ダンジョンで誓いを果たすのは間違っているだろうか   作:匿名

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4話”恐怖の道”

 

(くやしい……!くやしいくやしい!!!)

 

 ベルは黄昏の館で門前払いをされた後とある場所に向かって走っていた。その足は力強く大地を蹴り、顔は恥ずかしさと怒りのあまり真っ赤に染まり、視線は前ではなく地面を見ながら地を駆ける。

 自分が情けなくてたまらなかった。

 大好きな祖父を馬鹿にされ、自分の誓いを踏みにじられたような、心臓を握りつぶされたかのような痛みがあった。

 道行く人は、突如と走ってくるベルに自然と道を開け怪訝な視線を向ける。

 

 

 本来の正史、もしも彼がただの英雄を夢見る少年だったのなら、このとき。ロキファミリアで門前払いされた後、藁にも縋る思いで他のファミリアの戸を叩いて回り、それでも自分を認めてくれるファミリアはなく打ちひしがれているところ、一柱の慈愛の女神によってその手を引かれ彼の面白おかしくも夢見る少年の物語が始まっていたことだろう。

 

 

 しかし今のベルは正史よりも少しだけ遺志を受け継ぎ、誓いを胸に燃やし、より強烈な夢を持ってしまっていた。そして少しだけ闘う力があった。

 

 だからこそ、ベルは後ろから秘かについて来ようとしていた女神のことなど梅雨知らずただ一点を目指して走り抜けていた。

 それはこのオラリオに住むものならば必ずは目にする、この都市の象徴たる神々の建造物。

 

 

 迷宮から溢れ出すモンスターを押しとどめるための二として機能するそれ。

 

 迷宮の真上にそびえ立つ50階建ての摩天楼施設。

 

 ――バベル。

 

 そこがベルの目指している目的地だった。

 

(僕だって戦える!ひ弱な男なんかなんかじゃない!)

 

 ベルは走りながらカバンの中に詰め込まれていた祖父からの贈り物である短剣を腰に携える。

 

(そうだ!ダンジョンでモンスターを倒して魔石を手に入れてからもう一度行こう!そうすればもう一度話を聞いてくれるかもしれない!)

 

 無垢で無力な少年は、いかに自分が愚かなことをしようとしているかをわかっていなかった。

 神の恩恵(ファルナ)を持たずにダンジョンの中に入るという行いがどれだけ危険な行為なのかもわからず、少年はただただ自分の無力さが情けなく走るしかなかった。

 

 バベルへと着いたベルは、地下へと続く大穴の螺旋階段を見つけ走る。今は誰もいなかった階段はベルの歩みを阻むことはなかった。

 まともな防具など付けておらず、ただの服と革のコートだけを羽織ってダンジョンに走っていく彼の姿は他の冒険者に比べて異様である。防具を買うお金がなかったとしても駆け出し冒険者はギルドから出世払いで初心者用の防具が貸し与えられるはず。それすらもつけていないのはもしや冒険者登録すらしていないのではと考える冒険者もいたが所詮他人、止めることなどしなかった。いや、中には声をかけてくれる者もいたがベルはその程度の声には反応せずに階段を駆け下りていってしまった。

 

 

 

 

 

 初めてのダンジョンの中はどこか幻想的で薄青色の壁が仄かに光っていた。

 その光に圧倒されながらようやくベルは今自分がどこにいるのかを思い出した。既に第1層の”始まりの道”は通り過ぎており、第1層でも最奥部の方まで来てしまっただろうか。運がいいこと(・・・・・・)にここまで一度も戦闘にならなかったためこんな奥まで来てしまったのだ。

 我に返ったベルはまだ魔石は取れていないが、冷静になって一度戻ろうと。そう考えて振り返った瞬間。

 

 

『パリン』

 

 

 そんな音が響いた。

 

 初めて聞く音だった。

 

 まるで何かが割れる音。

 

 そんなありえない。この第1階層にガラスなんて装飾があるわけがないんだから。

 

 そう、ベルがゆっくりと今まで自分が向いていた方向へもう一度振り返ると。

 

