本好きと香霖堂~本があるので下剋上しません~   作:左道

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年末はもう仕事がめっちゃ忙しくて正月寝込んで更新できなかったんだぜ


25話『ルッツの見習い準備』

 

 

 

 

 <マイン>

 

 

 健康のためには早起きが大事らしい。でも子供の成長には長い睡眠時間が重要だとも本で読んだことはある。どっちを取るべきか悩ましいところ。

 と、わたしが現代っ子だったなら悩むけれども(夜に読書時間が欲しい的な意味で)、この世界だと概ね時計は無いけど八時頃には就寝している。長く起きていると燃料代も勿体ないし、お腹も空くし、特にやることも無いからだ。

 一日八時間睡眠が必要だとしても八時に眠れば朝の四時に起きても十分な睡眠を取ったといえる。でも実際四時はつらい。六時前ぐらいには、母さんとかが起き出すのでそれに合わせて起きるようにした。

 

「ちょっと前まではマインもお布団に入ったまま出てこられなかったのに、随分頼もしくなったわね」

 

 そう母さんも褒めてくれて、トゥーリは姉としての沽券に関わると思っているのか一緒に起きて眠そうにしながら水汲みに行く。

 以前に起きられなかったのは体が弱いこともあったけど、特に起きてもやることがなかったからだ。水汲みがある? うん。まあね。それはそうとして。

 店主さんから『マインコンロ』の魔法を教えてもらったわたしの仕事は、朝のスープの燃料だった。竈に八卦炉を入れて着火。程よい強火にしながら、台所で待っている。これも立派な仕事である。薪とかそんな役割の。

 ただ待っているだけでは退屈だし眠たくなるので、ラジオ体操をして体を動かす。無理やりでも体を動かすと副交感神経が刺激されて体が目覚めだすのだとか。

 

「マインがまた変な踊りを踊ってる……」

「トゥーリもやろうよ。健康になるよ~?」

「いや、やらないから……」

 

 どうやらラジオ体操は、「店主さんが教えた怪しげな舞踊(健康になる祈りを捧げる)」的なものだと思われているらしい。

 わたしが妙な事をやらかしても大抵店主さんに責任がかぶさるというのは、便利やら申し訳ないやら。

 スープが沸いた。ここのところ、ちょっぴり具材が豪華になったスープ。そして買ってくる保存の利く硬いパン。それが主なこの家での食事になる。

 

「母さん、竈でお湯沸かしていい?」

「いいわよ。火傷しないようにトゥーリに見てもらってね」

 

 そして鍋を借りてトゥーリの汲んできた水を沸かす。

 それから香霖堂で購入してきた大きめの魔法瓶にいれておく。香霖堂で働いて何が良いって、香霖堂の商品を購入することができることだ。中世ヨーロッパめいた異世界に、昭和ぐらいの文明の利器が導入できる。非電源の道具でも便利なものは沢山あった。あんまり目立つものを使っていると面倒事が舞い込むかもしれないけど、魔法瓶ぐらいなら単なる金属製の筒にしか見えないから大丈夫だ。

 とりあえずお湯はいくら保存していても無駄にならない。髪の毛を洗うにしても、体を洗うにしても。必要な時に沸かすより、こうして魔法瓶に入れておいて水でぬるくして使うと便利だ。

 

「マインばっかり便利なもの貰っててずるい……」

「い、一応この火が出る機能はおまけみたいなものだから……この道具のおかげで体調がよくなるのが主な効果で」

 

 トゥーリも欲しがっているようだけれど、さすがにこの世界基準で考えると父さんの生涯年収よりも高価なマジックアイテムをホイホイねだるわけにもいかない。

 

「その服も旦那様が縫い直してくれたんでしょ? すごく綺麗になってて、母さんが驚いてたよ」

「器用だよねえ店主さん」

 

 物臭で無精な一人暮らしの男性に見えるけど、普通に料理も作るし縫い物もできて家庭的だ。

 というかどうも話に聞くと、こっちの街では男性の殆どは仕事上必要でもなければ料理も縫い物もやったことが無いみたい。男の一人暮らしだと食事は買ってきたパン。茹でた腸詰め。酒。以上って感じだとか。一人暮らし用の宿だと竈が付いていないことが多いそうで。

