ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか 作:ミキサ
「大変です!ロキファミリアの皆さん!!」
そう声がしたのは、フィン達ロキファミリアの幹部が黄昏の館の玄関口にいたときだった。
遠征が終わったばかりだというのに一体誰がフィンらを呼び止めたのだと、門を振り返ってみるとそこにはギルドの制服を身に着こなした男性が立っていた。さすがにギルドからの呼びかけには答えなければならないと、フィンはリヴェリアとガレスを連れて門の前に立っているギルド職員の元まで赴いた。
それに続くようにティオナは興味本位で、団長が行くならとティオネも付いて行く。アイズも何か気になったのかともに門前まで来た。ベートはこちらまでは来ないが、玄関で聞き耳を立てている。
「やぁ、僕らの自己紹介はいいかな。それで何があったんだい?」
フィンが片腕を上げ門を開けてギルドの職員に挨拶をする。
「ミノタウロスです!」
「ミノタウロス?」
「ミノタウロスが第五階層で発見されたの報告があったんです!!」
「「「!?」」」
その場の幹部たちに戦慄が走る。
ミノタウロス、それは先ほどロキファミリアの遠征の帰投時に大量の群れで出会った存在だからだ。いや、ただであっただけならば問題ないのだがよりにもよってそのミノタウロス達はフィン達に恐れをなして上層へと逃げ出し始めたのだ。
だがもちろん上位ファミリアの威信にかけて被害が出る前に逃げ出したミノタウロスたちは責任をもって狩り尽くしたはずだ。
「おいどういうことだフィン、ミノタウロスたちは私たちが処理したはずだろ」
「あぁ、そのはずだけど。ねぇ君、そのミノタウロスが発見されたのっていつだい?」
「冒険者たちが発見した際の時間でしたらおそらく一時間ほど前です」
「一時間か、微妙だな」
「あぁ、その時間であれば私たちはちょうどミノタウロスを追っていた時間とも重なる」
「ねぇ職員くん、そのミノタウロスだったらもしかしたらもう私たちが倒したんじゃない?」
「こらティオナ!団長の会話に入るなんて!」
「いや、そうだね。その時間なら僕たちがミノタウロスを追っていた時間とも合う。それをそんなに慌てて報告しに来たってことは僕たちが戻って来てから新たな被害者でも出たのかい?」
「い、いえ。その冒険者がいち早く気付いたため他冒険者たちも安全のため一時ダンジョンへは潜らないように勧告を出している最中です」
「ではなぜ?確認して来いと言うのならもちろん僕らの過失に違いないから確認してくるけど、いくら上層に現れたとはいえミノタウロスだ。被害を迅速に抑えるなら僕らロキファミリアの貸しを作るという意味でもギルドの方で処理することはできると思うが。それにしては君の顔色は悪い」
「は、はい。確かにただのミノタウロスであればこちらの方で確認作業を行ったのち、発見次第あなたがたロキファミリアにペナルティを下すつもりなのですが……」
「そうだね、ここまで来たら当然のペナルティだ覚悟するよ。それでそうしない理由は?」
「実は、その発見してきた冒険者が言うにはそのミノタウロスは体長3Ⅿ強、毛の色は赤黒く、角は黒かったと。あれは間違いなくミノタウロスの変異種であったと報告をしてきました」
「変異種じゃと!」
「確かにそれは拙い」
驚き声を上げるガレスの隣でフィンは親指をなめる。
「え、えぇ、それで先ほどロキファミリア様からのご報告を受けた際討伐されたミノタウロスの中に変異種は混ざっていなかったと思い、まず間違いなくまだ討伐を果たされていないミノタウロスと確信しご報告をしに来ました」
「どうするフィン、これはもうペナルティがどうこうという問題ではないぞ。ミノタウロスの変異種であるならばレベル3以上は確実。それはギルドとしても迂闊な調査隊を出せないはずだ」
「そうだね。このタイミングで五階層にミノタウロスの変異種。出来過ぎだ、確実に僕らのうち漏らしだろうね」
「で、では討伐に行ってくださるのですね!」