『ギッキ』

 

 まるで(ダンジョン)から生まれる雛のように壁を破って生れ落ちてきた何か。

 それは身長にしてベルの腰くらいまでしかない濃緑色の人型モンスター。

 ゴブリン、ダンジョンに来て初めて出会うと言われるダンジョン最弱のモンスター。

 それが一体、そこにポツンと生まれ落ちたのだ。

 本来ベルのような一人でいる初心者相手にダンジョンが産み落とすには何とも拍子抜けな数。本当にベルを殺そうとダンジョンが殺意を持っているなら5体以上のゴブリンがここに産み落とされてもおかしくはなかっただろう。

 

 しかしそんなことを知るはずもないベルは、目の前のゴブリン相手にどうすればいいのか迷っていた。最弱のモンスターが一体。されど自分が子供のころに半殺しにあったゴブリンが一体。その時のことがフラッシュバックしたベルはここと戦うかどうか躊躇ってしまった。

 

 そのためらいの時間がゴブリンにベルが自分の獲物であると認識させる。一歩ゆっくりとベルの元に歩いてくるゴブリンにベルは一歩後ずさってしまう。

 そんな自分に思い出させるような声が笑い声が響く。

 

 

 

『こんな子兎みてぇな野郎が冒険者になんてなれるわけがねえだろ!』

 

 

 

「そうだ」

 

 ベルは後ずさっていた足を無理やり一歩前に出す。

 

『ガギ?』

 

 ゴブリンは今まで自分が狩ろうとしていた獲物が逃げ出さず一歩こちらに向かってきたことに首をかしげる。

 

「このままじゃダメなんだ。ただ、狩られるだけの子兎(えもの)じゃダメなんだ!」

 

 ベルはもう一歩強く地面を蹴り前へと走り出す。

 腰に携えた短剣も引き抜く。

 

「うああああああああああああああああ!!」

 

『ギギッ!?』

 

 突然の雄叫びを上げながら向かってくるベルに虚を受けたゴブリンは、そのまま走る加速によって振り上げられたベルの右足に蹴り上げられてダンジョンの壁へとぶち当たる。そのまま呻き地面を転がるゴブリンに向かってベルは飛び掛かり、馬乗りになりながらマウントを取ってその短剣を振り上げ、ゴブリンの胸へと振り下ろした。

 短剣から伝わるゴブリンの肉を絶つ感覚は軽く、力を籠めなくても切れるのではないかと思うほどの切れ味だった。

 もう一度、もう一度、もう一度。ゴブリンの胸へと白銀の短剣が振り下ろされる音が何度もダンジョン内に響き渡る。そしてその音が響かなくなったのはベルがゴブリンに五度目の短剣を振り下ろした時だった。短剣の攻撃を何度も受けたゴブリンの体が灰へと変わり霧散する。そして小さな魔石がカランと落ちた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 震える呼吸を落ち着かせたベルはゴブリンの返り血で真っ赤に染まった手で魔石を拾いカバンの中に放り込む。同じく白銀に輝く短剣を赤色に染め上げた血を自分の服で拭い取るように拭いてから鞘へと納める。

 

「やった、やったぁ!!」

 

 ベルは拳を握ってそう高らかに喜ぶ。あのゴブリンを倒した。

 ダンジョンの最弱モンスターにして、他の冒険者であればここまで喜ぶような相手ではない。

 けれど一度殺されかけたことのあるベルにはこれ以上にない戦果だった。

 だからこそこの時だけはベルは馬鹿にされたことなどどこ行く風。純粋な気持ちで喜んだ。

 

 

『おめでとうべる!』

 

 

 そんな声が耳元に響いた気がした。

 ベルはとっさに声の方向を見てみるがそこには誰もいない。ただ殺風景なダンジョンの洞窟だけが広がっている。

 

「気のせい、かな?」

 

 ベルは首をかしげながら空耳だと思うことにした。そしてベルが向けた先には、声のした方向にあったものに息をのむ。

 そこにあったのは2階層へと続く階段あった。

 

「……ッ」

 

