ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか   作:匿名

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前章譚Ⅳ”終焉の英雄”

 声が聞こえた。聞いたことのない、男の子か女の子かもわからない不思議な、とても優しい声。

 

『おきてー、べるおきてー』

 

『しんじゃだめー』

 

『わるいこみんなたおしたからー』

 

『めーさましてー』

 

 無理だよ…体が熱くて、痛くて動けないんだ。

 

『だいじょーぶ、それはいたみになれてないだけー』

 

『ぼうけんしゃはそれぐらいじゃねないよー』

 

『英雄はそれくらいならたちあがるよー』

 

 まだ4歳の少年にかけるには些か厳しい言葉。けれど、それこそベルには必要な言葉だった。

 英雄を誓った少年が最初に越えるべき壁だった。

 

(そうだ……僕はなるんだ!)

 

 少年は目を開け手に力を入れた。

 霞む視界、背後からは燃え盛る炎の熱さと音が聞こえる。身体中の火傷の痕が、噛みつくような痛みを与える。

 

(僕はどこに向かえばいいの?)

 

『まっすぐだよー』

 

『べるはまっすぐすすめばいいんだよー』

 

 ベルはその言葉に従い、重い体を引きずりながら前に進む。視界が狭まり、足元しか見ていなかったためベルは気がつかなかった。回りに切り裂かれ倒れているインペリングドラゴンの死体に。

 

 そしてベルは勘違いしていた。

 その声の主らは確かにベルを助けたが、味方などではない。ただ少年を導き見極めるものだということを。

 

 ベルは声に導かれ歩くのは、北西方向。

 決戦の地だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ゼウスファミリアと黒龍との戦いは熾烈を極めていた。

 黒龍の真正面から相対するのはアル一人。

 他のメンバーは側面から黒龍を攻撃していた。

 黒龍とアル、互いの一撃が致命傷になるだろうことは理解できていた。だから警戒して攻め切れない。

 他の団員達も側面から攻撃できているのだが、如何せん火力が足りない。前提として黒龍の鱗を貫ける火力の攻撃を行えるものが少ない。そして傷をつけることができても黒龍は魔力を消費して自己回復を行ってしまう。

 まさに。

 

「ジリ貧だなカルス!」

 

 傷こそ追っていないものの、疲労の色が見えるドワーフの戦士が小人族(パルゥム)に話しかける。

 

「あぁ、なら僕たちがすることは一つ!」

 

 その言葉に賛同するように団員たちがアルと黒龍の間に立つ。アルも団員たちの行動の意味を悟り、後ろに下がる。

 

「団長”英雄天撃”だ!溜めの時間は俺たちが稼ぐ!!」

 

 ヒューマンの騎士の声に呼応するようにアルの聖剣の銀の輝きが次第に金色の輝きを放つ。鳴り響くのは大鐘楼(グランドベル)の歌声。

 

 

 

 

「アル!」

 

「アル……さん?」

 

「――おとーさん」

 

 

 

 

 天まで轟くその音に愛する者は走り、憧憬を持つものは導かれる。そして絶望に苛まれる少女の目が覚まされる。

 

 ”英雄天撃”、アルの持つレアスキル。一撃必殺の切り札。その身のすべての力をその一撃に込め、その姿は音は味方を鼓舞し、敵を恐怖させる。溜めに必要な最大時間は五分、黒龍に対してはそれ未満では意味はないだろう。その時間を見極め、その一撃に全てをかける。

 

 

 

「お前らの命は俺が預かる!だから俺の命をお前らに預けさせろ!」

 

 

 

「「「了解!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

”我ら英雄と共に闘う者なり!”

