、嫌でも現実を叩き付けてくる。
始まったのだ、連邦軍の大攻勢が。
「情報が漏れていた?でも何処から…」
鉱山基地の視察は定期的に行なっていたが、順番はいつもランダムだったし、期間も敢えて不規則にしていた。今日の事だって知っているのは片手で足りる程度の人間の筈だ。
スパイ、その嫌な言葉に意識が持って行かれた瞬間、再度基地が揺れエイミーは床へ叩き付けられた。
「っぐぅ!いけない…早く、しなきゃ」
先ほど別れた大佐達は無事格納庫に着いただろうか?連邦の追っ手を食い止めるべく、指揮所で防衛機能を動作させる為に一人別れていたエイミーはふらつく足を叱咤しながら、基地の奥へ、奥へと歩いて行く。幾度か基地が揺れた衝撃で転びながらも、何とか指揮所にたどり着く。
「さあ、やるわよ」
防衛用の迎撃装置を全て立ち上げる。基地外部のものは殆ど機能停止に追い込まれていたが、建物内のものはまだまだ残っている。監視カメラに映った大佐達が大過なく格納庫に走り込んだのを見て、エイミーは安堵の溜息を吐きつつ、次々と隔壁を下ろしていく。ついでにセントリーガンや炭酸ガスを駆使して侵入してきていた敵の歩兵を無力化していった。
「…侵攻が、早い」
エイミーの奮戦も虚しく、次々と区画が制圧されていく。正に圧倒的物量による蹂躙。だがそこで、待ちに待った連絡が届けられた。
「少尉、少尉!無事か!?こちらは格納庫にたどり着いた!今、迎えをそちらに送る、すぐに少尉も脱出するんだ!」
珍しく焦りを滲ませる大佐を見て、こんな時だというのにエイミーは思わず笑ってしまった。まったく、私の心配などしている場合ではないだろうに。
「申し訳ありません、大佐。その命令には従えそうにありません」
死を覚悟した者特有の透明な笑みを浮かべエイミーは初めて大佐の命令を拒否した。そこから導き出される答えを正確に理解した大佐が、なおも言いつのる。
「誰が勝手に逝って良いと許可した。許さんぞ、断じて許さんぞ少尉」
「申し訳ありません、大佐。最後までお供したかったのですが」
「命令だ、私の命令だぞ!少尉!!」
尚も言いつのる大佐に向けて、ゆっくりと左手を見せる。その手のひらはべっとりと赤く染まっていた。
「放せ!私の部下だ!私の部下なんだ!命令に背くなど許さん!少尉!!」
共に退避していた参謀が強引に大佐を通信機から離そうとする。もう時間が無い、だからエイミーは精一杯の笑顔と、自分に出来る最高の敬礼を大佐に向けて行なった。大佐の中に居る自分が、最高の自分であり続ける為に。
「大佐、武運長久を。貴方と共に戦えて私は幸福でありました」
「少いっ!」
発せられる言葉はしかし、最後まで伝わること無く通信が途絶した。何も映さなくなったモニターへ暫し姿勢を保っていたエイミーだったが、ゆっくりと2回の呼吸が終わると、力を抜いて手近な椅子へ座り込んだ。
「…言えなかったなぁ」
詰め襟のホックを外し、下げていたネックレスを取り出す。それは、基地の近くで行なわれた祭りに立ち寄った際、大佐がエイミーに買ってくれたものだった。安っぽい作りで、填められた宝石もガラスのイミテーション、けれどエイミーにとっては他の何よりも大切な宝物だ。
「ここで大佐が生き延びれば、ジオンは勝てる…だから、無駄死にじゃ、無いですよね?」
時折響く爆発音と振動に対する恐怖を懸命に堪えながら、エイミーはコンソールを操作する。オデッサの外縁に位置する鉱山基地は、連邦に襲撃された場合を考慮して、基地の至る所に自爆用の爆薬が仕掛けられている。エイミーは意図的に指揮所へのルートを厚く守るように防衛設備を操作し、あたかもまだ大佐が基地に残っているかのように欺瞞する。何が何でも連邦は大佐を殺したいのだろう。基地に侵入した部隊はどれも面白いようにこちらの欺瞞に引っかかり、指揮所を目指している。終着点には小娘一人しか居ないと言うのに。
「ごめんなさいね?私は寂しがりなの…だからちょっと付き合ってね、連邦の兵隊さん?」
すぐそこまで迫ってきた足音に、不釣り合いな柔らかな笑みを浮かべ、エイミーは基地の自爆ボタンに手を掛けた。
「さようなら、大佐。貴方のことが好きでした」
激しい閃光と共に基地のいたる場所が爆発し、侵入して居た部隊のみならず施設周辺に近づいていたMSまでも巻き込んで連鎖していく破壊は、最終的に基地を包囲していた連邦軍の主力まで巻き込んで大爆発を起こした。
そこで画面は暗転し、モノローグが流れる。
__この日より三日後、欧州を奪還すべく進撃をしていた連邦軍は、部下の弔いに燃えるマ・クベ大佐率いるオデッサ戦闘団により甚大な被害を受け、そのなけなしの戦力を失うこととなる。それは、終戦の僅か2ヶ月前のことだった__
「いや、なんだこれ?」
久し振りに懐かしい面子で集まって酒でも飲もうと言う話になって、それならと場所を提供したらエイミーちゃんがなんか私たちの映画見つけました!とかいってディスクを持ってきたもんで、折角だから話の種に見てみようぜ!ってなったんだけど。
「あ、終わりました?じゃあ大佐もこっちで飲みなさいな」
開始早々に出番が無いと確信したシーマさんとデメジエールさんの二人は俺のホームバーを物色し酒盛りを始めていた。いや、俺もう大佐じゃないんすけど。
「あうあうあー…」
ちなみに持ってきたエイミーちゃんは効果が抜群だったようでソファで真っ赤になって丸まっている。俺も映画内でいきなりマですってサイド3でも超有名なイケメン俳優が名乗った時は思わず目をそらしてしまったから、その気持ちは良く解る。
「ここまで現実と乖離していても売れるものなのですなぁ」
パッケージを眺めながらウラガンがため息を吐く。ウラガンも登場人物に居なかったのだが最後まで眺めていた。付き合いの良い男である。
「まあ、なかなかの余興だったじゃないか。ほら、エイミー君もいつまでも丸まってないでこちらに来なさい」
結局この日、エイミーちゃんは俺と目を合わせることは無かった。そんなに恥ずかしがらんでも良いと思うけどなぁ。
本文中のあるセリフを書きたいだけだった、今は反省している。
でも多分又やる。