 一瞬ベルはまだ神の恩恵(ファルナ)も刻まれていない自分がこれ以上下に降りていいのかと躊躇っていたが、頭を振り弱虫な自分を吹き飛ばす。

 

「大丈夫、ゴブリンだって倒せたんだ。まだいけるはず!」

 

 ダンジョンの本来の凶悪さを知らないベルはそれが如何に危険な選択だったのかわからなかった。

 しかしこう選ぶことも運命だったのだろう。

 

 そう全ては仕組まれていたのかもしれない運命。

 

 いたずら好きの誰かが仕組んでしまった些細な運命。

 

 それが彼の物語をもう一歩進ませることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の歩く音だけが響き渡る洞窟が目の前に広がる。

 一歩一歩踏み出す足は緊張に震え慎重にならざる終えなかった。

 歩き回り、何か物音が響くだけで体を震わせてしまう。

 現在ベルがいる階層は五階層。どう考えてもベルの身の丈に合わないどころか、無謀と言わざる得ないほどの階層。なぜベルがこんな階層まで下りてきてしまったのかというと、それはただ一言運がよかった(・・・・・・)からだろう。

 

 

 二階層におりてきて初めて会った敵はゴブリン二体。

 もちろん複数なので囲まれれば危なかったかもしれない。けれどベルは先ほど自分の蹴りがゴブリンにも通用することがわかっていたため、急いで走っていきまずは片方のゴブリンを蹴り飛ばし、蹴り飛ばされたゴブリンが転がっている間に急いでもう片方のゴブリンの胸へと力一杯に白銀の短剣を突き刺したのだ。そのまま横に引くように短剣を振ればゴブリンは見事に切られ灰へと返還される。そして一対一となったベルとゴブリンの勝者は決まり切ったようにベルが短剣でゴブリンを切って終わる。

 そんなことを三度繰り返すと、たまたま(・・・・)三階層へと降りる階段を見つけた。

 ベルは今までの戦いでも体力はまだまだ残っていたためもう一階層降りることにした。

 

 

 三階層に降りてきたベルを待っていたのは一体のコボルドであった。

 犬頭のモンスターであり、体長はゴブリンとさして変わらない。

 なので開幕ゴブリンと同じように走りコボルドの体を蹴り飛ばした。先ほどのゴブリンよりも多少重かったため壁までは蹴り飛ばせなかったがそれでも体制を崩させることはできた。なので同じく馬乗りになってマウントを取りコボルドに乗りかかりその胸に短剣を突き刺した。ここでベルにとって少し予想外だったのはゴブリンに比べてコボルドの抵抗が激しかったことだ。そして激しく抵抗するコボルドの爪がベルの左腕を引っ掻いた。

 顔を歪ませたベルはすぐに突き刺した短剣を捩じるように突き刺しコボルドにとどめを刺した。

 左腕から左手の甲へ少しだけ血が垂れていく。

 ベルはそれを一瞥すると、少し迷ったように戻るかどうかとダンジョンの先を見つめ、そして何かに導かれるようにさらに先に進んだ。

 そうしてもう一度数度コボルド、またはゴブリン、あとはヤモリのようなモンスターとの戦闘を行えばいつの間にかベルは二階層分階段を下りていた。

 本来ではありえないこと。神の恩恵(ファルナ)を受けていない少年がここまで来ることなど、ここまで数度の戦闘それも多くても一度に2体しか相手どらずに降りてくることなどありえないのにベルはここまで来た。来てしまった。

 

 

 気が付いた時にはもう遅い。ベルが今いるのは五階層。

 エイナの言っていたことを思い出したベルは、確かこの階層から四階層までとは一段階モンスターの質が変わると言っていたのを思い出した。

 変わって薄緑色の壁の光に照らされながらベルは周囲を見渡していた。ここで初めて冷静になったベルは慌て始める。

 早く地上に戻らなくてはと、今来た道を戻ろうと走っていく。

 しかし来た時とは打って変わって、今来た道を戻るだけなのに行っても行っても四層へと戻る階段が見つからないのだ。

 

「どうして!来るときはすぐに見つかったのに!」

 

