ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか 作:ミキサ
ここは北のメインストリートから一つ外れた場所にある、見るもの全てがその名前から振り返る大きな館。多くの冒険者、多数のファミリアが蔓延るこのオラリオで二大勢力とも呼ばれるファミリアの拠点。
ロキ・ファミリアホーム、黄昏の館。
そんな館のいくつもある長い廊下の一つを一人の少女がトレーに乗った食事を運んでいた。山吹色のポニーテールを揺らしながら不安げに反応する尖った耳。鼻孔をくすぐるはトレーからの甘い香り。ここ数日ろくに食事をとっていない部屋の主の胃を心配して料理番が作ってくれたミルク粥。それに紙袋に入れられた最終兵器。
そんな美味しそうな料理に視線を落としながらも、その足取りは重く目の前に見えてきた目的地の扉に溜息を吐いてしまう。
「アイズさん、食べてくれますかね……」
少女の名前はレフィーヤ・ウィリディス、ロキファミリアに所属するLv3の冒険者だ。
一方彼女が目指す扉の向こう、ダンジョン遠征から帰ってきて以来、一切部屋から出てこようとしないのはアイズ・ヴァレンシュタイン。レフィーヤにとって敬愛する冒険者であり、今はこの食事を受け取ってもらえるかという心配の元凶である。
「アイズさん、起きていますか?」
扉に響く軽いノック音とともにレフィーヤは部屋にいるはずのアイズに声をかける。返事はない。けれど微かに布の擦れる音、おそらく布団だろうか。部屋にいるのは間違いがなかった。
「あの! えっと、お食事持って来ました……」
耳を澄ましてみるが、聞こえてくるのは風の音だけ。
けれどもレフィーヤも簡単には引くことができずさらに言葉を続ける。
「今日は料理当番の子が、少しでも胃に優しいようにってミルク粥を作ってくれたんです。アイズさん、甘いものお好きでしたよね!」
一瞬扉の向こうで布団の捲れる音がする。
手応えを感じたレフィーヤは最終兵器の投入を決意する。
「更に今ならなんと、ジャガ丸くん小豆クリーム味も付けちゃいます!」
紙袋を握りしめながら勢いよく畳みかけるその姿はさながら市場のオヤジか。
冷や汗をかきつつ待つこと数秒。
「入っていいよ……」
鍵の開く音を合図に何とかレフィーヤはその開かずの扉を開けることに成功した。
その事実に気が付いたレフィーヤは慌ててアイズの部屋の扉を開けると潜り込むように入室する。
物は少ないが生活感の漂う部屋。その窓際に備え付けられたベッドにアイズは腰を下ろして待っていた。数日間、部屋から一切出ずに寝れてもいなかったのだろう。美しかった容貌には隈ができており、輝いていた髪はどこか薄汚れていた。
そんなアイズの様子にレフィーヤは息を飲みつつも、持ってきたトレーを彼女に渡した。
「ありがとう、レフィーヤ」
「い、いえ! お礼でしたらあとで作ってくれた子たちに言ってあげてください!!」
遠慮がちに受け取りながら礼を言うアイズに、レフィーヤは両手を体の前で振る。
とはいえ、アイズも無事に食事を受け取ったのを確認したのでレフィーヤの役目はこれで終わりのはずなのだが。
(出るタイミングを逃してしまった……)
本来であれば入り口で渡せばよかったのだが、勢いままに部屋に入ってしまったため、いやその後すぐに出ればよかったのに、完全にこんな状況でありながらも憧れのアイズの部屋に入れたことで足が重くなってしまったレフィーヤ自身に責任があった。
「椅子に座らないの?」
部屋の中央で固まったまま動かないレフィーアを不思議に思ったのか、アイズは視線で部屋に一つある椅子へと促す。
「え、あ、はい! 失礼します!」
レフィーヤは大きくお辞儀をした後、ゆっくりと着席する。そんな慌てた様子のレフィーヤにアイズは首を傾げつつもミルク粥に口を付け始める。食事を始めたアイズを確認し安心するレフィーヤだが、再び始まった沈黙に息苦しさを感じてしまう。
とはいえここでやつれたアイズを前に「どうして引きこもっているんですか?」や「ミノタウロスを見逃すなんてアイズさんらしくないですね、何かあったんですか?」などといきなり聞けるほどのレフィーヤの心臓に毛は生えていない。