「当然だ。今回は完全に僕らの過失、すぐにダンジョンに戻り討伐しに行くよ。申し訳なかった」
「いえ、ではよろしくお願いします!」
そう言うと職員は慌てたようにギルドへと戻っていった。
そして残された幹部たちの顔は芳しくなかった。当然だ、すべて倒し尽くしていたと思っていたミノタウロスを五階層で、しかも変異種を取り逃がしていたとなればその被害によってはファミリアの失態は免れないだろう。いや、犠牲者が出ていないだけ今はまだましか。
「アイズ」
険しい顔をする面々の中でフィンはアイズの名前を呼んだ。普段であれば、ただ返事をするだけのアイズが今日に限っては少し肩を揺ら付かせた。
「今回ミノタウロスを取り逃したのは君だね」
「!?」
先ほど以上の衝撃が幹部たちの間に生まれる。
「ちょっとフィン!いきなりなにさ!」
「そうです団長!いくらなんでもそれは!」
すぐさまアマゾネス姉妹がフィンの言論を咎めようとするが。
「いや、確かに逃がしたミノタウロス。五階層まで追っていったのはアイズ、お前だったな」
「…………」
二人を鎮めるようにリヴェリアが再度アイズに問う。
「でも、私ちゃんと倒してきた」
アイズは反論するように自分はちゃんと一体倒してきたと言う。
「五階層まで行ったのは本当に一体だけだったのかい?」
「ッ!」
ここでフィンが核心を突くように尋ねる。
これにはアイズは反論せずに息をつっかえさせる。確かに自分が五階層までミノタウロスを追いかけていったとき、二体いたような気もする。しかし一体を切り伏せたアイズは今日はどこかボウとしていることも多々あったため、さすがにここまで逃げてきたのは今倒したミノタウロスだけだろうと調査を打ち切ってしまったのだ。もしあれが見間違えではなく本当にもう一体いたのだとしたら。
アイズの女が見開かれ、口元は微かに浮いていた。
誰から見てもその表情は心当たりがあるという顔だった。
「アイズ、お前……」
リヴェリアは見るからに顔色を悪くして手で目元を塞ぎ怒りの声で唸っている。とはいえここで説教に入らせるわけにもいかなかったフィンは怒鳴りそうになっているリヴェリアを手で制しアイズに命令する。
「アイズ、説教は後だ。今回の件、君のせいだというなら君の手で片付けてきてくれ」
「ッうん」
アイズはフィンから命令を受けるや否やすぐさまダンジョンに向かって走っていく。その速さはレベル5にしては最上級の敏捷だ。このペースならばそう時間もかからずミノタウロスを討伐できるだろう。
走り去っていくアイズを見送り、幹部一同はようやく息を吐くことができた。
「ねぇねぇリヴェリア、確かに今回ミノタウロスを取り逃がしたアイズは悪いけど、それにしてはリヴェリアも顔色を悪くし過ぎじゃない?」
「そうね、それに関しては私も気になったんですけど。今日アイズの様子がどこかおかしかった原因について団長たちは何か知っているんですか?」
ティオナとティオネの純粋にアイズを心配するが故の質問であったが、リヴェリアは顔を顰め、ガレスは目を閉じ無言を貫く。そして三人を代表するようにフィンが目を細めてティオナたちを諭す。
「それに関してはアイズの過去に関することだから僕たちが勝手に話すわけにはいかない」
「そうじゃな。こればっかりは酒じゃ忘れられんもんじゃ」
「だが、これ以上それのせいで問題が起こるというのであればこちらも対処しなければならないか」
三人の重たい雰囲気に能天気なティオナもこれ以上問い詰めるのはやめた。自分だってアイズには話せていないことがあるのだ。それなのに勝手にアイズの過去だけ知ろうとするのはフェアじゃないと思ったからだ。
「ふーん、そっか。まぁ今回の件で誰も犠牲になってなければいいなぁ」
「そうね、それで誰かが死んでたりなんかしたらいくらダンジョンの中での命の管理は自己責任とは言え後味悪いし、アイズは落ち込むでしょうしね」
「だから今後このようなことがないようにアイズは帰ってきたらしっかりと説教しなければならないな」
