ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか 作:ミキサ
そこはまるで御伽噺に出てくるような国。夜だというのに軽快な音楽が街に響き、顔のない人々は楽しそうに踊り飲み明かす。夜空には色とりどりの火の玉が弾け飛び、見ているものの心をはしゃぎたてる。そんな夢のような世界の真ん中にベルはいた。
現実味のない光景だったがベルの脚はゆっくり大通りを歩いていた。
目指すべき場所はわかっている。
自分を呼ぶ子供たちのような声の居場所は見えている。
そこはお菓子の城。道に迷った子供たちを甘い見た目で拐かしその中に引き込もうとする魔性の城。
その中にいるのはやはり魔女なのだろうか。
それとも魔女を殺して、家の主になった兄妹でもいるのだろうか。
どちらにせよ自分を呼んでいる存在が得体のしれないものだということに変わりないだろう。
それでもベルは足を進める。どうであれ前に進むしかないのだから。
城に近づくにつれて、甘いお菓子の香りがベルの鼻をくすぐる。
幼い頃にどこかの家で、嗅いだことのある懐かしさを感じた。
安心する香りだ。女の人の鼻歌と、男の人の笑い声、それに女の子の急かす声が頭をよぎった。
きっと失った記憶の断片なんだろう。
いつの間にかベルも女の人と同じ鼻歌を歌いながら歩いていた。
ベルが城にたどり着けば、大きな大重量のクッキーの扉は自動で開かれる。
いつの間にか花火は終わっており、街を賑やかせていた音楽や喧噪は止んでいた。
世界にはベルが歌う鼻歌と軽い足音だけが響き渡り、ベルは城の中へと入っていくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれ?」
城の中は、外の華やかさと打って変わって質素の一言。無味無臭であった。
外装はただの張りぼてだったのか、扉の先にはお菓子の山どころか欠片一つない。目の前に真っ白なホールが広がっているだけで、他の部屋へと導く扉も、上階へと続く階段もなかった。
あるものと言えば、ホールの中央の柱に掛けられた額縁が一つだけ。
ベルは引き寄せられるようにその額縁に視線を寄せた。そこにはめ込まれていたのはなんてことのない写真が一枚。そう、ただの家族の記念写真だった。
そこに写っていた一人が幼き日のベルでなければ。
「どうして」
そこに写っていたのはベル以外には三人。全員顔部分は黒く塗りつぶされており、その面影を確かめることができない。背の高い男の人と女の人は並んで立っており、その二人を挟み込むように。まるで両親に甘えるかのように裾を握って寄りかかるベルと少女。
少なくともベルの表情はこの上ない程に笑顔で、幸せを現している。
けれどベルにはその記憶は一切ない。一体誰がこんなものを用意したのかわからない。
わからないが、ベルは思い出せないことがやるせなく。黒く塗りつぶされた少女の顔の端に見える星のように輝く金髪が更にベルを焦らせる。
「……誰か!誰かいませんか!」
ここがどこだろうと関係ない。もしかしたら自分をここに呼び出した存在は、自分の過去を、自分の誓いを何か知っているのではないかと縋るようにあたりを見渡す。しかし帰ってくるのは反響するベルの呼び声のみ。
結局ベルが何のためにここに呼ばれたのかは分からずじまいのまま、ベルはこの城から去ろうと踵を返した時だ。静かなホールに甲高い破砕音が嫌に響き渡った。慌てたように振り返るベルの目の前には柱から外れ落ちた衝撃で、ガラスの破片が周囲に散らばっている惨状だった。そして壊れた額縁からまるで風に運ばれるかのように、収められていた写真がベルの足元へと滑り込んでくる。
ベルは息をのみ、足元の写真を注視する。頬に垂れる汗がやけに冷たく感じられた。
一度目を瞑り、大きく息を吐き出したベルは意を決し、その写真へと手を伸ばし――。
その写真は燃え上った。
「!?」
驚きから一歩二歩と後ずさるベルの目の前で、写真を媒介に巻き上がる炎は次第に大きくなり、人の大きさまで膨れ上がった。
やがて炎に何かが形成されて行く。顔が、目が、鼻が、耳が、口ができあがる。揺らめく炎に人の顔が出来上がった。
それは
揺らめく炎はいつの間にか体をも作っており、その姿はベルと瓜二つの姿を作り出す。もっともその存在は炎で作られた仮初のものだとわかるのだが。
突然の出来事に腰を引かしてしまったベルの瞳を覗き込むように、炎のベルは笑みを浮かべて瞼を閉じる。
『さぁ、始めようか』
幾人もの子供の声が混ざり合ったその声が空間に響き渡った。いつの間にかそこは巨大なホールではなく、ただ白い。何もない空間へと変わっていた。
体に纏わりつくような慣れない浮遊感に、ベルは動けず、ただただ目の前の自分を見つめるしかできなかった。
「始めるって何を?」
『なに、軽い質問だよ。さぁ
ベルは言われるがままに目を閉じ、体をその浮遊感に預ける。
『これは
僕が――になるまでの。何を答えればいいの?