何か会話の種はないかとさりげなくアイズの部屋を見渡す。すると、アイズの部屋の中でひときわ異彩を放つものがあった。
それはアイズのベットの枕元に置かれていた、抜身の短剣である。白銀に輝くその刃は見るからに名刀だとわかる。しかしアイズの愛武器はデスペレートと呼ばれる細剣であるし、サブウェポンだとしても抜身のまま枕元に置くのはさすがにおかしいだろう。
いつの間にか食事を食べ終えていたのか。小さく食事への礼をしたアイズはようやくレフィーヤのその視線に気が付き目を見開いた。
「アイズさん、その短刀って」
「短刀? なんのこと?」
さすがの速さ。レフィーヤがその短刀のことを聞こうとするや否や、いつの間にレフィーヤの視界から短刀は消えていた。しかし詰めが甘いと言えばいいのかアイズらしいと言えばいいのか。アイズの両手はしっかりと自分の後ろに隠されているため、ある意味そこに何かあると自分で伝えているようなものだ。
「い、いやいやいやいや! アイズさん!?」
アイズのあまりの突拍子のない行動に一瞬思考がフリーズしていたレフィーヤだが、すぐさま追及する。
「なんでそんな慌てて隠すんですか!」
「私は何も隠してない……」
「両腕後ろに隠しながら言われても説得力ありませんよ!」
「ッ……」
「いやいやそんな今更両手だけ前に出されても遅いですよ!」
まるで拾ってきた捨て猫を母親に見つかった子供のようにたじろぐアイズは溜息と共にレフィーヤに確認を取る。
「他の団員には言わないでくれる?」
「それは、リヴェリア様と団長にもってことですか?」
さすがにそれはとレフィーヤはためらいの表情を見せる。
「お願い、二人だけの秘密」
「ふ、二人だけの……ごくり」
もっともそのためらいも二人だけの秘密という甘美な響きの前に儚く崩れていってしまうのだが。
レフィーヤの頷く姿を確認したアイズはゆっくりと布団をひっくり返して、隠してあった銀色の短刀をレフィーヤに見せる。
「それは、アイズさんが買ったものじゃないんですよね?」
「うん、ダンジョンで拾ったもの」
そう言ってアイズはダンジョンの中であったことを話した。ミノタウロウスを見逃したこと。そのせいで一人の男の子が死にかけたこと。声を掛けようとしたが、怖がられてしまい(アイズ視点)逃げられてしまったこと。そのときに置き去りにされていたのがその短刀だということ。
全てを聞き終えたレフィーヤは思案する。正直に言えば助けてもらって逃げ出すとは何事だと盲目な心が叫びたがってはいるが、死にかけた原因が原因でもあるため口には出さない。
「でもそれならギルドに届けた方がいいんじゃないですか? 幸いにもその冒険者の特徴はわかってるんですよね?」
「そう……だけど」
レフィーヤとしてはあまり言いたくはないが、その短剣はLv1の冒険者が持つには分不相応な品に見える。決して自分の持つ杖よりも高そうだから言うわけではない。そんな高価な品を紛失したとなれば、考えるだけでも恐ろしいとレフィーヤの体に寒気が走る。
そのことはアイズもわかっているはずなのだが、それにしては歯切れの悪い返事である。
「もしかして、何か理由があるんですか?」
「えっと、その……できれば私の手で返したくて。それに怖がらせたことも謝りたい」
それにとアイズは言葉にこそしなかったが、頭によぎった違和感からギルドに捜索依頼を出したとしても冒険者の中から見つからない気がしてならなかったのだ。だからこそ選んだのが自分で見つけるという選択。欲を言えば、謝るだけでなく彼の名前も知りたかった。
そう言って、大切そうにその短剣を見つめるアイズの姿に、嫉妬で歯ぎしりするレフィーヤはとある違和感に気が付いた。
「あれ、でもそれだけなら別にリヴェリア様や団長に話してもいいんじゃないですか? それにアイズさんの謹慎ってダンジョンに入れないだけで街に探しに行くだけなら」
「ギクッ」
