ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか   作:ミキサ

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12話”勇者の試練”

 「ま、待てフィン!」

 

 突然ベルの入団に条件を出したフィンの不可解な行動にリヴェリアは思わず声を上げる。

 

 「どうしたんだいリヴェリア?」

 

 「どうしたもこうしたもあるか。入団試験など、普段行わないだろう!」

 

 「けど、一度もしたことがないわけじゃない」

 

 「それは、そうだが……」

 

 飄々と言った態度で、リヴェリアの態度をなだめるフィンに今度はアイズが口をはさむ。頬を膨らませじっとフィンのことを見つめるアイズにいつの間にこんなに表情豊かになったのかフィンは笑みをこぼす。

 

 「フィン……ベルがファミリアに入るのに試験なんか、いらない」

 

 「それを最終的に決めるのは僕とロキだよ。ロキ、ベル君に試験を受けさせる。いいよね?」

 

 「そこまで言うってことはフィンには何かしらの考えがあるんやろ? ええで!」

 

 「ロキ……!」

 

 面白そうなことが見れるのであれば全てを丸投げにする。さすがは神の中でも有数の悪童(トリックスター)というべきか。

 

 「それで、誰と戦わせるんや? 適当にレベル1の子から選ぶん?」

 

 「んー、外で寝っ転がってるベートでいいんじゃないか?」

 

 「「はぁ!?」」

 

 「あっはっははははははは!! フィン、最高やわ!!」

 

 ロキとベル以外は正気かこいつと言わんばかりに目を点にしてフィンを凝視し、あまりにも常識知らずの試験内容にロキは腹を抱えて大爆笑する。

 ベートのことをよく知らないベルはいまいちその非常識さがわかっていないようで首をかしげる。

 

 「えっと、そのベートさん? ってそんなに強い人なんですか?」

 

 「……強い、よ。少なくとも……私と同格」

 

 「アイズちゃんと……」

 

 先ほどの件があったためかベートの話題に嫌悪感を隠しきれていないアイズだったが、それはそれとしてベルからの質問であったため答える。そしてベルも、自分が逃げ惑うしかなかった恐怖の対象であるミノタウロスを瞬殺したアイズと同格の強さを持つという事実に息を飲む。

 

 「フィン、さすがにそれは……」

 

 「神の恩恵(ファルナ)を貰ってすらいないLv0とLv5を戦わせるなど、駆け出し冒険者にゴライアスを倒せというよりも非常識だ!!」

 

 フィンの突拍子もない行動には慣れていたつもりだったガレスもこれにはあきれ顔になり、リヴェリアに至っては怒りを露わにしていた。当然である。フィンは試験内容として団員と戦ってくれと言ったが、普通に戦ったらLv0とLv5、勝負にすらならないだろう。象に蟻が立ち向かうようなもの、踏みつぶされて終わりだ。

 だというのにフィンは笑みを浮かべたまま試験を変えようとはしなかった。

 

 「もちろん、ベートにはいくつかの制限を掛けるし、別に合格条件としてベートを倒せとまではいわないさ。そうだな、ベートに一撃入れる、なんてどうだい?」

 

 「フィン、ありえないとは思うけど……ベルをファミリアに入れる気ない?」

 

 「そう思うかい?」

 

 制限をどうするかはわからないが、それでもアイズ自身もLv5だからこそわかる。生半可な制限ではハンデになり得ないということに。それにフィンがわざわざベートを指名するのだ、普通にやって勝てるわけがない条件にするだろう。それはつまりフィンはベルに勝たせるつもりはなく、ファミリアに入れるつもりもないのではとアイズは疑いの眼差しを掛ける。

 それに仮にも戦うというのだ。ベルがベートに挑めば、決して軽くはない傷も負うだろう。アイズとしてはそれはいただけなかった。

 だからこそアイズも条件を出すことにした。いや、条件というよりかは脅迫に近いが。

 

 「ベルがファミリアに入らないなら……私が抜ける。だから、試験内容を変えて」

 

 「ちょっ、アイズちゃん!?」

 

 「アイズ、お前も自棄になるな!」

 

 無論アイズも本気でファミリアを抜けようと考えているわけではない。ロキファミリアもまた、アイズにとって掛け替えのない場所なのだから。だが、それとは別に引くつもりもなかった。アイズも自身の価値は多少なりとも自覚しているつもりだ。アイズがファミリアを抜けようとすればフィンとて困るだろうと、嫌ではあるがベルと共にいるためには脅迫まがいのことをするのにも躊躇いはなかった。

 しかしそれに対するフィンの回答は簡潔なもので。

 

 「いいだろう」

 

 そうにこやかに言って見せた。

 これにはロキまでもが口を引きつらせ、ガレスはもう知らんと腕を組んだまま壁に寄りかかり、リヴェリアに至っては青筋を浮かべながら……いや、これ以上彼女を見るのはやめよう。

 

 「本気フィン? 本当に、私……ファミリアから抜けるよ?」

 

