ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか   作:ミキサ

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7話”それぞれの憂慮”

 暖炉の火がうっすらと揺らめく一室。

 他の光源はなく、火の燈だけが部屋に四つの影を作り出していた。

 

「ほんで自分、何か言いたいことあるん?」

 

 作り出された影の中、椅子を反対向きに置き、背もたれを抱え込むように座る一人の、いや一柱の神が細い目と口を曲に描き目の前の眷属()に向け放った。

 そしてその視線の先、直立不動で神の目の前で棒立ちになるは錆色の髪を逆立てた体格の良い青年。もっとも今の状況ではせっかくの体も恐縮し見るに堪えないが。

 

「まぁ、大方の事情はフィン達から聞ぃたから、あとはあんたの意見を聞くとこってだけや」

 

 その言葉に青年。イヴァンは体を強張らせ固唾をのむ。

 ここは黄昏の館の一室。主の一室だ。

 つまり、イヴァンの目の前で椅子に座りにやけ顔を晒すそれは、黄昏の館、ロキファミリアの主神。ロキその神だった。

 この部屋にいるのは三人と一柱。

 ロキファミリアの主神であるロキと今まさに断罪を待つ罪人である眷属イヴァン。それに団長であるフィンと幹部のリヴェリアだ。ロキファミリアの主だったメンバーは遠征から帰ってきたばかりということもあり、一部を除く幹部以外のステータス更新は明日以降に順番に行うということで、各自休息に入っている。

 そんな中、事情により遠征に参加できていなかったイヴァンがどうして、団長と幹部に見守られながら主神と相対しているかと言われれば、それは夕方にあった門前での悶着が原因だろう。

 

 入団希望の少年を見た目で判断し門前払い。間違いなく処罰の対象であった。

 本来入団希望者の相手は主神と団長によって行われるものだとロキファミリアでは決まっていた。しかしながらそんなファミリアであってもレベルの低いもの、入りたての新人の中には自分がロキファミリアに入れたという優位感から新たにファミリアに入ろうとする者に対し自分で判断を行おうとする者がいるのもまた事実であった。これはイヴァンに限った話ではなく、他の門番達でも同じことをしていた者はいただろう。フィン達もそのようなファミリアの現状はなんとなく察しはしていたが、その問題は先延ばしにしていた。

 そんな問題が今回ついに表立ったのにはあえて言うならタイミングが悪かったからであろう。

 

 今回のイヴァンの対応を遠征帰りであった幹部らがタイミングよく目撃してしまったこと。

 一日限りとパーティを組んだアポロンファミリアの団員の過激な発言のエスカレートもあり、少年の素性も聞かずに追い返してしまったこと。

 何より、少年が正体不明の人物からだったとはいえ紹介状を持参していたにもかかわらず追い返してしまったこと。もしその紹介状を書いたのがロキファミリアと親交深いファミリアであり、これが原因で両ファミリア間の中が険悪になってしまえば目も当てられないだろう。

 

 そう言うこともあり、さすがのフィンらもこれ以上は捨て置けないということでまずは今回の原因であったイヴァンから矯正していくということでロキとの面談が行われているのだ。

 

「いやぁ、それにしても自分、よりにもよってアポロンとことパーティ組むなんておもろいなぁ」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「なぁに、怒っとるわけじゃないで?確かにアポロンとこは質としては中堅やし、丁度良かったんやろ。ま、主神の趣味はえろぉ悪いけどな!あのドチビに求婚するくらいやし!」

 

 ロキは後半一人思い出し笑いをするかのように膝を叩きながら語り、笑い声が止む。

 

「そこから先はアポロンとこの眷属の中身に運がなかったなぁってことにしといたる。んでイヴァン、自分なんでその子供を門前払いしたん?」

 

 意地悪な質問だ。リヴェリアらの報告からわかっているであろうことをイヴァンから聞くことに意味があるとロキはジッとイヴァンを見つめている。

 

 ”神に子の嘘は通用しない”

 

 これがこの下界のルールだ。

 イヴァンは息をのみ、ゆっくりと苦し気に告白する。

 

「少年の、姿を見て......冒険者には向かないと、判断しました」

 

「ほぉ、そんなことを判断できるようになるなんて、自分偉くなったな?」

 

 主神の棘のある言葉にイヴァンは動けず、リヴェリアは眉間を摘み小さく唸る。

 ロキはその細目をゆっくりと少し開き、口元の笑みを消しイヴァンを見つめ言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分それ、フィンにも同じこと言えるん?」

 

 

 

 

 

 