 何かに導かれるように無意識的にここまで下りてきたベルにはダンジョンの構造など頭に入っておらず、上へと昇る階段が見つけられないことにだんだん焦りを感じていく。それがさらに悪循環となっていき、ベルは完全に五階層で迷子となってしまっていた。

 やがて息が切れたベルはダンジョンの壁に寄りかかるように座り込んだ。

 

「どうしよう」

 

 ベルは恐怖からか白銀の短剣を抜いて握りしめた。

 それからどれくらいが経ったのだろう。10分くらいだろうか。30分だろうか。もしかしたら5分も経っていないかもしれない。

 けれど一人ぼっちのベルの体内時計は狂い始めていた。

 

「あれ、そういえば」

 

 ベルはここでもう一つの異変に気が付く。

 

「なんでこの階層、人もモンスターもいないんだろう」

 

 ベルがこの階層に入ってからすでに1時間は経過しているだろうか。それにもかかわらずこの階層ではまだ一度もモンスターとは遭遇していないのだ。いや、それどころか今日ダンジョンに入って一度でも他の冒険者と出会っただろうか。

 いや、すれ違うどころか遠目で見てすらいない。

 ベルの体に寒気が弥立ち、何か嫌な予感が体を震わせた。ベルは慌ててその場から立ち上がると、そこから離れようと歩き出した。しかしそれはあまりにも遅かった。

 

 

 ノシ、ノシ

 

 

 まるで何か巨大な生き物がこちらに歩いてくる、あの曲がり角を歩いてくる。

 ベルの足は動かず、その正体を見ようと目は曲がり角に釘付けとなってしまう。

 

 

 そしてその正体が現れる。

 

 

「あ、ああ……ッ!」

 

 

 一歩一歩の足音の重さがその筋肉の塊の重さを象徴する。

 全身を覆う毛並みの色は赤黒く、その筋肉隆々の肉体は3Ⅿにも及ぶ。

 特徴的なのは頭から生える二本の黒い武骨な角。

 牛の顔を持つその巨大なモンスターをベルは知っていた。エイナに教わったわけではない。当然だ。本来ならばこのモンスターは15階層、中層域と呼ばれる推奨冒険者レベル2以上の場所に存在する。こんなはるか上の階層にいていいモンスターではないのだから。

 とはいえそんなことを知る由もないベルはそのモンスターの姿をとある英雄譚に出てくる化け物と並べてみていた。その物語でとある王国の姫を攫い、そして英雄に討伐された化け物。そのモンスターの名前は。

 

 

「ミノ、タウロス!?」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』

 

 

 その化け物の叫び声が五階層全体に響き渡った。

 

 

「うああああああああああああああああああ!!」

 

 それと同時にベルはミノタウロスとは反対方向へと逃げ出した。逃げる獲物(ベル)をミノタウロスは少し首をかしげて見た。自分よりもどう考えても弱い存在。それが自分の『咆哮(ハウル)』に固まらず逃げだして見せたのだ。とはいえ自分がすることは変わらない。目の前の人間を追いかけて殺そうと、ミノタウロスはすぐにベルの後を追いかけ始めた。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ!何で、なんでミノタウロスが!」

 

 ベルはただただがむしゃらにダンジョン内を縦横無尽に駆け回り、曲がり角があれば必ず曲がり決して一直線には進まず逃げまわった。しかしそれでもミノタウロスとベルの地力など明白、その距離は徐々にどころかあっという間に詰まっていく。

 そしてとうとうその追いかけっこも終わりを迎えた。

 

「そんな......」

 

 ベルの逃げ込んだ曲道は無常にはその先に逃げ場など与えない行き止まりであった。

 詰んだ。間違いなく詰んだ。

 

 

 これが僕の末路である。夢見て、情けなくて、何もできなかった僕の最後だ。

 

 

 ベルは尻もちをつきながら後ずさる。いつの間にか追い込んだベルに満足したのかミノタウロスは走るのをやめてゆっくりとこちらに向かって歩いて来ていた。きっとあの化け物がこちらまで来たら、あのベルの胴ほどまである太さの腕に殴り飛ばされてベルはごみ屑のように死んでしまうだろう。いや、もしかしたらあの堅そうな足の蹄に踏みつぶされてミンチになるかもしれない。どちらにしろベルが死体になることには変わりないだろう。