「うぇ、アイズご愁傷様」
「さ、皆はいつまでもここにとどまってないでさっさと戻ろうか」
「はい、団長!」
「あれ、そういえばベートは?」
門の前でとどまり話をしていた幹部たちが黄昏の館へと戻ろうと玄関に視線を向けると、先ほどまでそこで聞き耳を立てていたはずの
「ほっときなさい、どうせアイズのことでも追いかけに行ったんでしょあの駄犬」
「あぁ、なるほどね」
と、それ以上は特にないと全員は黄昏の館へと戻っていった。
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ギルドの職員に説明している間もなく大穴の階段を駆け下りたアイズは、確かに一階層にいるはずの冒険者たちがすでに避難していることに安堵する。こんな上層をレベル5のアイズが駆けていけば、低レベルのモンスター達は姿を現すことなく逃げていく。たとえ姿を現したとしてもダンプカーに轢かれる虫のごとく跳ね飛ばされて終わりだろう。
そしてそうこうしているうちにアイズはついに第五階層までやってきた。時間にして十数分ほどであろうか。その間、すれ違う冒険者はいなかった。もちろんミノタウロスもいなかった。なら犠牲者もなく、ミノタウロスもまだこの階層にいるだろうか。
アイズはそう考え、耳を澄ませて少しでもミノタウロスがいるだろう位置を探る。
するとその時だった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
「うあああああああああああああああああああああ!!!!!」
聞こえた。少年の叫び声と、怒り狂う化け物の声が。
「っ!」
アイズは一気に駆けだす。
迷宮内を反響する叫び声に惑わされず、確実にその発生源へと身を馳せる。
そして見つけた。
(え......)
私はその光景に目を奪われた。
目の前を駆けていくは荒れ狂う赤黒い闘牛。
そして――。
処女雪を連想させる真っ白な髪。
今にも涙がにじみ出そうな瞳の色はルベライトの瞳。
一見して兎のような外見を持った……彼、彼と同じ容姿を持つ、ヒューマンの少年。
一瞬、彼とあの少年が重なって見えた。
そんなことがあるはずもないのに、彼が赤黒い猛牛に追われ命がけの闘争を繰り広げていた。
そして私は動揺からか立ち止まってしまった。
「おい、なんだあれ!ど素人じゃねぇか!!」
不意に後ろからかかった声にアイズは意識を取り戻して再び駆ける。
いつの間に来たのだろうか。ベートがアイズの後ろを追走していた。
「ベートさん?」
「おいおい、何であんな雑魚がこんなとこにいやがんだよ!」
ベートは目の前の少年を嘲笑するように笑い叫ぶ。
その言葉に柄にもなくアイズはベートを睨みそうになったが、今は目の前の少年に意識を集中させる。
後ろ姿しか見えない少年だが確かにその防具は貧相としか言えなかった。いや、そもそもあれは防具ではないのではないか。アイズは少年の着ている物に注目すると息をのんだ。服に疎いアイズでもわかる。少年も来ているあれはどこにでも売られている、いや言ってしまえばオラリオに売られている物よりも質の悪そうなただの旅装束ではないか。
初心者であればギルドからの支給品だって貰えるであろうに、あんなダンジョンでは裸も同然の格好で
アイズたちのような強者に追われてきたミノタウロスにとってはうっ憤を晴らす丁度いい獲物、どころかただの餌だろう。
(ダメッ!!)
少年が行き止まりのある曲がり角へと逃げ込んだ。
アイズは足に力を籠め、さらに強く地面を蹴り飛ばす。ただ夢中に
そしてアイズの姿が霞む。
いつの間にかベートすら置き去りにして、軽やかに音もなく、視線の先の光景へと加速する。
追い詰められた少年の表情は恐怖からか酷くゆがんだ笑みが浮かんでおり、あの赤い瞳から涙腺が決壊したためか涙が溢れ出し、振り上げられた剛腕を見て何かつぶやいていた。
「だから、なれなくてごめんなさい」
(大丈夫、今助けるから!)