 ま、まあ……割と親元を離れた人はすぐ結婚して家庭を持つから、特に意味もなく一人暮らしってそうはないみたいだけど。或いは、住み込みで仕事先の食事を貰うとか。

 

「魔法って使いすぎたら倒れたりしないの?」

「わたしの場合、ちょっとぐらい多めに使った方がむしろ健康にいいらしいから」

「そういうものなのかなあ」

 

 余剰の魔力は八卦炉の中に溜まっていき、時折店主さんに渡している。なんでも魔法の調合素材に使える結晶になるらしい。割と貴重なものだとも言っていた。だけどわたしからすれば、日々生活をすれば勝手に溜まっていくもので、それで少しでも店主さんに恩返しができるならと惜しむでもなく差し出している。

 一応、緊急時のために全部出すんじゃなくて幾つかボムを八卦炉に残すように言われてるけどね。

 

「薪をあんまり拾わなくてもいいのは助かるけど」

「その分お肉とか! 果物とか期待してるよトゥーリ」

「はいはい。そういえばマイン、ルッツが『料理人を紹介してくれる話ってどうなったんだ?』って言ってたよ?」

「忘れてた」

 

 いけない、いけない。もう季節は夏に近い。と、思う。カレンダーとかうちに無いからわからないけど、夏に行うトゥーリの洗礼式がもうすぐらしい。

 となるとルッツとわたしが洗礼式を受けるのは来年の今頃。大学でいうと、三年生になったけど就職説明会や会社見学にも出かけていない状態なルッツ。これはちょっと焦らないと。

 子供なのにこの世界の人は忙しいなあ……わたしは読書&店番という未来を手に入れようとしているけど。 

 紙作りもポツポツと準備を進めていることもあるし、なんなら紙を作ったらどれだけ普及できそうかギルド長の孫娘で探りをいれるのもいいかもしれない。

 

「ちゃんと話進めておくからってルッツに伝えておいて」

「わかった。……っていうかマインも森に出ても大丈夫じゃないの? もう元気になったんだから」

「うぐっ……」

 

 問い1。マインさんは森に出たいでしょうか。

 答え。森に出るぐらいなら本を読みたい。

 そりゃあ、多少は興味あるけど……

 

「洗礼式が終わったら、わたしも森に行ける日は半分ぐらいになるから、マインが頑張らないと。薪だけじゃなくて木の実とかキノコとか、晩ごはんに出てこなくなるよ」

「切実だね……仕方ないから練習してみようか」

 

 だ、大丈夫。最近は四歳児以下の体力から、四歳児並の体力まで伸びてきている。

 森へと薪拾いに行くのは早い子だと四歳ぐらいから出ているらしい。家に一人で置いておくよりは近所の子供の目がある森のほうが安心ってこともあるみたいだけど。

 

 

 

 本日昼番だった(ああっ! 香霖堂に行く日だったのに)父さんに相談してみたところ、とりあえずゆっくり門を目指してみろとのことだった。道中は遅れてはぐれないようにルッツに頼めとも。門で疲れたなら休んで皆が帰るまで待つこと。

 なので小さい子たちの最後尾について、わたしの後ろにルッツがつきながら南門へと歩いた。

 おおっ……意外とついていけ……

 

「はあ……はあ……」

「……マイン、ペース落とせ。休むか?」

 

 吸血鬼ばかりの島の住民みたいな荒い呼吸とポワポワした呼気が漏れるようだった。

 お、落ち着けわたし。もはや病気は完治しているんだ。つまり多少無理をしても疲れるだけ! 気絶したりはしないはず!

 根本的な体力の問題だ。どうにかできないものか……

 

 ふと、胸に下げているマイクロ八卦炉に触れた。

 常時発動しているのは『沢』の魔法。清流の沢が並び、互いを潤し合うように魔力を循環させて綺麗に整える。

 沢……綺麗な水の流れ……癒やし系……疲れを潤して呼吸の乱れを整える……

 イメージだ。正式な魔法じゃないんだけれど、体調を整えるという既に発動済みな魔法にイメージを追加して、『胸の動悸が激しく息が苦しい』という体調不良(疲労)を癒やす。

 非常に深刻な病気すら治せるんだから、ちょっとした疲れぐらいなんとかなる……!