『まずは
わからない。
けど漠然とすごいモノ。
モンスターを倒す必殺技で、英雄たちが使いこなす神秘。
あの英雄とともに戦った人たちも使っていた。
あの英雄……?誰のことだっけ、夢で見たけど思い出せないや。
でも彼らは強くて、激しくて、無慈悲で、圧倒的に使いこなしていた。
一度は使ってみたいと望んで止まない、純粋な憧れ。
『
力だ。
強い力。
情けない自分をやっつける大きな武器。
弱い自分を奮い立たせる、偉大な武器。
立ちはだかるものを打ち破って道を切り開く、英雄たちの力。
そして、誓いを果たすための一歩。
『
どんな?
決まってるじゃないか。
炎だ。
魔法って聞けば真っ先に思い浮かぶのは真っ赤に燃え盛る炎。
強くて、猛々しく、熱い。
草原を燃やし、灰を巻き上げ、大気を焦がし、波のようにすべてを飲み込んで、陽炎が揺らめく、弱い僕にはちっとも似つかわしくない、赤い炎。
何者よりも暖かくて、僕の背中を見るだけで安心させてあげられるような……英雄の炎。
僕は、炎になりたい。
いつの間にか、炎はベルの体に燃え移るかのように溶け合っていく。
けれど恐怖はない。
この炎も僕なのだから。
『魔法に何を求める?』
より強く、燃え上がり。
より速く、今度こそ手が届くように。
記憶がなくても覚えてるんだ、最後に僕を守ってくれた優しい風を。
全てを優しく包み込み、けれど体を滾らせ動かす疾風。
時には嵐となって猛威を振るう暴風のように。
誰よりも、誰よりも、誰よりも。
誰よりも速く。
あの憧憬に追いつけるように。
あの人に認めてもらうために。
あの人を安心してあげられるように。
炎は風を纏い業火へと至る。
『それだけ?』
叶うなら。叶うなら。叶うなら。
英雄になりたい。
あの時に誓った。あの時に憧れ、今もバカみたいに憧れ続けている、英雄になりたい。
御伽噺に出てくるような、僕自身もそうしたように、誰もが褒めたたえ認めてくれる英雄に。
いや、僕は彼じゃない。彼みたいに沢山の人の英雄になれなくてもいい。
たった一人でいい、情けない妄想でも、格好悪い虚栄心でも、惨めになるほど不相応な願いだったとしても。
僕は、名も知らない彼女に誓った、英雄になりたい。
『子供だなぁ。でもかっこいいよ』
ありがとう。
『それが
うん、子供のころの約束を守れなくて英雄になんてなれない。
だから、諦めることなんてできないんだ。
そう答えた瞬間、体を燃やす暖かな感覚がなくなり、体全体に熱く優しく風が纏わりつくように溶けあっていく。
『
遠くなる意識の中で、子供達の声は何と言ったのだろうか。
今のベルにその言葉は聞こえない。けれど、きっとそう遠くない未来で彼は知るだろう。
その言の葉の意味を。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――ネルさん......クラネルさん」
「ん、あ......」
ドアをノックする音と自分の名前を呼ぶ透き通った声に目が覚める。
暖かな毛布の誘惑に抗いつつ、覚醒しきっていない頭を片手で軽く掻きながら上半身を起き上げたベルはドアの方に注目する。
「クラネルさん、起きていますか? ミア母さんが呼んでいます」
「は、はい! 起きてます! いや、今起きました!」
「そうですか。では、着替えが整ったらなるべく早く降りてきてください」
「わかりました!」
飛び跳ねるように起き上がったベルは、慌ててクローゼットから自分の制服を初日よりかは慣れた手つきで着こなす。どこか不備はないか立て鏡に向き直り確認する。もともと男性用の制服はなかったのか、ベルの来ている服は他の女性ウェイトレスが来ているような緑色のものではない。黒色のシャツに白色のエプロン、丁度ミアが来ている制服の男版と言ったところだろう。シルや一部の女性従業員には自分たちと同じ緑色の制服を着るかと勧められたが、ベルは苦笑いを浮かべつつも丁重に断らせていただいたのはいい思い出だ。