 

 

 

 

 

 

 

『何ヲシヨウトモ無駄ダ!』

 

 本能的にアルの攻撃を喰らうわけにはいかないと理解した黒龍はアルを守る団員たちを蹴散らしながら、アルにその爪を振るおうとする。しかしその進撃は何かに捕まり先に進めなくなる。

 見れば自分よりもはるかに小さいドワーフが、自分の尾を抱き掴んでいるではないか。

 尾の鱗に鎧どころか、その肉体まで切り裂かれていくことにドワーフは何のためらいもなく力を籠めて笑う。

 

「おっと、連れねぇな。もう少し遊んでいけや!!」

 

 ドワーフの叫び声とともにあり得ない力に黒龍の体が後方へと引き戻される。

 

『アリ……エヌッ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

”我ら英雄に命を預け、そして預けられる者なり!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくやったわバカドワーフ!」

 

「頑丈以外の取り柄見せたじゃねぇか!」

 

 ドワーフが体勢を崩させたところにアマゾネスと狼人(ウェアウルフ)が畳みかける。狙うべきは翼。致命傷にはなり得ない一撃だが、今求められているのは時間稼ぎ。それに(あし)を奪うのは最も効果的だといえるだろう。

 アマゾネスの振るう薙刀が、狼人(ウェアウルフ)の鉤爪が黒龍の片翼を見事に切り裂き、その機能を不全させる。

 

『貴様ラヨクモ!』

 

「おっと、余所見は良くないんじゃないかな!」

 

 立て続けの動揺に動きを止めた黒龍に向かって小人族(パルゥム)が走る。その手に赤い槍を握りしめると、それを力一杯黒龍の紅紫の瞳に向けて投げつける。

 

 その投擲は――百発百中。

 

 さすがの黒龍も目までは鱗で覆われておらず、槍に貫かれた片目は今なお突き刺さる槍のせいで修復することも儘ならない。

 

『我ノ眼ガアアアアアアアアア!』

 

 

 

 

 

 

 

”我ら英雄の偉業をその目に焼き付け、共に成す者なり!”

 

 

 

 

 

 

 

 

『コウナレバ致シ方アルマイ』

 

 黒龍の体が突如紫色に発光し始めると同時に紡がれるの歌。

 

『呪ワレシ呪詛ヲソノ身ニ焼キ尽クセヌ暴龍ヨ』

 

「魔法なんか使わせる訳ねぇだろ!」

 

「この隙に畳みかけるぞ!!」

 

 黒龍が魔法を詠唱に入り、その動きを鈍くさせた隙を団員たちは逃さなかった。

 いや、飛び込まずにはいられなかった。

 

 

 あるものはスキルの力によって、己の生命力と引き換えにその一撃にかける者。

 

「団長、この魂は捨てるのではありません!ですから、必ず拾ってくださいね!」

 

 

 あるものは黒龍近づき並行詠唱でより早く詠唱を完成させようと歌を奏でる者。

 

(この詠唱さえ完成すれば黒龍の魔法だって……ッ!)

 

 

 火力が足りない者たちは集まり、先ほどドワーフがしたように黒龍を抑え込もうとする。

 

「俺たちだってゼウスファミリアなんだ!」

 

 

 

 目の前に垂らされた一本の希望の綱。掴まずにはいられない。

 それが先人の戦果によって作り出されたものだと思っているならなおさらだ。

 だから気が付いた時にはもう遅かった。

 自身は囲まれ、詠唱も完成しておらず、危機的状況である黒龍の表情が笑ったように歪んだのだ。

 

「何か様子がおかしいぞ!全員退――」

 

『モウ遅イ!!!』

 

 黒龍の体が先ほどよりも禍々しく輝きを放つ。

 次の瞬間黒龍を中心として巨大な爆発がアル以外の黒龍を抑え込もうとしていた団員たちを巻きむ。

 

 

 ”魔力暴発(イグニスファトゥス)

 

 

 それは魔法を行使する際に魔力を制御し切れずに暴走し、自爆する現象だった。

 魔法の暴走とはその身の魔力を暴発させ、その威力で身を壊しながらも敵をも道ずれにする。

 それゆえに意図的に魔力暴発(イグニスファトゥス)を行う魔法士が稀にいるのもまた事実。

 だが彼らは侮っていた。所詮はモンスター、自爆を行ってまで自分たちを倒しに来るなどという選択は端から除外してしまっていた。

 むしろモンスターだからこそ、生存本能を高め自分が生き残る最善策を行うとする。

 そして黒龍は己の知恵を使い、勝算があって自爆した。

 黒龍の魔力の暴発を至近距離で受けて多くの者がその命を絶たれる。生き残った者も既に意識はなく立ち上がることはできない。英雄を守る騎士はいなくなった。

 そして黒龍は残った魔力で自分の身を修復し始める。

 

「お前ら!!」

 

 アルは奥歯を力一杯に噛み締める。

 

 間に合わない……!

