ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか   作:ミキサ

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11話”再会後の条件”

 静寂広がる観衆の中、その中央に二人の男が立っていた。

 一人は気だるげな表情で目の前の少年を注視する左頬に稲妻の入れ墨を入れた長身の狼男。その両手両足にはこの緊迫の中では不似合いの、まるでハロウィンの仮装のような着ぐるみを着けているが今はいいだろう。

 それに相対するは、自分を見つめる数多の視線に息を飲みつつ、目の前でとてつもないプレッシャーを放つ狼男の視線に冷や汗をかく白髪の少年。紅の瞳が揺れる中、金髪の小人族(パルゥム)が合図を出した。

 少年は飛び跳ねるように慌てて白銀の短刀を構えるが、次の瞬間、彼の意識は激痛と共に闇へと落ちていった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 「えっと、ベル・クラネル君だったね」

 

 「は、はい!」

 

 「そう固くならなくていいよ。僕はフィン・ディムナ、ロキファミリアの団長をしている」

 

 そんな軽い自己紹介が交わされているのは豊饒の女主人の一室。ベルが使わせてもらっている部屋でのことだ。ミアからいくつか椅子を借りさせてもらい、この部屋には現在6人がいる。ベルはベッドに腰を掛けているが、それでも少々手狭と感じなくはない。けれど相手方が何も言わないのだしわざわざ自分も借りてる部屋のことでとやかく言う必要はないだろう。

 

 「私はリヴェリア・リヨス・アールヴだ。先ほどは団員が無礼を働いた。すまない」

 

 「儂はガレス・ランドロック。まぁその分ベートは今野先で縛られてるから話だけでも聞いてくれ」

 

 ベルの目の前に座っているのは金髪碧眼の小人族(パルゥム)。ベルでも彼の二つ名は聞いたことがある。”勇者(ブレイバー)”、ある意味ベルにとっては生きる英雄、冒険者の中の冒険者というべき目上も目上、雲の上の人である。その後ろに並んで立っているエルフの女性もドワーフの男性もきっとすごい人なのだろうとベルは息を飲む。

 

 「んで、うちがロキファミリアの主神、ロキや。よろしくなぁ、ベルきゅん」

 

 そして何よりフィンの隣に座る赤髪の女性である。それは本物の神であり、彼らの主神ロキである。にこやかに手を振りつつもその目はベルを品定めするように、あるいは舐めるように見ており、初めて相対する神という存在にベルは悪寒を感じた。あと自分の名前が変に改造されてた気もするがそんなこと今のベルには気にも止まらなかった。

 なぜなら――。

 

 「ん~、やっぱええなぁ。ベルきゅんあとでここの女性用の制服着てうちの部屋に『トンッ』……」

 

 「ベルに手を出したら……ユルサナイ」

 

 形容しがたい手の動きをさせながらベルに触れようとするロキの頬を掠めるように通り過ぎたナイフがそのまま後ろの壁へと突き刺さる。

 そのナイフを投げた張本人、金色の瞳に輝く金髪を携える美少女。そしてベッドに座るベルをさらに後ろから抱き枕のように抱きしめながら座る誓いの少女。アイズ・ヴァレンシュタインがそこにはいた。

 無理だ。

 

 「ベル……大丈夫?」

 

 無理だ。

 こんな状況で落ち着けるはずがない。

 ベルは顔を真っ赤にしたまま、ただただ顔を俯せるしかなかった。

 

 そもそもどうしてこうなったのか。ベルはあれやこれやと進んでいく状況を振り返ってみた。

 そもそもの発端は先ほどの酒場での一件だろう。

 まさに運命的な出会いとも呼べる再会を果たした二人だ。

 二人とも大粒の涙で視界は眩んでおり、それでも目の前の少年の顔をよりはっきり見ようと自然とアイズの顔がベルに寄せられ、ベルも引き寄せられるようにその瞳にはお互いしか映っていなかった。そして彼らの唇が重なりそうになった瞬間。

 

 一人のエルフが言葉にならない絶叫とともに泡を吹いて倒れた。

 

 それを皮切りに、今まで二人に見入っていた他の冒険者たちもまさに阿鼻叫喚と言わんばかりの混乱が店全体に響き渡った。当然である、目の前で起こされたスキャンダルの中心があの剣姫アイズ・ヴァレンシュタインなのである。その動揺はファミリアを越えて、野次馬である他の客にまで伝染していった。

 

 「あのアイズ・ヴァレンシュタインに男!?」

 

 「嘘だろ!」

 

 「ぎゃああああ(かみ)たちのアイドルがああ!!」

 

 「あの男の子ちょっといいかも……」

 

 「あぁ! ベートがゲロ吐きながら倒れたぞ!」

 

 「今のうちにふん縛って外に転がしちゃえ!」

 

 「アイズ……さん、ぶくぶく」

 