言葉にしてようやくレフィーヤはアイズの行動の矛盾に気が付いた。自分の手で開始に行きたいはずの短刀。それなのに探しに行かないどころか部屋にこもってしまっているアイズ。極めつけは、そのことをレフィーヤが口にした時の珍しくアイズがあらわにした動揺だ。
アイズに限って何かやましい気持ちがあるとはレフィーヤは考えていないが、アイズのしたいことがいまいちわからず心配してしまう。
「えっと、アイズさん?」
「その……」
何やら言いずらそうに目を逸らすアイズに、レフィーヤは負けじと視線を合わせようとする。
「二人だけの秘密です。誰にもいいません!」
やがて先に折れたのはアイズの方で、ポツリと事情を話し始める。
「この剣と一緒に寝るとね、ぐっすりと眠れるんだ」
「はい?」
予想外の理由にレフィーヤの目が点になった。
「それがすごく気持ちがよくて...結局探しに行けなくて、部屋に篭ってずっと寝てて」
「ちょ、ちょっと待ってください! 寝てた? ずっとですか?」
「う、うん。さすがに一日中じゃないけど、起きてもしばらくしたらまた寝直して」
「そうですか……」
今日何度目の違和感だろうかと、レフィーヤはアイズの顔をまじまじと見る。目の下にはくっきりと隈の跡があり、とても十分な睡眠を取っている人間のする顔ではなかった。
「この剣と一緒に寝るようになってから、幸せな夢を見るんだ」
「幸せな夢ですか?」
「うん、懐かしくて暖かくて柔らかくて笑っててみんながいて」
「ア、アイズさん?」
「柔らかくて白くて赤くてかっこよくてかわいくて楽しくて泣き虫で一緒にいて手を繋いで遊んでご飯を食べて甘えて約束して約束して約束して」
「アイズさん! アイズさん!!」
「ッ」
短剣を抱きしめたまま焦点の合わない眼差しでレフィーヤに力説する姿はある種の恐怖を与える。
アイズの肩を掴み名を呼ぶレフィーヤの声にアイズは正気を取り戻し、不思議そうな顔でレフィーヤの顔を見上げていた。
「どうしたのレフィーヤ?」
「えっと、その……」
現在のアイズの異常さをレフィーヤはようやく理解した。
そしてその原因はおそらく――。
(ま、まずい……多分、これはまずい!!)
しかし、二人の秘密。約束を破るわけにはいかない。
そうした刹那の思考の中でレフィーヤの辿り着いた行動は。
「アイズさん!!」
「何?」
「お風呂行きますよ!」
「え?」
「お風呂行って髪を洗って、汗を流します! あと頭も覚まします!」
そう言ってレフィーヤはアイズに空になった食器の入ったトレーをアイズに持たせて立ち上がらせる。今度はアイズが目を丸くすると、レフィーヤはアイズの背中を押すようにして部屋から連れ出す。
(まずはお風呂に入らせる!! あとのことは後で考える!)
それにいい口実を思い出した。
「ちょ、ちょっとレフィーヤ?」
「そうです! お風呂に入ったら、新しい服着て、髪も整えましょう!」
「気合入ってる?」
「はい! 今日は遠征の打ち上げがあるの忘れてたんですか? そのこともあってアイズさんを呼びに来たんですから!」
「打ち上げ……私、休みた「だめやでぇ!」ロキ……」
「ようやく部屋から出てきたなアイズたん! レフィーヤようやった!」
「ロキ様!?」
「あ、アイズとレフィーヤお風呂行くの! 私も行くー!」
「私も一緒しようかしら」
ロキの登場を皮切りに、示し合わしたかのようにティオナとティオネも現れる。いつの間にか五人でお風呂に入ることが決定事項になっており、あれやこれやと更に打ち上げに行く前に服を選ぶだの、ロキには選ばせないだのと話し合いにまで発展しており、既にアイズが打ち上げに行くのは避けられない状況にまでなっていた。
そのことに困惑するような表情を浮かべていたアイズに、ティオネがそっという。
「みんな、アイズのことを心配してたのよ。バカ」
そう言って額を小突かれたアイズは頭にはてなマークを浮かべつつも、その顔には微かにいつも通りの笑みが戻っていた。
「ありがとう」
――でも、私は
そうつぶやくアイズの懐に、白銀の短刀は輝く。
どうしてベル君のメインウェポンが呪いのアイテムになってるん?
アイズちゃんに可愛くこじらせてほしかっただけなのに...