いじらしく咲く菊の花手折る。

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不幸な少女

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 やさしい花柄あしらった

 淡いピンクのきれいな衣装

 絵本の中から出てきたような

 白菊ほたるはお姫さま

 

 きらきらかがやく舞台の上で

 もらったものを返すため

 

 嘆きの声をいつくしむかの

 祈りの歌をうたっている

 

 彼女の歌に救われた人が

 赤、青、黄色を振り回し

 ひとつの色が ひとつの想いが

 重なる奇跡 魔法のよう

 

 

 

 

 

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 わたしの受難を見守り続けた

 最愛の人に報われてほしい

 

 せつな願いを手紙に込めて

 両親に贈る 招待状

 

 むろんふたりは諸手を挙げて

 娘の親切 喜んだものの

 しかし男は折あしく

 ひねもす我が家に とどまることに

 

 都合をつけた母親は

 単身 娘の活躍を見に

 慣れぬ都会をおとずれて

 右往左往し みぎひだり

 

 

 

 

 

     3

 

 最高の瞬間(とき)を観ていてほしい

 

 ほたるは大きな勇気を胸に

 舞台を駆けて 歌をうたう

 

 熱気はうつり 観る者を沸かし

 天にも届く 歌となり

 それは奇跡も魔法も超えて

 ひとのこころをうごかした

 

 かつてないほど高らかなそれは

 母が観てると感じればこそ

 

 いつしかほたるはそれさえ忘れて

 がむしゃらに

 ただ がむしゃらに

 

 

 …………

 

 実はこのとき ほたるの母は

 娘の舞台を観ていない

 

 娘のもとへと向かう最中に

 車に撥ねられ病院へ

 

 

 

 

 

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 報せを受けたほたると父は

 それぞれ急ぐ 母のもと

 ほたるが着いたちょうどそのとき

 母の鼓動は鳴り止んだ

 

 父は彼女の死に目に会えず

 それから人が変わったよう

 

 誰かを救う仕事を辞めた

 ほたるは父に付き添った

 

 ところが父はほたるを邪険に

 母を殺した罪を責め

 そうして罪には罰があるぞと

 娘をその手で苦しめた

 

 それでもほたるは父が憎めず

 授業の時間もうわのそら

 どうすれば父が救われるのか

 そのことばかりを考える

 

 

 

 

 

      5

 

 あるときほたるは思い出す

 初めて贈ったもののこと

 怜悧(クール)と思った黒いネクタイ

 自分の稼ぎで買ったこと

 

 おいおいそれじゃあ喪服じゃないかと

 父は呆れて笑ったが

 内心なによりも喜んで

 耳目も構わずつけたらしい

 

 再び父の笑顔が見たくて

 手もとにひそんだ円い箱

 白い包みに赤いリボンの

 それを渡して大団円

 

 家に帰ってきたのだが

 中は静かで試験のよう

 父はどこかと進んでみると

 彼はトイレで息絶えていた

 

 首にくくったひも状のそれは

 ぴんと張って ドアノブに

 怜悧と思った黒いネクタイ

 ほたるの指から包みが落ちる

 

 

 

 

 

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 それからほたるを引き取る者は

 謎の変死に見舞われて

 いつしかほたるは死神と呼ばれ

 彼女も自分を死神と呼ぶ

 

 彼女はひとりで生きると決めて

 昼夜の区別もお構いなしに

 街をさまよい歩いてみたが

 やがて疲れて公園へ

 

 すると先客 子猫が一匹

 足を怪我して動けずに

 腕の包帯ほどいて洗い

 子猫の右足 治療する

 

 きみもわたしと同じなんだね

 陳腐なセリフを言って笑うと

 恩を知らない黒い子猫は

 素早く逃げ出し夜に消える

 

 

 

 

 

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 お日様見える そのときまでに

 ほたるは公園 あとにする

 ふたたび街に 繰り出していると

 思わぬ人が 声かけた

 

 彼はほたるの恩人で

 まばゆい世界の導き手

 ほたるを捜してここまで来たと

 あのときのように手を伸ばす

 

 ちらりと見えた眩しい光

 誓いの指輪 薬指

 なんとも言えぬ 苦しみに刺され

 ほたるは彼の手を払った

 

 わたしといると不幸になると

 告げるが早いが駆け出して

 彼の気配がなくなったあとで

 後悔の念が広がった

 

 

 

 

 

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 途中ほたるのすぐ横を

 サイレンの音が通ったが

 ほたるはそれすら気づかぬほどに

 心の声に 苛まれている

 

 じくじく広がる傷口を押さえ

 ほたるはどこへ 向かうのか

 もはや行くあてもないと言うのに

 いったいどこへ 向かうのか

 

 結局どこにもたどり着かず

 どことも言えぬ 路地裏へ

 それからほたるはひねもす空を

 ただ眺めては 過去だけを想う

 

 

 

 

 

     9

 

 あれから何日経ったのか

 ほたるの身体はずいぶん痩せた

 このままじゃ埒が明かぬと思い

 ない力を出し立ち上がる

 

 空腹で足がふらつくものの

 このままじゃ餓死を待つだけだ

 とにかく口に 含めるものを

 死を前に生が惜しいのだ

 

 そうして歩道に出たところ

 路上に移る 車に轢かれて

 彼女は瀕死の重みを背負うが

 それでもほたるは生きている

 

 

 

 

 

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 とにかく生きたい それだけ願い

 這って進んだ先には花壇

 手折られぬ花 ほたるは憧れ

 わき目も振らず 手を伸ばす

 

 少しずつだが 身体は前へ

 花は目の前 ほたるはそれを

 抱こうと身体をよじったところで

 頭に花壇が突き刺さる

 

 哀れな果実が潰れた音が

 響いて地面は赤く濡れ

 ほたるの生命(いのち)はここでおしまい

 

 最期まで不幸な少女のままだったね

 

 

 

 

 

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 不幸な少女の最期を見下ろす

 視線は高い 塀の上

 危うい花壇でじゃれてた子猫の

 足には汚れた包帯が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『不幸な少女』了 



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