 

 自分たちの身を犠牲にしてでも彼らは時間を作ってくれた。しかし足りない。

 まだ聖剣への溜めの時間が足りない。

 本当なら今すぐにでも溜めを中断して仲間たちの元の駆けていき、生きているものだけでも逃がしてやりたい。けれどそれは許されない。そんなことをすればここまで時間を稼いでくれた者たちの意味がなくなる。アルは絶対にこの一撃だけは決めなければいけない。

 自然と聖剣の柄を握る手の力が強くなる。そんなことをしても意味はないことはわかっている。だが、そうせずにはいられない。

 

 完全に修復を終えてはいないが、歩ける程度には回復したのだろう。再びアルのもとに歩を進める黒龍。今度は邪魔する者はいない。

 黒龍の射程距離まで近づかれればその爪は今度こそ溜めが終わる前にアルへと振るわれるだろう。

 

 ならばとアルは足腰に力を入れ構える。

 覚悟を決める。

 これからどんな攻撃が来ようとも決して構えは崩さない。集中は切らさない。例え相打ちになったとしても黒龍を打つと気張る。

 無論その巨体から振るわれる爪を受けてなお、構えを崩さず居られるかはわからない。

 

 

 

 

「相変わらず、無茶なことをしようとしているんだな」

 

 

 

 

 アルの隣を駆ける抜ける蒼い矢があり。

 青いローブを身に纏ったエルフが矢のごとし速さで黒龍へと放たれる。

 

「エルマ!?」

 

「キャラバンなら安心しろ、後を任せられる者たちに託してきた……それに」

 

 エルマは魔力を練りながら叫ぶ。

 

 

 

 

「英雄の偉業を副団長たる私が見ないわけにはいかないだろう!!」

 

 

 

 

 黒龍の懐に潜り込んだエルマは超長文詠唱の魔法を紡ぐ。それは発動すれば深層のモンスターの群れですら一掃できるほどの一撃。

 とても美しく、一言一句噛み締める。まるで最後の歌声のような詠唱を黒龍はあざ笑う。

 

『ソンナ魔法、完成サセル前ニ我ガ巨爪ガソノ男ヲ切リ裂ク!』

 

 そんな黒龍の言葉に今度はエルマが笑みをこぼし、黒龍に語り掛ける(・・・・・)

 

「残念だが、私の魔法の方が先だ」

 

『貴様詠唱ノ途中デ……マサカッ!?』

 

「私の家族(ファミリア)の仇、一矢報わせてもらおう!」

 

 瞬間、黒龍の懐で巨大な魔力暴発(イグニスファトゥス)が起こる。超長文詠唱に込められていた魔力がエルマごと黒龍を巻き込み黒龍の巨体を吹き飛ばす。

 

「エルマッ!?」

 

 当然、エルマには自己修復の手段などない。それにもかかわらず超長文詠唱の魔法の暴発をその身に受ければ――。

 文字通り捨て身の一撃。先ほどの途中までの詠唱が彼女の最後の唄となる。

 

(あぁ……最後の唄は歌いきることは叶わなかったか。だが)

 

 エルマの薄れゆく視界に最後に映ったのは黄金の輝き。

 

(あのような光のもとで逝けるのは幸せだろう)

 

 

 

 黒焦げになりながら地面へと落ちていく家族(ファミリア)を見ながら目から涙を流しアルは叫ぶ。

 きっちり5分。黒龍相手に彼らは稼いで見せた。

 アルの持つ”白銀の聖剣”の輝きが、いや姿が変わる。

 

 それまでの柄から刀身まですべてが銀色に輝いていた剣が一回り大きくなり、輝きだけではなく全てが金色へと変わる。そして刃の根本に新たに表れるのは赤色の宝玉。

 それこそが”白銀の聖剣”とアルの力が合わさったときにのみ顕現する本来の剣の姿。約束された勝利の剣、またの名を――

 

