ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか 作:ミキサ
1話”白兎と剣姫”
たまに夢を見るんだ。
英雄の、誓いの夢を。
頼りなくて、体もまだ小さくて、恥ずかしがりながら照れ臭そうに僕は手を差し出して彼女に言うんだ。
「僕が――ちゃんの英雄になる!」
「――さんみたいにまだ強くなくてかっこ悪いけど、絶対に――ちゃんにふさわしい英雄になる!」
「だから、僕のお姫様になってください!」
名前も思い出せない、でも綺麗な金色の髪を持っていた彼女は僕の手を優しく取ってなんて言ってくれたんだっけ?
それすらも思い出せない。十年前の記憶を失った僕は何も覚えてない。
でも、この誓いだけは嘘じゃないと思うんだ。
この誓いを嘘だといってしまったら、僕の中にある熱い、紅い炎を否定することになってしまうから。
それだけはしちゃいけない。
あの事件からもう10年が経つのか。
農村の服を着こなし月見酒をする男神ゼウスは、ベットで眠る今ではすっかり孫として愛している白髪の少年の頭を撫でた。
あの
ゼウスはその後ベルを連れてゼウスの顔が利く村へと身を隠れさせてもらうこととなり、村の隅でベルと二人で生活してきた。
本来であれば直ぐにでもベルに
とは言え、そんな生活も今日で終わり。
ベルは十分とは言えないが立派に育ってくれた。少々根が優しすぎて純粋すぎる面もあるがそれは美徳としておこう。
そしてそろそろ時期なのではないかと決めたのだ。かの英雄が残した
けれどこんな老父を村に残してベルはきっと旅立てない。それほどまでに優しい子なのだ。
だからゼウスは先日死んだ。
正確には村人の協力を仰いでベルに死んだと思いこませた。そりゃあの時のベルの落ち込み具合はだまして申し訳ないと心を痛ませたが、これも必要なことだとグッと耐えた。
そしてある程度ベルが立ち直ったところで村人に預けていた遺書と紹介文をベルに渡させた。
遺書の内容は端的に言えば、知り合いのファミリアの紹介文を残すからもしも冒険者になりたいのであればそれを持ってオラリオに行けという内容。
最初は迷っていたようなベルだったが、ゼウスによく話してくれた夢の誓いを思い出し旅立つことを決心した。出発の日は明日。ゼウスは最後に寝顔だけでもと、家に忍び込みベルの寝顔を肴に月見酒をしていたというわけだ。
(さすがに手ぶらで行かせるのも癪じゃな……と、あれを渡すのを忘れていたな。危ない危ない)
ゼウスは自分の懐をあさりそっとそれを机に置く。さすがに見たことのないものがあれば普通なら訝しむかもしれない。だが相手は純粋無垢なベルだ。きっと死んだ儂からの贈り物だと思って受け取ってくれるじゃろう。
ゼウスはもう一度最後にベルの頭をそっと撫でる。
「僕は……ふさわしい、英雄に」
「お主が英雄になれるかどうかは、、お主自身の手で決めろ」
ゼウスはそう言い残して、家から去っていく。
翌朝、ベルは予想通り感激しながらゼウスの置いていったものを握りしめ受け取る。
しっかりと朝食を食べ、顔を洗い歯を磨く。日課となった適度な準備運動と短剣術の稽古をしたのち、家の扉を開けて村の出口へと走る。
「おう、ベル来たか!」
「レルバおじさんおはようございます!」
「おう、気合一杯だな!」
馬車を用意し、待っていてくれた角刈りの男性に挨拶すると、相手はニカッと笑い馬車の荷口を開けてくれる。
「オラリオまでは馬車なら明日の朝には着く、さぁ乗れ!」
「あの、本当に乗せてもらってもいいんですか?」
「何水臭せぇこと言ってんだ。お前はこの村の全員の息子だ!息子の晴れ舞台ぐらい送らせてくれや」
「そうだぞベル!送り出しくらいさせろ」
「ベル君、冒険者になってもあまり無茶しないでね!」
「今日朝採れた取れたての野菜で作ったサンドイッチだ!弁当代わりにでも食べてくれ!」
村の出口には続々と村人たちが集まり出し、少年の旅立ちを祝ってくれる。
「皆……ありがとう!僕立派な冒険者になってくるね!」
「あぁ、だがまともな武器の一つもなしで行って大丈夫か?」
「えっとそれが……」
ベルは腰のポーチからそれを取り出しみんなに見せる。
「朝起きたら机にこんなものが」