 その言葉にイヴァンはとっさに自分の団長である小人族(パルゥム)の青年に振り返ってしまった。微かな暖炉の火は当の本人の表情を見させてはくれず、その体は何の反応も起こしていなかった。

 イヴァンの体が先ほどとは違う、さらに深く凍り付いていくのを感じる。それはロキの言葉を飲み込むまでの時間と言わんとばかりにゆっくりとだ。

 ロキの言葉がゆっくりと咀嚼され、頭の中に入っていく。

 少年に放たれていた言葉が、自分が向けた感情が、少年ではなく自分が敬愛している団長フィン・ディムナに置き換わっていく。

 

 今でこそオラリオで最大派閥の一つであるロキファミリアの団長。”勇者(ブレイバー)”の名を神々に与えられた偉大なる冒険者。しかしその種族は今もなお冒険者世界では冷遇されている小人族(パルゥム)である。見た目から判断するのであればただ幼い少年だ。

 

「あ、あ......」

 

 そしてそんな彼の目的が、そんな冷遇され続けている一族の復興であるのはロキファミリアであるならば察しがついているだろう。

 そして自分は彼の少年に何をした。もし目の前にいたのがフィンであれば絶対にできないような、判断できないようなことで判断したのではないか。少なくとも、フィン・ディムナが団長であるこのファミリアでは絶対にやってはいけないことであるのはないのか。

 

「自分の考えたことは間接的に自分らの団長を馬鹿にしたようなことやで」

 

 例え自分の眷属()であろうが、自分の眷属()を馬鹿にする奴は許さない。

 神ロキとはそう言う神だ。

 いつの間にかイヴァンはその場に崩れ落ちていた。

 自分が彼にしたことは冒険者の可能性を、自分の長のこれまでを全否定したのと同義であると悟ったのだった。

 

「で、イヴァン。自分、これからどうするん?」

 

 神自ら審判を下してくれるなんて甘さはなかった。目の前に見える、あるはずのないナイフは好きなように使え。イヴァンにはそう告げられたように感じた。

 そして冷たくなっていく手でその見えないナイフを握り、自らの喉元へ突きつけようとしたその時だ。

 

「もういいよ、イヴァン」

 

 ゆっくりと肩に手が置かれた。

 

 そこには目をそっと閉じ、イヴァンにはそれ以上何も言わず顔をゆっくりと横に振るフィンの姿があった。

 

「団、ちょ......う」

 

「ロキ、もういいよ。これ以上僕に思うところはない」

 

「そか、それならええわ」

 

「イヴァン、君はしばらく謹慎だ。部屋でゆっくり頭を冷やすといい」

 

「は、い...」

 

 その言葉にイヴァンの体は金縛りが溶けたかのようにゆっくりと立ち上がり、一礼したのち部屋から出ていった。

 そんな小さくなった背中の青年を見送ったロキらはそっと息を吐く。

 

「イヴァンのことはこれで今のところは大丈夫だろう」

 

「あぁ、アポロンファミリアの方にも言いたいことがないと言われれば嘘になるが、ギルドからのペナルティがある今、さらに問題を起こさせるわけにはいかないからね」

 

「せやなぁ、それでペナルティと言えば例のアイズたんが見落としてもうた言うミノタウロスの変異種はちゃんと討伐できたん?」

 

「あぁ、それに関してはちゃんとアイズが自分の手で始末してきていたよ。ベートもそれを確認している。死傷者も今は所報告されていないし、ギルドの素早い判断に助けられたってところかな」

 

「ふーん、で。その肝心なポカやらかしたアイズたんはどこにおるん?」

 

「それがミノタウロスの討伐を報告した後、自分の部屋に閉じこもってしまったのだ。まったくアイズは何を考えているんだ」

 

「ベートが何か知ってる雰囲気だったけど、言うつもりなさそうだったしね」

 

「はぁ、アイズたんにも困ったもんやなぁ。そう言えば今回のやつ、当然ギルド側からペナルティは来たんやろ?どれだけ吹っ掛けられたんや?」

 

 その質問にフィンは少し苦笑いしながら報告する。

 

「今回の件に関するギルドからの処罰は一定額の罰金に加えて、”剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインの半月のダンジョン内での活動の禁止だってさ」

 

「ほぉん!罰金はまぁ知っとったけど、アイズたんの謹慎かいな」

 

「当然の処罰だろう。今回のミノタウロスの上層進出は我々ファミリアの責任だが、その中でよりにもよって五階層でミノタウロスを見落としていたのは、アイズの気の逸れようによるものだからな」

 

「アイズたんがモンスターを見落とすなんてまた例の夢か?」

 

「あぁ......」

 

 リヴェリアは苦虫を噛み締めるように頷く。

 