 

 

 

 ”黄金の神剣(エクスカリバー)

 

 

 

 

 黒龍はその輝きに初めての恐怖を覚える。

 あの者たちが命を懸けて生み出そうとしていたものの脅威を今初めて認めた。

 あの攻撃を喰らうわけにはいかない。

 黒龍は己のプライドが折れるのを気にせず、その場から逃げ飛び立とうとし――。

 

『翼ガッ!』

 

 足の修復に集中していたためアマゾネスと狼人(ウェアウルフ)に壊された片翼は治っていない。

 

『ナラバ呪詛(カース)ヲ!』

 

 邪眼の黒龍と呼ばれる所以の切り札を発動させようとするが発動せず。先ほど潰された片目が呪詛(カース)の発動をさせない。

 

 ゼウスファミリアが残した楔は確かに未だ深々と黒龍を地に貫き抑えていた。

 その隙をアルは逃さない。今度こそアルの家族(ファミリア)が生み出した隙。

 

 

「この(つるぎ)の勝利をお前らに捧げる。約束は今果たされる!」

 

 

『マ、待テッ……!』

 

 黒龍の言葉はもう聞こえない。

 

 家族(ファミリア)の想いをすべて乗せたその一撃は英雄の一撃。

 

 振り上げられた刀身はいつの間にかその丈を大きく伸ばし。

 

 

英雄の天撃(エクスカリバー)!!!!」

 

 

 ――振り下ろされた。

 

 海を切り裂き、天を焦がすその一撃は黒龍の首を胴体を断ち切る。

 

 響く黒龍の断末魔。血走るその瞳は見開かれ、口は大きく開けられる。

 

 しかし動くことのできなくなった黒龍は何の抵抗も行えない。

 

 そしてやがてその巨体は爆発し灰塵と化した。灰の中に埋もれるように禍々しく輝くは巨大な黒色の魔石。

 

 今ここで、”剣神”アル・ヴァレンシュタイン。

 

 ゼウスファミリアによって邪眼の黒龍は倒された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パクンッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 

 しかし絶望はここから始まった。

 

 場違いなほどまでに突拍子もなく一体の黒龍の眷属であるインペリングドラゴンが舞い降りると、その黒龍の魔石を一口で飲み干したのだ。

 インペリングドラゴンは魔石を飲み込んだ瞬間荒々しい雄たけびを上げ空を飛ぶ。

 そして喋り出すその声は。

 

『認メヨウ。今我ハ貴様ラニ敗北シタ』

 

 殺気がこもった重々しい声。

 先ほどアルが倒したはずのその声が響き渡る。

 

「移り、変わったのか……?」

 

『コレコソ我ガ最終ノ切リ札……トハ言エ、マタ体ヲ馴染マセルノニ何十年カハ掛カリソウダガナ』

 

 魔石を飲み込んだインペリングドラゴン、いや黒龍はアルに語る。

 

『アルト言ッタカ。ソノ名前シカト覚エヨウ。我ハオ前タチヲ称賛スル』

 

 黒龍はそこで、まるで狼の遠吠えのように咆哮する。

 

『シカシソノ力ノ脅威ハ見過ゴセナイ。今ココデ死ネ!』

 

 各方向から黒龍の配下のドラゴンたちが集まってくるのを感じる。

 アルの頬を一筋の汗が垂れる。

 

『願ワクバ二度ト出会ワヌコトヲ願オウ』

 

 黒龍はそう言い残し、はるか北の空へと去っていく。

 そうこうしているうちに、配下のドラゴンたちはアルたちゼウスファミリアを囲んでいた。

 既に死んでいる者も、まだ息をしている者も関係なく食い殺す気だろう。

 

「させるかよ!俺はそいつらの魂を預かったんだ!!」

 

 ”英雄天撃”の反動でまともに動けない躰を叩き、再び銀色に戻った剣を持ち上げる。

 命を預けてきた相棒もこの時は鉛のように重く感じてしまう。

 

「死んでもその躰はお前たちにはやらない!まだ生きてる命は手放さない!!」

 

 アルのレベル8の覇気に圧倒され、ドラゴンたちは飛び掛かりはしない。それでもじりじりとアルに迫ってきている。

 

(そうだ、それでいい。俺だけを注目しろ)

 

 ドラゴンたちはブレスの構えに入り、様子見の遠距離攻撃をしようとする。

 

(エルマは増援が来たと言っていた。なら今度は俺が時間をかせ――)

 

 

 

 

「アル...さん」

 

 

 

 

 その戦場に似つかわしくない幼い少年の声がポツリと響いた。

 アルはその声が気のせいであってほしいと、後ろを振り返る。

 

 

 

(何で……何でお前がここに居るんだ!)