 

「……ふ、ふう……」

「大丈夫か?」

「ちょっと違和感があるけど、なんとか……歩けそう」

 

 うぐっ……ぶっつけ本番で疲労回復をやってみたけど、確かに効果はあってもあまり便利とは言い難い気分になった。

 言ってみれば素潜りをしていて苦しい状態から、シュノーケルの細い管を通して呼吸ができるようになった、みたいな。

 潜り続けることはできるけど、落ち着いて呼吸をしないと息が詰まりそうだし、水面から顔を出して大きく呼吸をするように劇的に苦しさがなくなるわけじゃない。

 だけどそれでも、マラソンで倒れそうなつらさからはかなり遠のいた。もっとも、身体能力が向上したわけじゃないから歩き方が早くはならないけど。

 

 マインは、多少しんどいけど体力不足で倒れない魔法を手に入れた!

 

 ……基礎体力は頑張って付けたほうがいいね。うん。

 

 

 

 とりあえず門まで辿り着いて、森へ行く皆を見送って門で休憩することにした。最初から森でのミッションまでは期待されていない。

 椅子に座ってお水を飲みながら一休みしていると、まさにシュノーケルで潜りっぱなしの息苦しさから開放されたように、すーっと体が楽になる。

 門の皆さんも父さんの子供だって知ってるし、この前誘拐されたことでも有名になったので気を使ってくれている。

 

「なにかあったら大声を出すんだぞ」

「ホイッスルは持っているな」

「オットーに気をつけろよ」

 

 ……さり気なくオットーの同僚からの人望が。

 旅商人が誘拐犯だったので今では元旅商人まで株が下がったのかも。もしくは父さんからリンシャンの作り方を聞き出して商人に売りつけた話も広まったのかな。

 そうしていると、凄くぎこちない笑みを浮かべた要注意人物がやってきた。

 

「や、やあマインちゃん……元気だった?」

「ええ、まあ。お久しぶりですオットーさん」

 

 文字を覚えるまで練習感覚でお仕事を手伝っていたけど、一冬でマスターしたのでそれっきり仕事は手伝わなくなったので実際久しぶりだ。

 だってよく考えると、ほぼオットーがやる仕事と同じものを半分ぐらいは任されていたのにバイト代が石筆って……そもそも香霖堂からメモ帳と鉛筆を購入したからもう石筆いらないしなあ。

 

「今日は仕事を手伝って……くれるのかい?」

「うーん……」

 

 石筆はいらない。金銭は未成年なので多分無理。なにかオットーが持つもので、仕事の対価になるようなものがあれば手伝うのも吝かじゃないんだけど。

 そうだ。商人の基本的な情報とか聞けないだろうか。わたしも店主さんもこの街での商人の作法なんかに詳しくない。特に店主さん。まるでやり手の店主みたいなやり取りをしていたところを見たことがあるけど、実はさっぱりわかっていないがなんとかなった、と後で聞いた。なんてことだ。

 

「じゃあ幾つか商人の常識を教えてくれたら、簡単な仕事は手伝いましょう」

「助かる! ……正直、仕事が終わらなくて……」

「幾らオットーさんが読み書き計算を売りにして職場での地位を得ているとはいえ、他に人を増やした方がいいですよ」

「この春から見習い何人かに教えてはいるんだけど、勉強の進展は芳しく無くてね……マインちゃんがあっという間に覚えたからいけるかと思ったけど」

 

 わたし基準でやったら難しいだろうと思う。なにせ、見習いに来た子供は7歳だ。この前まで勉強なんかせずに森で薪拾いをしていた子供らにいきなり教え始めても集中力が欠けて上手くいかないだろう。わたしは中の人22歳だし文字を覚える必要性に駆られていたので落ち着いて効率的に覚えることができた。

 そうした詰め込み教育の結果、本格的に文字を覚えようって気がなくなるし時間も余計に掛かって「とりあえず名前や身の回りの単語を読み書きできればいいか」という中途半端な状態になるのだろうけれど。

 ……まあ、わたしが教育に口を出す義理もないかな。将来的に子供用の学習テキストとか作れたらいいなって思うけど。本の普及のために。

 

 別室で山積みになった羊皮紙や木板の書類仕事を手伝うことにした。

 中には使い込みすぎてかなーり薄くなった羊皮紙も混じっている。一度使ったものを削って再利用してるんだろう。やっぱり紙は高くて貴重なんだ。大量生産する植物紙の需要はある。