 まさに運命的ムードなど破片も残さず粉砕された。

 茫然と倒れ込んでいた二人だが、先に正気に戻ったのはベルの方で、目の前にアイズの顔があることを認識すると慌てたように後ろに飛び跳ねそのまま机に激突して止まる。ベルに逃げられたことにショックを受けたアイズも悲しそうな表情で手を宙に少しだけ伸ばす。

 そんな様子がより一層周囲に火をつけ、事態は収まることを知らなかった。

 フィン達もどうしたものかと顔を見合わせ、本来であれば真っ先に留めに入らなければならないはずの主神も、アイズに飛び掛かりそうになったところをリヴェリアに取り押さえられておりどうにもならなかった。とはいえとフィンが止めに入ろうと口を開いたところで先にこの場を収拾できる人物がやってきた。

 

 「あんたたち! 今日はもう店じまいだよ!」

 

 厨房の扉を勢いよく開け放ち、阿鼻叫喚の客たちに喝を入れるのはこの店の主のミアだった。

 突然店じまいと言われてもと困惑する客たちにミアは更に畳みかける。

 

 「今日の料金は全部そこのバカファミリアが持つってんだ! ここからは延長料金が発生すんよ! わかったらさっさと出てきな!」

 

 ミアの勢いに呑まれた常連は今日の料金は全部ロキファミリア持ちだということで蜘蛛の子を散らすようにさっさと出て行く。その様子にフィンは困った表情をしつつミアに感謝の意を告げる。

 

 「すまないねミア母さん」

 

 「ふん、全くだよ! ベルが関わってなかったら出禁にしてるとこだよ!」

 

 その後ロキファミリアも一部の団員を残して、全員ホームに帰らせたようで残っているのがここにいる五人。あと店の外に麻袋被せられたまま紐で芋虫状態にされて転がされている青年がいるようなのだが本当に大丈夫なのだろうかとベルは横目で窓の外を見てしまう。

 そうしてようやく落ち着いて話せる状況が作られたということでロキファミリアの面々とベルは自己紹介を終えたということだ。

 

 (だ、だけど……せ、背中に柔らかい感触が……)

 

 ロキファミリア側はともかくベルは全く落ち着いて話せる状況ではなかった。

 少しだけ名残惜しかったが、ベルは意を決してアイズに話しかけた。

 

 「ア、アイズさん!」

 

 「…………」

 

 首だけ振り返りアイズの様子を窺うのだが、アイズは頬を少し膨らませたまま返事を返さない。

 

 「アイズさん……?」

 

 「ベル……昔みたいに呼んでくれないの?」

 

 「む、昔!?」

 

 予想外の要望にベルは汗を流す。アイズの存在ですら朧げにすら覚えていなかったベルにとって悲しいことだがアイズとの思い出はほぼ思い出せていない。当然自分がアイズのことを何と呼んでいたかも……。いや待て。ベルは夢のことを刹那に思い出す。

 確か夢の中で自分は少女の名前こそ思い出せてはいなかったが、それでも彼女のことを……。

 

 「アイズ……ちゃん?」

 

 どうやらこれが正解だったようで、アイズは目を輝かせながら口元をふっと緩ませた。その表情にベルは見とれてしまい、慌てて自分の頬を叩いて気を戻す。

 

 「アイズちゃん!」

 

 「どうしたのベル?」

 

 「その……そろそろ放していただけると……」

 

 「……! ベルは……私に、くっつかれるの……嫌だった?」

 

 ベルの懇願にアイズはこの世の終わりのような表情で返す。

 

 「いいいいや! そう言うわけじゃなくて!」

 

 必死に弁解しようとするベルとどうしてもベルを放したくないアイズとの構図に二人の様子を窺っている者たちは微笑ましい表情をする(若干一名二人を邪まな目で見ている輩もいるが気にしないでおこう)。

 アイズが年相応、といっていいのかはわからないがあそこまで感情を露わにしている様子はフィン達にとっても新鮮で、そして嬉しいものであった。

 彼らもまた、アイズの始まりの日を知るものだからだ。

 いつまでも二人の様子を見ていたいとは思いつつもそれでは話が進まないとフィンが二人に介入する。

 

 「アイズ、ベル君は緊張してるんだよ。一旦離れてあげるといい」

 

 「フィン……」

 

 「別に今日が今生の別れではないだろう? 話が終わってから好きにすればいいさ」

 

 フィンからの指示にアイズは一旦思案するが、フィンの言葉に同調するように何度も肯くベルに渋々ベルを解放した。その代わりにベルの隣を、肩が密着するように陣取り座り込む。

 まだ顔が赤いベルの様子にフィンは苦笑いを浮かべつつ話を進めだした。

 白髪に赤眼が特徴的な目の前の少年。彼には確かめたいことが沢山あるのだから。

 

 「それで、ベル君。君がアイズの幼馴染の少年ってことでいいのかい?」

 

 「その、ことなんですけど……」

 

 ベルはここでようやく自分が記憶喪失であることをアイズを含め、全員に話せた。

 記憶があるのは祖父に拾われてからのことだけで、アイズのことも夢の中で出てくる実在するかもわからない女の子としてしか認識してなかったこと。

 そのことを話した時のアイズの豹変はすごかった。

 今までこの世の天国にいるくらいの幸せそうな表情をしていたのに、ベルの記憶がないことを知った途端再び泣き出してしまった。

 ベルの胸に縋りつきながらアイズはベルに聞く。

 