それは白銀の短剣だった。薄く鋭く輝きを放つそれは見るだけでさぞかしの一品であるとわかる。
「これ一度、おじいちゃんが使ってるの見たことがあって!ずっと、僕おじいちゃんに短剣術教えてもらってて!だからその……変な話かもしれないんですけど、お祖父ちゃんが残していってくれたんじゃないかって!」
恥ずかしそうに白銀のナイフを握るベルを村人たちは心底愛おしそうに眺め、あの男神はベルがここまで純粋に育ってくれたことを感謝しろと危うく自分たちの偽装工作が無駄になったかもしれない行いに頭の中で文句を言った。
「そうか、その短剣があるなら安心だな。それじゃ行くぞ」
レルバは御者席に乗り込み、ベルも追いかけるように荷台へと乗る。
「それじゃ皆行ってきます!」
「「「いってらっしゃーい!!」」」
村人たちからの送り出しに手を振りながらベルのオラリオへの旅立ちが始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
たまに夢を見る。
どうしようもない、もう叶うことはない悪夢。
ふさふさの白い髪が揺れ、赤い瞳が私を見つめ、恥ずかしがりながら私に手を差し出すその姿に私も頬を染めてしまう。
「僕がアイズちゃんの――になる!」
(私も君に――なって欲しかった)
「アルさんみたいにまだ強くなくてかっこ悪いけど、絶対にアイズちゃんにふさわしい――になる!」
(そんなことはない、今のままでも君の存在はお父さんと同じ、それ以上に私には必要だった)
「だから、僕の――になってください!」
(私も君の――になりたかった!!)
名前も容姿も全て覚えている。けれどもう二度と君には会うことはできない。
それでもこの誓いだけは私の心の中で残っている。だから私には君以外の――はいらない。
そうなったら私が剣を取るしかない。—―を失ったお姫様は自分で戦うしかないんだ。
黒い炎に身を焼かれながら今日も剣を振るう。強くなるために。
そう言って夢の中の小さな
「起きろアイズ」
そんな声とともに夢は終わり目が覚めた。
寝起きのアイズの視界に移るのは緑色の髪の毛。耳は尖がっており、アイズを心配するその顔は少し母性の色が見える。
「リヴェリア……」
「また例の夢を見ていたのか?」
「うん」
きっと他の人に聞かれたのであれば何でもないと言っていたかもしれないが、自分の恩人であるリヴェリアには嘘はつきたくなかった。
「そうか……お前が十分丸くなってくれたことはわかっている。だが、その夢を見たときのお前は不安定になる。どうか無茶はするなよ、ここはダンジョン内なんだから」
現在アイズたちロキファミリアは遠征の帰りであり、18階層で休息をとっている状態だ。そんなこともあって、悪夢に魘されていたアイズをリヴェリアが起こしたというわけだ。
「わかってる、私ももう昔のままの私じゃない」
そう言ってアイズは自分のテントから出ていこうとする。そんな後ろ姿にリヴェリアは呆れながら溜息を吐く。
「ならせめて涙だけでも拭いていけ。他の団員たちが驚く」
その指摘にアイズは顔を真っ赤にして目元を拭い気恥しそうに今度こそテントから出ていった。
「ベル、という少年は私たちにはどうしようもない傷を残していったのだな」
テントを出たアイズは夜風を浴びるために、18階層の丘の上に来ていた。丘の上は程よい夜風が吹いておりアイズの温まった体を冷やしてくれる。そしてアイズはそのまま丘に咲き乱れる花の絨毯に倒れ込むように寝転がる。
(変わったか……)
自分は弱くなったのだろうか。
ロキファミリアに入り、
そして、みんなの手を取ろうとするアイズに小さいアイズが言うのだ。
お前の復讐は止まってしまっていいのか、と。
わからなくなる。
自分が何なのかも、どうすればいいのかも、何がしたいのかも。
(戻ろう)
「あ、アイズさん!?」
アイズが立ち上がり戻ろうとしたとき、後ろから自分の前を呼ぶ少女の声が聞こえた。アイズが振り返り見ると、そこにいたのは山吹色の髪をポニーテルにした可愛いエルフの少女がいた。
「レフィーヤ」
「あ、えっと私はキャンプ地の周りの巡回中で」
「お疲れさま」
「あ、ありがとうございます!」