 文字もほぼ完璧なので書類を流し読みしつつ、士長の印章が必要なもの、オットーのサインで大丈夫なもの、計算が必要なものなどに分けて、借りた板と石筆で計算をして書き込んでいく。さすがに、目ざとい商人と繋がりのあるオットーの前でメモ帳と鉛筆を使って計算していたら追求が面倒になる。

 途中で昼番にやってきた父さんがオットーを睨みに睨んで、なにかあったら呼ぶようにとわたしに注意していった。オットーの評価がかなり低くなっていて、彼はうめき声をあげた。

 

「俺は余所者だから、街の人から信頼を得るために門番のきつい仕事についたんだけどなあ……」

「そうなんですか?」

「班長なんか街の平民ほぼすべてが顔を知ってるぐらいだからね。なのに例の誘拐騒動と、リンシャンの製法を班長から聞き出したことですっかり職場では信頼を失ってしまった……」

「旅商人が誘拐したのは巻き込まれですけど、リンシャンの製法を交渉もしないで無料で聞き出して勝手に売り物にしはじめたらそりゃ盗まれた方は怒りますよ」

「だけど商人の世界ってそういうものだよ?」

「商人同士が騙し合いをしていがみ合うのは結構ですけど、商人ですら無い人が巻き込まれたらそりゃあ怒るしかないでしょう」

 

 騙して情報を引き抜いた相手が、なんの後ろ盾もないわたしみたいな子供だったなら泣き寝入りぐらいしかできないけれど。

 同じ職場で働く上司から秘密を聞き出して商売の種にしたとあれば、その上司に味方する同僚たちからも見る目が厳しくなる。

 

「こりゃ方針転換で早めに仕事替えするべきか……」

「後任をしっかり教育してから出ていかないと評判は更に下がりますよ」

「ううう」

 

 ただでさえ職場で白眼視されていたオットーが逃げるように仕事を辞めたら、同僚たちからの評価は「あいつも疚しいところがあったんじゃないか」って感じになると思われる。

 

 とりあえず書類が一段落(すごい量だった)してからオットーがお茶を出してくれて報酬の話になった。

 

「さて。なにが聞きたいんだって? コウリンドウの旦那じゃ聞けないことかい?」

「そうですね……『アポイントメント』の取り方とか聞いていいですか?」

「『アポイントメント』?」

「あ、えーと……ギルド長のお孫さんにですね、いつでも遊びに来てくれとは言われていて、用事があるから行こうとも思うんですけど……いきなり行くわけにもいかないじゃないですか。手紙……とかはないですよね?」

「ああ、面談の依頼状とかか。それなら木板に、誰が用事がある旨を書いて先方に渡せば招待状が返ってくる。書き方を教えてあげよう」

 

 オットーから定型文と板を借りて言われた通りにフリーダへ向けて書く。ルッツを連れて行くことと、料理についての話がしたいこと。

 ふむふむと背後から覗き込みながらオットーが唸る。

 

「ルッツ……というとトゥーリと同じグループで森にやってくるあの坊主か。確か料理人になりたいとかなんとか噂を聞いたけど」

「そうなんです。でもここらの平民向けの飲食店ってあんまり料理っぽいことをしないから、本格な料理店とかをフリーダが紹介してくれないかなーって」

 

 もちろん、対価もなく友達の友達、的な遠い関係のルッツをそんな特別扱いしてくれるとは思えない。

 だけど幾つかレシピと引き換えにならどうだろうか。とはいえ延々とレシピを奪われ続けるような契約にならないように注意したい。例えばルッツを屋敷の料理人見習いということにして、無理やりわたしへのスパイをさせないと職場でいじめるとか。だいたい、ルッツだって働かせればどこの職場でも並の子供以上に頑張ると思うんだから。

 

「ほほう……」

 

 オットーの金にくらんだ目が光っている。要注意なのがよくわかる。

 彼はにこやかに提案してきた。

 

「ところでマインちゃん。特殊な商品のアイデアだったらこっちに売るつもりない? ベンノが高く買ってくれるよ? なんなら料理店ぐらい買い取って経営してくれるかも」

「えー……ベンノさんって服飾の大店ですよね?」

 

