大魔王 羽咲綾乃 作:深淵の英知
フラッシュの眩しさにわたしは顔をしかめる。
録音機を持った記者からは質問攻めの嵐。
曰く、史上最年少での全日本総合バドミントン選手権優勝について一言お願いします。
今、どんな気持ちですか?
この優勝の報告をまず最初に伝えたいのは誰ですか?
うるさい。
カメラのシャッター音も。記者からの質問も。
何もかもが、うるさかった。
一縷の望みをかけて、ジュニア選手権に続き、全日本選手権に参加してみたものの、暇潰しにもならなかった。
どいつもこいつも雑魚ばかり。日本のトップがコレとは聞いて呆れる。
幼馴染には見捨てられて。
気づいたら周りには誰もいなくなってて。
それでも練習を続けて。
欲しくもない栄冠ばかりが積み重なっていく。
これ以上強くなることにいったい何の意味があるんだろう。
「……」
今ここでこの思いをぶちまけたら少しは気が晴れるのだろうか。みんな弱すぎ。退屈しのぎにもならないって。
差し向けられたマイクの一つを見て、ぼんやりとそんなことを考えてみて、自虐的に笑う。流石にそんな事言ったらおしまいだよね。
だから当たり障りのないことを適当に言って、その場は乗り越えた。うまく笑えていたかどうかは不安だけど。
翌日の新聞には大きな見出しで歴史的快挙だとか、史上最年少優勝だとか派手な見出しで新聞の一面を飾っていた。写真には死んだ顔で表彰台に立つわたしの写真が使われていて、何もこんな写真使わなくたっていいのにと少し思ったりもした。
ワイドショーでも連日わたしの事が取り上げられていて、わたしと出会ったことなんて一度もない人たちがわたしの事を熱心に解説し、試合中のあの態度はいただけないだとか、それでもその実力は本物だとか、無責任にもこれから先の大会でも期待ですねなんて、コメントを述べていた。
一部のネットでは試合中のわたしの態度や相手を叩き潰すその強さからか魔王だなんて、不名誉なあだ名がつけられてるみたいだった。
「……」
もう嫌だ。
もう嫌だよ。
小さい頃はあんなにも楽しかったバドミントンがどんどん辛くなっていく。
わたしだって、好きであんな試合をしているんじゃない。
誰かわたしとまともに戦ってよ。一方的な蹂躙じゃない、ちゃんとした試合をさせてよ。
わたしのスマッシュを打ち返してよ。
わたしのラリーについてきてよ。
わたしのレシーブを打ち抜いてみせてよ。
わたしを一人にしないでよ。
携帯が鳴ったのはその時だった。
差出人はお母さんだった。
メールに書かれていたのは『近々、日本に帰ります』という文字。
その言葉をしばらく呆然と眺めて、わたしはその意味を悟る。
「あはっ……」
そう。
いよいよなんだね。
お母さん、ちゃんと見つけてくれていたんだね。
「あはっ、あははははは……」
笑いが止まらない。今まで貯めてきた鬱屈した気持ちが晴れていくようだった。
やっぱりお母さんは約束を守ってくれた。わたしが今まで一人でも頑張ってきたから、ご褒美をくれたんだ。
「ありがとう、お母さん」
携帯を胸に抱く。あぁ、今から待ち遠しいよ。
いても立ってもいられなくなったわたしはジャージに着替えると家を出る。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
ランニングして猛る気持ちを抑える。
こんなにもテンション上がったのは何時ぶりだろう。
小高い丘の上に辿り着いたわたしは一度止まり、空を見上げる。地平線の向こうに太陽が沈んでいく、美しい茜色の空を。
「……」
お母さんは約束を守ってくれた。
わたしと戦える人を連れて、日本に帰ってくる。
お母さんが見つけ出した人なんだからきっと、それはそれは強い人なんだろう。
だから期待が膨らんでいく一方で不安もある。
もしその人が拍子抜けするくらい弱かったらどうしよう?
もしそんな事になったら、わたしのこれまで頑張ってきたことは何だったんだろう?
でもここに来てそんな事は考えたくない。今はただ、純粋にバドミントンがしたい。はやく戦いたい。
だから――
「期待はずれの子は、ヤだよ」
未だ異国の地にいるであろうお母さんの顔を空に思い描いたわたしは、そう言って、微笑んだ。
もはや周囲が綾乃の才能を放っておかない自体に。
……あと一、二話で激突するんじゃ('・ω・')