 

 

(あぁ、僕はここで終わるんだ)

 

 

 

 

 僕は迫りくる化け物を見ながら、夢のことを思い出した。

 

 僕が誓った、名前もわからない。顔だって思い出せないあの子。

 

 ただ覚えているのはあのきれいな金色の髪だけ。

 

 壁際まで追い込まれて臀部を地面につけ、歯を鳴らす僕は何と惨めなことだろうな。

 

 どうやら僕は英雄になる資格なんてなかったらしい。

 

 今の僕のこの情けない姿を見たらきっと彼女は幻滅してしまうだろう。

 

 だけど、これだけは言わせてください。

 

 僕はあなたの英雄を本気で目指して、なりたかったです。

 

 

「だから、なれなくてごめんなさい」

 

 

『ヴオオオオオオ!』

 

 ミノタウロスの荒く臭い鼻息がベルの肌を撫でる。それが死の感覚だというのなら間違いないだろう。

 ベルは鳥肌さえ立たなくなった体で、振り上げられたその剛腕を見ながら壊れたような不細工な笑みを浮かべた。

 

 

 

『ヴォッ?』

 

 しかしいつまで経ってもベルに死は訪れなかった。

 代わりにミノタウロスの胴体に一閃が入った。

 

 ミノタウロスの間抜けな声。もしベルが殺され掛けていなかったら笑っていたかったかもしれない。

 けどベルにそんな余裕は一切なかった。

 今まさにベルを殺そうとしていた化け物にさらに一閃二閃、胴体だけにとどまらず鍛え上げられた肩や剛腕、下肢、厚い胸板、そして首。ミノタウロスのあらゆる場所が切り刻まれて行き、銀の光が走る。

 そして次の瞬間、ベルを殺そうとしていた化け物(ミノタウロス)はただの肉塊になり果てていた。

 

『ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』

 

 断末魔が響き渡り、切られたことによるミノタウロスの血飛沫がベルの体を染め上げる。

 

 

 

 

「……大丈夫、ですか?」

 

 

 

 そしてミノタウロスの代わりに現れたのは女神と見間違えるほどの美少女だった。

 青色の軽装に包まれた細身の体。

 鎧から伸びるようなしなやかな肢体は眩しいくらいに美しい。

 繊細な体のパーツの中で自己主張する胸のふくらみを抑え込む、道化のエンブレム入りの銀の胸当てと手甲、サーベル。地面に向けられた剣先からは血が滴り、それは彼女がミノタウロスを肉塊に変えたことを現していた。

 

 そして何よりベルの眼に入ってきたのは、黄金の財宝より眩しく、ひまわり畑よりも目を引き、あの夢で出てきた少女のような、美しい金色の長髪だった。

 

 華奢なその体に乗った童顔の彼女はそっとベルを見下ろしている。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 大丈夫じゃない。

 

 全然大丈夫じゃない。

 

 よりにもよってあの娘と同じ、金髪の少女に助けられた。

 

 それは自分が英雄になると誓った少女に助けられたように重なった。

 

 ミノタウロスの血で真っ赤に染め上げられた顔が恥ずかしく、惨めで、死んでしまいたくなるほどに熱く赤くなっていくのを感じる。

 

 

 

 ――否。

 

 

 

 僕は見惚れてしまったんです。どうしようもなく情けない姿の僕ですが。

 

 心臓の鼓動が大きく砕けてしまいそうになるほどに鳴っている。

 

 大丈夫なわけがない。

 

 僕は夢の少女と同じ懐かしい金髪を持つ少女に心を奪われ。

 

 

 

 盛大に恋をした。

 

 

 

 そして次の瞬間ベルは我武者羅に、少女に礼を言うことすら忘れ、衝動のままに逃げてしまった。

 

 願わくば、僕の恋した少女が夢の少女であったらいいなと。

 見当違いもいい想いを秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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