寝ぐせはないか、タイは曲がっていないかを確認し終えたベルは自室のドアを開ける。そのまま洗面台へと向かいながら先ほどの声を思い出す。
「そう言えば、さっき起こしてくれたのって」
頭に思い浮かぶのは薄緑の髪の美しいエルフの女性だった。確かリュー・リオンと言ったか。どこか冷めたような表情をした彼女だが、シルとミアに連れられたベルを何かと気をかけてはくれている。今朝も起こしてくれたのだ、後で礼を言おうとベルは洗面台で歯を磨きながら考える。
冷たい水で口の中を濯ぐと先ほどまでの眠気などとうに消えて頭がさえる。
「よしっ」と気合を入れなおせば、あとはいつも通り。
「おはようございます!」
厨房に入ったベルは大きな声で挨拶をする。
これがベルがこの豊饒の女主人で働きだして5日目の朝だ。
とはいえ清々しいのは朝の一時だけ。
「ベル!四番テーブルの炒め物まだかい!」
「今出来上がりました!」
「なら次はカウンターのハンバーグ作りな!シル、この炒め物さっさと持ってきな!」
「は、はいいい!!」
まさにそこは戦場であった。時刻はお昼を少し過ぎたあたり、ベルは既に泣き言を言う暇すらない程に手を動かさせられていた。なんでも今日の夜にはとあるファミリアの宴会の予約が入っているらしく、その仕込みを朝早くから行わなければならず。さらにはいつもであればここまでは混んでいない昼の時間帯にも多くの冒険者たちがやってきたため、朝から今までベルには一切の休みがなかった。
しかしながらそれは他の従業員たちも同様のため、ベルたちはある種の連帯感と共にこの激務を乗り切った。
「ベル! 30分間休憩に入りな! ついでに飯も!」
「は、はい!」
時計の針が昼から二回ほど回ったあたりで、ようやくベルの休憩の許しがもらえた。
ベルは火を使った熱さからの開放感と思い出したかのように鳴る空腹感に息を吐いた。額に溜まった汗を拭いながらベルは厨房を出る。
休憩所に入ったベルはどっしり椅子に座り、持ってきた食事をとる。
「あ」
そこでベルは水を持って来忘れたことに気が付いた。汗をかいた後だ。水分補給をしないのは危ないだろうとベルは立ち上がると、その頬に急に感じた冷たさに声をあげてしまう。
「ななな、なにが!」
振り返れば、笑いをこらえたように表情で氷水のコップを片手に持っているシルが立っていた。十中八九今感じた冷たさはシルによるものだろう。
「し、シルさん……」
「す、すみません。でも、ぷ」
笑いを噛み殺しながらも謝るシルはベルの前にコップを置き、自分はベルの対面に座る。
「私も今休憩を戴いたんです。よかったら一緒にご飯食べませんか?」
「それは、大丈夫ですけど」
「ならよかった!」
ベルがそう返事をすれば二人は少し遅めの昼食を取り始める。
「ベルさんがここで働きだしてもう五日ですか。早いですね」
「はは、本当あっという間でしたね」
この5日間の激務を考えればあっという間の時間であった。
「まぁ、入れそうなファミリアは見つかってないんですけどね。はは……」
後半乾いた笑いと共に出たベルの言葉にシルは苦笑する。
「ごめんなさい。一応常連のお客さんにも聞いてはいるのですが」
「い、いえ! シルさん達は悪くないですよ。単に僕が頼りないせいですし。むしろ手伝ってもらってすみません」
「その分私たちもベルさんにはお店を手伝っていただいてますしお互い様ですよ」
そう言って優しく微笑むシルの姿に、ベルは顔を赤くしてしまう。
慌てたように昼食を胃の中に詰め込み、水を飲み干すベルにシルは話題を振る。
「そうだ、知ってますかベルさん」