 「彼が、負けたら(・・・・)だろう?」

 

 「ッ」

 

 これまでにこやかな笑みを浮かべていたフィンが真剣な面持ちでアイズとベルを見据える。見えないところで疼く親指を人差し指と中指に挟み込んで強く握りしめながら言う。

 

 「ならいいさ。僕はこの試験、どんなに非常識であったとしても。ベル君ならば僕らの予想を超えて君の隣を掴み取ると確信している。ならば、負けたときの条件なんて気にする必要がないだろう?」

 

 その言葉にアイズの瞳に動揺が見える。

 だからこそフィンは彼女を納得させるためにさらに追い打ちをかける。

 

 「それともアイズ、君は……君に誓いを立てた少年が、この程度の試練も乗り越えられない器だと言いたいのかい? 他ならぬ君が彼の力を疑うのかい?」

 

 「それは……ッ!」

 

 「別にアイズが彼の勝利を疑うならそれでもいいさ。僕は信じているからさ」

 

 『ブチッ』

 

 (無茶苦茶だ……)

 

 フィンの背後で話を聞いていたリヴェリアは既に怒りを通り越して二人の会話を聞いていた。

 そもそもベート相手に一撃を入れるのはこの程度の試練ではないし、あえてアイズを煽るような言い方も大人げない。こんなこと言えば、まだ子供のアイズは……なんていう顔をしているのか。隣に座っているベルが冷や汗をかいていることにさえ気が付いていない。

 

 「それにねアイズ。試験を受けるか受けないかを決めるのは君じゃない」

 

 そう言ってフィンは握りしめていた手をほどくとゆっくりと持ち上げてベルを指さした。

 

 「ベル君自身だ」

 

 「僕は……」

 

 それまで自分のことでありながら遠い世界の話を聞いていた気分だったベルは自分を見つめるフィンの期待を伴った視線に自覚する。これはファミリアの入団試験だけじゃない。もっと何か大事な、そう自分がアイズの隣に立って、彼女の英雄になり得る資格があるかを問う試験なのだと。

 隣に座るアイズが心配そうにベルの顔を窺っているのがわかる。

 わかっている、相手は自分はみっともなく逃げたミノタウロスを瞬殺できるほど強い冒険者であることも。自分に勝ち目はほぼないということも。

 

 けれど、それが諦める理由にはならない。

 

 「受けます」

 

 「ベル……」

 

 「アイズちゃん……僕は、絶対に君の隣に立てる男になる。だから、”信じて”」

 

 アイズの手を取り、アイズの瞳を深紅(ルヴェライト)の瞳が捉えて離さない。そんなベルにアイズは昔のことを思い出して目尻を下げる。

 ベルはいつも決めたことには頑固だもんね。

 

 「決まりだね。試験はいつ受けたい?」

 

 「なるべく早く受けたいです!」

 

 「なら明日の朝、僕たちのホームに来てくれ」

 

 「わかりました」

 

 とんとん拍子に約束が取り付けられていく。

 リヴェリアも言いたいことは山ほどあったが、アイズとベルが仮にも納得しているのだとこの場は抑えることにした。

 

 「それじゃ、詳しいことは明日話すから」

 

 「は、はい!」

 

 「んじゃ、そろそろベートを引きずって儂らも帰るとするか」

 

 「全く、そもそもベートをどうやって試験に付き合わせるつもりなんだ」

 

 「まぁその辺はちゃんと考えているよ」

 

 そう言葉を交わしながらフィンらは席を立ちあがり、部屋を出て行く。機を窺っていたのか、彼らが出たタイミングでシルがお見送りにと顔を出す。ロキが興奮してシルに触ろうとするが持っていたお盆で手をはじかれてしまい、痛そうに手を擦っていた。

 

 「あれ、アイズたんは?」

 

 そこでロキはこれから帰るのだというのに立ち上がろうとしないアイズの方に視線を向ける。

 

 「アイズたん~、帰るで~!」

 

 「え?」

 

 「え?」

 

 アイズはロキの言葉に素で何を言ってんなこいつという返事をしてしまう。

 

 「私……今夜は帰りたくない」

 

 「あかんんんんんんんんんんんんん!」

 

 頬を赤らめながらベルに寄り添うように言うアイズの言葉とロキの迫真の悲鳴にぎょっとするベル。

 

 「あああああああアイズちゃん!?」

 

 「今夜はベルと一緒に寝たい」

 

 「そんなのリヴェリアママが許さへんよ!!」

 

 「誰がママだ!」

 

 「あふぅ!」

 

 リヴェリアの拳骨に涙目になるロキはそのままリヴェリアが引きずっていき、フィンは苦笑いを浮かべる。

 

 「アイズがいれば明日の朝も門番に話を通しやすいだろう。寝坊だけはしないようにね」

 

 「わかってる……」

 

 「そ、それなら迎えに来れば、泊まらんでもぐふ」

 