 確かに、多少は服飾史の本を読んだことがあるので渡せるアイデアが無くはないけれど、概ねわたしがやりたいことは紙の生産と普及だ。完全に畑違いの分野だろう。

 ついででルッツの料理人見習いを手伝いはするけれど……それは将来的に、わたしが作らなくても十分美味しいお店ができれば便利だなあと思う行動だし、ギルド長のところがそのものズバリな食料品関係の元締めであることは、パルゥクッキーを売り渡したときに知っている。

 全然関係のない業種の人が、アイデアに飛びついて突然業種替えを行って儲けようとしたら……既得権益の人たちとぶつかることは間違いがない。

 その点ギルド長を頼るというのは多くの伝手が期待できるので合理的でもある。

 

「特にオットーさんとベンノさんを頼る理由もないので遠慮しておきます。ギルド長に話してみます」

「そんなこと言わずに。ギルド長ってあれだよ? ダボハゼのような金の権化だよ? 上手いこと言いくるめられて儲け話の実権を握られるんじゃないかな」

「多分、オットーさんが言う商人の常識からいえばベンノさんも隙あらば儲けるために騙し合いをしてでも言いくるめますよね」

「うっ……ベ、ベンノは比較的マシな方だと思うよ。うん」

「一般人相手に商品の製法を聞き出して自分の店で独占しようとするからそういう評価になるんです」

 

 商人が一般人を騙すのはまあ、仕方ないことなのかもしれないけど。

 そんな事をする相手は信頼する道理もなくなるよね。まあ……わたしが切羽詰まってお金が必要だとか、ベンノに取り入らないと仕事が無いとかそういう理由があれば多少ボラれてでもアイデアを渡すんだろうけど。特にそんなことはないから。

 暫くオットーはアイデアに関して粘ろうとしてきたけど、恐るべき顔をした父さんが肩に手を置いてきて冷や汗を掻きながら仕事に戻ったみたいだった。

 わたしが書いたアポメールは父さんがギルド長の家まで持っていってくれるらしい。

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 <森近霖之助>

 

 

 

 幻想郷にて一部の市場が大変なことになっている。原因はマインくんが齎す魔力結晶だ。

 八卦炉の錬丹法にて99.9%の高純度に固めた異世界の魔力は非常に有用な魔法の素材であるため、関係者が一斉に求めだしたのだ。

 魔理沙、アリス、パチュリーを筆頭に河童や邪仙までなにかに利用できるかもと聞きつけ、妖狸に天の邪鬼まで僕を騙してでも買おうとしてきた。

 こうなってくると使い方一つでマスタースパークの燃料にもなる魔力の塊を無分別にばら撒いて、異変の原因になっては僕が巫女に退治されてしまう。品切れ……ということにしたのだが、事情を知っている魔女連中はこっそりと買いに来る。

 

 ここで困ったのがアリスであった。彼女は人形を異世界で操作する研究のために多く必要なのだが、如何せん対価を支払い続けることが困難になったのだ。

 魔理沙は……森で集めた食料やガラクタ金属などを押し付けることを対価とし、パチュリーはレミリアから貰った研究費か大量の蔵書から写本を譲ってくるのだが、アリスはそうはいかない。彼女の収入源は人里での人形劇。それも子供向けは無料であり、稗田家など名家で披露して料金を貰っているらしい。

 その程度でも身の回りの細々としたものを購入する程度には稼いでいるのだが、魔法の素材となると価格が並ではない。幾らマインくんからほぼ無料で(水筒などの製品を代わりに渡している)手に入れている商品とはいえ。特にアリスは異世界での糸などまで購入しているのだ。そちらは僕も向こうで売買をして持ち込まなければ手に入らないので、相応の対価が必要である。

 ちなみに以前僕らが手に入れた大量のトロンベの木材だが、薪としては使えず、建材としては一部の職人以外では加工が難しいことからそれほど稼ぎにはならなかった。

 

 アリスは普段から魔理沙によくしてくれているから魔力結晶に関しては多少はおまけをしてもいいのだが、パチュリーにも対価ありで売っている品なのでさすがに安すぎる値段で渡すのは商売人の道理に反する。

 アリスも魔法使いとして正当なる対価もなしに取引をするのは信条に反するようだ。魔理沙など拾ったガラクタを渡してきて対価と言い張っているが(ガラクタの中に貴重な道具が混じっていたことは黙っておこう)。

 