 

 

 

 

 振り返った先、アルの背後、ブレスの射程距離に少年はいた。

 はるか北の大地で見た一面を覆っていた雪のように白かった髪は所々が煤けており、ボロボロの衣服の隙間からはやけどの跡が見える。そこにいたのは。

 

 

 

 

(ベル!!)

 

 

 

 

 アルは叫ぶよりも先にベルに飛びつき抱きしめるように包み込む。

 間一髪、打ち出されたブレスからベルを庇うことはできた。だがその代わりそれらのブレスを生身で受け取ることとなった。確かにアルよりもレベルの低い者たちの攻撃。とはいえドラゴンのブレスだ。しかもスキルの反動により著しく能力が落ちたアルには十分脅威になる。

 

 ブレス止み、そこに残っていたのは黒こげの背中でベルを抱きしめるアルと、泣き叫ぶベルだった。

 

「アルざん!アルざん!!」

 

「ベル、何でここに来た!」

 

 アルは背中の痛みを気にせずベルを叱責する。

 

「声が、優じい声がごっちだっで!」

 

 アルはその言葉でベルの周りを飛び回る何かを感じ取り、忌々しく睨む。

 

「お前ら、何でこいつをここに連れてきた!」

 

 その叫びに答える声はない。もっとも答えていたとしてもその声がアルに届くかはわからないが。

 

「こんな奴らがアリアの――」

 

 既に先ほどのブレスとスキルのせいで死にかけのアル。今からベルを連れて逃げることはほぼ不可能。なら自分のできることは一つだけだろう。

 その身を盾にしてベルをかばい続けるのみ。

 

 そして再びブレスが放たれ――。

 

 

 ”目覚めよ(テンペスト)

 

 

 その衝撃はアルの背中には来なかった。代わりにアルの背中には優しく温かい風が触れる。

 

「やら……せない!!」

 

 アルが振り返れば、そこにいたのは最愛の人。

 

「アリア!」

 

「二人は……絶対にやらせない!」

 

 その身に風を纏い、必死に二人の盾になるアリアにアルは希望を見出し叫ぶ。

 

「アリア、ベルを連れて逃げろ!!」

 

「嫌!!」

 

「なッ!」

 

 まさか断られると思っていなかったこの状況にアルは驚愕する。

 

「お前の魔法は防御の魔法じゃないだろ!防ぎきれない!だから逃げろ!」

 

「嫌よ!もう私は逃げられない!捨てられないの!!」

 

 アリアの魔法に亀裂が入り始める。

 それでも逃げようとしないアリアの後ろ姿に、アルは思い出す。

 自分の愛した女性はわがままで意地っ張りで、何よりも気高い人だったと。

 

 ならば自分も膝を屈していてはいられない。

 アルはもう一度、立ち上がり剣を構え”英雄天撃”の溜めに入る。

 ブレスの時間は30秒程か、ならば自分が溜めるのも30秒。先ほどの10分の1の時間。だが、このようなドラゴンを一気に仕留める程度であれば十分だ。

 

 先ほどよりも弱弱しくも鳴り響く鈴の音を聞き、アリアももう一度力を入れる。今は後ろに頼もしいアリアの英雄がいると。

 

「あっ……」

 

 しかし、アリアの風はさらに力が加えられたドラゴンのブレスによって砕かれ、その身をブレスが襲う。前衛職ではないアリアには致命傷のブレス。しかしアリアは倒れない。後ろにアルとベル(愛する者)がいるから。

 

「アル......あとはお願い」

 

