人理継続保障機関フィニス・カルデアーーその頭脳ともいうべき職員たちは頭を抱えていた。人理修復という途方もない目標、その道のりを歩む中で『想定外は常に起こりうる』ということを嫌というほど学んだはずの彼らでさえ、今回のことは脳が対処しきれなかったようだ。
「ダヴィンチちゃん…僕にはこの塩基配列が今の地球上には存在しないものであることがわかったよ…」
疲れ切った顔でそう零したロマニに対し、ダ・ヴィンチは深いため息と共に答えた。
「現在の生物で最も近いのは“おそらく”イカ“だろう”。この天才をして断定しきれないとはね。人間とサルを超える遺伝子の差がある。…それにしても進化が余りにも急激すぎるな。進化を誘発させるような恐ろしい環境の激変が起こったのだろうね。少なくとも彼女らがいる頃の人間は地上の覇者ではなさそうなことは確かだ。」
いや、ヒトを見たときの反応からするに人類はもうー
ダ・ヴィンチはその言葉を飲み込んだ。ただでさえ非常事態なのに、これ以上追い詰めるべきではない。
「現在キャスターたちが彼女の言葉を翻訳しようと頑張ってくれている。少しずつだが翻訳システムも完成に近づいているそうだ。完成した暁には直接話を聞けるはずさ。」
二人はモニターの一つに目を向けた。そこに映っているのは、現在のカルデアの大混乱の原因といってもいいだろう存在。
-どういうわけかカルデアの召喚システムに呼び寄せられてしまった、人間ではない“少女”だった。
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時は遡り1日前。カルデアに英霊を呼び出す儀式を行うための部屋、通称召喚の間には人類最後のマスター、藤丸立香とデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライトが訪れていた。
「今度はどんな人が来てくれるかな?」
「言葉が通じる人だといいですけど…」
気さくに話しかけた立香に対し心配そうな声を返すマシュ。その言葉に立香は少し困ったような笑顔を向けた。マシュの言う通り。一口に英霊といっても様々な人がおり、特にバーサーカーのクラスにはマシュの言う言葉が通じない英霊も多い。
しかし、立香は召喚が好きだった。人類史に残る英雄たちに会えるからというのももちろんあるが、最も好きなところは様々な人と出会うことができるところだ。たくさんの人が、それぞれのかけがえのない記憶をもって召喚に応じてくれる。そして交流していくうちに、その人のことが少しずつ分かっていく。そのことがとても楽しかった。
『いいよ立香君、始めてくれ!』
「先輩、頑張ってください!」
別の場所からダ・ヴィンチと一緒に召喚を見守るロマニの言葉で、1つ1つがとてつもない量の魔力の塊である聖晶石を3つ召喚サークルに乗せる。立香が召喚の態勢に入ると、聖晶石が砕け強烈な光が辺りを照らす。その光はやがて収束し、召喚サークルの上で回転しながら形を作っていく。そして光が一際強くなった後、そこには新たなサーヴァントがいた。
「「…え…?」」
どんな英霊が召喚されるのか、楽しみにしていた立香ですら反応しきれなかった。
そこにいたのは人間の形をした、しかしながら確実に人間ではない存在だった。
体に対してずいぶん大きな頭と爪のない手。
目の周りに入ったまるで隈のような黒い模様。
そして何より人間でいうところの髪に相当する部分にある吸盤付きのゲソ。
「……#&#@%%&@&#…?」
ようやく衝撃から立ち直りかけた立香たちに放たれたその言葉は、立夏たちには伝わらず、-そして混乱に叩き落した。おかしい、聖杯の力によって言葉は通じるはず…そう考えて固まる立香たちをよそにその新しいサーヴァントは立香たちに近寄ってきた。そして想像より強い力で腕をとられ、何かを確認するようにいじられる。
「@%&#%%#&#@…!%@&#$$###@$%&@@&&&%&!!」
「え、えっと、あの~…」
何やら感動している様子のサーヴァントにようやく復帰した立香が話しかけると。サーヴァントはまるでハッと何かに気づいたように離れ、またよくわからない言葉をまくしたて始める。
「#&#@%%&@&#、#@&@&@&。#%@$@#%…!@&@#$$##$%$$##@#。%$%$@%%&%!!」
「よ、よろしく!!」
最後の言葉と共に行われた両手の甲を見せるような動作は決めポーズ的な何かだと気づいた立夏は、とりあえずマネしてみた。彼女の嬉しそうな笑顔から察するに正解だったらしい。
ーーこの謎のサーヴァントを巡り、カルデアが大混乱に叩き込まれるまであと少しーー