 ものは欲しいが対価が無い。悩みに悩んだアリスが提案したのが、労働力による支払いだった。どうやら半霊の従者に聞いたらしい。以前に妖夢へ雪掻きの対価として非常に貴重な僕の持ち物を譲ってあげたこともあるので、手伝いが道具代の対価にならないことはない。霊夢も殆どはツケかなにかしらの行動で支払っている。

 

「と、というわけで、霖之助さん。掃除とか買い出しとかさせて貰うわね」

「……その割烹着は?」

「せっかくだから形から入ろうかと……」

 

 アリスは恥ずかしそうに俯いた。恥ずかしいならやらなければいいと思うのだが。

 提案しに来た彼女は割烹着姿だったのだ。いつもの服の上から着込んでいるが、地味すぎずおしゃれなデザインをしている。

 正直なところ、店の掃除に別に困っているわけではない。確かに埃があちこちに積もっていてヤモリの糞が転がり、天井に張った蜘蛛の巣の主は客より顔を合わせることが多い。だが古道具屋としてあまりピカピカに掃除するのも趣がないと思っていたので、これでいいと考えていた。

 だが無碍に断るのもアリスが素材の調達に困って言い出したことなので、彼女の支払うべき対価がそれこそなくなってしまう。ヤモリや蜘蛛くんには悪いが、うちの店に長居していては道具に含まれる霊気で妖怪変化にならないとも限らないから、ここらで出ていってもらおう。

 相応の覚悟を持って魔法の素材を得るために申し出たのだから、ここは然程必要のないこととはいえ受けておくべきだろう。魔力結晶自体はただで手に入れたようなものなのだ。

 

 店の掃除、というと見習いや丁稚の仕事で立候補してきたマインくんが張り切りそうだが(やりますよ!と意気込んでいる姿は見るが、本を読み出すと忘れるようだった)彼女は正式にまだ雇っているわけでもないのでアリスにやってもらう分は構わないだろう。

 

「まあ……よろしく頼むよ。倉庫の方は個人的な収集品や小さいが工房があるからやらないでいい」

「わかったわ。屋根裏まで綺麗にするわね」

「妖精が住み着いてカビが生えていないか気をつけてくれ」

 

 そういうとアリスは人形数体を操りながら、はたきや雑巾、箒を手に店の掃除を始めるのだった。

 なんというか、棚の上や天井は僕でも掃除をするのに面倒だったのでやってくれるのは助かる部分もある。大掃除のときぐらいしかそこまで手を付けない。何年前の師走に掃除しただろうか、と思い出す。

 

 

 昼になると食事の用意までしてくれた。味噌汁に白米に漬物に天ぷら。天ぷらはフーシャと呼ばれるエーレンフェスト茄子に、人参のようなメーレン、玉ねぎのようなラーニエ。野菜天ぷら盛り合わせだ。

 

「和食も作れたのかい? 魔法使いは食事を要らないというが、凝っているのだね」

「本格的なのは挑戦したことないけどね。失敗したら嫌だから。はい召し上がれ」

 

 割烹着服で白米をよそっている姿が妙に似合っている。

 そうしていると天ぷら油の匂いに誘われたのか霊夢がフラフラと飛んできた。そして天ぷらへと突っ込んでくる。

 

「霖之助さーん……って準備がいいわね。いただきます」

「こらこら霊夢。いきなり来て食べようとするんじゃない」

「油ぐらいは出そうと思って持ってきたのよ。そしたら天ぷら揚げてるから貰って良いんだなって」

 

 霊夢は油の入った瓶を台所に起きながらそういった。どうやら油を持ち込んで天ぷらかなにかをねだろうと最初から思っていたらしい。

 

「ちなみにその油はどこで?」

「油すましがいたから奪ってきたわ」

「……妖怪の持っていた油を食用にして大丈夫だろうか」

「それにしても……アリス、あんた何やってるの?」

 

 ジロジロと割烹着姿のアリスを見ながら霊夢は聞いた。

 

「商品を手に入れるためお店の雑用よ。はい霊夢は天かす丼」

「ふーん。むしゃむしゃ。美味しいじゃない」

「……可哀想だから天ぷらもいれてやってくれ」

 

 迷うこと無く、丼飯の上に天かすを乗せて醤油をかけただけのものをがっつき始めた巫女に僕は情けをかけた。

 