 そしてアリアは守り切った。

 倒れゆくアリアを抱きとめたい思いを抑え込み、先ほどよりも深い悲しみを味わいながらアルは剣を構え振りぬく。

 振りぬかれた刃から放たれた衝撃は目の前のドラゴンたちを両断する。

 

 今度こそ、モンスターの気配はなくなった。

 

「アリ、ア!」

 

 いつの間にか意識を失っていたベルを抱えアルはアリアを抱きしめる。

 アリアの体は傷だらけになり、血も多く流していた。

 もはやその命は長くない。そしてそれは自分も同じこと。二度にわたる”英雄理想”の連続使用と致命傷。アルは自分の腕に感じるアリアの体温を感じながら、最愛の人と逝けるも運命かと感じた。

 

 

 

 だが、もう一つの命はここで死なせるわけにはいかない。

 彼はここで死んでいい命じゃない。

 

「アル、アリア!!!」

 

 そこで息を切らせながら二人に駆け寄ってくる影があった。

 

「ゼウ、ス」

 

 髭を蓄えさせ気品のある老父がそこにはいた。

 ゼウスは今オラリオにいるはずなのにどうしてここにいるのか不思議だった。

 

「嫌な予感がして、早馬を使ってここまで来たんじゃ!」

 

「そんなことして……ギルドに怒られるぞ?」

 

「今までわし等がやってきたことを考えればどうとにもなる。だが、わしは」

 

 間に合わなかった……。

 その言葉は発さない。それを言ってしまえば子供たちの成した偉業を否定してしまう可能性があったから。

 

「ゼウスそれよりもこいつを」

 

 アルはベルをゼウスに引き渡す。自分の手に抱えられた死にかけの少年を見てゼウスは問う。

 

「この子は?」

 

「そいつは、この村と……俺たちの子供だ。そしてアイズの英雄になる男だ」

 

 そう言って笑うアルをゼウスは目を見開き、もう一度ベルの顔をよく見る。兎のようでか細く愛らしい。とても冒険者の器には、英雄になりうる少年には見えない。

 

「そいつには厄介なもんが付いてるかもしれない。だから、あんたが守ってやってくれ」

 

「確かに妙な気配はするな」

 

 今はもういなくなっているが、先ほどまでいただろう気配に振り払うようにする。

 

「それと……これを」

 

 そう言ってアルは自分の握る宝剣をゼウスへと差し出す。

 ゼウスは息をのみながらその宝剣を受け取る。ゼウスの手にずっしりとした。剣だけの重さではない、この重さこそが自分の作り上げた家族(ファミリア)の重さだと感じ涙がこぼれる。ゼウスはもう片手に伝わる、まだ今は軽いその重さに目を向ける。

 

「アル、この子の名前は?」

 

 アルはそういえばベルの名字はなかったことを思い出し慈しむように言う。

 

「ベル、ベル・クラネル。きっと俺の代わりにアイズの英雄になる”最後の英雄(ラストヒーロー)”だ」

 

 かつての目の前の青年の性。

 それをゼウスの手に収まる少年に託した。

 ゼウスはそれ以上の言葉は求めない。

 ただ一言。

 

「請け負った。必ず守ろう」

 

 そう言い残し、ゼウスは神の力(アルカナム)を使用し、宝剣の所有権を、魂の結びつきをアルからベルへと引き継がせる。

 すると宝剣は主の最後に悲しむように青色く輝くとその刀身を短く、まるで新たな主にはこの姿で十分と言わんばかりに短剣ほどの大きさへと変わっていく。

 

「まったく、そいつを頼むぜ……相棒」

 

 去っていくゼウスの後ろ姿にアルはそっとそう零した。

 

 

 

 

 ゼウスファミリアはこの件でほぼ壊滅状態になり、解散することを余儀なくされる。

 

 そしてゼウスは二度と地上では神の力(アルカナム)を使用することができなくなり、新たな眷属を生み出すこともできなくなった。

 

 

 だが、確かにゼウスファミリアは二つの未来を残した。

 

 

 最後の英雄(ラストヒーロー)の運命を担う少年はゼウスへと預けられ。

 

 

 もう一人の少女は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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