 リヴェリアに首根っこを掴まれたロキは退場し、フィンは二人に手を振ってから部屋から出て行った。嵐の後の静けさか、二人っきりになった部屋はとても静かだった。

 緊張から何も言葉を発していなかったベルの肩に軽い重みが加わる。ぎこちない動作で横を見てみればアイズの頭が乗っていた。柔らかな髪の感触に、甘い香りがベルの鼻孔をくすぐる。

 お互いの手は指が絡まるように繋がれていた。

 

 「えっと……」

 

 「……よかった」

 

 つながれた手が強くなるのを感じる。

 

 「また……もう一度会えてよかった」

 

 彼女のほんのり染まった頬には涙が垂れ、彼女は噛み締めるように言う。

 

 「ベルが……生きてて、本当によかった」

 

 「アイズちゃん……」

 

 「ベル……」

 

 繋がれていた手はやがて腕にまで絡みつき、アイズはベッドに転がるように重心を後ろに傾ける。自然と絡みつく腕に引っ張られるようにベルもまたベットの上に倒れ、ベルの腕全体にアイズの体の柔らかさが伝わった。涙の痕が残るアイズは妙に色っぽく、至近距離で見つめられるベルの顔も真っ赤に染まる。

 

 「僕も……あなたに会えてよかった、です」

 

 「……」

 

 抱き枕のようにアイズの全身で抱きしめられているベルの腕にアイズの鼓動が伝播する。こすり合わされるように触れ合う肌から体温が循環する。二人の息を飲むタイミングが重なる。互いの匂いを至近距離で感じながら自然とその距離は近づいていき。

 

 

 「ベルさん~! ミア母さんが事情を話せですって!」

 

 

 その距離は瞬時に部屋の端まで遠ざかった。

 ドア越しに聞こえた声に、破裂しそうな心臓を無理やり抑えながらベルは慌てて返事をした。

 

 「い、今行きます!!」

 

 「え……」

 

 「す、すぐ戻りますから待ってて!」

 

 その姿は脱兎のごとく。

 ベルは今度は自分で顔をトマトのように染め上げて部屋から出て行ってしまった。引き留めようとアイズが声を出すのも間に合わない。すぐに閉じられていくドアの隙間から、ベルを呼びに来たシルと目があった気がした。

 

 「ベルの馬鹿……」

 

 閉じられてしまった扉と置き去りにされてしまったアイズは拗ねるように転がりうつ伏せになる。手持無沙汰になってしまった両手にはちょうど見つけたベルの枕を抱きしめた。ベルの枕に顔をうずめ擦り付ける。久しぶりに嗅いだベルの匂いは変わっていなかった。いい匂いがした。モンスターの血が沁み込んだ自分と違って、とアイズは自虐的に笑う。

 ベルが戻ってきたら沢山話をしよう。この10年、ベルがどんな生活を送ってきたのか。アイズとベルの思い出も話そう。きっと話していくうちにベルも思い出してくれるかもしない。

 

 けれど、きっとアイズの話はできないだろう。

 この10年間アイズがどのように冒険者になったのかは。

 

 視界の端で、懐かしい少女を見た。最近は見ていなかったもうひとりの少女(アイズ)。ふと視界が揺らげばもう彼女はいなくなっていた。

 なんだかとても眠くなったとアイズはベルの枕をさらに抱きしめる。

 頭一杯にベルの匂いに包まれたアイズはそのまま久しぶりに感じる、安らかな温かさとともに眠りに落ちていった。

 

 

 「おやすみなさい、アイズちゃん」

 

 

 優しい彼の声もおまけつきだ。

 これならいい夢が見れそうだ。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 「それで、どういうつもりだフィン?」

 

 「何がだい?」

 

 豊饒の女主人からの帰り道、ガレスに引きずられているロキとベートの後方で、団長と副団長が話している。

 

 「誤魔化すな。ベル・クラネルに試験を受けさせるのは納得した。だが、試験を受けさせる理由までは聞かされていない」

 

 「やっぱり、君の眼は誤魔化せないか」

 

 「また親指でも疼いたか?」

 

 「それももちろんある。だけどさ、それ以上に興味があるだろ?」

 

 「興味だと?」

 

 「あぁ、あの英雄(ひと)愛娘(アイズ)を託した少年ってやつがさ」

 

 10年前のことだろうと、フィンがあの英雄を忘れることはない。フィンの中で未だ冒険者の頂点である男。彼がアイズを任せたのならばそこにはきっと運命とやらが眠っているのかもしれない。

 

 「彼は間違いなく強くなる。そしてそれはいつか、僕の目的のためにも役に立つ」

 

 「そうか……」

 

 自分の目的のために必要なことだと口元だけを笑って見せたフィンにリヴェリアはそれ以上言及はしなかった。結局のところ、フィンが理由をもってそう決めたのであれば、リヴェリアからは止めることはない。

 

 

 「さぁ、ベル・クラネル。君の覚悟を見せてくれ」




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