 「なら……あの約束も、忘れちゃった……?」

 

 二人の絆。

 二人の誓い。

 二人の宝物。

 けれどベルはそれだけは胸を張って答えられた。

 

 「大丈夫です……それだけは、あの誓いだけは、ずっと僕の中にありました」

 

 その言葉を聞けば、アイズは安心したように力を抜き、そのままベルのひざに俯せでダイブした。ベルは驚き、あたりを見回すがどうやらこればかりは諦めるしかないようだ。

 よってベルはアイズを膝枕したままフィンとの会話を続行することになった。

 

 「それで君は冒険者になるためにオラリオまで来たんだね」

 

 フィンはあえてベルの祖父については聞かなかった。ロキが意図的に隠していることに気が付いていたからだ。であればベルも祖父は死んだと思っているようなのでこちらから詮索するつもりはフィンにはなかった。

 

 「あぁ、それと、これは君のものだろう。ずっとアイズが持っていたみたいでね」

 

 「そ、それは!」

 

 フィンがベルに差し出したのは、先ほどの騒動でアイズが手放した白銀の短剣だった。ベルはそれを受け取ると何度もフィンに頭を下げた。フィンもそれを拾ったのは自分ではなくアイズだということを告げ、アイズはそのままの体制のままベルを抱きしめる腕に力を入れることで返答した。

 

 「アイズちゃん……」

 

 「それでだ、ベル君。君は一度僕たちのホームに紹介状を持ってやって来たかい?」

 

 「そうですけど、なんでそれを……ッ」

 

 後ろに立っているリヴェリアの見るからに怒っている視線に慌てて口を閉じるがもう遅い。

 

 「フィン、やはり」

 

 「あはは、そう……みたいだね」

 

 背後から膨れ上がる殺気にフィンも冷や汗を垂らしている。

 

 「どういうこと……?」

 

 体を転がし、顔をフィン達の下に向けるアイズが不思議そうな顔で尋ねる。

 

 「どうもこうもあるか」

 

 ガレスも頭を掻きながら呆れた表情をする。

 

 「ベルきゅん、どこのファミリアにも入らんでダンジョンの中に入ったやろ」

 

 面白そうなものを見つけたように笑いながら言うロキだが、その実ベルを見る目だけは笑っていない。

 アイズはそんなまさかと思ったが、今までの話を聞く限り確かにそうとしか思えなくなっていき、恐る恐るベルの方を窺えば。

 そこには顔を青ざめさせて笑顔のまま固まるベルがいた。

 

 そこからベルはオラリオについてからのことを全てゲロらされた。

 ロキファミリアから門前払いされた後、何の準備もなくダンジョンの中へと入っていったこと。

 無謀にも五階層まで行って、ミノタウロスに襲われ死にかけたこと。

 その後、シルに拾われて豊饒の女主人で働いていたこと。

 

 話を進めるごとにリヴェリアの眉間に青筋が増えていくことにベルは恐怖しつつ話を終える。

 

 「いやぁ、驚くほど無茶なことをしたんだね」

 

 「す、すみません」

 

 「全くだ……とはいえ、貴様がダンジョンに乗り込む原因を作ったのは我がファミリアの団員だ。そこはすまなかった。我がファミリアは少なくとも門前払いなどはしない」

 

 「さらに死にかけた原因のミノタウロスもアイズたんが見逃したのが原因やから、ほんまドミノ倒しみたいやなぁ!」

 

 「笑っている場合か!」

 

 「はは、まぁ君の大体の事情はわかったよ……うちのファミリアが原因で迷惑をかけてすまない」

 

 「い、いえ! 僕も色々とやけくそだったのもありますし……ミア母さんからも怒られましたし」

 

 「ミア母さんに言われたなら、僕たちから言うことは特にないかな。リヴェリアもそれでいいかい?」

 

 「まぁ、今はそれでいい」

 

 「でだ……」

 

 にこやかにフィンはベルの顔を見る。

 

 「君はこれからどうする?」

 

 ベルはその言葉に息を飲み、自分の膝の上で寝っ転がるアイズに一旦視線を落とした後、フィンを真正面に捕らえて言う。

 

 「僕を、ロキファミリアに入れてください! アイズちゃんの隣で戦わせてください!」

 

 その言葉にアイズは頬を染め、他の面々を表情を緩ませる。ただ一人を除いて。

 

 「いいとも、ただし一つ条件がある」

 

 フィンはただ一人、にこやかな表情を変えずに言う。

 

 

 

 「うちの団員の一人と戦ってくれないかい?」

 

 

 

 「「え?」」

 

 ベルとアイズの声が重なり、驚きの表情を示すリヴェリアとガレス、そして興味津々なロキの視線を集めながら、小さな勇者はその親指を疼かせるのだった。

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