その少年の泣きっ面に酷く、遠い昔の既視感を覚えながら――アイズはその光景へと追いつき、剣を一閃させた。
『ヴォ?』
ミノタウロスの酷く間抜けな声が聞こえたが、相手は強化種だ。この程度では消えやしない。
アイズはそのまま手を休めることなくミノタウロスの四肢を、腱を、首を、ただ目の前の少年を助けたいが一心で剣を振った。そして最後の剣筋がミノタウロスの急所を切り裂いた時。
『ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』
ミノタウロスの断末魔とともにその肉塊はずり落ち、舞い上がる血飛沫は目の前の少年へと降り注がせながら、
そしてようやく目と目が合った。
茫然と見開かれるどこか潤んだようなルベライトの瞳と、透いた輝きを帯びさせ少年を見つめる金色の瞳。
あの初雪のように白かった髪はアイズの過激な剣筋による血飛沫ですっかりと赤黒く染まってしまっている。
地面に座り込みアイズを見上げる少年にそっと声をかける。
「……大丈夫ですか?」
見下ろす格好のアイズの問いかけに、少年は動くことなくただアイズを見ていた。
ただその肩が少しだけ震えているように見えた。
もしかしたら今まで自分を殺そうとしていた
もしそうだったら嫌だなと戸惑うアイズはもう一度少年に声をかけた。
「あの……大丈夫、ですか?」
反応は帰って来ない。
変わらない表情の裏で困り果ててしまったアイズは、もう一度彼に似た少年を見つめた。
上半身のほとんどがアイズのせいで赤黒く染まってしまっており、途方もない罪悪感に襲われる。そしてやはり見れば見るほど少年が着ているものは安物感の溢れるところどころか解れ、腕の部分もおそらくコボルドだろうかに引っ掻かれた後が付いており切れかかっていた。どうしてこのような装備でこんな階層まで下りてきてしまったのとアイズは少し怒ったように口を膨らませる。
しかしいつまで経っても動くことのない少年をしたアイズはとりあえず立たせようと手を伸ばし声をかけようとした。
すると少年の体が跳ね上がるようにビクつくと、アイズの手と顔を交互に見合わせる。
瞬く間に血を被っていない部分の肌という肌が紅潮し始める。
「だっ――」
「だ?」
アイズに手を伸ばさせる暇も与えず、少年はその場から自力ではね起きる。
次の瞬間。
「だあああああああああああああああああああ!!!」
全速力でアイズから逃げ出していた。
「……」
茫然と、少年が逃げていった方向を見開かれた瞳で見つめるアイズ。
逃げ去っていく通路の咆哮から連続的に少年の叫び声がこだましてくる中、アイズは今まで誰にも見せたことのないような呆けた表情で少年を見送ってしまった。
「っ……、くくっ……ッ!!」
後ろを振り返れば、腹を抑えながら震えているベートが必死に笑いをこらえていた。
体を九の字に折り曲げ、口を必死に抑え、まるで過呼吸状態のように呼吸を乱しているベートの姿もまた珍しい。
「………………」
ようやく我に返ったアイズは年相応の少女のように恥じらいをもって、目の前の獣人を睨みつけた。
「くくっ、あははははっは!!」
ついに堪え切れないとばかりに笑い声を響かせるベートを置いていくとばかりにアイズはダンジョンを出ようと歩き出す。
カランッ。
そんな甲高い音がアイズの足元で鳴った。
「これ……?」
アイズは足元に落ちるそれを拾い上げる。
それはアイズの眼から見ても一級品であるとわかるほどの業物である白銀の短剣だった。柄の部分の見事な装飾はもちろんのこと、試しに空を切ってみればその切れ味は自分の
落ちてる場所から見てあの少年の落とし物だろう。なぜあのような格好でダンジョンに入ってきた少年がこのような業物を持っているのかアイズにはわからなかっただ、アイズはその短剣を懐にしまう。
今度少年にあったときに返そう。そして今日のことを謝りたいと。
そして、もし、もしもあの少年が彼ならば……。
いや、その考えはよそう。
そんなことあるはずがないんだから。
奥歯を噛み締めるアイズはゆっくりとダンジョンから出ていった。