「そんな格好してるとあんた、新こ──いや、お手伝いさんね。うん。外の世界の本に書いてあったわ。外の世界では夫婦共働きをして家事をお手伝いさんに任せるのが、お金持ちじゃない普通の家でも増えてるんだって」

「へえ。まあ魔法使いも使い魔に家事は任せたりするけどね」

「うん。そんな感じ。お手伝いさん、ご飯おかわり」

「……霖之助さん、いいの?」

「仕方がない。霊夢にもよそってあげてくれ」

 

 アリスをお手伝いさんというならば、さながら霊夢は食べざかりのお嬢様といった立場だと主張しているのだろうか。むしろ気まぐれに来ては餌をねだる猫のようだが。

 店は儲かっているのだが近頃は食費が増えてあまり儲けている感じはしない。昼からはアリスに人里での食材の買い物を頼んだ。霊夢もついていったのが若干不安だ。

 しかしここから人里はそこそこ遠いので、買い出しを頼めるのは楽だと思いながら僕は本を手に店番をすることにした。

 

 

 

 アリスが数日掛けて店を掃除した後のエーレンフェストにて。

 カランカラン、とドアベルが鳴り来客を知らせると、我が店の小さな見習い候補が数日ぶりにやってきていた。

 

「おはようございます、店主さん!」

「やあ、おはよう。今日はルッツも一緒かい?」

 

 背後には彼女の幼馴染である少年も連れている。二人は店の中に入って、店内を見回してマインが感嘆の声をあげた。

 

「わあ、お店が綺麗になってる……店主さん、誰にやってもらったんですか?」

「僕が自分でやったという発想には至らないのか」

「ご自分で?」

「……いや、人にやってもらったんだが」

 

 釈然としないものを感じたが、アリスの努力によって店内はまるで様変わりしていた。

 気の利く彼女は物を片付ける際にはちゃんとどこに動かすのか確認を取り、細かいものを一つの箱にしまい込む際にはメモを貼り付け、床や棚の上に積んでいた道具類も綺麗に展示しなおしていた。エーレンフェストでは見れないが店の外に出していた道具類もまとめて片付け、様子を見た天狗が店じまいに片付けているのかと勘違いした程だ。

 薄暗い店内に掛ける照明にもあれこれと相談をしてきて、あたかも新居でもレイアウトしているのかと言わんばかりの熱心さで店の雰囲気を向上させた。

 僕の店であるのだから僕が思うように店内も……乱雑なようで独自の規則性を持った形にしておきたかったという気持ちは無くはないのだが。

 少なくとも片付けを見に来た常連たちに言わせれば「格段に店っぽくなった」と言われればぐうの音も出ない。

 むしろ「これまでは物の散らかった廃墟から道具の残骸を引っ張り出されて売りつけられるような気分だったけど、これなら買いやすい気がする」といったのは常連客のメイドだ。あんまりではなかろうか。

 

「と、それより店主さん、お願いがあります!」

「土下座は止めようね」

 

 スッと手のひらを床につけそうな態勢になったマインくんを止めた。どうせ大した頼みではない。

 紙作りに関してなら、簀桁の類は人里にいる紙漉き職人に話を聞きにいったら古い道具を引き取ってくれるように頼まれたので、そのまま持ってきたから使えるはずだ。なんでも人里で近頃は古道具が付喪神になることが多いから新しくしたばかりなのだという。

 何も知らないこちらの世界の職人に頼むよりは完成品を持っていた方が楽なのでありがたく受け取った。

 

「実はですね、ルッツに料理人見習いの働き口がないか、これからフリーダの家に訪ねることにしたんです。でもフリーダってお金持ちですよね?」

「ギルド長の娘だからね。この街の平民では最上級の富豪ではないのかな」

「すると平民のちょっと不潔な感じで会いに行くのは印象悪い気がします」

「なるほど。それで風呂か」

 

 確かに幻想郷の人里でも、大店に挨拶に行くのに薄汚れていては失礼にあたるだろう。

 この街では殆どの平民が自宅に風呂を持っていないことを考えても、商人たちはそれなりに身ぎれいにしていた。

 

「フリーダのところに行くついでに、紙の販売やら需要やら聞いてこようと思うんですけど」

「……まあ構わないよ。薪も沢山あることだしね」

 

 薪はアリスが人形を使って一冬越せるぐらいには割っていったから余裕がある。

 