アイズからの労いの言葉にレフィーヤは心底嬉しそうに頭を下げる。なで労われて頭を下げているのかアイズにはよくわからなかったが、必然的にアイズに向けられたレフィーヤの頭を見てアイズは手招きした。
「レフィーヤ少しここに座って」
アイズの座っている場所の前を指さされて、レフィーヤは少し恥ずかしそうにしつつも折角のアイズのお誘いを無碍にするわけにもいかず大人しくアイズに背中を向けて座る。
「そのままでいてね」
そこからアイズから何かしゃべることはなく一切の沈黙。先に根を上げ気まずくなったレフィーヤが合図に話しかける。
「アイズさんはどうしてこんなところに?」
「少し夜風を浴びたかったからかな」
「夜風ですか?」
「うん、ちょっと嫌な夢を見てね」
アイズの声がかすかに重くなったのを感じてレフィーヤはこれ以上は聞かない方がいいのだろうかと思いつつ、憧れの人の悪夢に興味が勝ってしまう。
「どんな夢を見たんですか……?」
「ごめん、レフィーヤ。それは……言いたくないかな?」
レフィーヤはしまった!といった顔をしながら、問題ないと慌ててフォローする。それはそうだ悪夢の内容など人に好き好んで話したい人などいない。
「できた」
アイズのその声とともにレフィーヤの頭に微かな重みが増えた。レフィーヤはアイズの方を振り返ると、アイズは慈しみを持った眼差しでレフィーヤの頭を見ていた。
(か、可愛すぎる!)
レフィーヤはアイズのそんな表情に歓喜しながら、自分の頭に乗っけられたものが気になりそっと触れてみた。
「これは、花冠ですか?」
触ってみた感触的に恐らくそうだろう。女の子ならば一度は作ってみたいものである。
「やっぱりレフィーヤには似合うね」
「そ、そんな!アイズさんの方が似合うに決まってます!!」
そう言うや否や、今度はレフィーヤがアイズの分を作ろと花たちに手を伸ばそうとするが、アイズはその手を握って遮る。
「アイズさん?」
「ごめんレフィーヤ、気持ちはうれしいけど私はいい」
「そ、そうですか」
見るからに落ち込んでいるレフィーヤにアイズは心を痛め、どうすればいいのかわからず心の中でおろおろするのだが残念だがそれを受け取るわけにはいかない。アイズはもう姫にはなれないのだから。
「そういえばアイズさんって、誰に花冠を教えてもらったんですか?まさかリヴェリア様ですか?」
あまりの気まずさにレフィーヤが何気ない気分転換にその質問をしてからレフィーヤは後悔した。この質問だけはしてはいけなかったと。
(誰が……誰が、アイズさんに教えたんですか?)
その質問をされたアイズの表情は何かを思い出すように、悲痛そうに苦しそうに泣き出しそうな目をする。それでもその頬は赤く染まり、口元は慈しみを持ったように綻ぶ。
その表情はまさに。
(誰が、誰がアイズさんにそんな表情をさせるんですか!!)
大切なものを失った恋する姫のようであった。
レフィーヤはそのアイズの顔を二度と忘れないだろう。
「ごめんレフィーヤ、先に戻ってるね」
アイズはその質問には何も答えず立ち上がると、一人キャンプ地へと戻っていく。無論レフィーヤにそれを止めることはできず、丘の上にはレフィーヤただ一人だけ残された。
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翌日、アイズたちが18階層から地上を目指すべく出向を行っているとき。
ベルもまた、オラリオの門をくぐろうとしていた。
「次、君は何の目的でこの都市に?」
「冒険者になるためです!」
門の係員の人の質問に食い気味に答えるベルを少しあっけにとられたように係員は見たが、やがて夢見る少年の背中を押すように祝ってくれる。
「ようこそ、ここが迷宮都市オラリオだ。歓迎するよ新たな冒険者君」
あぁ、ここがオラリオ、冒険者の街!
ベルは門をくぐりながら、目の前にそびえ立つバベルを見上げながら目を輝かせる。
もしかしたら、もしかしたら。
この街で冒険者になれば会えるかもしれない。夢の中でベルが誓ったあの少女に。
美しい金髪の少女としかわからないけれど、きっときっと会える気がする。
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?