「何をですか?」
「ベルさんの料理って結構評判いいんですよ」
「そうなんですか?」
「ベルさんがいる間だけの期間限定のメニューですが、ミア母さんの料理とはまた違っておいしいって聞きますね」
「まさかお祖父ちゃんに教えてもらった料理がこんなところで役に立つなんて」
いざこの店で働くようになった時にミアから料理はできるのかとベルは聞かれていた。できるのであれば厨房、できないのならホールの仕事をして欲しいということだったらしく、ベルは少しであれば料理はできると言った。その時のミアの品定めするような視線と言えば、今思い出すだけでも背筋が凍るものがあった。
あの時のベルは慌てて、祖父に教わったもので大したものは作れないと弁明するように言ったのだが、ミアはとりあえず一品何でもいいから作って見せろとベルを厨房に立たせたのである。
言われるがままにベルは緊張した面持ちで祖父と食べていた料理を出したのだが、これが妙にミアの興味を引いたらしく、いろいろ尋ねられた。
しかしベルとしても、知っていることと言えば祖父が昔お世話になっていた家族が作っていた料理としてしか聞かされていないため、それ以上のことは言えなかった。ミアは多少納得がいかなそうな表情ではあったが、ベルを厨房に立たせることを決め、更にベルの料理の数品をベルが働いている期間だけの限定メニューに入れてしまったのだ。
驚きの表情を浮かべたベルだったが、有無を言わせぬミアの迫力に了承するしかなかった。
「ベルさん? おーい、ベルさん!」
「ひゃ、はい!」
意識を過去にやっていたベルは至近距離にまで近づいていたシルの顔に気が付かず、意識を戻したら目の前にシルがいるので声が裏返ってしまう。
「ぼうっとして大丈夫ですか?」
「すみません、もう大丈夫です」
「それならよかった……それでなんですけど」
「はい?」
「もしよければこのままうちで働きませんか?」
「はい?」
「ベルさんさえよければ、冒険者ではなくこのまま豊饒の女主人で働くこともできるんじゃないかなって」
シルの灰色の瞳がまっすぐとベルの赤い瞳を見つめている。どこか真剣そうな雰囲気にベルは想像してみた。確かにこのままこのお店ではたらくことはとても楽しいだろう。怖いと思っていたミアもいい人だということは十分わかるし、リューとも打ち解けられるようになりたい。シルも優しくてきっと充実した生活が送れるだろう。
「けど、やっぱり僕は冒険者ですから」
そう言ってベルは頭を下げた。何の迷いもない、清々しい笑顔で答えていた。
その表情にシルも納得がいったように微笑む。
「あらら、フラれてしまいましたね」
「へ!?」
「これは失恋で傷心中ですね」
「べべべ、別に僕はそんなつもりで!」
「ふふ、冗談ですよ。あ、もう時間ですね。早く戻らないとミア母さんに怒られてしまいます」
「本当だ! 早く戻りましょう!」
「はい!」
ベルは空になった食器を、シルの分もまとめて持って厨房へと戻っていく。そしてその後ろを少し寂し気な笑顔のシルも付いて行く。
そう、これでよかったのかもしれない。
ベルがベルの道を進んでいくためには。
なぜなら。
「あ、シルさん! そう言えば今日の夜に来るって言う団体様ってどこのファミリアなんですか?」
「それは――」
今夜、彼は運命に再会するのだから。
お久しぶりです!
今年に入り続きを希望する感想がいくつか戴けていたことと、アニメ三期が10月から開始が決まったことなどから、続きを書くことを決意しました。
なにより、自分でも書かなければベルアイ成分の補給が足りないことに気が付いた...!
自給自足も大事でした。
ベルアイ最高!
もしよければ、もう一度読者の皆様にはお付き合いいただければ幸いですm(_ _)m