「紙に関してはマインくんが主体で話を進めて構わない。困ったら僕と相談するということにして話を持ち帰りなさい」

「がんばります。さあルッツ! お姉さんが洗ってあげるから!」

「え? いや? なんなんだマイン? なにをするつもりなんだ? お前なんかこの店に付いてから妙に元気だよな!? 本当にお前マインか!?」

 

 どうやらルッツの方は然程事情が飲み込めないまま連れてこられたらしい。風呂場に引っ張っていくマインへ戸惑いの声を浴びせている。

 ──商人を目指す少年と、それを後押ししてグイグイと引っ張っていく幼馴染の少女。

 む……なにか記憶に引っかかるものが……いや、無いな。妙な既視感が混ざった気がしたが。完全に気の所為だろう。

 

 僕は二人を見送りながら、手元にある歪んだ金属の輪とこの世界の神話本を開いて首を傾げていた。

 その歪んだ輪は魔理沙の持ってきたガラクタの中に混じっていたもので、妙な装飾がついているが見た目は間違いなくガラクタの一つだ。

 しかし僕の能力ではその用途と名称がしっかりと見えた。

 

『名称:カーオサイファの歪んだ輪』 

『用途:符丁を表す』 

 

 カーオサイファ、とは聞き慣れない単語だったが、確かめたところこの世界における混沌の神であった。

 そしてわかりにくい用途の内容。符丁とは合図であったり、隠語であったり、秘密の記号であったりする。例えば取引に使う割符だったならば、こういった用途になるのかもしれないが……

 それよりも、なぜこのエーレンフェスト世界の道具……いや、霊力の宿った祭具か神具の一種が幻想郷に落ちていたのだろうか? 疑問が尽きない。

 ひとまずこの歪んだ輪は売り物にするにも怪しいので、倉庫に非売品として保管するべきだろう。

 

 そのような事を考えていると、風呂場からマインくんが一人で出てきた。

 

「どうしたんだい?」

「髪を洗うまではよかったんですけど、ルッツを脱がそうとしたら怒られまして……」

「……」

 

 さすがに体を洗われるのは子供同士でも恥ずかしいものがあるようだ。

 とりあえず体を洗う手順などは説明したらしい。風呂場には石鹸も置いてある。

 マインくんはルッツの服を受け取り、それを洗濯することにしたようだ。洗剤と洗濯板でゴシゴシと洗ってから絞って干す。僕がマイクロ八卦炉を細かく調整してやり、熱で乾燥させる。

 こうして四半刻後には身ぎれいにしたルッツが出来上がり、二人はフリーダ嬢の元へと向かっていった。手土産にアリスが置いていったドーナツを持っていくことにし、交渉次第で製法を売るらしい。

 二人を見ているとやはり人間というのは行動的で、長命の者からすると常に走り続けるように生きているように感じる。時にそれはまばゆく、危なっかしくも感じる。そして僅かに羨ましくあるのは僕も人が混じっているからだろうか。

 あれぐらいの年頃に仲良くなった魔理沙と霊夢も今はすっかり大きくなった事を考えると、なんとも青春は短く過ぎ去るものだ。

 僕が香霖堂を退屈せずに営業していられるのもそういった人との関わりからではないか。そう思いながら、静かになった店内で余り物のドーナツを齧った。

 なんとなく歪んだ輪が目に入り、魔理沙が作ったドーナツのようだと懐かしくなった。

 

 




細かく日常を書くと話が進まないし
日常を飛ばすとパチュリーを出せや!って言われるが
適当なんだぜ!(雑)

・日常に便利なマインコンロ。マインの家族はマジ寛容。
・なんとマインは、大して鍛えずともぶっ倒れずに歩ける程度の体力を手に入れた!(原作マインなら気絶している)
・オットーの評価が酷いことに
・原作だと生き急ぎまくってるマインちゃん相手だけどこっちは余裕がある上に義理が無いと信頼されないと「お前と取引しない」が使われてしまうという
・アリスは家事やらせたらかなり作中上位……いやまともに家事してそうなのが逆に少数派……
・霖之助の既視感は歴史の捏造ネタなので特にフラグじゃないです

正月に勢いで書いた短編も暇な時にどうぞ(本好きも香霖堂も関係ないけど)
【RTA】ヨブ記・脳筋ルート最速攻略チャート!【完結】
https://syosetu.org/novel/211381/

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