「今回のアイズのダンジョン活動の謹慎はギルド側からの牽制か忠告か」

 

「いずれにせよ、今回の遠征の赤字に加えてギルドからの罰則。これはしばらく遠征の再開は無理そうだな」

 

「あー、例の巨蟲(ヴィルガ)やったけ?何でも溶かそうとしよる体液なんて面倒なことこの上ないなぁ」

 

「対抗できる手段となれば魔法か、あるいはアイズの持ってるような不壊属性の武器を用意しなくちゃいけなくなったね」

 

「はは、こりゃ随分と出費が嵩むことになりそうやなぁ」

 

「笑い事じゃないよ」

 

「まぁアイズの謹慎はある意味タイミングが良かったかもしれないな。この機にしっかりと落ち着かせよう。もちろん説教は後々しっかりと行うが」

 

「うへぇ、ママのお説教や」

 

「誰がママだ!」

 

「まぁまぁ」

 

「フィン!」

 

「いや、今のはそう意味じゃないよ!」

 

 ロキの笑い声が響き、一拍の猶予が生まれる。

 

「んで、最後の問題や」

 

 ロキのその一言で二人は全てを察し、リヴェリアは懐から例の少年が持ってきた紹介状を手渡した。紹介状を受け取ったロキはその紹介状の表紙を見て吹き出す。

 

「なんやねんこのどでかく神聖文字(ヒエログリフ)で書かれた”紹介状!”って文字!しょうもなっ!」

 

 呆れたように紹介状を片手で軽く振り回した後、自分宛てであることを裏面も確認し封を切る。

 その中身は表紙の豪快さとは裏腹に達筆に書かれた文書が神聖文字(ヒエログリフ)で書かれていた。その内容はフィンとリヴェリアには見えない。もし見ていいのであればロキは二人にも見せるだろう。そう判断し、二人はロキからの反応を待つのみだった。

 そして肝心の内容を読みだしたロキの雰囲気が変わったのを二人は感じ取った。

 笑いだすこともせず、口元はにやけさせていてもその目は真剣にその紹介状に向かい合っていた。

 そして読み終わったのかそっと紹介状を閉じだ。どうやらフィン達にその中身を見せるつもりはないらしい。

 

「やはり差出人に心当たりでもあったか?」

 

「……いんやぁ」

 

 ロキはその紹介状を机の引き出しへと仕舞う。

 

「このウチ自身に紹介状を送れるほどの神はこの街には多くおらへんし全く見当もつかへんなぁ。誰がこんな紹介状を送ってきたんや。天下のロキファミリアに厚顔無恥もあらへん!」

 

 そう言ってせせら笑うフィンとリヴェリアはロキがその差出人相手に心当たりがあることを察しつつも、自分たちに教える気はないと言外に言われているのだと目を細める。

 

「だけどせやなぁ、厚顔無恥とはいえ、そんな大それたことまでして紹介しようとしたその子には興味が出たなぁ」

 

「そうかい、わかったよ。ならその子はこちらで探しておこう。幸い、特徴だけはしっかりとしていたからね」

 

「白髪で赤目の兎のような少年だったか」

 

「なんやそれ、さぞかわいんやろな」

 

「......少年だぞ?」

 

「わぁってるわかってる!」

 

「はいはい、それじゃ僕たちは行くよ」

 

「ほいほい、ほなうちはミア母さんのとこに遠征の打ち上げの予約取りに行くか!」

 

「だからロキ、今回の遠征は赤字だったのに加えてペナルティが」

 

「固いこと言うなってフィン!それに団員たちの疲れをいやすにも酒に食い物にバカ騒ぎやろ?」

 

「はぁ......」

 

「諦めろフィン。ロキはこういうやつだろ」

 

「わかった。でもある程度落ち着いてから数日は待たせてくれ」

 

「はっはっわかったわかった。ほな二人ともお疲れさん!」

 

 ため息交じりに出ていく二人を見送ったロキはそっと窓際へと移動し外を眺める。それはバベルを。果てにはその先。オラリオの外にまで視線を向けた。

 

 

 

「なんや自分、そんなところにおったんか」

 

 

 

 口元に弧を描かせ、目を開き嬉しそうな笑みを浮かべ笑いだすロキ。

 

「雲隠れするには長すぎやろ、そこまでして育て上げたもんねぇ。......いいで、その器が取るに足りるものかどうかうち等が見極めてやる。あの英雄が託したって言う最後の英雄(ラストヒーロー)をな」

 

 

 

 




時系列的にはベル君が豊饒の酒場で保護されてゴシゴシされてるときくらいの話になっています。

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